第105話 絶望と知欲
ソキの挙動は天井知らずに加速していく。
当然ながら目視では追えなくなり、リリアはその攻防の観察を諦めた。
ソキは極限まで精度を高めた魔力の身体強化を使い、縦横無尽に宙を疾走する。
そして、すれ違いざまに竜に打撃を浴びせる。
竜はなんとか逃れようとするも、四方八方から襲い掛かる猛攻のせいで身動きが取れない。
執拗に魔力を削り取られて衰弱していった。
やがて竜は子犬のような大きさになり、ソキが首根っこを掴んで魔力を一気に奪う。
竜を構成していた魔力が消えて球体の水晶が残った。
リリアはそれが物質化した魂だと気付いた。
魂を握ったソキは着地して二人のもとにやってくる。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、よくやってくれたよ。事前の指示通り、魂の損壊も最低限に抑えられている。おかげで良い素材が手に入った。感謝しているよ」
「恐縮です」
シエンは受け取った魂をローブのポケットに入れる。
リリアは魂の処遇が気になったが、咆哮の連鎖が彼女の疑問を遮った。
黒い荒野の彼方から新たな魔族が出現する。
ここまでに倒してきた数を凌駕する規模だった。
圧倒的な光景を前にリリアは絶望し、無意識に膝をついてしまう。
「あんな数……とても倒せない」
シエンとソキは冷静だった。
二人は淡々とした様子で言葉を交わす。
「おかしいな。魔王を倒したのに勢いが止まらないね。多少は影響が出ると思ったのだが」
「今の竜は魔王ではないということでしょうか」
「そう考えるのが妥当かな。厳密には魔王を操る上位存在がいると表現すべきか。それならば魔王が死んだところで動揺しないのも分かる。我々は魔王軍の指揮系統を見誤っていたわけだね」
シエンが歩き出した。
ソキはすぐさま先行する形で進む。
「彼らの出発地点を目指そう。こうなったら徹底的に究明する。そこが魔王軍の本拠地であり、真の黒幕がいるはずだ」
「どのように向かいますか」
「正面突破だ。君の暴力で道を開いてくれ」
「承知しました」
ソキが新たな魔族の大群へと突撃していく。
一方、シエンは動かないリリアに声をかけた。
「何をしているのだね。早く立ちたまえ」
「……怖くないのですか?」
「何かに恐ろしさを感じるなら、それは知欲を満たし損ねた時だろう。僕はどこまでも進むよ」
そう言ってシエンは歩みを進める。
リリアはなんとか立ち上がって追いかけた。




