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第20話 魔女オルガの最良の選択のとき(2)

2階からの景色を眺めながら、お坊ちゃんとお人形さんはランチを楽しんでいる。お坊ちゃんは食事のマナーは完璧だ。ダメ出しされることはない。会話も……なんだか怒られることが減った気がする。いや、実際は10回に1回は(たしな)められているんだけど、今ではそれもデレ発言に聞こえてきた。お坊ちゃんフィルターが私の目にも宿ったのかもしれない。


だって今だって、「そのお言葉は選びは素晴らしいですわ」と言ったお人形さんが微笑んでいるように見える。


ん?待て待て私、本当に微笑んでるんじゃないか?口元が緩んで、目元は柔らかく曲線を描いて、ふふふって――。


え?嘘?笑ってない?


周囲を見回す。侍女や騎士達が目を見開いている。みんながお人形さんの微笑みに見惚れている。涙まで流している侍女もいる。あ、さっき一緒に馬車に乗った侍女だ。つまりお坊ちゃんフィルターが宿ったわけじゃなくて、本当に笑ってる!


待て待ていつから?そういえば、さっきお坊ちゃんと腕を組んだお人形さんは、桜色に頬を染めていた……そう、赤くなっていた!


微笑むお人形さんは美しい。この世界にある絵画を集めたってあそこまで美しいだろか。美を表現できているだろうか。いやできていない!まさかここまで人を魅了する力があるとは!


先輩魔女達が言っていた。『魔女の施し』は面倒だけど、それでも人が成長する姿は美しいと、困難を乗り越える姿は世界の美しい風景にも匹敵すると。確かにそうだ。これは私達、永遠に生きる魔女にはないものだ。魔女は施すと同時に贈り物をもらっていると魔女の誰かが言っていた。


お人形さん、いやヒルデガルド嬢の笑みを引き出せたのは魔力でもなんでもなく、お坊ちゃんの愛の力だろう。なぜならこのふたりは……。


「アウグスティン様、ヒルデガルド様、このレストランのシェフがお礼を申したいと言っております」

騎士のひとりがふたりの間に入る。


「ヒルデガルド嬢……どうしますか?」

お坊ちゃんが首を傾けるのは……可愛い!相変わらず可愛い‼︎

可愛いけど、そこをお人形さんに聞いたら、また『公爵令息とあろうものが……』とか言って怒られるんじゃない?


「とても美味しかったのでお礼を言いたいです。ぜひ」

そう言いながら愛おしそうにお坊ちゃんを見つめるヒルデガルド嬢は……もう、美しすぎる!

って、そうじゃない!怒らなかった!マナー教師からマナーが消えた!


とプチどころか大パニックな私を置いて入り口からシェフが入ってきた。

シェフが騎士達から身体検査を受け、そしてふたりが座る席へと近づいていく。私はお坊ちゃんの後ろだ。


ああ、心臓がつきりと痛い。どうして永年生きる魔女にも心があるのだろう。


「き……今日は、お越し頂きまして……か……感謝しております」

シェフは緊張した様子だ。声も体も震えている。


「こちらこそ突然連絡したのに対応して頂き感謝しています」

お坊ちゃんはいつものように誰にでも礼儀正しく挨拶をしている。


「とても美味しかったですわ。ぜひまた寄らせて頂きたいわ」

お人形さんの微笑みは美しい。その声も、仕草も。


「ヒ……ヒルデガルド様は……もう来れないかと……」

「え?」


「危ない!」


シェフがヒルデガルド嬢の前にあったナイフを持ち、振り上げた。それを察したアウグスティン様がナイフを投げる。シェフの腕にナイフが刺さる。叫ぶシェフ。飛び散る血。そしてヒルデガルド嬢の悲鳴が部屋に響く。


「何をしている!捕まえろ!」


アウグスティン様が声をかけたと同時に椅子から飛び降り、ヒルデガルド嬢の元に駆け寄った。その手には剣が握られている。再び、飛び掛からんとするシェフにアウグスティン様の剣が刺さる。シェフが後ろに仰け反ったところで、騎士たちが一斉にシェフを取り押さえた。シェフは血まみれだ。


「くそ!この女狐め!お前のせいで、我が主人は破滅させられた!優しい方だったのに!お前が王太子妃に選ばれたせいで‼︎」


「ヒルデガルド嬢、大丈夫ですか⁉︎」


アウグスティン様が駆け寄ると、ヒルデガルド嬢は肩で息をしている。恐怖で目からは大粒の涙が。


それでもヒルデガルド嬢の視線は男に向いている。シェフはまだ(わめ)いている。大量に出血しながら。


「その男を黙らせろ!」

お坊ちゃんの怒号に騎士達は困惑している。


この国は平和だ。騎士達は(わめ)く男を気絶させる(すべ)を持たない。仕方ない。これはサービスですよ?お坊ちゃん。


昏睡の魔法をかけるとシェフは泡を吹いて気絶した。


「オルガ!ヒルデガルド嬢が!」


お坊ちゃんの声に視線を向けると、ヒルデガルド嬢が苦しそうに息を吐いている。


「過呼吸ですわ。お口を塞いであげてください」

「塞ぐ?」

そうよね。お坊ちゃんには無理よね。侍女達も突然の事態に混乱しているし。


さすがにこの状態で魔法は使えない。ヒルデガルド嬢に近付いてナプキンで口を塞いで、魔法をかける。これで周囲には治療しているように見えるだろう。


眠るように気絶したヒルデガルド嬢の目からは涙が溢れた。



「……オルガ……いったい……なぜ……」


ヒルデガルド嬢を胸に抱いたお坊ちゃんは私を見る。


なぜ、助けてくれなかったと言うように。

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