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深夜の霊体験にはお気を付けて

作者: ハムスケ

俺の記憶が正しかったら確か…一時間目は体育だったはずだ。

だからか、その日俺は早く行きたくて自転車に乗ってあの坂を下った。

いつもは割と余裕を持ってブレーキを踏むところ、その日は物凄いスピードが出ていて直前までブレーキを踏まなかった。

何か突然男の子が出てきて、その子を避けるようにハンドルを切った。

気が付くと無機質な天井が広がっていて、覚えているのはぼんやりと赤いランプが点滅していて、周囲の住宅の人たちが凄い勢いで家から出てきた光景だけだった。

「起きれますか?大丈夫ですか?」

看護師さんが昼食を持ってきてくれた。

本来なら昨日、大好きな体育で女子からちょっとスポーツが出来るところをアピールしたりして、優越感に浸りながら給食を食べているはずだった…。

それが…今はこのありさまだ。

右足というか右半身不随と言われた。

もう治らない…らしい…。

リハビリすればある程度までは回復させられるとは言われたがそれでも現実は厳しいもので良くても走ったりはできないらしい。

俺はそれに心底絶望した。

昔からバスケをやっていて、それを高校まで続けていたから大会でも結構な成績を残していて、今の高校もスポーツ推薦で入り大学もそのつもりでいたからだ。

俺の進路は文字道理閉ざされた。

あの時あんなに急いでいなければ、いつもどうり気を付けて通学していれば…。

そんな後悔が止まらない。

俺は家族以外の知人の面会も断り一人病室でうずくまっていた…。

そんな俺の唯一優しくできた人物がいた。

たまたま同室になった、見る限り小学生の女の子。

その子が無邪気にいつも俺に絵を見せに来てくれる。

そんな女の子に、俺は密かに救われていた。

ただ、俺は一つその女の子について前から気になっている事があった。

その女の子に面会に来ている人が、誰も居ない。

俺に関しては、ちょくちょく家族が面会に来ている。

それなのに、その女の子には面会人がいない。

更には前にその子と一緒にたまたまエレベーターに乗っていた時のことだ。

何か小さな包みを持っていたので、それ何持ってるの?っていったら友達への届け物だそうだ。

そしてその子は地下一階のボタンを押していて、確か…あの階は霊安室しかなかったはずだった…。

俺は怖くてそれに関しては聞き出せずにいた。

入院するくらいの病を患っているこのくらいの年の娘がいたら、普通なら心配で両親が来てもいいように思うのだが…。

俺はそのことについて、その女の子に聞いた事あった。

「君はなんでこの病院にいるの?」

「う~ん、分かんない」

「じゃあ、両親は?家族の人はなんて言ってるの?」

「う~ん、分かんな~い」

「そっか…」

「ねえねえ!次この絵見て!」

確かそんな感じで分からないの一点張りだったと思う。

俺はそれが気がかりだった。

まるで…意図的にその話題から逸らそうとしているみたいに…俺は感じた…。

相変わらず女の子は元気に絵を見せてくるが、俺はそれが余計に怪しく感じてしまう。

「ねえねえ~これ見て~」

「うん…」

俺はいつもどうりその女の子の絵を見る。

「これ…何…?」

「これね~お母さん」

「お母さん?」

「うん。いっつも心配してくれてるの…」

「そう…なんだ…」

その言葉を聞いて驚いた。

女の子が自分からお母さんの話をしたのが俺の目には珍しく映った。

今しかない。

咄嗟にそう思った。

「お母さんって…どんな仕事してるの?」

「う~ん、葬式の準備とかしてるって言ってたよ」

「そうなんだ。すごい人なんだね。じゃあ…お父さんは?」

「お父さんは…知らない…」

「そっか。俺も自分のお父さんがしてる職業、わかんないや」

「一緒だ~」

「そうだね。この絵、お父さんは?」

「お父さんはいっつも忙しそうだから、出張中なの」

「へえ~凄いね」

「すごくないよ、遊べないし」

「そっか。ごめん…」

「そういやさ、俺も絵描いてみたんだけど…どうかな?」

「え!?お兄さん描くの!?へたっぴ!」

「え~そんなあ~」

俺はまたいつもどうりの会話を繰り広げる。

もうこの時はこの子のお母さんのことはもう忘れてただ楽しい時間を過ごした。

その時、病室の扉が勢い良く開いた。

「九先日さん!大丈夫ですか?」

「はい?」

そこには、俺の担当医の今井さんが俺の顔を覗き込んでいて、俺の腕には点滴を打たれていた。

「あれ…?」

「何ですか?急に?またあれですか?」

「はあ…そうみたいですね…」

ここの病院に搬送されてから、度々こういうことが起こる。

何が起こっているのか。

俺の心拍数がゼロになったように表示されるらしい。

患者の心拍数がゼロになると自動的にブザーが鳴るらしく、それを聞いた担当医が度々こうやって押しかけてくる。

「これ…なんですかね…?」

「うんむ…こちらも原因不明の事態なんです。こういうことはあなたが初ですよ」

「取り敢えず、その手動もブザーも一応持っておいてくださいね」

「はい…」

俺は手にひんやりとした感覚が走り咄嗟に持っているブザーのレバーを見る。

すると、何か明らかに俺の手ではない誰かの手が俺の手を覆うように握っていて、ぶわっと背中に冷や汗をかくのを感じた。

咄嗟に、脊髄反射で手をブザーから離す。

「っ…!」

「?どうしました?」

病室を出ようとした担当医は怪訝そうに振り返って俺を見る。

「いや…なんでもない…です」

「体調が悪くなったりしたら、すぐに呼んで下さいね」

「はい…ありがとう…ございます…」

俺の頭にはさっきの手のことでいっぱいだった。

今までは…勝手にブザーは鳴ることはあってもあんな手が出てくることはなかった。

あんなことは…俺は…。

俺は、女の子には悪いが早くこの病院を出ようと思った。

幽霊をがっつり信じているわけではないが、それでもいざこういう現象、怪奇現象に見舞われると誰だってぞっとするものだろう。

「え…ねえ…」

俺ははっとして横を見る。

すると、女の子が俺の服のすそを掴んでいた。

「え…何?」

「これ…見て…」

そう言うと、女の子はまた絵を見せてきた。

「どお?これ」

「うん、うまいうまい」

俺は適当にその女の子の絵を見て適当に言葉をかけた。

それほどまでに、この時の俺は余裕がなかった。

それほどまでに、あの怪奇現象が恐ろしかったし、初めてというので怖さが倍増していた。

「もお~適当!」

「え…ごめん」

「ちゃんと見て!」

俺はその時、余裕がないのも相まって無性にイライラしてきた。

「もう!うるせえよ!」

「え…う…う…うえああえええん…」

女の子は大声で泣き始めてしまった。

俺は言ってから、女の子の鳴き声を聞いてからはっとする。

「ご…ごめん!マジで今のは…悪かった!」

手を合わせて頭を下げて謝るも全然見てくれないようだった。

それもそうだ。

俺は必死にその後も頭を下げて謝った。

しかし女の子は駆け足で病室を出ていった。

俺は女の子を追いかけようとベットから立ち上がろうとしたが松葉杖がないとまともに歩けなかったので床に倒れてしまった。

結構強く頭を打ってしまったようで、俺は女の子の事を気にかけつつも俺の意識は暗闇の中へと吸い込まれて行ってしまった。

何か…ひんやりとした感覚、俺はこの感覚をもう知っている。

あの時の…俺の手を覆いつかんだあの手。

あの手もこんな感覚だった…気がする…。

俺は体を動かそうとしたが、ぴくりとも動かない。

それどころか何も見えない。

視界は今も暗闇のままだ。

ここはどこだろう?俺は確か…あの女の子を追いかけようとして…。

そして気が付く。

何か…足音がする。

さっきから…何か小さくではあったがコツコツと音が耳に届いていた。

最初はただの聞き間違いかと思って…聞き流していた。

しかしだんだんとその音がでかくなっている。

その事実に気が付いてしまった。

そして何故かその足音が明らかにこの…俺の今いる所に近づいてきている!」

やばい…まずい…逃げなくては…。

そんな事ばかりが頭に浮かんで俺はもうパニックになっていた。

そんな俺のことを気にも留めないようにその足音は無慈悲にもペタペタと音をたてながら近づいてくる。

俺はそれを…その足音の主を見ることも出来ない。

ただただ近づいてくる何かの存在に怯えていることしか出来ない。

多分5、6分の間だっても思うが、当時はとてつもなく長い間怯えていた気がした。

そして足音が止まった。

夢から覚めたのか?とも思ったが、そんな希望は一瞬で打ち砕かれた。

ドタンッと野太い何か重いものを床に落とした時のような音が俺のすぐ横で響いた。

俺はいい加減身が凍る思いだった。

前から動けないのには変わらない。

ただまるで石にされたみたいに全身が硬直して動かなくなる。

瞬間、誰かに肩をつかまれる感覚がして、俺の視界は途端に明るくなる。

ここは…どこだろう?さっきまでいたあそこはどこだったんだ?俺はあの後どうなったんだ?

そんな疑問が頭に浮かぶ。

しかし、そんな疑問はすぐに解決されることとなった。

「九先日さん、大丈夫ですか?」

「あ…あの…俺…は…」

「あなた倒れてたんですよ…病室で」

「あなたが辛うじて押してくださったブザーのおかげで、私たちは駆けつけることができたんです」

「ブザー…?」

「はい。前お渡しした手動の方の…」

「あ、なるほど…」

そういえば、そうだった気がする。

俺はそれを思い出した。

倒れる寸前、朦朧になり今にも暗闇の中に吸い込まれそうになった時だった。

あの手が…あのひんやりとした感触の手がブザーのボタンを押してくれていた…ように見えた。

俺はそれを視界の片隅に捉えつつ意識を失ったのだ。

「九先日さん?」

「…はい?」

「あの…九先日さん、今から言うことをよく聞いてください。これはご両親様からの伝言でもあるのですが…」

「ご両親様から、精神科の方にも通うことを進められています」

「はい…?」

「落ち着いて聞いて下さいね。取り敢えず結果というかまずご両親様からの伝言は以上のとおりです」

「なんで…ですか?俺…別に…そんなおかしいところは…」

「それは我々としても把握していています。ただ、今から言うことを信じられるかどうかはあなたにお任せします。それはあなたの自由です」

「この病院にまつわるお話で、心臓の悪い方にはお話しするのを控えているのですが…その辺は大丈夫ですか?」

「…はい」

「分かりました。まずこの病院ができる前、ここは元々孤児院だったんです」

「それで…ある時その孤児院が火事でなくなってしまいまして…それでここにこの病院ができたんです」

「へえ、そうなんですね」

「それでここからが本題なんですが、この病院ができてからとある噂が広まったんです」

「手が見える。そういう噂です」

「この病院の地下二階は、行ったことはありますか?」

「いえ、特には…ないです」

「では…誰かが…従業員以外で…誰かその地下一階のボタンを押しているのを見たことはありますか?」

「はい…あります」

「その人は具体的にどのくらいの年齢に見えましたか?」

「そうですね…年齢っていうか…小学校低学年くらいの…子に…見えました」

そう言うと、今井さんは驚いた表情を見せた後、いつもどうり納得しを見せた。

「そうですか…やはり…」

「九先日さん、その子とはそれからまたあったりなどは…」

「会うというか、ずっといましたよ。病室の方に」

「いたじゃないですかあの…あれ…名前…誰だっけ…」

「結論から申し上げますと、あの病室には九先日さん、あなたしか居ません」

「恐らく…私たちには姿は見えていないのでしょう。おそらくあなたが見たという絵も、我々には見えていなかった」

「そんな…それって」

「そうです。もうお分かりかもしれませんがあなたの言っているその子、その女の子は幽霊と呼ばれる存在です」

「なんで…あの子は…普通に俺とも話してて…それで絵も…」

「俺はっきり見たんです…あのお母さんと…手を繋いでる…あの子の絵を」

「あの子?」

「だからその女の子ですよ」

「女の子…ですか…?」

「はい…だからさっきからそう言って…」

「違います。今私がしてるのは、男の子の話です」

「男の子?」

「いませんでしたか?あの病室に」

「いや、俺が言ってるのはあの病室にいた女の子の話ですよ」

「そうでしたか…そうなると…そうですね…」

「九先日さん、唐突で申し訳ないのですが今から屋上に向かっていただけないでしょうか?」

「はい?」

「すいません…事情は後ほど説明いたしますので今は今すぐにでも屋上に向かっていただきたい」

「わかりました…」

「そしてもう一つ、非常に申し訳ないのですが私達は屋上までは同行できません」

「何故です?」

「今のは言い方が悪かったのですが正しくはそこは…恐らく今はあなたとその女の子しか入れなくなっているんです」

「だから、私たちは同行したくても出来ないというのが正確です」

「そんな…なんで…」

「前にも何回か…こういう不思議なことがあったんです。我々はその都度経験しているのですが九先日さん、先程申し上げたこと、覚えていますか?」

「すみません…ちょっと…」

「繰り返しになりますが、心臓の悪い方は話を聞かれるのを控えてくださいというものです」

「私はこういうことも含め、そう言ったつもりなんですが…」

「わかってます。やりますよ、どうせ何もしなくてもこれからもこういうこと続きそうだし」

「ありがとうございます。ここから先は正直私たちも何が起こるのか想像出来ません」

「どうかご武運を」

「はい…」

屋上の扉を開けると、そこは普通だった。

普通…に見えるが何処か浮世離れしているような…夢を見ているときの夢見心地のような…そんな感じ…。

はっきりと自分を意識しないと、いつの間にか自分がどこのだれなのか忘れそうで怖い。

そんな、なんかこう…びっくり系とは別の怖さを感じた。

「ねえ、やっと来たんだ…」

ある程度の覚悟はしていたつもりだった。

しかしその声を真後ろから聴いたとき、俺は確かに寒気というものを感じ俺の覚悟はいとも簡単に大きく揺らいだ。

誰かの声をかけられてこんなにも全身の鳥肌が立ったのは初めてだ。

俺は咄嗟に後ろを振り向くことはできなかった。

まるであの時みたいに…あの暗闇の中で何も見えない中で聴いたあの音を聞いた時みたいに…俺は体が動かせないでいた。

指すらもピクリとも動かせない、というか俺はわかっている。

これは動けないんじゃなく、動きたくないんだということに。

俺の本能が、俺の細胞が今動いてはいけないと言っている、そんな気がした。

それほどの衝撃が、その言葉にはこもっていた。

俺は深呼吸をし、声が震えないよう、その女の子に対して出来るだけいつもどうり絵を見せに来てくれる時の口調で、語りかける。

「さっきは…ごめんね…俺…ちょっとどうかしてた。頭冷やしたんだ…」

「今日は俺の方から…絵…見に来てみたんだ…けど…」

その瞬間、俺はまったく意識もせずに振り向いていた。

いや、そうじゃない。

俺は確かにあの手の感触を味わった。

その女の子が俺の体をつかみ、ものすごい力で俺の体の向きを自分の方に向けさせたんだ。

そう理解するのに、少なく見積もっても一分はかかった。

その間、俺の視界に映っていたのはあの女の子ではなく、一面に広がる真っ暗闇だった。

あの夢の時の比じゃない。

まさに漆黒というに相応しいかそれ以上の黒がただ広がっていた。

俺は言葉が出ずにただ茫然とその景色を眺めていた。

人間の脳が追い付かない情報を送り込まれるとフリーズするというのは聞いたことがあったが、まさか自分がそんな状況に立ち会うことになるとは思わなかった。

途端に暗闇の中に何かがうごめているのが見えた。

手だった…無数の数えきれないほどの手…。

あの所々に現れていた手と類似しているというか瓜二つだ。

その無数の手を見ても、俺は何も感じなくなっていた。

何も感じない、視界が暗闇の中なんてまさにあの夢で見た景色だった。

そしてあの手が俺手足を握りしめ、そのまま暗闇の中にどんどんと引きずり込んでいく。

俺は抵抗することもできず、ただ虚空を見つめていた…。

もう無理だ。

このまま訳の分からない化け物に吸収されて…俺は…。

俺はもうほぼ諦めかけていた。

もう、このまま暗闇に身を任せた方が楽なんじゃないかと思う自分もいた。

「そうだそうだ。そのまま飲まれちまえ。その方が楽だぞ?」

誰かの声がする。

聞き覚えのない声だ。

「お前、なんで…それ…離せよ…やめろよ…」

また誰かの知らない声。

暗闇の中で徐々に感覚が戻ってきたようで何か温かみを感じる。

そしてそれは徐々に熱くなってきて、俺の体は燃え始めた。

なんだ…これ!?

知らない身体、知らない部屋に俺はいた。

そして何故かあたりは燃えていて…息が苦しい。

俺はあまりに苦しさに床に倒れこんだ。

そして息苦しさと暑苦しさの板挟みにあいながら俺は意識を失った。

そして俺の耳元でドタンッという大きな音がした。

まるであの夢の時に聞いたあの音がした。

俺は背筋が冷たくなるのを感じた。

今の音で鮮明にあの夢の情景が思い浮かんだ。

ここは何処なんだ?あの夢の続きなのか?

疑問だけが次々と先行していき、俺の思考は置いてきぼりになりそうだった。

ジジーという音とともに俺の視界は暗闇から解放される。

俺は一瞬、あまりにも日光がまぶしすぎて目を閉じた。

どうやら俺は袋のような物の中にいたようだ。

そしてここで瞬時に気が付く。

また体が動かなくっている。

ただ、感覚はある。

においもするし、目をみえるし、音も聞こえる。

今確か俺は目を閉じて顔を手で覆ったつもりだった。

しかし、手はおろか俺は目のあたりしか満足に動かせなくなっていた。

俺はいったん落ち着いて目だけを動かし周りを見ると、そこには緊急隊員や救急車が複数台止まっていて、何か慌ただしい雰囲気だ。

そして辛うじて分かったのは何か火事が起こっているということだけだった。

俺は声も出ずに、ただ目だけを動かして周りを見ていた。

はたから見れば、かなり怖いだろうが今はこれが仕方ない。

ただ、俺は単価に乗せられたまま救急車に乗せられた。

そして先程の袋をかけられジッパーを閉められる。

そしてそこでまた意識を失った。

何か…揺れを感じる。

次に目を覚ました時に見えたのは、無機質な天井だった。

ただ、いつも見ている病院のじゃない。

金属でできた頑丈そうな天井。

ここは…どこだろうか…?

俺は周りを見渡そうとするも、寝かされている姿勢の為うまく周りを見渡せない。

ただ、さっきから火事の匂いが残っているのか何やら煙臭いような気がする。

しかし部屋の中はしんと静まり返っていて、何処か重苦しい雰囲気のような印象を受けた。

何も出来ずにただ無機質な天井を見つめていると、ギギ…という金属が擦れるような音が部屋に響いた。

俺がはっとしている間もなく誰かの顔が俺の顔を覗きんでくる。

誰だろう?知らない人の知らない顔だ。

見覚えもない、たぶん一度もあったこともない。

ただ、その人は泣いているように見えた。

その人の涙が、俺の顔を伝って落ちていく。

その涙は何故か暖かくて、何処か落ち着いてきた。

俺は冷静にたぶんこの人は俺の母親だったんだろうなと意味不明なことを考えた。

後になってからはなんとなくその涙がその時自分がそう思った原因ではないかと思うが、未だにこれに関しては謎のままだ。

俺は落ちてくる涙が目の中に入らないようにと目を閉じようとした。

また気が付く、これがいざやってみないと気が付かないものだ。

目が閉じない。

俺がいくら目を閉じようと力を込めても一向に。

おかげで目にどんどんと涙が溜まり、もはや俺は周囲が見えなくなっていた。

そしてその瞬間、誰かの声がして…それは段々熱のこもった声になっていって…。

「九先日さん、九先日さん!」

「目を覚ましません!心拍、どんどん低下していきます!」

「もはや…手遅れでしょうか…」

「いえ、まだです!このまま心臓マッサージを続けます!」

「真野間さんは引き続き心拍の方よろしくお願いします」

「しかし…!」

「彼は…彼が仮に目を覚まさなかったとしたら…また…」

俺は体の中から段々と熱がなくなっていくのが分かった。

この感覚、知ってる。

あの…手の感触と同じ様な…そんな感じ。

俺は体を動かそうとするも、まるで氷のように固まって動かない。

そして氷のように全身が冷たくなっていく。

俺はただの傍観者だ…。

ただ何かを見ているだけ…あの中の、燃えている中で誰一人として助けられなかった。

違う、これは俺の考えていることじゃない、俺の意識じゃない。

俺はそれを直感した。

何かこう…誰かの魂が自分の身体に入ってきた感じ。

一つの体に魂が二つあるからそれぞれの思考や意識がごちゃ混ぜになっているのか?

俺はそれを振りほどこうとした。

しかし別の、誰かの記憶が流れ込んでくる。

またあの景色だ…あの燃える建物の中。

しかし前とは違った、その記憶は誰かを助けようと必死に手を伸ばしている。

俺は、それはあの手だと確信した。

あの時俺を助けてくれた手。

あの時俺の手動のブザーを押してくれていた手。

あれがなければ俺はかなり危なかったらしい。

そしてその手が伸びる先を見て、俺は言葉を失いただただ驚愕していた。

あの女の子だ…。

あの…毎回輝くような笑顔で絵を見せに来てくれていた女の子が…火の中に倒れていた。

そしてその女の子の周りには…見覚えのある絵が散乱していて…それらは全て燃えていた。

そしてその火はどんどん燃え上がってやがて視界はすべてその火で覆いつくされた。

そしてその記憶はそこで途切れていた。

俺はそこで目を覚ました。

まるで夢を見ていたかのように、他人の記憶を覗き見ていた。

ただ、ここは現実ではない。

何か真っ暗な空間、その中にポツンと俺はいた。

「今君が見ていたのは、僕の記憶だよ」

そこには、俺が最初自転車で避けるようにしてハンドルを切った男の子がいた。

「君は…!あの時の!」

「そう…周りの人は僕が見えないから、あの時君が独りでに壁に向かってハンドルを切った君を見て驚いたろうね」

「そうか…そうだったのか…」

「僕はあの時、さっき君が見た記憶の中で彼女を助けようとした」

「だけど、出来なかった…」

「彼女は…まるで生前のように誰かに絵を見せては、その絵を見せた人をあの世に連れていく」

「それは…あの世にいるものが生きているものに接触してはいけないから、あの世からお迎えが来るんだ」

「だからまるで毎回神隠しみたいに人がいなくなる」

「この病院の院長は、そのことで毎回頭を抱えていたみたいだけどね」

「僕は何度も彼女に声をかけようとした。だけど腕を出すだけで精いっぱいだったんだ」

「ただ、この手を出すだけでも君を助けられたことはとても良かった」

「彼女を救うことは僕にはできなかった。だから…それを君にやってほしい」

「俺に…そんなこと…出来る…のかな?」

「出来るさ、彼女は自分が絵を見せることで生きているものをさらっていってしまうのに罪悪感を感じている」

「だから、その鎖を断ち切ればいいんだ。君がこの眠りから目覚めることが出来れば、彼女は救われるだろう」

「でも、どうやって目覚めれば…さっきから目を開けようとしてるんだが」

「手繰り寄せるんだ。自分の意識を…自分の魂を…自分の意志で」

俺は目を閉じて集中する。

手繰り寄せる…。

段々と光が差すような感覚がして、自分の身体に温かさが戻ってくるような感じがする!

俺はさらに強く目を閉じて念じる。

すると、さっきは途切れていた声がまた聞こえる。

「…ううう…そんな…」

今度は何か、誰かが泣いているような声。

俺はその声に応じようと口を動かそうとするもまだ動かない。

俺はまた集中し、もう最後、これで駄目だったら諦めようと思うほどに集中した。

しかし…駄目だった…。

もう無理だ…。

そんなことを考えていると、誰か…それもかなりの人数の手が俺の背中を押し、また誰か別の声がした。

「頑張って…」

「負けないで…」

「この子達はあの孤児院で彼女と一緒に過ごしていた子達さ」

「僕の思いに、君の思いに答えてくれているんだ」

その瞬間、俺は目覚めた。

そこは、霊安室だった。

エレベーターから出てきた俺は裸で、受付の人にかなり驚かれた。

そしてその後も担当医の今井さんが来て、今井さんはその場で泣き崩れた。

「良かった…本当に良かった…」

まるで家族のように心配の言葉を投げかけてくれる今井さんに、この人が担当医で良かったなと心の底から思えた。

その後は家族も来て心配してくれた。

俺はその後はあの女の子を病室で見ることはなくなった。

ただ、最後に…けがが治り病院を退院するとき、あの女の子と男の子が病院の入り口に二人で笑顔で手を振っているのがふと振り返った時に見えた。

俺は笑顔で手を振り返し、あの二人の幸せを願いながら病院の門を出た。

門を出て振り返ってみると、あの二人はいなくなっていた。

ただ、病院の入り口には担当医の今井さんが走って出てきて手を振ってくれた。

俺はそれに笑顔で手を振り返した。


















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