表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知恵の戦争  作者: モノ創
7/13

六幕 老いた心

 第六幕 老いた心

 

 オリバーの馬は闇市の路地裏に繋いでおき、徒歩で向かうことにした。馬では音が大きくてリハオユに気付かれてしまうと考えてのことだった。道を迷う素振りを一切見せないオリバーに信じて走り続ける。休憩がてら、迷っていないのか問うと、軍から逃げ回るのに道を知らなくてどうすると返された。その後、外から見たら和風の一軒家に見える武器屋に入り込み、店主に交渉を持ち掛ける。店主は希望の額を言い放ち、オリバーはそれに応える。オリバーと店主の双方が所持金を隠したいのか、数字を見せ合わないようにしていた。それから、オリバーの小型時計で確認した限り、二十分ほど時間をかけて二店舗目へと到着する。そこでも同じように交渉し、難なく成功を遂げる。もっと面倒な話し合いになるかと思われたが、闇市という名の通りなのか、この世界の住人が金に目が無いのか、金で簡単に応じてくれた。

「案外簡単にいったな」

 最悪闇市で干されることを覚悟していた僕は、ほっと胸を撫で下ろす。その様子を見ていたオリバーは何が可笑しいのかケラケラと笑う。

「闇市の商人にビビっているようじゃだめだよ。確かにすぐに暴力を振るってくるやつもいるけど、ローブの二人組を見たらそいつだってわきまえるさ」

「ローブを着ていると権力者に見えるってことかな」

 僕は元ガイド役に、ずっと気になっていた服装について質問をする。

「そうだよ。ローブは基本的に貴族しか着ない。中間層がパーカーやリハオユのようなコートを纏う。貧民は言うまでもないよね」

 身分が一目で分かる良いシステムだと思った。そして、今まで出会った人物を振り返り、ケイが貴族の立場であると理解する。ベロニカが二級貴族だとするならば、ケイやオリバーは三級貴族なのだろうと解釈する。ヴァンや虎ちゃんは中間街の住民ということだ。

「君たちも貴族なんだね」

「正確には、貴族と同等の身分って感じだね。ローブを変えるだけの金と品があるかどうかってことなんだよ。好んで下の階級の服を着るような人はいないけどね」

 帰路を急ぎながら、オリバーの分かりやすい説明に耳を傾ける。ガイドに任命されたということだけあって説明が上手いと感心した。

「軍にスカウトされているって言っていたけど、貴族の出ならケイみたいな勢力に加担しなくても金には困らなさそうなのに、どうして家を出たんだ?」

 オリバーはピタリと立ち止まり、僕の瞳を真っ直ぐに見つめる。そんな彼を不思議な気持ちで見つめ、二人の間には数秒間の沈黙が流れた。

「少年の瞳はその年頃に似合わず曇っているね…。さっきあの男に語っていたのは前世の記憶なのかな」

 オリバーは本当に察しが良い。確かに、オリバーには僕の事情を何も説明していない。それなのにも関わらず、僕の言葉から、前世の記憶を保持しているという突拍子もない事柄を呑み込んでくれている。虎ちゃんもこれだけ頭が柔らかければ、僕の苦労は少なかったのかもしれない。しかし、曇っているという言葉の真意は何なのだろうか。僕の純粋な質問が彼には不快に感じてしまったのだろうか。

「そんな感じだよ。嫌な質問をしていたら申し訳ない」オリバーは再び歩き始め、前を向いたまま首を横に振る。

「いや、いいんだ。僕も少年を不快にさせてしまうかもしれない」

「それなら僕の質問も聞かなかったことにしてくれ」

「いいよ。丁度少年と話をしたかった」

「お互いを知る良い機会だね。またどこかで会うことがあるかもしれないし」オリバーは微笑みを見せて、少しだけ歩幅を広げる。

「すぐ会えるさ」

「そうだと良いけど」

「少年は、前世に悔いているように思えたけど、死ぬ直前に何を思った」そう言われて、ベッドの上での生活を思い出した。

 その頃から昔を思い出して悲しみに浸る時間が増えたように感じる。青年時代も悩み事は多かった。それは未来に対する苦悩だったが、老後は未来を見据えることは少なくなった。過去ばかり振り返り、あの時はこう、この時はああだと悔いに耽るだけ。遂に体が動かなくなってからは追憶も難しくなり、多くの出来事が、自身の死を暗示するかのように薄れてしまっていた。唯一、死に掛けの老いぼれが思考を巡らせたのは、やはり家族だった。色んなエピソードが記憶の片隅に座っていても、大部分を占めるのは、人生で一番時間を共にした家族のことだ。

「家族を大切にすれば良かった」ぽつりと呟く。

「金よりもかな」

「金ってのも勿論大切だけど、金は所詮、感情の無い道具に過ぎない。僕は前世で金と幸せがイコールであると信じていた。けど結局、金は僕に何も訴えない。励まさない。喧嘩も仕掛けてこない。金ってのは持てば持つだけ使ってしまう。使うこと以外に価値が無いから。そうして自分の生活水準に蓋をすることが出来なくなる。金が無くとも最低限の生活は保障される場所で、どうしてか金を求め続けた。僕を散々な目に遭わせた家族を見返すためにね」

「そんな素晴らしい場所で生きていたのに、後悔ばかりの人生だったんだね。羨ましいよ。でも、この世界では金が命だ。今の僕は、弟を守るために金を求め続けている。少年の話を聞いた後でこんなこと言うのもあれだけどさ」

「いいさ。オリバーは弟が大事なんだね」

「ああ。小さい頃から、唯一の家族だ」

 その一言は、先ほどの質問への回答だと理解した。彼は両親がいないのだ。自分たちだけで努力して、世界から認められ、ケイから招待を受けた。多くの苦労をしてきたのだろうが、それは現在も尚続いているのだろうと思う。返す言葉を探しながら、弟を担ぐ小さな背中を眺めた。

「黙らないでくれよ。困らせようと思って話しているんじゃない。少年の過去からの流れで言っただけさ」

「ごめん。何と言えば良いのか」

「気にしないでくれ。少年も僕と似たような目をしていたからだろうな。話したくなった」

「曇った目か」

「後悔と苦悩と人間不信。それらが詰まった瞳」彼の洞察力は凄まじいものだと改めて思う。

「きっと、オリバーもどこかで拗らせたね」

「両親が死んだときからかな」

 いつの間にかとてつもなく重たい話になってしまった。歩き続けのためか、会話の雰囲気からか、かなりの疲れを感じた。オリバーは全く速度を落とすことなく、背筋を伸ばしたまま歩を進める。

「少年はどうして、家族を大切にすれば良かったと思ったのかな。ついさっき、散々な目に遭わされたとか言っていたじゃないか」

「分らないんだ」

「というと?」

「両親は僕が五十歳か六十歳くらいの頃に死んだ。二人がいなくなるまでは、両親がきっかけで捻くれ者になり、夢を諦めて孤独に死んでしまったと思っていた。父親は家族に暴力を振るう人で、母親は僕を馬鹿にすることが多かった。夢を持ってもその道を否定され、暴力で両親の望む道を進むよう矯正された。それが十代後半から二十代の出来事だった。それから僕は、基本的に人を信頼しなくなった。小さい頃から、勉強をしていれば自分の好きなことが出来て、お金持ちになって、幸せになれると聞かされていたんだ。それで、勉強を強いられて、友人と遊ぶこと無く黙々と励んだ。そして、ようやくやりたいことを目指せる年齢になった頃、さっき言ったように…裏切られた」

 オリバーは相槌を打ちながら静かに聴いていた。僕が淡々と話すせいか、表情を見るように時折こちらを振り返っている。

「両親は子供の頃から嫌いだった。でも、僕が大人になるに連れてその考えが濁っていった。幼少期に行った遊園地や、たまに見せる父親の笑顔を思い返す日々が多くなった。それでも、小さい頃からの感情が正しいのだと言い聞かせていた。そうでもしないと、自分のアイデンティティが狂いそうになったからだ。極端な話になるかもしれないけど、エドワードが途中でそっくりさんと入れ替わっていて、彼のために命懸けでお金を稼いでいたのだと知ってしまったら、今までの自分の世界が崩れ落ちるような感覚になるだろう」

「ああ…そんなこと考えただけでもぞっとするな」「そんな感情を常に持っていたんだ。そして、人を信用できなくなって、恋人とも離れ、一夜限りの出会いを求めるようになった。自身の利益にならない友人とは、付き合う意味が分からなくなり、縁を切った。妹もそんな僕を嫌悪して離れて行った。そして、両親は死ぬ直前に、僕の世界を両断するように謝罪を残して旅立った。それからは特に、両親との楽しいエピソードがフラッシュバックするようになった」そこまで言って、僕はふと気付き、ああと呟いた。

「だからだよ。両親が、本当は僕を愛していたのか、良い人だったのか…それを知りたくて、命尽きる間際に家族を大切にしていれば良かったと思ったんだ。もっと素直に接していれば、その答えを見つけていたのかもしれないと思ったんだ」

 オリバーは速度を落として僕の隣に並ぶと、疲れただろうと言った。過去を語るに連れて、どうしようもないくらい虚しい気持ちになった僕は、無言で首を縦に振った。すると、オリバーは背を向けてしゃがみ込み、背に乗るように合図した。僕は一言だけ礼を言って、小さくも頼もしい背中に身を委ねた。

「僕も弟が大切だ。そして弟が選んだ相手も同じくらい大切だ。だから僕は、弟のためにやらなくちゃいけないことがある」

「結婚でもするのか」

「そうだよ。でも、結婚生活にも問題が山積みなのさ…。相手がお金持ってなくてね。だから弟のために色々やらなくちゃいけない」

 そこで話を切ってしまったので、詳しいことは話したくないのだろうと考えて追及はしないようにした。

「それなら、全力でそれをやり遂げないとね。僕みたいに後悔ばかりで構成された人間になってしまう。自分が正しいと思う道を進めば良い」

「少年のお陰で僕のやるべきことは間違っていないと思えたよ。ありがとう」

 どことなく含んだ言い方だった。しかし、気も沈み、話疲れた僕は特に気にしなかった。

 帰路は最短ルートで、三十分ほどの時間で集合場所に到着すると、先に虎ちゃんが戻っていた。ここまで約一時間半。体感ではあるが、ベロニカが連れ去られて二時間と少しが経過していた。かなり遠くへ移動していてもおかしくないと考えているのは虎ちゃんも同じのようで、作戦が上手く行かなかったらいよいよ不味いと焦りを見せていた。そんな虎ちゃんからは吉報を受け取った。読み通り医者へ駈け込んでおり、そのまま武器屋の方面へ向かったようだ。恐らく一店舗目の武器屋だろうと考え、僕らは店の近くまでなるべく身を隠しながら移動した。走るからおんぶは出来ないとオリバーに言われてしまったので、自分の足で地面を蹴った。

 武器屋までもう数分というところで、最後尾を歩いていたオリバーが声を出した。

「俺の武器を手にしたみたいだ」僕らはオリバーの方を振り返ると、額に掛かる髪を少しだけ持ち上げてその輝きを確認させようとしていた。彼の持ち金までは見えなかったが、光を放っているのは分かった。二つ目の角を曲がり、武器屋がある通りへ出ると、暖簾の前で倒れ込むリハオユの姿が目に映る。それを見た虎ちゃんは、リハオユの元へと駆け付けて不器用に抱え上げる。

「おい!目を覚ませ!」

 リハオユは力が籠められないのか、四肢をだらしなくぶら下げている。半開きになった目で僕らの姿を確認したリハオユは、何かを訴えるように喉を震わせる。

「何だ!誰が俺たちを襲えと言った!」

「死に…たく…な」

「言えよ!お前の目的を言え!」

 焦りと怒りに満ちた声色で必死に叫ぶ。

「え……え…」

「見ていられない」

 そう呟いたオリバーは虎ちゃんの方を揺する。

「もうこいつに喋る力は残されちゃいない。残念だが、店主に掃除屋を呼ぶように話そう」

「そうあっさり死なせてたまるか!」

 虎ちゃんはオリバーの手を振り払って、リハオユの頬を思い切り叩いた。鈍い音が辺りに響き渡るも、リハオユはびくともしない。永久の眠りについたのだ。

「くっそおおぉ!」

 虎ちゃんは抑えきれない感情を地面に吐き出し、暫く蹲って動かなかった。

「さあ。行こう」

 オリバーは虎ちゃんの方を支えて起き上がらせ、店の壁にもたれかからせてから中へと入って行った。ほんの数秒で戻ってくると、虎ちゃんの背を押しながら引き返すように宥めた。僕らは重い足取りでその場を後にする。しかし、落胆する感情は人の死を悲しむという意味からくるものではなかった。リハオユから情報を引き出すことが出来なかったという失敗を嘆いている。他人の死とはありふれた日常の、ほんの些細な出来事の一つに過ぎないと、改めて思った。道端で死ぬ烏を見たら不吉だと騒ぐように、車に潰されたカエルを気持ち悪がるように、ほんの日常の小さな出来事。死を嘆くよりも先に、僕らにとっての都合が優先される。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ