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知恵の戦争  作者: モノ創
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二幕 荒野を照らせ

 二幕 荒野を照らせ


 外へ出ると既に辺りは暗くなっていた。室内にも一切の明かりが無かった為、目が慣れて、暗闇でも辺りの様子は見えていた。今朝とは異なり、ぼろぼろの布を身に付ける人々がちらほらと見えた。鼻を突く臭いにも慣れてしまい、陰気臭さも町を歩く人々に紛れてか気にならなくなっていた。気温は低くないと思うが、妙な肌寒さを感じる。

「全員着替えたな」

 青年の指示で、ここの住人に溶け込むようにぼろ布を着せられた。解れた布があちこちに刺さって不快だった。貧民街という名前の通り、住民は誰もが貧乏であることが一目で分かる。服装一つで身分が分かってしまうため予め着替えとバッグを準備していたと言う。

 丁度四人分だ。

「女に勝手はさせないようにな」

 青年がヴァンに向けて指示を出す。ヴァンは女と、僕は青年とそれぞれ二手に分かれて行動するようだ。作戦の全工程を説明するように求めるも、現時点での行動理由についてだけしか喋らなかった。結局、今僕が得られた作戦情報は、組織は幾班かに編成されており、その班によって定住するアジトは異なるらしく、万が一敵にアジトを襲撃されても、組織の一部が潰れるだけに留まるようになっていると教えてくれた。従って、新米である僕には、信頼が置けるまで組織や今回の作戦内容について、全てを話すわけにはいかないということなのだろう。

「少年。いいかい。君の記憶を取り戻すことには協力するが、まずはこっちの問題を片付けてもらう。俺たちの面倒が増えたのは君の責任だからな」

「半分はそっちの思い込みと早とちりでしょうに」

「あーはいはい」

 青年は僕の反論を適当に受け流す。

「時間が押している。行こう」

 ヴァンは太陽が沈んだ方角へと進み、僕たちは、先ほど僕が下山してきた方角へと向かう。人がいる場所では怪しまれないように背を曲げてゆったりと歩き、誰もいないところでは時間短縮のため全力で走るという精神の擦り減る方法で移動する。

「思ったより早い時間だ。ここらで休憩しよう」

 人気のない場所で地面に腰を下ろす。移動中は感じなかった疲労が一度に押し寄せる。気が付けば、息切れは酷く汗も相当なものだった。対して男の呼吸は安定しており、表情からも疲れているようには見えなかった。僕のために休憩していることは明白だった。

「悪いね」

「いいさ。君は期待以上の人材だよ。ちゃんと付いて来れている」

 意外にも褒めるというスキルはあるようだ。暴君とは違うだろうと思っていたが、青年よりも圧倒的に力のありそうなヴァンを従えていて、信頼も厚いところを見れば、彼にはリーダーとして相応しい器を持っているのだろう。

「君はさ…」

 青年は徐に僕を呼ぶと、再び懐かしむような顔をしながら一呼吸置いた。

「記憶が無いと言うより、何だか…どこか別の場所から来たみたいだ」

 ぎくりとして、まさかと呟いて首を振った。本気で言っているわけでは無さそうだった。否定をした僕だったが、内心誰かにこのことを理解してほしいと思っていた。一々言い回しを考えなくても、知らないことは知らないとはっきりと言いたいし、未知の場所で、ガイドが欲しいと考えてしまう。

「本当にそうなら、あんたは信じるのか」

 いつかうっかりと本当のことを喋ってしまいそうだ。

「さあね」

「まあ何にせよ、君たちには教えてもらわないといけないことが山ほどある」

「答えられる限りは」

 案外協力的なのかもしれないと思った。ビジネスで言っているだけかもしれないが、この機に聞けることは聞いておきたい。世界情勢については何となく理解できた。次は、元居た世界との共通点は何なのかということだ。

「方角を教えてくれ。逃げている最中に逸れて合流地点が分からなければ困る」

「じゃあまずは君の記憶を頼りに、今進行しているなと思っている方角を言ってごらん」含みのある言い方だった。知っている通りに答えても良いが、全問正解してしまえば記憶喪失が嘘みたいになってしまう。

「当てずっぽうに言って当たったとしても疑わないさ」

 サイキックかもしれないという疑念はさておき、はぐらかしても前進しないと悟り方角を言う。

「合ってるじゃないか」

「そうか」

 太陽の沈む方角は西で、上る方向は東という概念は、こちらの世界でも共通のようだ。太陽があり、重力があり、風や土も存在する。方角は人間が考えたものだが、このような自然の摂理は元居た世界と変わりないのかもしれない。

「次の質問は」

 彼はバッグから煙草と思わしきものを取り出して火をつける。先端から火の粉が舞い、一拍おいて深呼吸する。煙草の吸い方そのものだった。

「その前に俺にも一本くれないか」

 彼は迷わずボックスごと放り投げた。受け取ってから思い出したが僕の体は十歳前後だ。本当に吸うのか試されている気分だ。しかし、病院に入ってからは唯一の生きがいともいえるこいつを禁止されていたこともあり、吸いたいという欲求が高まる。肺に悪魔が入り込み、わるいものを吐き出すあの感覚を思い出しながら煙草を眺める。「ああ。火を渡してなかったな」

 一本取り出そうとするところで手が止まる。煙の悪魔に身を委ねたいという本能が働く反面、僕の理性は頑なにそれを拒否する。昔の自分を思い出させ、虚しさに心が支配されていった。

「どうした。吸わないのか」

 婚約者との約束や自分の惨めさがフラッシュバックした。もう何十年も前の出来事がつい先ほどの事のように思い出される。

「いや。やめておく」

「あっそう」

 暗闇の中、辺りは静寂に包まれていた。煙草の音だけが聞こえる。自身の人生が比喩されているようで嫌な気分だった。辛くなり、静けさを取り払うように質問の続きを始めることにした。

「んじゃあ、さっき僕を記憶喪失であると決め手になったのは何だったのか教えてもらお

 うか」

 吐き出した煙の跡を目で追いながら答える。

「そうだな」

  この世界の基盤は階級であり、階級毎に衣食住が大幅に異なるようだ。貧民はぼろ布、中間層はパーカーや少し上品なコート類、貴族は主にローブを纏っている。僕はローブを纏う青年に対して、貧民なのかと質問した。演技が上手いとしても、あからさま過ぎる問いに、これは本物だろうと思ったそうだ。

「なるほどね。因みに食についても教えてよ。基本的に何を食べているんだ」

「お前絶妙に変な部分が抜けてるんだな…。まあいいや。どの階級も主にパンとか米だけど、調理方法が違う。細かいことは面倒だから省くよ」

 言い終えると同時に煙草の火がフィルター付近まで到達する。地面に擦り付けて鎮火すると、人差し指で吸殻を弾き飛ばす。犯罪集団の名前通りの悪行だ。見事、環境破壊に貢献している。

  ストレスのかかる移動方法は相変わらずで、後半は明らかに速度が遅くなっていた。変化のない景色をかれこれ一時間近く見続け、そろそろ体力の限界を感じてきた。一向に前に進んでいないような感覚に僕らのエネルギーが削ぎ落されている。金髪の男も激しく息を切らしており、良く喋る口も酸素を取り込むのに必死なようだった。しかし、もう無理だと思っても、体は動き続ける。若い体とは宝であると身に染みて感じた。精神面は残念ながらそのままで、今すぐにでも休みたいと考えてしまう。

「休憩しないか」

「もう見えている。あの看板」左斜め前方に看板と呼ぶには相応しくない、垂れ下がった木の板が見えた。石の出っ張りに無理矢理ぶら下げたようなそれには、ナイフとフォークがクロスした絵が描かれていた。

「表向きは食事処だ。貧民街で数少ない娯楽場所だ」もう走る必要はないと言って速度を落とす。

「ライトをやるから周囲をよく見ろ」

「最初から渡してくれよ」

「貧民街に光なんて灯らない。不必要に振り回さず、人が通れそうな建物の隙間や曲がり角なんかを調べてくれ」

「歩行者がいたらどうする」

「迷わず捕まえろ。この通りは俺たちの仲間が毎晩のように張り付いている。貧民街の連中はそれを知っているから、日が落ちてからはここを通ろうとしない。看板が見える位置から遠ざけるようにしているんだ。だから、ここを通ろうとするやつは、軍の見回りか俺たちを敵視する勢力のどちらかだ。見えたやつは絶対に逃すな。どんな手を使ってもだ。

 意味は分かるな」

 すらすらと野蛮なことを言う。

「なあ。その組織ってのは敵が多いのか」

「勿論。俺たちの顔や名前は出回っていないが、無差別に人を攻撃してくる馬鹿も多い。

 それと、売人のように巧みに騙そうとする連中もいる。忘れるな。敵は軍だけじゃない。

 時には味方にも…な」

「味方も信用してないのか」

「まさか。例え話さ」

 彼は得意の作り笑いで話を終わらせて後方を確認する。

「俺はお前の死角を見ておく。ライトは敵からの的にもなることを覚えておくんだ」言われた通りに周囲を見渡す。僅かでも人が隠れられそうな場所を虱潰しにあたる。

「建物の上は見なくていい。ほとんどの家は窓なんてない。洗濯物を干すために壁をぶち破るやつもいるが、夜の間は木かなんかで塞いでいる。だからといって変に光を当てて興味をそそらせたくない」

 恐る恐る突き当りの曲がり角を、遠くから照らす。

「角まで行って見てこい」

 危険なことは全て僕任せかと文句を言いたくなるが、仮にその敵とやらがいたら、口論の最中瞬く間に捉えられるかもしれないと思い、口を閉ざす。

「後ろを警戒しておく。ライトを消して左の壁に背を付けろ。合図を出したら右を照らして、誰もいないと思ったらすぐに左を照らせ」

「おっけい」

「よし。カバーは任せろ」

 顔を見合わせ、覚悟を確認し合った直後、一度消灯して左の壁に背を付ける。彼は少し離れて、来た道を照らしながら警戒している。光を放った刹那、襲撃を受けるのではないかという恐怖が込み上げる。この時、自分の心の矛盾に気が付いた。遠い未来を見据えることには楽観的な割に、一歩先の瞬間には緊張している。その場凌ぎで生きてきた者特有の現象なのかもしれない。計画性も無いくせに余裕をこいて、いざ本番となればそれが仇となり、緊張に怖気づいてしまう。八十年の道のりで理解しなかった自分の愚かさに腹が立った。もっと早く自分と向き合っていればと後悔する。その悔しさを積み重ねないためにも、怯える心と決別しなくてはならない。

  一瞬だけ右側にライトを灯す。一秒も満たないうちに振り返り左側を照らす。

「誰もいない」

 安堵のため息を溢す。体中に冷汗が流れ心臓が爆音を鳴らしていた。己の行動が己の命を危機に晒すと理解して行動することなど初めてだった。極度の緊張と激しい運動で疲労という疲労が蓄積していた。少しの気の緩みが筋肉を麻痺させ、その場に情けなく座り込み、震える体を丸め込んだ。

「よく頑張った。さあ。背を貸すから中に入ろう。合言葉は二番目の酒場だ」

 冷たい風が吹く夜に、人の温もりが感じられた。久しぶりに人の内側に触れたような気がした。看護師も医者も、義務だから応援をしてくれていた。仕事だから介抱してくれていた。そこに人間味は感じられず、触り心地の悪いロボットと過ごしているような気分だった。彼は厄介の種である僕を支えてアジトへ連れている。立てと言われれば立っていたし、這い蹲ってでも進めと言われればそうしていた。それはきっと彼でも理解していただろう。彼なりの正義の為に戦っているのだろう。なるべく殺さずのモットーも、人を想って戦う故のものなのだろう。少し優しくされただけで良い奴と思ってしまうところは直した方が良いのだろうか。

  一人で考え込み、小恥ずかしくなって咳払いをする。

「なんだ?」

「いいや。特に」

 あっそうと呟きながら、重そうに木の板を開ける。

「扉とは呼べないね」

「貧民街はこんなもんさ」

 悲しそうな声色だった。彼の生い立ちにも興味はあるが今は聞かないでおこう。反逆を仕掛けようと思うほどの大事があったはずだ。僕が拗れたように、過去に縛られて大人になっていく。その最中にいる人間は竜巻よりも厚い渦の中で藻掻いている。そんな危険地帯に土足で踏み込もうとするやつを良い人間だとは思わないからだ。


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