とある仕事
1
北九州市。
深夜。
とある海辺の場所。
一人の男の死体が、近くにいたホームレス支援団体の人間により警察に通報された。
2
福岡県警察本部。
会計課。
職員の男が、電卓とにらめっこしながら、仕事していた。
他の同じ課の職員から見ると、彼の仕事ぶりは、明らかに「ダメ」の部類に入るところであった。
その時、会計課長の電話に内線の呼び出し音が、鳴った。
少々面倒臭そうな表情で、電話に出る課長。が、ホンノ数秒で態度が変わり、低姿勢になった。
「はい。はい解かりました。彼を至急にそちらに伺わせます。はい。はい。承知いたしました。」
会計課長が、受話器を置くと、立ち上がって、
「ふっ藤野君。大至急に松方主席監察官の下に行ってくれたまえ。今。やっている仕事は、吉沢君。君が代わりにやってくれ。頼むよ。」と、命令ともお願い事ともつかない言い方をした。
「しっしかし。この明細。直ぐに上げないと。」
藤野と呼ばれたダメ男が、言い返した。
「そんな事より、君は急いで松方監察官の下に行く。いいな。」
会計課長は、ダメ男の仕事を無理矢理取り上げ、所謂。仕事の出来る女性職員に半ば強引とも取られかねない渡し方をした。
渡された女性職員は、当然の如くブンむくれた。
会計課長は、ダメ男を追い出すかの様に部屋から出した。そして、ブンむくれた女性職員に急にペコペコした態度で、機嫌を取ろうとした。
彼の頭の中からは、既にダメ男の存在は、消えていた。
と、言うよりも、会計課全員の頭の中から、ダメ男の存在は消えていた。
3
「主席監察官」室。
会計課のダメ男が、何の挨拶も無くノックを二、三度しただけで、室内に入って行った。まるで入って当然の如くの振る舞いであった。
「何ですか?人が忙しい時に。」
ダメ男が、少々「お怒り」の様子で、松方の前に立った。
「何が忙しい時だ。お前の会計課での仕事ぶりは、ちょくちょく耳に入ってくる。「使えない」そうだな。」
松方が、笑いながら、言った。
「慣れないモンでね。」
と、ダメ男。
「でも、こっちの方は、慣れているんだろう?元○暴担当の課長さんとしては。藤野昌弘警視。早速だが、仕事の話だ。」
松方の顔から笑顔が、消えた。
藤野の顔からも笑顔が消えた。
「北九州市の小倉北区の海岸端で、一人の男の死体が上がった。死体の身元は、直ぐに特定された。石橋保。三四歳。現職の市会議員だ。」
「だったら、一課の出番でしょう?」
「本来なら、その筈だったんだが、ホシが「自分が殺しました。」と自首してきた。」
「自首?」
「そう。自首だ。男の名は、坂上忍。指定暴力団。「四代目岩田會」の構成員だ。「居酒屋での口論が原因で自分が殺しました。」と自供して以来、黙秘を続けているそうだ。で、四課の方も「岩田會」にガサ入れしたが、何も出てこず、理事長の室田は、「坂上の単独犯だ。」と言いきったそうだ。」
「それなら、それで問題ないんじゃないですか?」
「そんな事なら、わざわざ君を呼んだりしないさ。実は、この石橋って議員。ある問題を追っていた。」
「ある問題?」
「北九州市は都市を挙げて、IR(統合型リゾート)にご執心だ。いつもは反対に回る「共産党」だけでなく、市議会全会派が賛成に回った。反対していたのは、殺された石橋と数名以外なもんだ。」
「IRの問題だけで、殺されたんじゃないと。県警は睨んではいるが・・・何か釈然としない。」
「そう言う事だ。殺された石橋は、IR関連以外で何かを掴んで、「岩田會」に殺された。そう見て間違いない。と県警は思っているのだが、市側が我々の要請をのらりくらりなんだ。」
「そこで、俺の出番と言う事ですか?」
「そうだ。石橋の「死」の真相と「岩田會」壊滅が今回の君の仕事だ。」
「解かりました。で、監察官。殺された石橋に「女」はいなかったんですか?」
「ああ!忘れていたよ。有村架純。石橋の婚約者だ。」
「誰か、護衛をつけているんですか?」
「市側の抵抗があったため、ガードはつけてない。遠くから見張らせている程度だ。」
「落ちましたね。県警も。」
「北九州市が地盤の県会議員もいるからな。派手には出来んと言う訳だ。あっそうそう。これが、彼女の写真だ。」
「可愛い娘だ。」
「で、君の今回の名だが、宮澤喜一だ。君の本名は、県内外で知られ過ぎてる。」
「本当は、安倍晋太朗が良かったが、仕方あんめい。」
「君の事は、現地で有村架純さんを見張っている人間達には、言っている。君が現地に到着し次第、任無から外れる様に指示している。そして、これが、新しい免許証とスマホ。そして、武器だ。」
松方は、男の前に確かに宮沢喜一と印刷された免許証。警察証。スマホ。ノートパソコン。そして、明らかに武器が入っていると解かるアタッシュケースを置いた。
「そのパソコンの中に、色々データが入っている。パスワードは、君が警察官になった日だ。」
「そうですか。それなら、俺が会計課に異動させられた日の方が、何かあった時に開けにくいからな。でもやっぱり、安倍晋太朗が良かったな。」
と、免許証の名前とパソコンを見て、ポツリと呟いた。
松方は、敢えて聞こえない振りをして、
「今回の君の仕事に県警は、一切関知しないからそのつもりで。」
「何回も聞きましたよ。そのセリフ。もう十分に解かってますよ。」
「そういうな。結婚式の神父の話と一緒だ。あっすまん。君達の所は確か・・・」
「ええっ。バツですよ。」
「そうか。すまん。すまん。とにかく、成功を祈っているよ。」
「解かりました。」
「駐車場に特別仕様のムスタングを置いてある。それで行動してくれ・・・県警が手を出せるのは、そこまでだ。」
「解かりました。では行ってきます。」
宮沢と名を変えられた男が、松方に対し敬礼し、入口とは違う扉から部屋を出た。
4
男は、福岡市都市高速から九州自動車道に入り、そのまま走り続けて、北九州市都市高速に入った。
彼は、小倉東ジャンクションで降りた。そして、「小倉ベイホテル第一」玄関前にムスタングを停車させた。
彼は、フロント係の男に、お決まりの様に、
「何泊ですか?」
と、尋ねられた。
男は、惚けた調子で、
「解からん。」
と、答え、持っていた財布をそのまま渡した。
「失礼します。」
フロント係が、そう言って、財布の中を見た。
札片がしてある束が二つ程見えた。
二百万円程である。
「多分。一週間程かな。」
男は、フロント係にそう伝えて、車の鍵も投げ渡し、
「玄関前のムスタング。駐車場に止めて置いてくれ。俺に似て少々扱いは難しいがな。」
と、言った。
フロント係は、逆に男に対して警戒するような素振りで、
「三○五号室です。」
と、言って、部屋のカードキーを渡した。
男は、苦笑を浮かべながら、エレベーターで部屋に向かった。
5
男は、フロント係に指示された三○五号室に入るなり、顔つきが変わった。
部屋中のカーテンを閉め、部屋中を型通りくまなく捜索した。
怪しいモノは、当然の如くなかった。
男は、部屋に備えつけられていた、電源に持って来たノートパソコンを繋ぎ、電源を入れ、簡単にパスワードも入れた。
会計課の時のダメ男とは、打って変わっていた。
パソコンの画面には、北九州市長。丹波哲郎。北九州市議会の議長。岩城滉一。北九州商工会議所会頭の勝野洋。小倉北署四課課長の岩尾正隆。「四代目岩田會」会長の川谷拓三。そして、坂上忍と殺された石橋保が映っていた。
パソコンに同封されていた資料に一通り眼を通した男は、立ち上がり、部屋を出た。
そして、フロント係にカードキーを渡し、夕食の要らない事を告げ、徒歩でホテルを出た。
6
男は、石橋のフィアンセ有村架純の勤める
花屋の近くまで来た。
県警の二人の刑事らしき男が、彼女を見張っていた。
「ご苦労さん。ここからは俺が変わるよ。」男が、二人に声を掛けた。
振り返る二人。
「ご苦労様です。宮沢刑事。」
と、二人同時に男に敬礼した。
その時である。女性の悲鳴が聞こえた。
三人が、見ると、花屋が襲われていた。
襲っている連中は、全員マスク着用に黒ずくめで総勢五人であった。
よく見ると、花屋を襲っているのではなく、明らかに有村架純を狙っていた。
県警の刑事二人が、駆け付けるのを、制して男が、花屋に向かった。
男は、後ろから襲撃団の一人に飛び蹴りを浴びせ、振り返った男の頬に右の拳を深く充てた。
今度は、襲撃団は、男に向かっていった。
男は、襲撃団の一人の鳩尾に右の拳を。背後から襲ってくる者には、正面に顔を向けたままの頭突きを。一人には、側頭部に蹴りを。最後の一人は、バタフライナイフを持ち出した。
男は、「今頃流行らないモノを持ち出して。」と思いながら、突っ込んで来るそれを簡単に払い、下顎に強烈とも言える掌底を浴びせた。
襲撃団は、誰一人。立ち上がれなくなっていた。
男は、倒れている一人のマスクを業因に外した。
男は、驚いた。まだ十七・八の若者達であった。
男は、大人に金で雇われたのであろう。可哀想な気持ちであった。
県警の刑事達が、慌てて、やって来た。
男は、二人に二言三言言葉を伝え、架純に近づいた。
「あっありがとうございます。」
架純は、声を震わせながら、男に礼を言った。
「ケガは?」
男が、聞いた。
「大丈夫です。何ともありません。」
と、言った。まだ声は震えている。
「そうか。そりゃあ良かった。」
男が、微笑みかけた途端、花屋の社長らしき男が現れ、
「有村君。また君か?」
と、問い質した。
「はい。」
架純は、正直に返事した。
如何やら、過去にも被害にあったらしい。
「もうこれで三度目だ。君の事情はよく解かるが、こっちも商売なんでね。」
社長の言葉には、「辞めてもらいたい。」と言う意味に取れた。
架純は、暫く黙っていたが、ふと、一息吐いて、
「もうこれ以上こちらに迷惑を掛ける訳には、いきませんので、今日限りで辞めさせていただきます。」
と。言って、頭を下げた。
社長は、「笑み」を押し殺して、
「解かりました。貴女の言う通りにしましょう。事が事だ。少ないが「退職金」も出させてもらうよ。」
と、言った。
「ありがとうございます。それではこれで。本当にお世話になりました。」
架純は、深々と頭を下げ、店を後にした。
男は、架純の後を追った。
7
架純は、暫く歩いてから、振り返って、
「どうしてついて来るの。」
と、五m程離れて歩いている男に、言った。
男も足を止め、
「君を守る為だ。」
と、ハッキリと言った。
「わっ私を・・・」
と、架純が言いかけたところに、一台のワンボックスカーが、猛スピードで走って来た。
五~六人は、乗っている。
そして、全員が銃火器を所持していた。
男の眼には、明らかに架純を狙っているのが、映った。
「危ない!!!伏せろ!!!」
男は大声で叫んだ。
勿論、訳の解からない。架純。
ワンボックスカーから発射された弾丸が、架純の直ぐ傍に着弾する。
「キャアー。」
悲鳴を上げて、その場に座り込む。架純。
男は、すかさず、架純の傍に行き、着ていた上着で、彼女を隠した。
「いいか。動くなよ。」
男は、そう言って、いつの間にか、身に着けていたコルトカバメントの四五径を抜き、構えた。
Uターンして戻って来る。ワンボックスカー。銃を乱射しているが、二人には当たらない。
男は、銃を車の後輪めがけて、二発発射した。
男の放った弾丸は、正確にワンボックスカーの両の後輪を打ち抜いた。
操作を失ったワンボックスカーは、橋の欄干をぶち壊し、川に飛んだ。
男は、剥き出しになったワンボックスカーの下部のエンジン部分にもう一発発射して、
それを燃やした。
勢いよく爆発するワンボックスカー。
中からは、誰も出て来なかった。当然の結果とも言えた。
男は、すぐさま、架純のもとに戻り、
「終わった。とにかく、ここから逃げるぞ。急いでついて来い。」
と、強引に架純を立たせて、逃げる様に、その場を立ち去った。
架純は、もう何も聞かなかったし、男も何も言わなかった。
幸い、目撃者はいなかった。
8
北九州市門司区の某所。
「四代目岩田會」総本部。通称「岩田會館」
会長応接室。
会長の川谷を上座に、岩尾。勝野。理事長の室田日出男。会長室長の成瀬正孝がいた。
「地元のカラーギャング団は、解かるにしても、組の襲撃団が六人。誰一人帰って来なかった。とは、どういう事なんですか?岩尾課長。」
室田が、息まいた。
「そうかっかしなさんな。理事長。」
「そうは言っても、たかだか女一人を始末するのに、こちら側の犠牲が多すぎる。と言っているんだ。」
「十分に理事長の言っている意味が解かる。しかし、警察関係者にはいないんだ。我々に盾つく者等。」
「県警の方は?」
勝野が、言った。
「県警には、自分の知り合いも多い。チャンと花薬は効かせてある。問題ない。」
岩尾が、自信たっぷりに言った。
「まさか、神戸の九州の幹部の方じゃ?」
成瀬が、言った。
「それなら、儂が明日神戸に三代目の三回忌法要に招かれておるので、そこで確かめて
おく。しかし、岩尾。もう少し本腰を入れて捜査しないと、儂ら。一蓮托生何だからな。」
川谷自らが、念を押す様に言った。
「解かっております。会長。」
「頼むぞ。」
そう言って、川谷は部屋を出た。後に成瀬も続く。
残った三人が、立ち上がり、頭を下げた。
「女の行方を追って、議員の残してある物を女共々始末するのが先だ。」
室田が、苛立ちながら、言った。
「解かりました。それを優先して実行します。ギャング団をのした男は、女の後で。」
岩尾が、室田に頭を下げて、部屋を出た。
「理事長。金の心配なら、置きお気づかい無く。」
勝野が、言った。
9
門司区あるラブホテル「ハーバーライト」
の一室。
架純は、ペッドで、寝ていた。しかし眠るまで先程の銃撃戦の「怖さ」でかなりの時間を要した。そのため男は、持っていた睡眠薬を架純を落ち着かせるために、飲ませていたミネラルウオーターに入れて、彼女をなんとか寝かせたのである。
男は、ホテル備え付けの冷蔵庫にあったビールを飲みながら、外を見てから、カーテンを閉めた。
男は、架純の寝顔を見ながら、「こりゃあ大変な事になったな。」と思った。
その時、男のスマホが鳴った。
勿論、松方からであった。
男は、渋い顔で、スマホに出た。
「見張りをさせていた刑事達に聞いた。早速有村架純に会って、ひと悶着起こしたらしいな。」
松方が笑いながら、言った。
「笑い事じゃないですよ。全く。連中は、本気で女を殺す気ですよ。」
男が、困り顔で、言った。
「そうか。彼女を本気で・・・」
松方の声から、笑い声が消えた。
「彼女を本気で殺そうとするのは。」
「この女性が、殺された石橋の全てを知っていると思っているからでしょう。この娘を始末すれば、全て闇の中。IR問題以上のものが闇に消える。」
「それは、なんとしてでも、防がなければならない。できるか?」
「この娘を守りながら、事件の真相に迫る。何とかやるしかないでしょう。監察官。俺に発破をかけるために、電話してきたんでしょう?」
「頼むぞ。」
「解かりました。」
男は、そう言って、スマホを切った。そして、
「簡単に言ってくれるよ。」
と、独り言を言って、ビールを飲み干し、缶を片手で潰した。
架純が、眼を覚まし、驚いた。
男が、まだ居たからである。
男は、
「悪いが、アンタには何もやましい事は、やちゃいねえ。ホントだ。信じてくれ。」
架純は、衣服が乱れていない事に気づき、
「貴方。一体何者なの?」
と、聞いた。
「殺されたアンタのフィアンセの支持者の一人だ。」
「それだけ?」
「それ以上の事は、悪いが言えない。ただ、一つ言える事は、俺を信じてくれ。アンタを絶対に守って、フィアンセの死の真相を暴いてみせる。それだけだ。」
「私も彼の死の真相を知りたい。私。彼から何も知らされていないの。だから、お願い。彼の死んだ本当の理由を・・・」
そう言って、架純は泣き崩れた。
「解かった。俺が必ず突き止める。だから、アンタはここに居ろ。いいな。ここから、絶対に動くな。アンタの命は狙われているんだ。いいな。絶対にここから出るなよ。」
男は、架純の言葉に一瞬、戸惑いを見せたが、彼女に言い聞かせるように言った。
架純は、泣きながら、頷くしかなかった。
男は、もう一度、睡眠薬入りのミネラルウォーターを飲ませた。
数分後。架純は、眠りについた。
男は、それを確認してから、部屋を出た。
10
小倉北区の繫華街。紺屋町。
この町の店と言う店が、「岩田會」の息のかかっている。
一応。県警のお達しのおかげもあり、所謂「ぼったくり」の店は、表向きは無いようにはなっていた。
何かあると直ぐに「岩田會」の組員が、駆けつける事になっていた。
男は、事前の調査と昔の勘で、この町にやって来た。
呼び込みを装った「岩田會」の組員達が、見知らぬ男の出現に緊張が、走った。
男は、素知らぬ顔で、とあるビルの中にあるクラブへと入って行った。
11
クラブ店内。
男は、一番奥に座っていた「岩田會」舎弟。成田三樹夫をチラリと見ただけで、店中央で空いていたボックス席に座り、
「ここの一番高い酒で、水割りこさえてくれへんか?」
と、関西弁で注文した。そして、
「ついでに可愛い女の子も席につかしてくれへんか?」
と、まで言った。
ママらしき女が、一度、成田の方を見た。
成田は、軽く頷いた。
ママと数名のこの店で、可愛いとされるホステス達が、籍についた。
「可愛いの。やっぱり。」
男は、笑いながら。言った。
「はい。どうぞ。」
一人のホステスが、男の注文した酒を彼に渡した。
「ありがとう。これホンノご褒美や。」
男は、そう言って、ホステスの胸元に何枚かのお札を入れた。
ホステスは、その札を見て、大声で、
「やった!!!」
と叫んだ。
店の中に居た客達が、一斉に、ホステスを見た。
「ゆまちゃん!」
ママが、窘めた。
「ママ。だって、お酒お渡しただけなのに、
五万円もくれたんですよ。」
ゆまが、顔を膨らませて、言った。
「いいな。」
他のホステス達が、羨ましがった。
男は、それを聞いて、
「よっしゃ。この金。全部お姉ちゃん達に、あげるさかい、一生懸命取りや。」
と、言って、いつの間にか持っていたカバンの中の札束を天へ投げた。
奇声を上げて、札束を拾おうとするホステス達。
困り顔のママ。
「ママも遠慮せんと。」
男に笑顔で、言われると、ママも人が変わったかの様に、札束を拾い始めた。
クラブの男性従業員が、成田の方を見た。
成田は、顔で合図した。
「お客様。こういう事をされますと、他のお客様のご迷惑になりますので。」
と、男性従業員の一人が、男に注意した。
男は。笑いながら、
「そんな固い事言わんと。これお兄ちゃんにあげるは。」
と、言って、何枚かの札を渡した。
「困ります、お客様。」
男性従業員が、本当の困り顔で、言った。
「気にせんでええ。これは儂からのプレゼントやさかい。」
男は、そう言って、水割りを飲んだ。
「うまいの。」
そう言って、また笑った。一瞬、成田を見た。
成田は、他の従業員達に臨戦態勢を取らした。
男は、気にもしなかった。
「お客さんは、大変なお金持ちなんですね?」
と、取れるだけの札を取ったママが、着物の乱れを直しながら、言った。
「そうや。この市にもカジノができるちゅう話を聞いてな。そのカジノ会社の株を買うたら、なんと一〇倍位に高向なってな。それでこないになったんや。しかしええなあ。この市は。カジノが出来て。ママん所も今以上に客が入るで。ホステスのお姉ちゃん達にも英語ぐらい覚えさせとかなあかんのと違うか。ええっ。ママさん。」
男は、時より成田の方を見ながら、言った。
成田の顔色が、明らかに変わっていた。
「私。もし、そうなったら、ちゃんと英語。覚える。」
ゆまが、男に取った金を見せながら、言った。
「ゆまちゃんは、偉い娘やな。」
と、言って、男は、ゆまにまた金をやった。
「まだ、噂ですよ。お客さん。」
「そうか。まだ噂かいな。けどなママさん。儂ら相場師の間じゃ、ホントの事になっとるで。仮に噂であってもや、その情報に喰らいつくのが、儂らの仕事や。」
男は、そう言って、また酒を飲んだ。
金を拾うホステス達を見ながら、酒を飲み、時折、成田の顔をチラ見しながら、男は、酒を飲んだ。
一〇数分後。
「ママさん。楽しいしうまい酒やったは。儂は、まだ行く所が在るんで、これで帰るはなっ。ごちそうさん。金はこれくらいでええやろ。」
と、男は、上着の内ポケットから財布を取り出し、札片のついた金。二〇〇万程渡した。
「こっこんなに。」
額に驚くママ。
奥で見ていた、成田も驚く金額だった。
「ええんや。気にせんと取っとき。ほな。また来るさかいな。そん時は、女の子。持って帰るさかいな。」
男は、そう言って、店を出た。
成田の顔の合図で、数人の従業員達が出て行った。
成田は、自分のスマホで総本部に電話した。
12
男は、あてもなく、歩いていた。
勿論、後をつけられているのも、知っている。それを気づかれないように歩いていた。
そして、いつの間にか、石橋が死体となって発見された小倉北区の西港の海岸付近に着いた。
男は、振り返って、
「お勤めご苦労さん。」
と、今まで気づかれないように尾行していたと思っていた従業員達に、言った。
驚く従業員達。
それもそうだが、普通に標準語を話されたのだから。その為。
「死ねや!!」
と、一人が、思わずドス(短刀)を抜いて。向かって来た。
「なるほど。」
男は、ドスを何のためらいもなく、いとも簡単に払いのけて、自分の右の拳を向かって来た男の左の頬に浴びせた。
もんどりうって倒れる男。
それを見て、従業員達=「岩田會」組員達は、二、三歩、後ずさりした。
男が、
「俺は、殺された石橋のようにはいかないよ。さあっ。どうするね?」
と、余裕の表情で、言った。
「岩田會」組員達は、全員。ドスを抜いていた。
「弾き(拳銃)を使わないのは、音が近くの会社に解かるからだろう?念のいった事で・・・」
男は、ため息交じりに、言った。
「うるせえ!」
また一人、突っ込んで来た。
男は、蹴り上げてドスを飛ばし、驚いた隙に右の膝を組員の鳩尾に入れた。
苦しみながら、倒れる組員。
今度は、二人掛かりで、男に突っ込んで来た。
男は、冷静に先ず一人の組員のドスを持っていた腕をねじり、後ろから襲って来た組員には、左の拳の強烈な裏拳を組員の顔面にヒットさせ、顔面を抑えている間に、ねじり挙げた腕からドスが落ちたのと同時にもう一度右の膝を組員の顔面に入れ、裏拳を入れた組員には、左脚で延髄の辺りに、強烈な蹴りを入れた。
気絶するかのように倒れる組員。
右膝を顔面にヒットさせた組員に、いつの間にか持っていたガムテープで眼と口と腕と脚を手際よく
グルグルに巻いて、その場にたまたま止めていた車のトランクに組員を放り込んで、自分は運転席に乗り込み、付いていた鍵を回して、エンジンをかけ、そのまま走り去った。
後で、持ち主らしい男が、夜釣りから帰ろうとしたが、車が無い事に気づき、警察に電話をかけた。
「岩田會」の応援部隊と警察が到着したのは、男が逃走してから、五、六分経った後だった。
13
とある地下。
車は、途中で海に棄ていた。
男が、口に貼っていたガムテープを剥いだ。
恐怖に怯える組員。
「心配するな。お前を殺したりはしない。たった一つの質問に答えてくれるだけでいいさ。」
男が、笑みを浮かべて、言った。
勿論、組員には、見えていない。
「ほっ本当に・・・そっそれだけで・・・いっいいんですか?」
組員が、身体を震わせながら、言った。
「本当だよ。但し、嘘をつかなければの話だが。」
「いっ言います・・・しょっ正直に言います・・・だっだから殺さないでください・・・」
組員が、懇願した。
「俺を信用しろ。命だけは助けてやる。本当だ。」
「わっ解かりました。しょっ正直に答えます。なっなんでも聞いてください、」
「簡単な事だ。「岩田會」の秘密の賭場を教えてくれればいい。それだけだ。」
「ほっ本当にそれだけでいいんですか?」
「くどいな。本当にそれだけだ。」
「わっ解かりました。言います。門司区と言う所の「門司西海岸二号上屋を使って、月二回の土曜日の午後八時にカジノになるんです。ただ。そこに入れるのは、「岩田會」会長が直接ごっご招待された方だけです。ですから、あっ貴方のような方が入れるとは・・・」
「一言多いんだよ。」
と、言って、組員の腹に一蹴り入れて、
「解かったよ。ありがとう。約束通り「命」だけは、助けてやるよ。」
蹴りで苦しむ組員を残して、男は、困った表情で地下を出た。
「さあて、どうやってそのカジノとやらに参加する人間を炙り出すか。あっ。石橋の婚約者のお姉ちゃんの事。忘れてた。早く戻らなきゃな。」
男は、タクシーを拾い、その場から立ち去った。
14
「ハーバーライト」の一室。
男が、慌てて部屋に入って見ると、
架純は、テーブルに固定された椅子に下着姿で座り、ステーキを食べていた。
男は、一瞬眼をそらそうとしたが、彼女が居た事に安堵の表情になった。が、直ぐに厳しい表情に変わり、
「お姉ちゃん。悪いがそれ食ったら、着替えて、ここ出るぞ。」
「えっ。どうして。」
架純は、衛星放送で流れる映画を見ながら、食べていた。
もう吹っ切れたのか、彼女に「怖さ」や「怯え」もなくなっていた。
「如何やら、この都市全体が、俺やお姉ちゃんを監視している。逃げなきゃまずい。」
「いや。私。この都市に居たい。彼からのプレゼントが届くから。」
「なっ。プレゼント?」
男は、驚いた表情になったが、直ぐに全てが解かった。
「なるほどね。」
と独り言を呟いて、
「お姉ちゃん。そのプレゼントを受け取るのは、今は危険過ぎる。アンタは家に帰っても、「岩田會」の連中が見張ってから、そんな所に帰っても、命が狙われるだけだ。ここは俺を信じて、言う事を聞いてくれ。」
「えっ。でも。私。死んだ石橋と同棲してたから。」
「同じ事だ。警察もこの都市では「岩田會」とグルだ。その警察が、色々家の中探し回って、ぐちゃぐちゃだ。制服警官が、家の前に立っているよ。そんな所に帰っても、この前までお姉ちゃんが勤めてた花屋での「器物損壊罪」って事で、捕まっちまうぞ。」
「あっあれは・・・」
「だから、言ってるだろう?この都市は、全てがグルなんだって。悪いが殺されたお姉ちゃんのフィアンセ。この都市じゃ悪者扱いだろうな・・・だから、俺を信じろ。お姉ちゃんのフィアンセが悪者じゃないって事を証明してやる。」
「ほっ本当にできるの?そんな事。」
「それが仕事だ。おしゃべりはこの位。急いでここを出なきゃ。」
「ほっ本当に・・・?」
「ホントだ。この都市を出て、違う都市に行く。そこなら絶対に解からない。自信を持って言える。」
「凄い自信なのね。」
架純が、ようやっと、微笑んだ。
「何せ俺の思い出の場所だからな。色んな意味で。」
「おじさんって、本当に面白い人なのね。」
その時、車のブレーキ音が、聞こえた。
「如何やら、ホントに来たみたいだぞ。」
男が、カーテン越しに外を見た。
「岩田會」の組員と成田の姿も見えた。
「お姉ちゃん。時間がないぞ。悪いがチョットの間、このおじさん臭い上着を
着てくれ。嫌なんて言ってる暇はないぞ。」
男は、外を見ながら、架純に指示した。
組員の一人が、成田に何かを告げた。
「岩田會」の全員が、上を見た。
男と架純が、居るのは、二階である。
架純が、用意できたのを見て、男は「時間がない。」と呟いて、
「セクハラになるなら、後で訴えてくれ。」
そう言って、さっきまで架純が、座っていた椅子で窓ガラスを割った。
「岩田會」の組員達は、成田と二名程残し、全員がホテルの中に入って行った。
男は、架純を抱いて、窓から飛び出した。
驚きながらも、とにかく眼をつぶる架純。
男は、飛び降りながらも、コルトガバメントを下に居た成田達に向け、打った。
後退する成田達。
男は、とにかく打ちまくった。
一人の組員に命中したところで、「岩田會」の乗って来た車の天井に運良く落ちた。
勿論、天井は、へこむ。
二人は、離れるなり、急いで、落ちた車に乗り込んだ。
組員達が、戻って来て、二人の乗った車に向かって、発砲した。
成田も同様である。
男は、車のエンジンをスタートさせ、バックで一九九号線に出た。
架純は、大声で悲鳴を上げながら、シート下に潜っていた。
勿論、男の指示である。
車の窓ガラスが、全部割れていた。
「岩田會」組員達も、車を追う。
かなりの距離があるものの、追って来る。
男は、架純に、
「お姉ちゃん。運転できるか?」
と、言った。
「こんな状況で聞く事?」
かなり怒っている。
男は、冷静に、
「こんな状況だから、聞いているんだ。」
と、言った。
「ギヤの種類は、私。オオトマ限定なの。」
架純は、不機嫌なまま、言った。
「オッケーだ。お姉ちゃん。代わってくれ。」
「代わってくれって、おじさん。何するつもり?」
「とにかく代わってくれ。」
架純は、言われるまま、自分が運転席に来た。少々強引ではあるが。
男は、架純が先程まで着ていた上着を取り出し、
「お姉ちゃん。驚かずにとにかく、ただ前だけを見て、運転してくれ。頼むぞ。」
と、言って、上着のポケットから、手榴弾を取り出した。
架純は、チラッと見ただけで、運転に集中した。
男は、助手席から後方を見ながら、身体を乗り出し、手榴弾のピンを抜き、投げた。
追って来る車の前に落ち、爆発する。
その爆破に巻き込まれ、大破する車。
勿論、乗っていた組員達は、即死。
第二弾が、追って来る。
組員達が、身体を乗り出して、持っている拳銃で、発砲する。
「そんな、ガラクタで当たるか。」
男は、言って、二個目の手榴弾をピンを外して、投げた。
先程と同じ結果になる。
残ったのは、成田を乗せた車であったが、彼は車を止めさせた。
男と架純を乗せた車は、そのまま一九九号線を直進した。
15
乗った車を途中で、捨て二人は、「小倉ベイホテル第一」に辿り着いた。
フロント係からカードキーを何も言わずに貰うと、部屋に入るなり、帰り支度を始めた。
フロント係が慌てて、
「チェックアウトの時間じゃありませんよ。」
と、二人を止めに入ろうとしたが、男の強烈な頭突きが、フロント係の顔面に入り、彼は気絶した。
男は、何も言わず、荷物を持つと、架純に、
「今度こそ安全な場所だ。」
と、言って、気絶したフロント係から自分の車の鍵を、強引に取り出し、ホテルを出ようとした。
集まって来る従業員達。
男は、再び、手榴弾を見せ、
「このままホテルごと、吹っ飛ばそうか?」
と、脅した。
今にもピンを抜きそうな表情だった。
後退りする。従業員達。
男は、ピンを抜いて、
「ドカン!!!」
肚の底からの大声に腰を抜かす。従業員達。
もう動こうとはしない。
二人は、ホテルを出て、男が乗って来たムスタングに乗って、再び一九九線を走り出した。
成田から連絡を受けた小倉北署の岩尾を中心とした捜査員が、駆け付けた時には、二人は、当然の如く、居なかった。「
悔しがる岩尾。
大至急で、検問の用意をさせた。
16
男と架純を乗せたムスタングは、うまい具合に検問をすり抜け、若戸大橋を渡り、若松区を抜け、福岡県芦屋町まで来た。
架純は、寝ないで、ずっと景色を見ていた。
男は、
「寝ないで大丈夫か?」
と、聞いた。
「寝たらおじさんに何をされるか・・・」
と、微笑んで、言った。
「悪いが、一応これでも見る眼は持っている方でね。確かにお姉ちゃんは、可愛いが残念ながら、俺の好みじゃないんだ。」
と、笑いながら、言った。
「失礼ね。おじさんって。」
「ホントに悪いと思ってる。死んだお姉ちゃんのフィアンセにもね。」
男が真顔で、言った。
架純は、男の一言に優しさを感じ感謝した。
「お姉ちゃん。もうすぐだ。俺の留守の間にアンタを守ってくれる人々がいる所は。そこに挨拶に行ってから、泊まる場所に行く。」
男が、言った。
架純に緊張が走る。
ムスタングが、とある場所の前に止まった。
架純が、直に驚いた。
「ヤッヤクザ!!!」
17
「岩田會」系「鶴田組」。事務所前。
数人の組員達が、出て来て男と架純に凄む。
当然の成り行きだった。
「止めねえか。お前達。」
若頭の岡崎二郎が、出て来て、組員達を制した。そして、男を見て、
「あっアンタ!!!」
と、驚きながらも、冷静を装って、
「なっ中へどうぞ。」
と、男と架純を事務所の中に入れた。
岡崎が、「社長室」の札があるドアを二、三度ノックした。
「どうぞ。」
中から声がしたので、ドアを開けた。
男が、座って、お茶を飲んでいた組長の鶴田浩二に深々と頭を下げた。
鶴田は、男に、
「そんなに固くなる事は、無いんですよ。」
と、笑いながら、言った。
「しかし、今回も親分に世話になるんですから。」
男は、言った。
「アンタに何度助けられたか。その恩は忘れちゃいませんよ。」
鶴田は、また笑った。
「さあ。どうぞ。」
岡崎が、男と架純に座るように勧めた。
男も架純も緊張気味に座った。
「そう固くならずに。あの時みたいな楽な気持ちで。」
岡崎が、座りながら、言った。
「親分。あれから総本部には、顔を出していないんですか?」
男が、聞いた。
「出してないさ。今の執行部には、頭にきているんだ。「定例会」に出る気にもならないさ。」
鶴田が、苦々し気に言った。
「総本部からの電話も受け付けんようになったんです。」
岡崎が、言った。
「あの川谷のボケ。亡くなった三代目の遺言。出鱈目にしよってからに、儂に総本部に出て来い。とは、虫が良すぎるは!!!」
鶴田の「怒り」が、だんだんヒートアップしてきた。
「そんなところ、親分には大変申し訳ないんだが、この女性を守ってほしいんですが。総本部から。」
男が、切り出した。
「北九州の件。こっちまで耳に入っている。理事長の室田からも連絡があった。儂は総本部に従うつもりはない。例え「絶縁」になってもな。お嬢さん。だから心配する事は一切ない。この町に居れば安心だ。総本部の連中は、一人もこの町には入れん。アンタも全力で今の「岩田會」。潰してくれ。」
「ありがとうございます。」
男が、頭を下げた。
架純も同様である。
「いつもの場所ですか?」
岡崎が聞いた。
「そのつもりです。」
「解かりました。今から早速手筈を整えます。」
岡崎が、部屋を出た。
「お嬢さん。どうか気楽な気持ちで。」
鶴田が、笑いながら、言った。
架純は、頷くだけだった。
「全て整いましたので。」
岡崎が、言った。
「ありがとうございます。」
男が、そう言って、二人に頭を下げ、勿論、架純も軽くだが頭を下げて、事務所を後にした。
鶴田と岡崎。そして組員全員が、二人を見送った。
走り去るムスタング。
「大丈夫なんですかねぇ?本家の方は。」
若頭補佐の菅田俊が、直に吐露した。
全組員が、再び事務所内に入り、菅田俊の言葉の鶴田の答えを待った。
鶴田は、全組員に、
「儂はあの人との「義理」を必ず守る。その為。儂は「絶縁」になるやもしれん。何があってもだ。その時は、今の本家と「戦争」だ。儂のこの古臭い考えに嫌気がして組を出て行きたい奴がおっても構わん。皆。好きにしてくれ。儂からはそれだけだ。」
と、本音を言った。
「今。親父っさんの言われた通りだ。それぞれの判断は自分達に任す。」
岡崎も鶴田と同意見だった。
「親父っさん。本当にすみません。親父っさんの心の中まで解からなくて。不肖この菅田俊。命投げうってでも、親父っさんに着いていきます。よろしくお願いします。」
菅田が、土下座して、言った。
全組員も同様だった。
「これからは、辛い事ばかりだぞ。それでもいいな。」
鶴田の言葉に
「はい!!!!」
と、全組員が、力強く答えた。
「よしっ。道具の準備だ。」
岡崎が、力強く言った。
「はい!!!!」
全組員達が、隠してあった武器・弾薬等。チェックし始めた。
鶴田も自分の道具(武器等)チェックし始めた。
18
「岩田會館」。会長応接室。
理事長の室田は、イライラしていた。
会長の川谷。会長室長の成瀬。経済界の勝野。小倉北署の岩尾。そして市議会議長の岩城。成田とその部下でもある組員二名も立っていた。
「トンダ災難だったな。成田。」
川谷が、重々しい声で、言った。が内心では、腸が煮えくり返っていた。
「すみません。義兄貴。トンダ恥を晒してしまって。」
よく見ると、成田の左の小指から指全体に包帯が巻かれていた。ヤクザのやる「指詰め」をやったのだ。その指が、ホルマリンづけのガラス瓶に入れられ、川谷の前に置かれていた。
「フン。今頃。こんな古臭いことをやりおって。」
と。川谷が、言って、素早くこの瓶を自分の懐に入れた。
「岩尾さん。まだそのバケモノ見たいな男の正体は、掴めんのかね?」
室田が、イライラした口調で、言った。もうイライラの範疇ではなかった。
「検問にも引っかからず、オービスの監視でも補足できない。県警の方は、知らんの一点張りだ。私らもね。雲を掴むような状態なんですわ。」
岩尾が、小さくなっている。
「今回の事で、アノ方々もずいぶんナーバスになっておられる。非常に近づきにくい状況なのは、確かだ。」
岩城の言い方も少々荒い。
「神戸の方は?」
室田が、成瀬に聞いた。
「そっちの方も問題ない。神戸も大阪のIRの問題に直面しているので、九州の事までは手が回らんと、四代目が直に言ってくれた。」
代わって川谷が、答えた。
「男の方も完全に標準語だった。そうですから。そして、もう一つ気になる事が一つ。男は、石橋の名前も出したそうです。」
成田が、言った。
「石橋の名を?」
岩尾が、考えながら、言った。
「やっぱり。県警の方じゃないのか?そうとしか考えられん。」
室田が、岩尾に詰めよった。
「もっもしかして、公安が動いている可能性も。」
岩尾が、言った。
「公安ですか?」
勝野が、ため息交じりに、言った。
「例え公安でもいい。男と女を探し出して、一刻も早く消すんだ。いいな。」
川谷が、厳命した。
その時、岩尾のスマホが、鳴った。
岩尾が、すまなそうな表情で、スマホに出る。
「俺だ・・・うん・・・なに?本当かそれは?・・・うん・・・うん・・・解かった。ご苦労さん。」
岩尾が、スマホを切り、
「男女二人を乗せたムスタングが、芦屋町方面に向かった。と、若松でパトロール中の警察官が数名。が証言してくれました。」
「芦屋町だと?」
「鶴田の爺さんの所ですね。」
「岩尾さん。アンタは、折尾署の署長に連絡して、一週間程度。動くなと。伝えてください。岩城さん。勝野さん。もうすぐかたがつくと。お二人に。室田。儂の名で大至急。鶴田の爺さんの「絶縁状」を全国の組織に回せ。理由は何でもいい。その後で成田。お前が指揮を取り、鶴田の爺さんを殺れ。鶴田組諸共潰してしまえ。いいな。今度こそ失敗は許されんぞ。」
川谷が、一気にまくしたてた。
「はい。」
室田と成田が、返事をして、部屋を出。岩城と勝野が、深々と頭を下げた。
「それでは、土曜日に。」
成瀬が、そう言って、二人を送る為、部屋を出た。
「これで、ようやっと、「岩田會」は俺の天下だ。」
川谷は、そう言って、笑いながら、茶を飲んだ。
19
芦屋町。
ラブホテル。「SEA LIFE」の一室。
「また、ラブホテル!?おじさんも好きね。」
架純が、不満を口にした。
「仕方ないだろう。この町の舟宿は見つかりやすい。万が一の時、お姉ちゃんみたいな普通の人々に迷惑がかかる。それを最小限に抑えたいんだ。解かってくれ。」
男が、諭すように、言った。
架純は、今日までの事を思い出しながら、考えて、
「解かったわ。おじさんの言う通りにする・・・」
と、少し寂し気に、言った。
男は、何も言わず、架純の頭を軽く撫でた。そして、部屋を出た。
架純は、何気なく、外を見た。
「綺麗な海。」
と、感動した表情で、言った。そして、何故かホッとした気持ちで、ベッドに寝転がった。
20
「シーライフ」駐車場。
男は、ムスタングに黒のシートをかけ、「鶴田組」が用意した車に乗って駐車場を出た。
男は、北九州方面に向かった。
21
「鶴田組」。事務所。
その知らせは、鶴田にとって、早くもあり当然の事でもあると言えた。
電話に出た岡崎が、鶴田の「絶縁」を聞いた。
岡崎が、電話を切り、鶴田に伝えると、彼は、
「解かった。」
と、答えるだけで何も言わなかった。
事務所内に緊張が走る。
そして、数分後。
部屋のドアを開け、組員全員に向かって、
「来るぞ!!!」
と、言った。
全員が、奇声を上げ、襲撃に備えた。
岡崎が、
「油断するな。」
と、声をかけて回った。
全組員。気合が入っていた。
その日の襲撃はなかったが、組員同志が相談して、交代の見張りを表に立たす事を決めた。
鶴田も岡崎も、組員の気合がうれしかった。
それから、二日後に「鶴田組」にも正式な「絶縁状」が届いた。
鶴田は、襲撃があるとすれば、「今日。」だと感じた。そして、全組員に、
「いいか。ダンプ特攻をかけてくる。入口から離れてろ!!!」
と、声をかけた。
全組員が、再び、奇声を上げた。
そして、深夜。ダンプのバックする音が、聞こえた。
全組員が、「来た。」と思った。
数分後。ダンプが、「鶴田組」の玄関を破壊し、止まった。
荷台から、何人もの男達が、マシンガンやショットガンを発砲しながら、降りてきた。
が、男達には、人に当たった気配が、ないのである。
そこへ、「鶴田組」組員達が現れて、男達に発砲や、長ドスで切りかかった。
倒れる男達。
が、襲撃部隊は、普通車でもやって来た。
組員達も応戦するものの、数で襲いかかる。
鶴田も岡崎も、必死で、応戦する。
組員達も倒れ、襲撃部隊の男達も倒れる。
正に「死闘」だった。
岡崎が、左肩に被弾した。彼は、それでも発砲を続けた。
組員の殆どが、死んでいった。
襲撃部隊も同じである。
鶴田も岡崎もどこかしら被弾している。
そこへ、成田がやって来た。
岡崎が盾になる。が、成田は、岡崎の眉間に穴を開けた。
鶴田によりかかるように、死んでいく。岡崎。
もう鶴田を守る者は、誰もいない。
「最高顧問。答えてくださいよ。アノ男と女の居場所を。」
成田が、薄笑みを浮かべながら、言った。
が、その言葉を最後に成田は、何も言えなくなった。
自分の意識が、なくなっていくのに、気がついた。
ゆっくり、振り返ると、菅田が立ち上がって、成田の心臓部を打ったのだ。
成田が、菅田向かって、銃を発砲しようとした瞬間、後頭部から弾丸が眉間へ出て来るのが、解かった。
成田は、膝から崩れ落ちるかのように、倒れ死んだ。
菅田は、それを見届けて、笑いながら、死んでいった。
鶴田は、何とか立ち上がったものの、直ぐに口から大量の血を吐き、死んでいった。
「鶴田組」壊滅であり、襲撃部隊の失敗でもあった。
それを聞かされた川谷は、何も言わず、不機嫌だった。と、言われた。
22
それから三日後の土曜日の深夜。
門司区の門司港西海岸二号上屋。
男は、黒装束で、隣の「旧大連航路上屋」の影に隠れていた。
「よくやるよ。普段あまり使わないような所で。」
男は、呆れるような口調で、言った。
男の言うのも確かだった。
この建物。昔は使われていたのかもしれないが、今はその形跡がないのである。
表に使えるのか使えないのか解からない。フォークリフトと木製パレットが散乱しているのだ。誰が見ても外側からは使われているようには、見えない。
ちゃんと施錠もされている。
「ったく。門司署の眼の前だぜ。普通の人間の思考じゃ考えられんな。」
と、ぼやいた。
そして、数分後。上屋が、男は、行動に出た。配電盤前に居た見張りの男の背後に回り、頸動脈を絞めて、気絶させ、持っていた、サイレンサー付きの拳銃で、配電盤そのものを破壊した。
ざわめく上屋内。
男は、窓と言う窓から、催涙弾を発射し、室内を更に混乱に落とし入れた。
必死になって招待客を誘導する「岩田會」組員達。
男は、室内に忍び込み、暗視スコープで、所謂、お金の貸し借りをする本部席のような所を探した。
男は、そこをなんとか見つけた。
しかし、「岩田會」組員が、奪われないように、何十にもなって守っていた。
男は、時間的に金を諦め、もう一つ別のテーブルの上に置かれた監視カメラの映像を保存しているパソコンからディスクを取り出し、持っていたケースに入れ、そのまま逃走した。
やがて、催涙弾の威力が、消えてきて、「岩田會」幹事長の渡瀬恒彦が、ディスクが、なくなっているのに気づき、組員達に探しに向かわせた。
男の車は、そのまま、関門大橋を抜け、下関警察署海峡交番へ向かった。
23
下関署海峡交番。
男が、来訪する事は、松方から山口県警を通じて、連絡がいっていた。
勿論。交番の警察官は、男の正体は知られてない。ただ、とある汚職事件を担当している刑事としか連絡していない。
男が、車を飛ばしてやって来て、交番警察官に敬礼し、
「パソコンを貸していただきたい。」
と、だけ言った時には、少々驚いた。が、直ぐに
「どうぞ。」
と、言って、空いていたノートパソコンを、指差し、
「あれをお使いください。」
と、言った。
「ありがとうございます。それから、申し訳ないが、少しの間一人にさせていただきたい。」
と、男は、早口で言った。
「解かりました。どうぞ。ご自由に。」
警察官は、男に別室を用意し、そこを使うように案内した。
「重ね重ね。ありがとう。」
男は、警察官に礼を言ってから、ノートパソコンを持って、別室へ入った。そして、外付けのハードディスクドライブに先程、門司で奪ったディスクを入れた。
パソコンの画面に映しだされた、顔を見て驚いた。
北九州市長の丹波をはじめとして、北九州市の幹部や財界のお歴々。市会議員(それも与野党問わず)。北九州市の各警察署の署長。副署長。北九州市警察部の部長。北九州市選出の県会議員。が、川谷と握手を交わし、談笑し、酒を飲み、賭け事に講じていた。
そして、川谷や室田。丹波が深々と頭を下げていた女性を見た男の表情がみるみる「怒り」に変わり、「石橋の兄ちゃんは、こいつに殺されたようなモンだ。」と、思った。
男は、急いで、持っていたUSBメモリーにこの画像をコピーし、
交番の警察官に、改めて、礼を言ってから、車に乗り込み、交番を後にした。
男は、スピーカー状態で、松方への直通スマホに電話し、たった一言。
「殺しますね。」
と、「怒り」を込めて、言った。
松方には、先程のノートパソコンから、画像を添付して送っていたので、彼自身も画像を見て、驚愕していたのである。その為、男の一言に全てを理解し、
「解かった。」
と、言っただけで、スマホを切った。
男は、「さあ。どうしよう?」と考え始めた。
24
「岩田會館」。会長応接室。
防犯カメラのディスクを盗まれた事について、岩城や勝野が川谷に深刻な表情で、苦情を入れた。
川谷。室田。渡瀬が、平身低頭に謝罪していた。
その時、成瀬が、岩尾が来訪したのを、川谷に告げた。
川谷は、成瀬を急かした。
岩尾は、応接室に入るなり、
「皆さん。男が山口県警系列の交番に寄って、北九州方面に帰って来ているのが、解かりました。その為、小倉近辺に入ったところで、男を射殺します。よろしいですね?」
と、まくし立てた。
川谷が、
「私らも協力する。」
と、言って、成瀬に顔で合図した。
成瀬は、無言で頷き、部屋を出た。
「頼みますよ。」
岩城が、言った。明らかに表情が、変わっていた。もう男の正体等どうでも良かった。ディスクさえ破壊できれば、全てが闇に葬れると確信した。
勿論、勝野も同じである。
それを聞いた岩尾が、顔に笑みを浮かべて、
「解かりました。」
と、言って、部屋を出て、スマホで部下に指示を出した。
応接室内に笑い声が、響いた事は、間違いなかった。
25
国道三号。
小倉北区室町にある商業施設。「リバーウオーク」前。
小倉北区にある「北九州市警察部」の機動隊プラス「岩田會」の成瀬を中心とした襲撃部隊。
道路を完全封鎖し、所謂「素人」の車は、小倉北署の交通課の警察官が、
「重大事故が起こりましたので。」
と、丁寧にお詫びをして、迂回してもらうようにした。
数十分後には、一台の車も通る事は、なかった。
男の乗った車が、やって来た。
「全員。構えろ。」
男は、ある程度の予想はしていたので、もう運転席には居なかった。
それを知らない。岩尾達は、近づいて来る車に向かって、
「撃て!!!」
と、命令した。
車に対して、一斉射撃が始まった。
男は、気づかれないように、その様子を見て、再び、「怒り」が増した。
車は、窓ガラスが全て破られ、みるみる穴だらけになる。
そして、成瀬の銃撃で、車は爆発大破した。
誰も、火の大きさに近寄らない。
男は、それを見届けながら、横道に入り、「ヤマダ電機」の前を通って、何とかJR九州の「西小倉」駅に辿り着いた。
男は、そのままホームレスに同化した。
車の火災は、そのまま放置された。
機動隊も襲撃部隊も撤退し、次の日の早朝には、黒焦げになった車は、小倉北署の用意したクレーン車に寄って、小倉の海に棄てられた。
岩尾は、車内の捜査も禄にしなかった。「誰が同じ立場になってもしないだろう。」と思ったからである。
ディスク諸共男が死んだ事は、あの時のカジノに出入りしていた人間。全てに安堵を持って、知らされた。
川谷は、芦屋町に潜んでいる架純の捜索に新しく直系組長になった野口貴史に「常任理事」と言う幹部ポストを与えるとともに、芦屋町の「鶴田組」のシマ(縄張り)の後をまるまる任せた。
野口は、早速。芦屋町に入り、架純の捜索を開始した。
小倉北署も石橋のマンションの警備を止めさせた。
男は、「おっちゃん」と呼ぶ旧知の仲の情報屋からそれを聞きだし、密かにホームレス界隈から抜け出した。そして、石橋と架純が同棲していたマンションに向かった。
26
小倉北区城内。
「JOUNAITOWER」。
高級マンションである。
男は、殺された石橋の経歴を思い出しながら、「大したもんだ。」と思った。そして、直ぐに中へ入り、松方から支給された警察証をコンシェルジュの女性に見せ、
「福岡県警の者です。大変申し訳ないが、大至急で、石橋保さん宛の郵便局の不在票を見せていただきたい。」
と、言った。
女性は、驚き、戸惑った。それもその筈である。つい、二、三日前まで、小倉北署の警官が、石橋の家を警備し、撤退したばかりである。そこに今度は福岡県警を名乗る人間が現れたのである。当然の事と言えた。
「早く。」
男は、珍しく、語気を強めて、言った。
女性は、「はっ。」となり、急いで、そして、恐る恐る石橋宛の不在票を渡した。
男は、
「すまない。感謝します。そしてもう一つ協力してもらいたい。私を石橋さんの部屋に入れていただきたい。」
と、言った。
女性は、軽く頷いた。
男は、
「捜査協力。感謝します。これは、小倉北署も知っている事です。貴女は今から起こる事に関して、必ず秘密厳守でお願いします。」
と、敬礼して。言った。
女性も思わず、敬礼した。先程のまでの「戸惑い」、「驚き」が嘘のようであった。「もしかして、これってテレビでしか見たことない「秘密捜査」なの。」と思い、身体中に「興奮」が走った。
男は、そんな彼女を見てから、石橋の部屋に向かった。
室内は、案の定、滅茶苦茶であった。家具も電化製品も壊され、衣服等も散乱していた。
男は、「余程だな。」と、思った。
そして、自分のスマホで、郵便局に電話をかけ、再配達をお願いした。
二時間後。男の下に、荷物が届いた。
二個あり、一つは、手紙入りの青い箱。そして、もう一つは、コインロッカーの鍵であった。
男は、その二つを持って、部屋を出て、再び、女性に
「ありがとう。」
と、言って、マンションを出た。そして、男は、自分のスマホで、「おっちゃん」に電話をかけた。チョットしたお願いをしたのである。
「おっちゃん」は、心良く引き受けてくれた。
男は、スマホを切って、
「さあっ。戦争だ。」
と、言って、「おっちゃん」との約束の場所に向かった。
27
北九州市戸畑区のとある工場址。
三時間後。
「おっちゃん」が、男が頼んでおいたモノを持って、ようやく現れた。
男は、ホッとした。
「国のデフレ政策の結果。潰れたようなモンだ。まあっ、それはいいとして、ここなら誰にも見つからないよ。」
「おっちゃん」が、言った。
「なるほどねぇ。で、頼んでいたモノは?」
男が、焦り気味で、言った。
「ちゃんと持って来たよ。これが、一番手間食ったがね。」
「おっちゃん」が、苦笑交じりで、ムスタングのトランクを開けた。
口もロープで縛られてはいるが、ごそごそ動き回るある意味元気な架純の姿があった。
「そして、これだろう?」
「おっちゃん」が、男の持ち物全てを、芦屋町から持って来てくれたのだ。
「おっちゃん」。本当にありがとう。」
「いいさ。これくらい。アンタと俺の長い付き合いだ。ただ、料金はいただくよ。」
「おっちゃん」が、笑みを浮かべて、言った。
「解かっているよ。」
と、言って、置かれた上着の内ポケットから、もう一つの財布を出し、それを渡した。
「おっちゃん」が、その中身を見て、驚いた。
「こっこんなに、いいのかい?」
「ああっ。「危険手当」込みだ。」
「それにしても・・・」
「俺とアンタの長い付き合いなんだろう?」
「すまねぇな。いつも・・・ああっ。思い出した。「鶴田組」が潰されたよ。それと「おつり」だ。自衛隊でも使っているやつだから、性能は折り紙付きだ。」
と、言って、M72LAW軽ロケットランチャーを用意してくれた。
「ありがとう。この件が終わったら、「鶴田組」の墓参りに行くよ。」
「そうしてやってくれ・・・じゃあな。成功を祈っているよ。」
「おっちゃん」は、そう言って、工場址を出た。
男は、トランクの中で暴れている架純を、抱きかかえ、トランクから出し、ロープを全部ほどいてやった。
文句を言おうとした架純に、男は、石橋からのプレゼントを渡した。
手紙と箱の中身は、指輪だった。
手紙を読んだ架純は、嗚咽した。
男は、架純の姿を見ていなくなり、荷物を全て、ムスタングに積み込んだ。
「何処へ行くの?」
架純が、涙声で、言った。
「お姉ちゃんの涙の原因と戦争してくる。」
と、言った。切なかった。
架純は、ついていきたいのを必死で堪え、
「私。ここでおじさんの帰って来るの待ってる。」
そう言って、男を見送った。
「必ず。帰って来る。」
男は、そう言って、ムスタングを発進させて、架純の前から消えた。
架純は、指輪を左手薬指につけて、
「保君。おじさんが、全部終わらせてくれるって。二人で応援しよう。」
と、言って、再び、涙眼になった。
28
戸畑区。
某所。
男は、ムスタングを閉店したノンバンクに突っ込ませて止まった。
二、三人の犠牲者が出た。
男は、気にもせずに降りて、持っていたサブマシンガンを一人の男に打ちこみ、即死させ、社長でもある「岩田會」相談役の山城新伍の若頭でもある千田光男に向かって、
「有り金。全部出せや。」
と、言った。
「ここをどこだか、知ってて言ってるのか?」
と、逆に凄んだが、
男は、
「知ってて言ってるんだよ。」
と、言って、千田をハチの巣にした。
それを見て、誰も抵抗する気力を失い、男達が、死んだ千田の後ろにある大金庫の鍵を開け、男が放り投げたカバンに札束を入れていった。
一人の男が、カバンを男に渡す。と当時に隠していた拳銃で、男を討とうとしたが、彼はそれに気づき冷静な表情で、拳銃で討とうとした男を屠った。
男は、カバンの札束が本物である事を確認してから、再び、ムスタングに乗り込み去って行った。
大至急の電話を総本部に入れたのは、当然の事であった。
29
小倉南区。
某所。
「岩田會」総本部長である梅宮辰夫率いる「梅宮組」事務所。
早朝。一人の組員が、事務所の入口を開け、外の郵便受けから新聞を取り出そうとした時、彼は自分の意識が、遠くなっていくことに気がついた。彼は、なんとか後ろを振り返った。
そこには、男が、サバイバルナイフで、自分の心臓辺りを刺しているのが、解かった。
もう組員に声も出す余裕すらなかった。
彼は、二度と起き上がることは、なかった。
それを確認した男は、手榴弾のピンを抜き、中に投げ入れた。
爆風が、男の居る所まで、届いた。また、その爆風で飛ばされた組員が、血だらけになって男の傍まできた。
男は、薄笑みを浮かべて、二個目の手榴弾を投げた。
先程と同じ光景であった。
生き残った組員が、一斉に外へ出て来たが、男は、冷静にサブマシンガンで、彼らを屠った。
死体の山を踏んで、男は、事務所内に入る。
「この外道が!!!」
梅宮が、長ドスを持って、男に向かって来た。
男は、無言で梅宮の眉間に穴を開けた。
梅宮が、二度と立ち上がることはなかった。
残った組員達が、拳銃を構えたが、震えて撃つことが出来なかった。
「素人になれ。死ななくてすむ。」
男は、そう言い残して、事務所を後にした。
「「梅宮組」。壊滅。」
男は、そう言って、ムスタングに乗りこんだ。
「いよいよ。本丸だ。」
ムスタングは、走り去った。
30
小倉北署。
暴力団対策課。
岩尾は、男が生きて、そして、「岩田會」系列のノンバンクや「梅宮組」の壊滅を聞いて、驚愕した。が、直ぐに北九州市警察部の部長に連絡を入れ、「岩田會」総本部の警備を懇願した。
部長は、快諾して、機動隊による警備を準備させた。射殺も構わなえこともつけ加えた。
岩尾は、「花薬」の効き目の効果を改めて、実感し、笑いが止まらなくなった。そして、各所の署長に連絡を入れ、架純の捜索を依頼した。
各署の署長達は、勿論、快諾した。そして発見し次第、射殺することも快諾した。
岩尾は、笑いが止まらなかった。「多くの犠牲を払ったが、これで全て終わる。」と間違いなく思った瞬間。部下から、
「課長に県警本部長からお電話が入っています。」
と、言われた。
岩尾はそれを聞いて、耳を疑った。
それもその筈である。「今まで、県警にとやかく言われることは、何もしていないのに。」と素直に思った。何故か不思議な感覚で電話を取った。
県警本部長の言葉を聴いて、岩尾は膝から崩れ落ちた。勿論、受話器も持っていない。放心状態である。
心配した部下が、受話器を元に戻して、
「どうされたんですか?課長。」
と、言った。
「くっくそが!!!」と岩尾は、怒った。が、直ぐに部屋を出て、一人で庶務課に行き、拳銃をもらい、捜査車両に単身「岩田會」総本部に向かった。
岩尾が車の中で、
「今頃になって、県警のくそどもめが。」
と、呟いて、車両のスピードを上げた。
因みに県警本部長の電話の中身は、
「「岩田會」への警備は、全て止めさせる。」
だった。
31
JR小倉駅。
男は、モノレールの改札口に隣接しているコインロッカーの番号を見つけ、鍵を差し込んだ。
が、鍵が開かない。
保管期間が、とっに過ぎているからであった。
「くそ。」
男は、思わず声を出して、ロッカーを叩いた。
それを近くで見ていた老女が、親切に駅の職員を呼んでくれた。
男は、老女に丁寧に礼を言って、頭を下げた。
老女は、
「こちらこそ。丁寧にありがとうございます。」
と、言って、笑いながら、その場を去った。
その間に駅職員が、ロッカーを開けてくれた。
「どうそ。」
と、彼は嫌味っぽく言って、料金を請求した。
男は、苦笑いしながら、料金を払った。そして、すぐさまロッカーの中を見た。
中には分厚い書類らしきものが、入っていた。
男は、それを取り出し、その場を離れた。
駅職員は、男からもらった金額に腰を抜かした。
男は、駅前の駐車場に停めてあった、ムスタングに乗り込み、その書類らしきものを見た。そして、
「こっこれは・・・」
と、驚いた。
それは、市が独自に進めようとしている「核のごみ」所謂、「高レベル放射性廃棄物」の最終処分場に立候補しようとして、色々な人物に「賄賂」を市長自らが、渡したとされる名簿や計画書であり、また、これもIRに関して「賄賂」」を渡した人物の名簿と土地の選定決定の書類だった。
その、名簿の中に門司で行われたカジノで、川谷や丹波が丁寧に頭を下げていた女性の名前もあった。
「石橋君は、この女の為に!!!」
男の怒りは、「怒髪天」に達した。そして、男は、その書類を全て、写真に撮り、松方に送った。
一〇数分後。
松方からの直通スマホから発信があった。
男は、何も言わずに出た。
「「岩田會」。女性への対応全て、君に任せる。」
松方は、そう言って、スマホを切った。
男の両眼から一筋の涙が流れ、
「落ちたな。あいつも。」
と、涙声で言った。そして、腕で涙を拭って、
「何もかも終わりにしてやる。」
と、言い、ムスタングを発進させた。
32
深夜。
門司区。
某所。
「岩田會館」前。
男は、近くにムスタングを停め、M72LAW軽ロケットランチャーを担いで、降りた。
戦闘服姿であった。
正面の防犯カメラが、一斉に男を映し出す。
男は、何の躊躇いもなく、それを発射した。
正面の分厚い門をブチ壊し、會館の一部も破壊した、
吹っ飛ばされて、外に押して来る組員達。
岩尾の要請で、川谷が全組員を集めさせていた。
男は、もう一度、それに弾丸を込めて、再び発射した。
破壊される會舘。
死んでいく組員達。
中から組員が、多数出て来たが、男は、あっさりと手榴弾で屠った。
男は、手榴弾をもう一度、投げ、死体の山を築いた。
中から見ていた岩尾が、
「奴は、傭兵か?」
と、言わしめた。
「そんな事は、どうでもいいんだ。こうなったのも、全てアンタの責任だ。アンタがなんとかしろ!!!」
山城が、幹部全員の総意として、岩尾に言った。
「わっ解かりましたよ。」
岩尾が、渋々、外へ出た。
男は、もう破壊された會舘内部に入ろうとしていた。
「待て!!」
後ろから岩尾が、叫んだが、男は、振り向きもせずに、マシンガンを発射し、岩尾を屠った。
男は、會舘内部に入った。
内部に残っている組員達を、男は無表情で、屠っていく。
組員も発砲するが、男には当たらない。
「フン。そんなガセ(偽物)モンで、当たるかよ。」
と、だけ言って、すずしい表情で組員達を屠っていく。
もう重傷と言うレベルの組員は、いなかった。既に即死か死亡のレベルであった。
まだなんとか息を吹き返した組員がいたとしても、男は、その気配だけで、殺していった。
「岩田會」には、動ける組員など、存在していなかった。
残った最高幹部達は、男の顔を見て、「はっ。」と思った。
が、その瞬間、弾倉を入れ替えたマシンガンをぶっ放され、ハチの巣にされ、即死した。
男は、会長室まで辿り着いた。
ドアを開けた瞬間、横から襲ってきた、成瀬の眉間に穴を開けた。
成瀬が、立ち上がる事は、二度となかった。
川谷が、背を椅子で、男に向けたまま、
「アンタだったのか・・・人は見かけによらないモンだな。」
と、言った。
「フン。」
男は、鼻であしらうだけだった。
「話し合いの余地なしってか。」
川谷が、発砲した。
男の頬をかすっただけだった。
「フン。」
と、再び、鼻であしらって、マシンガンを撃った。
川谷は、座ったまま、ハチの巣にされた。
「ごっ極道を・・・」
川谷が、息を吹き返し、立ち上がろうとしたところを、男は、トドメの一発を川谷の眉間に撃った。
彼の眉間に綺麗に穴が開き、本当に二度と立ち上がることは、なかった。
男は、それを確認してから、會館を立ち去ろうとした。
物凄い、死体の山だった。
男は、「ぺっ」とツバを吐いた。ポケットに手榴弾が、一つ残っていたのに気づき、ピンを抜き投げた。
爆発して崩れ落ちる建物。
五市合併前から存在してきた「四代目岩田會」は、ここに完全消滅した。
男は、再び、ムスタングに乗り込み、走り去った。
その数十分後に、県警の車両が、到着した。
県警の暴力団担当の課長の刈谷が、部下に向かって、
「地獄だな。こりゃ。」
と、言った。
死臭で、吐き出す警察官が、多数いた。
仕方のないことだった。
33
戸畑区。
某所。
工場址。
男が、行った時には、架純は、眠っていた。
男は、札束が、入ったカバンと、石橋の残した書類を置いて、その場を離れようとした。
「おじさん。行かないで。」
架純が、寝言を言うように、言った。
彼女は、カバンを置く音で、起きてしまった。だが、敢えて寝たふりをした。
男も、気づいていた。だが、彼女の方を見ることなく、
「まだ、やり残した仕事かある。お姉ちゃんは、その金を持って、どこか知らない土地でやり直せ。そして、幸せになるんだ。」
と、言って、その場を離れた。
ムスタングが、走る音が聞こえた。
架純は、涙した。
それ以来、架純は、男と出会うことは、なかった。
架純は、男が置いていった石橋の書類を中身を見ることなく、石橋保名義で、福岡県警に送った。
彼女は、思いカバンを引きずりながら、近くの戸畑駅から、電車に乗り、本当にどこか知らない土地へ行った。
勿論、石橋から送られた指輪は、つけている。
電車の中で、「岩田會」壊滅の記事を眼にした。
「ありがとう。おじさん。」
34
二日後。
福岡県警。
石橋保名義で送られてきた書類を見た県警の幹部達は、驚愕した。
当たり前である。一つの都市が、無くなるのではないか。と言うくらいの衝撃があったのだから。
県警本部長の待田は、臆することなく、書類に書かれた人物の逮捕を命じた。
その命を受け、捜査本部が立ち上がり、捜査員達が、大挙して北九州市役所に立ち入り、幹部達を「収賄」の罪等で逮捕した。
市長の丹波は、知らぬ存ぜぬを繰り返し、逮捕を免れようとしたが、捜査員に証拠をつきつけられて、観念した。しかし、直ぐに弁護士を呼ぶように秘書に指示した。
市議会議長の岩城は、愛人と逃走しようとしたところ、あえなく北九州空港で逮捕された。
勝野の邸宅にも、捜査員が令状を持って、中に入ったが、居間で首を吊って自死していた。
35
男の松方からの直通スマホの呼び出し音が鳴ったが、男は、電源そのものを切った。
松方は、もう全ての決着を男に任せた。
男が、「殺しますよ。」と、言ってきた時には、どこかで「止めさせよう」と言う気持ちがあったが、ここまできたからには「諦め」の気持ちが強かった。
松方は、本部長の待田に全てを打ち明けた。
聞いた待田は、何も言わなかった。し、言えなかった。
彼もまた全てを、男に任せた。
門司区。
某所。
とある中古マンション。
その一部屋。
女性が、中に入って来た。
送って来た車の運転手には、「戻らない」ことを告げていた。
車は、走り去って行った。
男にも、その音は、聞こえていた。
男が、女性に
「いい加減。懐かしがらず、入って来たらどうだ。お互い時間はないんだから。」
と、言った。
女性は、
「そうね。」
と、言って、男が居る部屋に入って来た。
その女性は、あの時の防犯カメラに、映っていた女性と同一人物である。
男が、
「座れよ。」
と、言った。
女性は、窓からの景色を見ながら座って、酒を飲んでいた男の横に座った。
「飲むか?」
男は、女性にグラスを渡した。
女性は、それを受け取り、
「少し。」
と、だけ言った。
男は、言われたように、少しだけグラスに酒を注いだ。
女性は、その酒を一気に飲んだ。
「相変わらず、酒はダメか?」
男が、聞いた。
「そうね。」
女性が、言った。
「何年になる?」
「何が?」
「別れてからだよ。」
「もう遠い昔よ。」
「そうか。」
「貴方は、どうなの?」
「俺も遠い昔の事だと思ったよ。」
「同じじゃない。」
「だな。」
男は、そう言って、また酒を飲んだ。
「大丈夫なの?そんなに飲んで。」
女性が、心配そうに、言った。
「そんなに心配かね?だったらどうして、別れたんだ?俺達。」
「貴方の癒着体質よ。」
女性が、言った。
「なるほどね。それでアンタは、俺より偉くなった。」
「止めて。そんな言い方。」
「あっ。すまない。」
「変わらないのね。貴方って男は。」
「アンタほどじゃないさ。松井沙織知事。」
男は、女性を本名で呼んだ。
「止めて。その呼び方。どうせ。二人だけしかいないんだからさ。」
「そうか。昔の呼び方ね。お互い忘れたんじゃないの。遠い昔のことだからさ。」
「そうよね。忘れるわよね。遠い昔のことだから。」
少しの間。無言の時間が流れた。
「やっぱり思い出せないな。」
「私も同じこと、考えてた。」
「まだ夫婦なのかね?俺達。」
「かもね。」
そう言って、沙織は、ミネラルウォーターを一口飲み、男も酒を軽く一口飲んだ。
再び、二人に無言の時間が流れる。
男のグラスの氷が、一つ溶ける音がした。
「何故だ?そんなにこの都市が、嫌いだったか?」
「人口の減少。急激な高齢化。上手くいかない中間市との合併問題。新日鉄へのおんぶにだっこな状態。そして、公務員の夫の癒着体質。」
「最後を除けば、やっぱりお前は政治家だ。」
「最後も重要よ。」
「県知事としてはね。」
「お見それいたしました。」
男の言葉を聞いて、沙織は吹き出しそうだった。
「笑わせないで。」
「そんなつもりは、無いんだが。」
「そうね。貴方は、冗談だとか言えるタイプじゃないもんね。」
「そうだったか?」
「そうよ。貴方は、本当に正直だった。」
「そかか。。。だったら。その正直者とやらに全て、教えてくれや。」
また、沈黙の時間が流れた。
「・・・県知事になってみて、この問題のことを考えるより、福岡市や糸島市の方がこの都市より、断然魅力的だった。最初に丹波にIRや「核のごみ」の話を持ち込まれた時、本当によく解からないんだけど、無性にうれしかった。この都市がもうこれ以上の発展が見込まれないと思っていたから、それなら国からの補助金や確かに中毒者ができるかもしれないけれど、「昔のこの都市の輝きを取り戻せるなら。」と言う思いで、この選択をしたの。悪い?」
沙織は、最後は開き直った。
「お前の考えを全て否定する気持ちは無いよ。ただ、いろんなもの。この都市の人間達はブランド化して何とかやっていこうとしてるじゃないか?お前は、その努力を無にするつもりか?」
「そんな農作物のブランド化だって、いつまで続くか解からないわ。期限付きなんだもの。後継者不足じゃない。だから、こんなものにすら興味がなかった。やっぱりお金よ。それしかないわ。」
「知事になると、「拝金主義者」になっちまうもんだな。」
「全ては、この都市のためよ。」
「そっか・・・でも犯罪に手を染めることはないんじゃないか?」
「次の選挙もあるしね・・・ねえねえ。知ってた?選挙ってね。莫大な金がかかるの。その資金作りのためよ。」
「市会議員の兄ちゃん。殺してまで、この都市を補助金漬けにしたかったのか?]
「あれは丹波達が、思いつきでやったことよ。私に気を使ってね。」
男は、沙織の言葉一言一言に。無性に「怒り」に覚えた。
「反省って 、する気もないか?」
「私がどういう人間か解かっているのなら、貴方の今の質問にはハッキリ言ってノーよ。」
「変わったな。お前。」
「もう少し貴方に我慢してたらね。」
「フン。そうか。」
男は、沙織の前に拳銃を置き、
「引き金だけを引けるようにしている。後はお前次第だ。」
と、だけ言い残して部屋を出ようとした。
「待って!」
沙織が叫ぶ。
男は、振り返った。そして、
「もうお前の帰る場所なんてないよ。」
「貴方を殺せばどうなるの?」
沙織は、拳銃を男に向けていた。身体中震えている。
「どうにもならんさ。」
「やれるだけ、やってみるわ。」
「それじゃあ。無理だね。ちゃんと構えないと。」
沙織の身体から震えが、止まった。男が撃ち方を教えたからである。
男は、再び、外へ出ようとした。
沙織は、銃を構えたままである。
男は、もう何も言わない。
沙織が、拳銃を発砲すると同時に、男は、身を変えて沙織に向けて、拳銃を取り出し、発砲した。
沙織の弾丸は、男の左の頬を掠っただけであった。
男の弾丸は、正確に沙織の心臓部に当たった。
崩れ落ちる沙織。
男は、靴の紐を結んでいた。
「たっ助けてくっくれないの?」
男は、後は自分次第だ。
そう言って、部屋を出た。
沙織は、泣きながら、自分のこめかみに拳銃向けて、両眼をとじて、引き金を引いた。
「ドン。」
玄関に居た男の耳に沙織に渡した拳銃の音がした。
沙織は、もう男を呼ぶことは二度となかった。
男も涙眼になってはいたが、直ぐに右腕で吹いた。そして、松方直通スマホに電源を入れ呼び出した。
松方は、
「終わったか?」
と、言った。
男は、
「なんとか。」
と、言うと、
「管理官。休暇をください。」
と、言った。
「解かった。」
と、言って、スマホを切った。
「辛かったな・・・ご苦労さん。」
松方の口から自然と言葉が出た。
男は、二週間程、県警には戻らなかった。
新聞には、「現職女性知事。自殺」!?」の見出しが溢れていた。