変わるきっかけ
いつもと変わらない朝。
でもいつもより少し早く目が覚めた。
キッチンに置いてある昨日の夜洗ったカップとソーサーはもう乾いていた。
そうだ、昨日柏木さんに会ったんだ……。
昨日の事を思い出した。
まさか年上だったとは……。
意外に好青年だったなぁ……。
人は見かけによらないなぁ……。
私は会社へ行き、昨日の事をはっちゃんに話した。
いつもの屋上。
「はっちゃんさ、前にうちの会社にいた、柏木さんって覚えてる……?」
お昼ごはんを食べながら、はっちゃんに柏木さんを覚えているかを聞いた。
「柏木拓人さん?」
「柏木さんって拓人っていうの……?」
そういや、下の名前、知らなかった……。
「あの、萌ちゃんに告白してきた人でしょ? 柏木さんがどうしたの?」
「昨日、スーパーでばったり会ったの。 向こうが私に気付いてね、話しかけてくれた。 けど、私全然わからなかった」
「え! スーパーで? どこの? あの時と全然違うの?」
「うちの近くのスーパーで。 髪はカラーリングしてておしゃれパーマで……そんなイメージないよねーー?」
「え! そうなんだーー。」
はっちゃんも当時の柏木さんを思い出している様だった。
「何かね、うち辞めてすぐに今の会社に再就職したんだって。 最寄駅、一緒だった。 でね、昨日一緒に飲みに行ったんだよーー」
「え! 飲みに行ったの!? へぇーー。 連絡先とかは?」
「交換した」
「そうなんだ! じゃあさ、また飲み会してってお願いしようよ! 柏木さんの同僚の人とかさ! 私は金子さんに連絡取ってみるから! 萌ちゃん、これはチャンスですよ!! 彼氏見つけよう!!」
「そうだねーー」
ほんとそうだよ……。
金子さんとちゃんと別れなきゃ……。
はっちゃんから金子さんの名前が出る度にチクっとする……。
「萌ちゃんは年上、年下どちらの方がいいの?」
「特にはないけど……、あ、柏木さん、私の1つ上だった。 大学院出てるんだって」
「え! 年上だったの? 私、勝手に年下だと思ってた!! 萌ちゃんは年上っぽいなーー。 年が離れてる程良さそうな気がするけど……」
そもそも男の人を信じていない。
年が離れてる、離れてないは関係ない……。
何となく付き合っている感じに便乗して私も付き合って来た感じ。
そりゃあ、長続きしないよね……。
金子さんと5年も続いたのは、お互いが心の底から相手を好きじゃないから。
ひとときだけの自分を必要とされる感覚を求めた私と、妻を愛しながらも他に快楽を求める人が合致しただけ……。
恋焦がれるってないな……。
よく考えたら経験した事がなかった。
はっちゃんは携帯で何やら始めた。
ささっと何かを打って私に言った。
「今、金子さんに飲み会セッティングしてってお願いのメールした!」
「え!? 今、メールしたの!?」
「これはさっさと動かないとね! 柏木さんにもお願いしといてもらわないと!」
はっちゃんは珍しく本気だ……。
いつも冷静なのに今回はいつもと違う。
「あ! 返事返って来た! いいよ、だって! また日にち決めとくね! 絶対空けといてよ!」
金子さんとちゃんと別れるいいきっかけだとそう思う。
ただ、金子さんとの飲み会っていうのは気が重い……。
はっちゃんは私と金子さんの関係を知らない。
彼氏のいない私たちの事を思って計画してくれているのはわかっている。
はっちゃんの為でもある。
だから仕方がない……。
週末の土曜日、金子さんから連絡があった。
今から来るなんて、お昼だし珍しい……。
でも、大丈夫なのかな……。
少々の不安はありながらも金子さんが来るのを待った。
今日こそ、また言おう……。
金子さんが来たらまた別れる話、しなきゃ……。
このままズルズル関係を続けるのは嫌だった。
一刻も早く別れる方向にならないと……。
焦りもあったがどこか冷静な自分もいた。
しばらくすると金子さんがやってきた。
「どうしたの? 急に珍しいね……。 奥さん、大丈夫なの?」
最初から飛ばして別れる話はできなかった。
少しずつその話へ持っていければいいかな……。
「……うん。 少し仕事残してるから会社行くって出て来た。 ほんとなんだけどね。 仕事して意外にすぐ片付いたから萌のとこ来た……」
何だかいつもと違う……。
覇気がない感じに見えた。
「とうしたの……? 疲れてる?」
聞くと、ここ最近忙しく残業続きで帰るのも深夜だったりで心身ともに疲れているみたいだった。
そんな時こそ、家に帰ればいいのに……と思ったが、残業続きのせいで奥さんの機嫌が悪いらしく仕事は早く終わったけど帰りたくなくてうちへ寄ったらしい……。
「萌は癒してくれるから」
そう言って抱きしめられた。
ふーーっと息を吐いた金子さんがさっきよりも気持ちが落ち着いたのがわかった。
腕に込められた力や髪を撫でる手。
すぐそばにある金子さんの顔が離れるとまた始まってしまう。
「あ、そうだ! はっちゃんから飲み会開いてって連絡あったでしょ?」
逃げる様に金子さんから体を離した。
してはいけない。
今日こそ話すんだって決めたから。
「連絡あったよ。 萌が好きにならない奴にする」
また腕に力が入る……。
引き寄せられ、見つめられ言われた。
「萌は他の奴のところに行かないで」
その目にはいつもの元気はないものの、そんな中でも伝えたい事を何とか伝えようとした健気な目に見えた。
「萌、もっと癒してよ……」
私は金子さんにそれ以上の事を言えなかった。