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君の事なんて  作者:
8/65

ドキドキ

「中、入って。 先に手、洗おう」


 私は柏木さんを洗面所に連れて行った。

 消毒液とピンセット、絆創膏をリビングに用意して待っていた。


「血、止まってるみたい。 でもごめん。 家入ってよかったの?」



「いいよ。 それよりこっち来て手出して。 トゲ、取らなきゃ……」


 柏木さんの手のひらに刺さったトゲは結構たくさんあった。

 それを一つずつピンセットで取っていく。

 小さい時から細々とした作業は好きで、トゲを取るのも得意だった。

 一つ一つきれいに取れていく。



 柏木さんの手って大きいんだな……。



 ふとそう思ったと同時に柏木さんに男の人を感じてしまった。

 夢中になって柏木さんとの距離が近い事にも気付いていなかった。


 我に返り、今の柏木さんとの距離感に気付くと残り3箇所くらいなのに、変に意識してしまってうまくトゲが取れない……。


 モタモタしてるのかバレない様に冷静を装った。

 ちょっと心臓の鼓動が速くなる。



 バレてないかな……。



 そう思うと尚更もっと意識してしまう。

 悪循環だ……。


 静まり返ったリビングに接近した男と女。

 たまに一言二言話すくらいで一人はトゲを抜くのに必死で、一人は手のひらを相手に預けている。

 二人とも見ているのは手のひら。



 ドキン、ドキン……。



 指先からこのドキンが伝わらないかと不安だった。

 緊張から手が汗ばむ。

 汗ばむのは恥ずかしい……。

 早くやってしまおう……。


 手に刺さってあったトゲは何とか全部取る事ができた。

 消毒液を塗り、切ったところには絆創膏を貼った。


 何とか終わった……。


「よし! これで終わり! 私のせいでごめんね……。 トゲが刺さった所、もう痛くない? 痛いとまだ残ってるかも知れないから……」


 ドキドキした事を気付かれない様に……でも目はまだ見る事はできないな……。

 消毒液やピンセットを片付けながら柏木さんにそう聞いた。



「ありがとう。 もう痛くないかな……。 こっちこそごめん! 手当てまでしてもらって」



「いやいや……。 助けてもらって何もしないなんてバチが当たるよ……!! 紅茶でも入れよっと! 飲む?」



「じゃあ……飲む!」



 今日はどれにしようかな……。

 並んだ紅茶の中から一つ選ぶ。


 お湯を沸騰させながら、リビングに柏木さんがいる光景を見る。

 柏木さんは手のひらをじっと見ている。

 この空間に男の人が来たのは、金子さんと柏木さんだけ。

 金子さんがいる事には慣れているけど、柏木さんがいる事が不思議でならなかった。

 でも、嫌な気はしない……。


 お湯を注ぐと紅茶のいい香りがしてきた。

 部屋いっぱいに広がった香りが気持ちを落ち着かせる。



「今日は楽しかった。 まさか、永井さんに会うとはね」



「懐かしい顔だった? ほんとにスーパーで会うなんてびっくりだったね。 でもごめんね、ほんとに……。 ケガさせちゃって……」



「永井さん、悪くないから。 永井さんってさ、彼氏いるの?」


 え?

 何で急にそんな事聞かれたんだろう……?

 部屋の中に金子さんの物って何かあったっけ……?


 そう思った私は、キョロキョロする訳にもいかず、頭の中で部屋の中を調べた。

 けど、全く思い当たらない……。

 いくら関係のない柏木さんでも、不倫してます、とは言えない……。



「彼はいないかな……。 もうずいぶんいないよ」


 5年はいない……。



「そうなんだ。 さっき電話番号交換したけど、その場の勢いとか断りきれなかったとかだったら悪いなと思って……。 じゃあまた飲みに行こうよって誘っていいんだねーー」


 そういう事か……。



「全然誘ってくれていいよーー」



 柏木さんはそれを聞いて、最後の一口をグイッと飲んだ。


「ごちそうさま! さぁ、帰ろうかな」



「ここから歩いてどれくらいかかるの?」



「15分?……、いや、25分くらいかな?」



「タクシー、呼ぶ?」


 そう言って立ち上がろうとした時、少し足が痺れていた私はフラついた。

 柏木さんにもたれかかる様に転んでしまった。

 10cmくらいの距離に柏木さんの顔がある。


 この状況、相手を好きじゃなくてもドキドキしてしまう……。

 柏木さんも一瞬何も言わずに私を見つめる……。



 このシチュエーションってちょっとマズいかも……。



 内心、【何か】あったらどうしよう……と良からぬ事を想像していた。

 先に言葉を発したのは柏木さんだった。


「大丈夫?」



「ごめん……、ちょっと足痺れちゃった……。 あ、そうそう! タクシー、呼ぶ?」



「あ、いや、いいよ。 歩いて帰る。 酔い覚ますのにちょうどいいかも!」


 そう言って柏木さんは帰って行った。


 何もされなかった……。

 よかった……。


 私は一安心していた。

 私の男の人への偏見の殻が少し割れた様な気がした……。

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