意外な事ばかり
「何か食べたいものある?」
たくさん書かれてあるメニューを私に見せた。
「いや、特にはないよーー。 柏木さん、夜ごはんでしょ? 柏木さんの食べたいもの食べればいいよ。 私はそれを少し頂きます。 それくらいの程度でいいですよ」
少し話して帰ろうかな。
久しぶりって言ってもずいぶん前の知り合いだし、その時だってそんなによく知らなかったし……間が持たないかも……。
楽しみだけど緊張もするし不安でもある……。
まわりのお客さんはみんな楽しそう……。
私たちはまわりからはどう見えてるんだろう……。
店員さんが生ビールを2つ私たちの前に置いた。
店内は賑やかで、それだけで緊張が少し和らぐ。
「今、仕事帰りだったの?」
一口ビールを飲んだ柏木さんが話し始めた。
「そう。 忙しい時期以外、私、あんまり残業ないからだいたいこの時間。 柏木さんは?」
「俺は結構残業あって、今日は珍しく早い方かな。 だからたまにあのスーパー寄るんです」
「最寄りの駅、一緒だったんだね」
「ほんとにね。 俺んちはもうちょっと先だけど。 でも電車、あんまり使わない。 通勤、車だし」
「え!? 今、飲んでるよ? どうするの!?」
「歩いて帰るから大丈夫。 車は……、
スーパーさん、少し置かせて下さい!!って感じかな……。 朝、取りに行く」
歩くってどれくらいの距離あるくんだろう……?
酔い覚ましにはいいのかな……。
「あの、柏木さんって私と同年代だよね? 歳って聞いていい?」
「俺、35」
「え!? 歳上!? 私、年下だと思ってた! うちの会社に新入社員で入ってきたから……」
「あ、俺、院、行ってるから……」
また意外な一面が……。
大学院行ってるんだ……。
人は見た目じゃないとはわかってるけど、見た目で損してる……。
「あ! 今、院、行ってる様に見えないって思ったでしょ?」
心の声が出たのかと思うくらいピンポイントを突かれ思わず笑ってしまった……。
「ごめん、ごめん……! そうじゃなくて……、院って凄いな…と思っただけで……、年下だと思ってたから意外過ぎて……」
この出来事で一気に緊張がなくなって普通に話せる様になった。
柏木さんは、小学校から大学まで剣道をやっていたらしく、今は休みの日にたまに小学生に教えているらしい。
柏木さんから剣道は結び付かない……。
また意外な発見だった。
彼女も常にいる人なのかなと思ったけどそれも違うっぽくて、柏木さんって見た目のチャラさとは違ったところが多い人だった。
指輪もしていないので独身なのかな……と思っていた。
「永井さん、番号交換しない? 結婚してないんでしょ? 聞いても大丈夫だよね?」
「あ、携帯? いいよ。 結婚、してないよ。 柏木さんも番号交換しないって聞いてくれるぐらいだからしてないんだよね?」
「いや、してるよ」
「え!!」
「……嘘だよ……。 してないよ。 なので、いつかけてきてもらっても大丈夫です」
「びっくりした……」
もう不倫をやめようと思っているのに、不倫に繋がりそうな事はしたくない……。
私たちは携帯番号の交換をした。
お互いの携帯へ登録を済ます。
「あのさ、一つ聞いていい?」
突然何だろう?
何聞かれるんだろう……。
「うん……どうしたの?」
「あのさ、あの時、告った時、何で断ったの?」
えーー……。
それ、今、聞く!?
「うーーん……。 新入社員で入ってきて数ヶ月だったでしょ? 柏木さんの事をよくわからなかったんじゃないのかな……。 え? 何で今そんな事、聞くの?」
「いや、特に意味はないけど理由って何だったのかなと思っただけ。 そっかーー」
居酒屋で2時間くらい話をしてお開きにした。
お財布を出そうとしていたら止められた。
「今日はいい。 俺が付き合ってもらったし。 今度、奢ってよ」
携帯番号も交換したし【今度】もあるかも知れないよね、確かに……。
「じゃあ、今日はお言葉に甘えようかな……。 今度は私ね」
「じゃあ、今度お願いします。 永井さんち、スーパーから近いんだったよね? そこまで送るよ。 酔い覚ましにちょうどいい」
まだまだ賑やかなお店を出て歩き出した。
二人で並んで歩いていると、少し道幅が狭くなった所に4、5人が固まって話し込んでいた。
その集団を追い越そうとしたその瞬間、前から自転車がやってきた。
当たる、と、思った瞬間に柏木さんが私を引っ張ってくれたそのはずみで、道に積まれた古い木箱に柏木さんが衝突してしまった。
柏木さんが引っ張ってくれてなかったら自転車に跳ねられてたはずだった。
「大丈夫? 自転車、見えなかったね」
そう言った柏木さんの顔が一瞬歪んだ。
見ると、手から血が出ていて、何箇所かトゲが刺さっているところもある。
ハンカチを取り出して押さえてもらった。
「ごめん! 私のせいで! ちょっと、この手に刺さったトゲ、取らなきゃ。 とりあえず、うち来て。 血も出てるし、ピンセットで取らないと痛いね」
「大丈夫だよ。 これくらい」
「そういう訳にはいかない。 私がケガさせちゃったから」
私たちは家へ急いだ。