真実
父は何とか母にわかってもらおうと話したが、母は聞く耳を持たなかった。
そのくらい、母にとってはショックな出来事で、許す事も信じる事もできなかった。
それからの父は信用を取り戻そうと必死に動いた。
はっちゃんのお母さんからの電話は取らず、仕事からはもちろん真っ直ぐ家に帰り、私の世話をしたり、家事の手伝いをしたり、朝少し早く起きて母との会話の時間を作ったり、休みの日には私を連れ出し母のゆっくりする時間を作り、おみやげにケーキを買って帰ったり……。
母の中で少しは気持ちが動いたのかも知れない。
けれど、大きな変化は得られなかった。
父は優しい人だった。
私の記憶でもそう。
人の気持ちにも寄り添う人だった。
きっとはっちゃんのお母さんの事も何とかできればなという気持ちからだったのだろう……。
自分の子供と同じくらいの子供がいる事も父のその気持ちを後押ししたのだろう……。
父も少しの愚痴を聞く程度、自分が話せば何とかなるレベルだと思っていたが、父の予想とは違った。
同じ様な境遇の母への妬みへと変わってしまったのだ……。
父は母から電話が直接かかってきた事を聞いて、はっちゃんのお母さんへそういう事はしないでくれと話した。
自分はただ、同期の同僚の家族を少しでも楽しく過ごせる様に手伝っていただけだと、その為に話を聞くのが自分でよければと思って話に付き合ったり、疑問になる事は取り除ける様に動いてみたりと自分にできる事をしていただけだ、と伝えた。
その話の電話をかけて以来、連絡は取っていなかった。
それなのにタイミングというものは残酷なものだった。
ある日、父が仕事を終えて帰宅しようとした時、携帯が鳴った。
しばらくかかってなかったはっちゃんのお母さんからだった。
恐る恐る取ると、電話の向こうで子供が大きな声で泣いているのがわかった。
「どうしたんですか!? お子さん、泣いてませんか?」
「永井さん、私、もう無理です……。 主人にも裏切られ、永井さんにも話も聞いてもらえず……、私は生きていてこんなに苦しいなら生きていたくないです……」
父はそれを聞いて只事ではないと思った。
「何を言ってるんですか! しっかりしてください!」
父ははっちゃんの住所を調べて取り敢えず向かう事にした。
はっちゃんのお父さんの携帯も調べて電話をかけた。
が、あいにく留守電に切り替わった。
「とりあえず、家へ帰ってこい! 話は後でする!」
それだけを入れて父ははっちゃんの家へと向かった。
当時、はっちゃんはアパートに住んでいて父は初めて訪問するそのアパートを探した。
見つけ出しチャイムを押すと、このままよからぬ事を考えそうな雰囲気で玄関先へはっちゃんのお母さんは出てきた。
まだ泣き止まない子供の泣き声が中から聞こえ、とにかく落ち着かせようと家の中へ入った。
その初めての出来事を母は父を尾行し見てしまった。
こんなにまでタイミングよくという事があるのかと父は思ったらしい。
経緯を説明しても母には届かなかった。
それからの話は叔母から聞いた話とほとんど同じだった。
育児放棄、病院で入院、そして自殺した。
父は母が誤解したまま逝ってしまった事に、母に誤解を与える様な事をした自分を許せず、周りに白い目で見られる事で自分への罰を背負おうと思い、女の人にだらしない人間として生きていく事にしたらしい。
母が最後に思ったであろうイメージに似せようとした。
父が女の人にだらしなくなったのは母が死んでからだ。




