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君の事なんて  作者:
56/65

一本の電話

 バーベキューから数週間経ったある日、家族で買い物をしているところにはっちゃんのお母さんとのお母さんに抱かれたはっちゃんに遭遇したらしい。


 父はこの前のお礼も兼ねて声をかけ挨拶をした。


「市原さん、この前はありがとうございました。 家族団欒のところに僕もおじゃましちゃってすみません……。 あ、妻と娘です」


 そう言って、私と母を紹介した。



「……いえいえ、こちらこそありがとうございました。 今日はみなさんで?」



「買い物です。 今日、市原は?」



「休日出勤みたいで……」


 そう言ったはっちゃんのお母さんの手には何個もの買い物袋があった。



「荷物大変そうじゃないですか……!」



「あ、車までなんで大丈夫ですよ」



「お子さんも抱っこしてだから大変でしょ? 車まで持って行ってあげたら? 私、ここで待ってるから」


 母は父にそう言った。



「……いや、それは御迷惑ですし……」



「大丈夫ですよ。 うちは買い物もこれからで荷物もないですから。 行きましょう!」


 父は荷物を受け取り、車まで運んであげた。

 母と私と離れたその時、父はまた相談をされたらしく、そんなに長く話を聞ける時間もなかったので、当時は携帯電話が普及し始めていた頃で携帯を持っていた父は何かあったらと親切心からはっちゃんのお母さんに携帯番号を教えた。


 そこから、父の携帯に連絡が来るようになった。

 最初は愚痴を聞く程度だった。

 かけてくる時間も、通話の長さも最初は配慮があった。

 そのうちその配慮もなくなり、勤務中、帰宅中、関係がなくなった。

 父はもうはっちゃんのお母さんは感情をコントロールできないくらいに追い詰められているのがわかった。

 まだ小さかったはっちゃんに何かありそうな予感がして冷たくあしらうことができなかった様だ。


 はっちゃんのお父さんとは課が違う事もあってなかなか会わない。

 見かけた時に捕まえてそれとなく話して仕事の状況とか聞いてみるがやっぱり忙しそうで残業している感じだった。


 そんな時、仕事中に自宅へはっちゃんのお母さんが電話をかけた。


「ご主人にお世話になってます。 優しくしてもらってます」


 ただその一言を言うだけに電話をかけた。


 はっちゃんのお母さんは同じくらいの歳の子を持つ自分と母を比べ、環境はよく似ているのにのんびり育児をしながら暮らす母を妬んだ。

 取り立てて大変そうにしている様子もない母を、自分と比べ攻撃したのだ。

 母はどういう事かと取り乱した……。

 帰ってきた父に、電話があった事と、どういう関係だと問い詰めた。

 父は全てを話し、謝った。

 その時の父は何もしていない、話を聞いていただけだからと母に理解してもらえると思っていた。

 でも母は違った……。


 母はこれまで黙っていた事がそもそも許せなかった。

 その上、何もないとはいっても、男と女。

 何かあったかも知れない……。

 口ではどうとでも言える。


 仕事人間だった母が父を慕いこれまで生活してきた。

 大好きだった仕事の全てを捨て、父を選んだ。

 そんな父が自分の知らないところで……。

 母は父の話を信じる事ができなかった……。



 たった一本の電話で、たった一言で、その日から母は別人になった……。

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