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君の事なんて  作者:
55/65

父の話

 久しぶりの実家はいごこちのいいものではなかった。

 実家を離れてずいぶんになる。

 もうここに、私の居場所はなくなっていた。


 父はこの家に一人暮らしている。

 今でも女の人が来てるのかなと思っていたが、今は女の人が出入りしている事がない様な感じがした。


 父はリビングでくつろいでいて、私が久しぶりに帰って来た事を喜んでくれた。

 そんな気持ちに水を刺す様で申し訳ないが、私は早速聞きたい事を聞いた。



「ねぇ、お父さん、この前ね、おばあちゃんのところに行った時にさ、聞いたんだけど……。 お母さん、自殺だったの……?」


 父は意外にも私が知ってしまった事をびっくりする様子もなく目の前をじっと見つめながら少し思い返している様だった。

 しばらくして父は母の自殺の理由を話し始めた。



「萌がお母さんが病気で死んだんじゃないって事を知る日はいつなんだろう……と思っていたけど、今だったんだね……。 そうだよ……、お母さんは自殺したんだよ……。 萌がね、まだ小さかったし、本当に病院に入院したりしていたから病気で亡くなったという事にしておいたんだけど……」


 父はこれまで黙っていた事を少しずつ思い出して娘である私に丁寧に話した。



「お母さんはね、お父さんを信じれなくなってしまったんだ……」



「お父さんの浮気でしょ……?」



「違うんだ……。 違うんだけど疑われても仕方なかった……」


 父が言う話はこうだった。



 ある時、父の会社で休日に社員たちが集まりバーベキューを開催する事となった。

 その場には、家族も連れてきていい事になっていて、かなり大人数での開催となっていた。

 私がまだ小さかった事もあり、母と私は参加せず父だけの参加になっていた。

 その場に居合わせたある家族があった。

 課は違うが同期の家族。

 その人は父の娘の私と歳の違わない女の子とそして奥さんと参加していた。

 父は私と歳の違わない女の子がいる事で話も弾み一人での参加になっていたが楽しく時間を過ごしていた。



「今日はご家族のみなさんは参加しなかったんですね」



「そうなんです。 子供も小さいからと思って参加しなかったんですけど、市原も子供を連れて来てたんだったらうちも連れてくればよかったですねーー」


 それが、はっちゃんのお母さんとの出会いだった様だ。



「永井さんの奥さんは今、お仕事は?」



「今はしてなくて主婦してますよ」



「そうなんですね。 私と一緒ですね……」



「育児、どうですか? 市原、やってます?」



「……基本、帰るのが遅いから……。 あの人、いつも残業でしょ?」


 一旦その場を離れ、遠くで別の人と笑いながら話す旦那さんをどこか寂しそうに見つめながらそう話していたのが印象的だったらしい。



「そうなんですね。 僕とは課が違うからわからないけど……」


 父はその寂しそうな感じを気にしつつ、同僚の奥さんの話を聞いてあげていたそうだ。


 父はその時話を聞いて、はっちゃんの両親がうまくいっていない事に気付く。

 はっちゃんのお母さんの話だと、育児に協力的ではないはっちゃんのお父さんに不満があって、残業というのもどうだか……と疑っている感じだった。


 はっちゃんのお父さんと同期で多少の面識があった父は、たぶん残業は本当なんじゃないか、疑う様な事をする奴じゃないと思うと、伝えた。


 父はその時、後に話が深刻になる事も、自分にこれから降りかかる事がある事も予想もしていなかった。

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