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君の事なんて  作者:
33/65

悲しさの中で

 土曜日のあの光景を私は忘れる事ができなかった。

 あの後、二人はどうしたんだろう……。

 私が聞いていい話じゃない。

 自分の気持ちに気付いてしまってから、柏木さんには会っていない。

 私はどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。


 月曜日に出社してもはっちゃんから土曜日に柏木さんと会っていたという話はなく、観たテレビの話や仕事の話でいつもの普通の会話だった。

 いつもなら話してきそうな事なのに、はっちゃんからはそんな話はなかった。



 練習日の火曜日は朝から雨……。

 午前中は激しい雨だったけど今はしとしとと優しく降っている。


 土曜日の事、動揺が隠しきれなかった……。

 まだあの時の気持ちを引っ張っている。

 そんな自分を自分自身が一番びっくりしていた。


 どうしよう……、どんな顔して会えばいい?

 そう思っていたが、柏木さんは仕事が忙しいみたいで今日の練習はお休みだった。

 会いたい様な会いたくない様な不思議な気持ちだった。

 練習も終わり、事務所に鍵を返しに行った私は小走りで駅へ急いだ。


「永井さん!」


 声をかけられた先には黒木さんがいた。



「あ! お疲れ様です!」



「永井さん、送りますよ!」



「大丈夫ですよ、黒木さんこそ早く帰らなきゃ!」



「いや、これから雨も強くなるみたいだから、乗って」



「でも……駅もすぐそこだし……」



「ほんと、気にしないで」


 黒木さんのご厚意に甘える事になった。



「助手席なんて乗っていいんですか? 彼女に怒られますよ!」



「それは大丈夫だから……。 前、乗っていいよ」


 私は恐縮しながら助手席に乗った。



「ほんとに、いいんですか? 逆方向なのに……すみません……」



「問題ないですよ。 今日あんまり元気なかったから気になってたのもあって。 何かありました?」



「いや……、特には何もないですよ……」



「柏木がいないから?」



「いや……そんな事はないですよ……」


 ズキン……。

 名前を聞くだけで鼓動が速くなる。



「俺、永井さん見ててわかる……。 柏木を目で追ってるなぁ……って。 探して見つけた時の安心した顔も……。 それは柏木も一緒です」


 自分の行動ってそうだったのかな……。

 逆にそう思われていた事が、バレバレな行動だったのかと恥ずかしくもあった。



「そうですか……? 意識した事なかったですけど……そう見えてましたか? 柏木さん……どうなんですかね……? もし、一緒だったのなら今はもう、一緒ではないと思います……」



「好きなんだね、柏木の事……」



「そうなんですかね……。 自分でもよくわからないです。 けどたぶん、その気持ちに気付くのが遅過ぎました……」


 私は初めて自分の気持ちを誰かに話した。

 母の事、父の事、そして柏木さんの事……。

 正直、頭の中はぐちゃぐちゃだった……。



「俺でよかったら、永井さんに付き合うよ。 飲みに行きたくなったら一緒に飲むし、話を聞いて欲しかったらとことん聞くよ。 一緒にいて欲しい相手が見つからないなら俺がいてあげるから」


 私ってそんなに元気なく見えるのかな……。

 黒木さんにそこまで言わせるなんて。



「ありがとうございます。 気持ちだけで充分……。 私は大丈夫。 黒木さんは、彼女と順調なんですか? 付き合ってもう長いんですか?」



「もう二年かな……。 順調……、そうなのかな?」


 何か歯切れの悪い感じだった。



「え? 何かありました? 私、乗せて帰ってもらうの良くないんじゃないですか? 私、ここで降りますよ!」



「そうじゃないんだ……。 降りなくていいから」



「もし何か言われたらちゃんと話してあげてくださいね!」


 私の事でけんかになるのはよくない……。

 する必要のないけんかだ……。



 私は駅前で降ろしてもらい、私はファミレスでお茶をして帰る事にした。


 ボックス席に通されメニュー表を見て考えていたところにグラスワインが目に入った。


 ほろ酔い程度になる方がいろいろ考えなくて楽かもなぁ……。

 ちょっと飲もう……。


 そう思い、予定を変更してグラスワインを注文した。


 雨粒が窓に付いては流れ落ちを繰り返し、バラバラという音を立てながら雨足の強さを見せつける様に雨は激しく窓を叩いていた。


 ほんとだ……。

 黒木さんが言ってた様にたくさん雨が降り始めた……。

 外とは違って店内は静かで、穏やかな空間だった。

 店内に静かに流れる音楽より窓に当たる雨音を聴く方が心地いい。

 室内から大雨が降るのや雷が鳴っているのを見るのが小さい頃から好きだった。

 守られている感覚が安心して好きだった。

 頭の中を整理しきれていない今でもこの守られている感覚は感じる事ができるし、やっぱり落ち着く。


 グラスワインが運ばれてきて、一口飲んだ。

 体の中に染み渡るワインは、飲んだその一瞬だけ全てを忘れる。

 おいしい……。

 こんなにおいしかったっけ……。

 今日は酔いが早いのかこの一杯のワインだけで少し気持ち良くなっていた。


 今までの自分を考えた……。

 柏木さんと一緒にいる時はいつも楽しくていつも笑ってた気がする。

 髪型や服装を気にして、服装を褒められた時は嬉しかった。

 いつもの感じと剣道する姿のギャップ、なのに、バスケの時は無邪気な顔して仲間と練習したり。

 私はいつの間にか惹きつけられていたんだろうな……。


 でも、きっと遅過ぎた……。

 はっちゃんの気持ちは柏木さんに向いている。

 何となくわかっていたけど、確かめるのが怖かった。

 それを知ってしまうと、自分にブレーキがかかるから……。

 その時点で、柏木さんを好きだったんだろうな……。


 最後の一口の飲んで、少し気持ちの整理がついた。

 男の人を信用できないでいた私が、自分が思うままに入れた人だと思ったけれど……。

 その人に待っていると言ってもらえたけれど……。



 タイミングって大事だなぁ……。



 やっぱりワインにして正解だった。

 お酒の力を借りてよかった。

 気持ちに気付く前に戻ろうと思えた。

 雨も小雨になり、そう思えてファミレスを出たのにまた雨が強くなってきた。

 傘をさしていても意味がないくらい大粒の雨になってきて走って家に戻った。

 さっきの小雨を信じたのに結局全身濡れてしまった。

 寒いし早くお風呂に入りたい……。


 アパートが見えてきた時、自分の部屋の前に誰かが立っているのがわかった。


 誰だろう……。


 近付いてからわかった。



「萌……」



「……どうしたの……?」


 そこにいたのは金子さんだった。



 雨は全然弱くならない。

 この雨の中、いつからここで待ってたんだろう……。


 久しぶりに会うその人にどうしたらいいかわからず立ち尽くすしかなかった。

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