変化した心
柏木さんの車の中。
さっきまで四人でいた空間に二人……。
静かだ……。
でも、この静かさは嫌ではない。
むしろ、心地よく感じる。
私はさっき黒木さんから聞いた事を聞いた。
「ほんとは黒木さんじゃなくて別の人が来る予定だったんでしょ?」
「そう。 急にそいつに予定が入っちゃって困ってたら、黒木が来たいって。 でもさ、彼女いるでしょ? 来るならちゃんと彼女がいる事は言えよ、ってそれを約束してもらって代わりに来てもらったんだ」
「でもさ、そのほんとは来る予定だった人の都合で黒木さんが来て会った訳でしょ? もしその人の都合が悪くなかったらその人に会えて、黒木さんには会えなかった訳でしょ? タイミングだねーー」
縁とはそういうものなんだろうなーー。
「いや……萌ちゃんはどっちにしろ会うよ……。 そいつもバスケ部だから」
「え!! そうなの!?」
その人は菊池さんといって黒木さんの大学の時のバスケ部の後輩らしい。
「帰ってリスト見てみよう……」
私は橋田さんの名簿リストに何が書かれていた人なのか気になった。
「あ! 何か橋田からもらったの?」
私は橋田さんからもらった引き継ぎ書に名簿リストがあり、橋田さんからのちょっとした事が書かれていて、柏木さんは剣道が上手い事と、子供ウケがいいと書かれていた事を話した。
「たぶんね、私が早く溶け込める様にって思って書いてくれたんだと思う……」
「あーー、そうかも知れないねーー。 で、黒木が、ごはんを食べるのが早い人?」
「あ、そうそう!」
「菊池は何、書かれてるんだろう……。 柔軟剤にこだわりがある、とかなかった?」
柏木さんは菊池さんという人を思い出しながら笑ってそう言った。
「そんな全部覚えてないよーー。 でも柔軟剤の事は書いてなかったと思う……。 でもね、考えたらさ、少し前までと全然違う。 環境も人も……。 何でもっと早くこうしなかったんだろう……。 きっかけを待ってたのかな……」
金子さんと関係が変わらなかったら出会わなかった人たち……。
自分の人生なんてどうでもいいと思っていた。
楽しい事も別にいらない。
恋なんてしたい訳じゃない。
何となく生きていればそれでいい。
でも、今日もそうだけど私、楽しんでる。
こんなに楽しんでいいんだ……。
自由にしてもいいんだ……。
「……もう帰んなよ」
柏木さんはハンドルを握りまっすぐ前を向いたままそう私に言った。
「うん……」
柏木さんの声が響いた……。
私は柏木さんの方を見たけれど、柏木さんは一瞬でもこっちを見てくれなかった。
その横顔は何を考えているんだろう……。
そう思ったのは、私の事を思って言ってくれるその言葉の奥に意味があることを私は密かに少しでも期待したのだろうか……。
柏木さんが言った一言は友達である私への言葉の一つに過ぎない。
私自身だって柏木さんは友達だという意識でいる。
なのに、さっきの言葉をいつもより深くキャッチしてしまった。
変なの……私。
お酒が入ると思考がゆるむよね……。
「今日、楽しかったね。 黒木さんもいい人だったし……」
私は話を変えた。
「そうだね。 黒木の事はこれからも頼むよ。 あ、あと、菊池もね。 まだどんなやつかわかんないけど……。 橋田が何て書いてあったか教えて」
「こちらこそだよ……。 きっと迷惑かけちゃうから……。 菊池さんね……また言うよ……」
アパートの前に着いた。
私たちまで乗せてもらったから、無理させちゃったな……。
でも嫌な顔一つしない。
笑顔で送ってくれた。
「ありがとう。 ごめんね、私まで送ってもらって」
「全然いいよ。 帰る方向一緒だし、萌ちゃんち近いし、それに一緒に帰る方が楽しいでしょ?」
一緒が楽しい……か……。
「じゃあ、おやすみ!」
そう言って遠ざかって行く柏木さんの車を見ながら、少し寂しさを感じた。
楽しい事がもっと続けばいいのにな……。
でも、今日だけじゃない。
明日も楽しい事はある……。
そんな風に思う自分になると思わなかった。
スマホで時間を確認しようと取り出した。
着信があったのに気付かなかった。
誰だろう……?
スマホを見て固まった……。
着信の相手は金子さんだった……。




