ギャップ
「当時、柏木さんは辞める時、どんな事を言ってたんですか?」
私は気になったので聞いてみた。
「……いや、それがあんまり覚えてないんだよなぁ……。 ただ、仕事がキツくてとかそんな理由じゃなかったのだけは覚えてる……。 何でだったっけなぁ……。 柏木、辞めた時の事、何か言ってなかった?」
何も言ってなかったなぁ……。
「私は最近再会したんですけど、今まで辞めた時の事を詳しく話してないと思います……。私、当時、そんなに柏木さんと親しくなかったのもあって知らないんです……」
「そうなんだーー。 さっき、ここ入った時、二人、仲良さそうに見えたからずっと親しいのかと思ってたよーー。 違ったんだねーー。 まぁ、きっかけはともあれ、仲良くなるのはいい事だよね!」
何で辞めたんだろう……。
また今度聞いてみよう……。
私たちは次に会う日を決めてお店を出た。
時間はもう20時前になっていた。
お会計を済まそうと思ったら、橋田さんから柏木さんから代金を貰ってるから払わなくていいと言われた。
今回の3人分のお茶代を橋田さんに渡してくれていた。
「え! 私もいいんですか!?」
「あー、いいの、いいの! せっかくだし柏木にごちそうになろうよー! たぶん、柏木なりのお礼なんじゃない? ご厚意に甘えよう……」
「これ、お願いできる?」
そう言って橋田さんに手渡されたのは350円。
「これ、柏木のおつり。 家、近いんだよねーー? 私より会う確率高いと思うからまた渡しておいてもらえるかな……。 引き継ぎで会うの少し先になるし、私、忘れそうだから……お願いできるかな……?」
「わかりました! じゃあ、渡しておきますね」
橋田さんから預かった350円。
帰り道にメールを入れておいた。
『お疲れ様。
橋田さんから今日のコーヒー代のおつり、
350円、預かってます。
私までごちそうさまでした。
そんなのよかったのにーー。
また渡すね。
都合いい日、教えて。
今日はありがとうね。』
私は電車に乗り家へと帰った。
電車の中でスマホが鳴ったのがわかった。
バッグの中を見ると、柏木さんの名前が表示されていた。
今は出れない……。 仕方ない……。
私は改札を出て柏木さんに折り返し連絡した。
出ない……。
きっと仕事中だからあんまり何度もかけ直すのはよくないなと思い、また明日にでもかけ直そうと、家までの道を歩き出した。
帰って何作ろうかなぁ……。
作り置きって残ってたっけ……?
でもそんなに欲しくないなーー。
お茶漬けで終わらそうかな……。
独身女子の夜ごはんなんて手を抜く時はこんなもんだ……。
スーパーに寄るもの面倒だし、家にあるもので何とかしようと真っ直ぐ家に帰った。
家に着いてしばらくすると柏木さんから電話がかかってきた。
「ごめん、電話取れなくて……。 今日、途中で抜けてごめんね……。 橋田と打ち合わせできた?」
「できたよ。 再来週に一度付き合ってくれるって。 それからスタートでいいんじゃない?って言ってくれてたけどそれでもいいのかな……? あ、コーヒー、ごちそうさまでした。 ありがとうね」
「いえいえーー。 お願いするんだからコーヒーくらい。 いいよーー。 スタートの話もそれでいいんじゃない?」
「じゃあ、そうしようかな……。 仕事、終わったの?」
「そう。 今、帰り。 今日はちょっと遅かったかなーー」
「そっかーー、お疲れ様。 あ、おつりね、いつ渡そうかーー?」
「あーー、いつでもいいよーー。 何なら使ってくれてもいいよ」
「そういう訳にいかないーー」
「あ、じゃあさ、土曜日夜空いてる? ごはん行こうよ!」
そう言えば今度奢るねーー、って言ったっきりだった……。
いい機会かも知れない。
「あ、じゃあ行く?」
そう言って土曜日の約束が決まった。
約束の土曜日は、小学校の体育館で待ち合わせになった。
バスケの練習をしている体育館……私がこれから通う体育館なので、事前に行けて良かったのかも……。
けど、勝手に入っていいものなの……?と不安になりつつも体育館の方へ行くと、子供たちの声が聞こえてきた。
竹刀の擦れる音、ぶつかる音、気合の入った声……。
剣道だ……。
そこには男の人も数人いて、その中に柏木さんもいた。
いつものチャラい感じはなく、道着を着た姿、真剣に剣道に向き合う姿にドキっとした……。
目を奪われるってこういう事をいうのかな……。
私は柏木さんから目を離す事ができなかった。
練習も終わり、一斉に空気がゆるむ。
子供たちと練習終わりに話す柏木さんはいつもの柏木さんで、笑顔で子供たちと話す横顔は更に私をドキドキさせた。
柏木さんっていろんな顔を持った人なんだな……。
ギャップの凄い人……。
柏木さんってどんな人と付き合ってきたんだろう……。
柏木さんが私に気付き手を振った。
振り返したその手が少し恥ずかしかった……。




