新しい扉
普通、恋人と別れたら別れたくなかった方の喪失感って凄いんだろうなと思うけど、私はその体験をした事がなかった。
別れたくないと思った事もなければ、別れたいとも思わなかった。
いつも相手任せな恋愛。
だから、どの別れも悲しい、辛いとかはない。
あーー、またか……。
そう思っていた。
別れるきっかけになるのもいつも相手。
そもそも、最初から本気で付き合ってないんだろうな。
それは私もそうで、だから、本気じゃない人ばかりが集まってくるんだろうな……。
類は友を呼ぶ……、自業自得……。
そんな言葉がぴったりだった。
金子さんと別れてから、気持ちが楽になった気がした。
不倫という隠さなければいけない事を辞めた事で、誰かを傷付けるという持っていた荷物の重さを感じ取る事ができたのかも知れない。
誰にも言えない恋愛なんてしない方がいい。
ゆっくりこれからの事を考えていく時間ができた。
自分の事もそうだけど、はっちゃんと吉岡さんの事も気になる……。
はっちゃんが気になってるならうまくいって欲しいな……そう願った……。
ある日、柏木さんから連絡があった。
マネージャーの件で打ち合わせがしたいと。
前マネージャーの時間が取れそうな日をいくつか教えてくれて、都合の良い日に引き継ぎの話をしたいとの事だった。
私がマネージャーをできるのか不安だったけど、新しい事を始めたかった事もあって少し楽しみでもあった。
柏木さんが所属するチームがどのくらいの感じでやってるのかも知らないし、そのあたりも詳しく聞きたかった。
約束の日は仕事帰りの水曜日。
会社近くのご飯屋さんで待ち合わせ。
残業がなかった私は定時後すぐそのお店に到着した。
柏木さんは残業が多いって言っていたし、先に前のマネージャーさんが来たら顔も知らないし……どうしよう……名前だけでも聞いておくんだった……と一人不安になりながらお店の前で待っていると柏木さんが走ってきた。
「ごめん、待った?」
「え、待ってない。 お疲れ様ーー。 柏木さん、残業かな?って思ってた……」
「いや、それが今日は残業……。 ちょっと抜けてきた。 だから話ができたら、会社帰んなきゃいけないんだ。 俺、いないと困るでしょ? 残業じゃなかったらこのままこのお店でよかったんだけど……。 よく知らない人と俺抜きでごはんってハードル高いでしょ? 場所、カフェに変えていい?」
「あ……うん、いいけど……前のマネージャーの人は?」
「今から連絡するから大丈夫」
そう言って近くのカフェへと歩き出した。
「入って待ってよう」
お店の中はまだ席がたくさん空いていた。
向かい合わせに座って待つ。
「あ、そうだ……。 私、あの人と別れたんだよ……」
私は金子さんと別れた事を柏木さんに話した。
「え! 案外早く別れられたね。 もっと時間かかるのかなと思ってた……。 結構すんなり話進んだの?」
「一気に進んだ感じなのかな。 もうすぐ子供が生まれるんだって」
「え……そうなの……。 それでも永井さんと別れたくないって?」
「……うん……。 でも、それが決定打になったかな……」
「そっか……。 もうさ、あんな事しないで。 もっと自分大事にしなきゃ。 永井さんを大事に思ってくれる人にしなよ」
「……ありがとう」
見た目はチャラい柏木さんは私に優しい言葉をかけてくれた。
そのギャップ……おもしろいなぁ……。
「何? 何で笑ったの?」
クスっと笑った私を見てそう言った。
「あ、ごめん……、柏木さんの感じと出る言葉のギャップがあり過ぎてちょっとおもしろかった……」
「何それーー? 何か変な事言ったっけ? ……ちゃんと笑えるじゃん。 笑ってる方がやっぱりいいよ。 今の方が心から笑ってる感じがする。 俺がいっぱい笑わせてあげるよ」
笑っている私を見てそう言った柏木さんがまたおもしろくてまた笑ってしまった。
和やかに話しているところへ前マネージャーの人がやってきた。
「お待たせ! あ、永井さん? こんばんは、橋田です! 初めまして!」
初めて会った橋田さんに緊張しながら、私たちは話を始めた。




