別れ話
『はっちゃん、帰れたかな?
吉岡さんとのお茶、楽しかった?
私は帰りに偶然、柏木さんに会ったの。
会ってからは柏木さんと一緒に帰ったんだ。
金子さんは逆方向なのに申し訳なかったよね。
詳しくは会社で話すよ。』
そうはっちゃんに送った。
怖くて開かなかったメール……。
金子さんのメールを見てみた……。
『お疲れ。
電話したけど出ないし。
さっき一緒に帰ればよかったのに。
あの人、友達?
また連絡する。』
やっぱり聞かれるよね。
『お疲れ様。
ごめん、お風呂入ってた。
彼は友達で、家が近くなの。
おやすみ。』
それ以降の連絡はない。
金子さんは家の中じゃあまりスマホを触らないんだろうな……。
いつも連絡してくるとしたら次の日。
就業前や休憩中、奥さんのいない時と決めているんだろう……。
私の連絡も見てるのか見てないのかはわからない。
私はベッドに潜り込み、気付けば深い眠りについていた。
翌朝、昨日のお酒のせいかいつもより遅く起きた。
時計を見ると10時前……。
結構よく寝た……。
寝る時に自分の頭の上の位置に置いたスマホを手探りで探す。
やっとの思いで見つけたスマホをまだ開き切ってない目でチェックすると、メールが1通来ていたのがわかった。
金子さんからだった。
時間は3時頃、夜中だった。
何で夜中に……?
そんな急用あった?
こんな事、今までなかった。
寝ていたとしてもきっと奥さんと一緒にいるはず……。
奥さんの寝てる横でメールを打ったの……?
メールを開いてみると、
『今日、会いに行く』
とだけ書かれていた。
それだけ……?
リスクを背負ってまで伝えたい内容じゃないでしょ……。
時間も書かれてなかったけどほんとに来る気……?
休みの日なんて来た事ない。
休日出勤後にうちに寄ったこの前みたいな事さえ、珍しいのに……。
『ごめん、今日予定あるんだ』
それだけを返信して、私は急いでとりあえず家を出る準備をした。
用意しながらどこに行こう……と考えていた。
気持ちばかり焦る。
いつもならもう起きてるはずが、今日に限って遅く起きてしまった……。
いつもならメールに気付くのも早かっただろうし、準備だって大急ぎでしなきゃいけない状況にもならなっただろうし……。
歯磨きして顔洗って……、服、何着よう……、あ! 洗濯物! 洗いたかったけど……帰ってからにしようかな……。
いろんな事に焦っているとインターホンが鳴った……。
宅配便かな……?
インターホンの画面を見るとそこには金子さんが立っていた……。
え……。 もう来てしまった……。
とりあえずもう会うしかない……。
そう思ってドアを開けた。
「どうしたの……? どうやって出てきたの? ごめん、さっき返信したんだけど今日予定があって……」
私は金子さんにそう言いながらクローゼットの中から服を決めようとしていた。
体はそう動いても頭の中は空っぽで服の事なんて考えれていなかった。
何となく服を探してみる……。
嘘をつくのはいい気分がしない。
でも今は嘘をついて距離を置くしかない……。
とにかく帰ってもらわなきゃ……そればかり考えていた……。
「今日も出勤。 忙しいから。 その前に寄った。 萌、どこ行くの?」
「買い物」
「一人で?」
「ん? 一人で……」
誰かとって言いたかったがとっさに出ず、一人でと答えてしまった……。
クローゼットに目をやりながら、服を眺めていると腕を掴まれた。
掴まれた腕から金子さんのいつもと違う感じがわかる。
「萌、何でこっち見ないの? 最近、変だよ。 昨日だって一緒に帰らないし」
やっぱり勘づいてたんだね……。
こんな話になったらもう嘘はつけない……。
「……金子さん、もう別れよう……。 金子さんにとっても私にとってもやっぱり良くない……。 もう会わないでおこう」
「俺が嫌なの? 昨日のあいつ?」
「そうじゃない。 金子さんが嫌とかじゃなくて……ちゃんと奥さんのところに帰って欲しい。 それが夫婦の当たり前の形でしょ? 金子さんにもそうであって欲しい……」
「萌がいい。 別れられない」
「でも、奥さんとも別れられないでしょ? 私も別れて欲しいなんて望んでない。 それは知ってるでしょ? その上で私たちの関係は成り立ってた……。 けどね、それは不倫だから……。 5年も付き合って今更だけど、でも今ならまだ戻れる。 戻れるうちに友達に戻ろう……、そう思ったの……」
金子さんの目は悲しそうだった。
そんな目で見られるとどうしたらいいかわからなくなる。
「そんな悲しい顔しないで……。 金子さんは奥さんと幸せにならなきゃ。 私はこれから自分で探すから」
今日で終わり……。
お互い、進むべき道へ戻ればいい。
いつもより口数の少なかった金子さんが話し出した。
「何で今日来たか……? 萌に会いたかったんだ。 ただ単純に。 萌に会って笑った顔が見たかった。 話したかった」
そう言ってキスして抱きしめた。
「この唇にキスしたかったし、柔らかい体を抱きしめたかった。 無性に会いたくなったのは萌が最近会ってくれなかったから。 こんな短期間、萌と会わないだけでこんなになる……。 俺、無理だよ……」
金子さんはもう一度キスしようとしたが、私はそっと金子さんから離れた。
「もうダメ……。 ここに来ちゃダメだよ」
私の決意を受け止めて欲しい。
冷静になれば別れる事が一番いい事だと気付くはず……。
本当は金子さんだってそれに気付いてる。
「今日はもう帰る……。 仕事行かなきゃ。 また連絡する」
そう言って帰る背中に、私はかける言葉が何も浮かばなかった。
急に別れる事を話せた事に安堵とちゃんと別れられるかという不安に襲われていた。




