初々しい甘いカップル
ただ初々しい甘いカップルが書きたかったのです
「ごめん、今日バイトだから」
また断られた。
せっかく付き合うことになったのに一緒に帰ることもままならない。幼なじみの彼。ずっと身近にいて、この人といたいといつの間にか思っていた。
「また? 何でそんなにバイトしてるの? 一緒に帰りたいのに」
「ごめんて。こっちも金稼がないとやってけないんだよ」
彼が一瞬だけ申し訳なさそうに手を合わせた。
「お小遣いのため?」
「そうそう。買いたいものがあんの」
紺の長いコートを紺の学ランの上に羽織る。彼は特段格好良いと騒がれるような容姿ではないが、私にとってはとても格好いい。
彼がコートと同じ色のネックウォーマーを鼻まで引き上げた。
「じゃあな。また明日」
「うん。またね」
目をきゅっと細くして私の頭をポンっとしてくれた。こういうところだけは彼氏っぽく振る舞うから顔が赤くなってしまう。
重そうなリュックを揺らしてあっという間に出ていってしまった。
「はぁーあ。付き合ってからの方が遠くなった気がするなぁ」
誰もいない教室でつい独り言が漏れる。
「ただの幼なじみだったときはもっと遊んでたのに」
1年前、高校1年生の2学期の終業式の帰り道で私が告白した。その時の彼は色白の顔を真っ赤にして可愛いかった。幼なじみで、きっと恋愛的な好意を持っているのはこちらだけだろうと思っていたら、向こうも同じ気持ちだった。今でも思い出してしまう。
『馬鹿。お前がそう思ってるのに、俺がそう思わないわけないだろ』
と言って、真っ赤になった顔を隠すようにやはりネックウォーマーを引き上げた。
『冬休み、一杯遊ぼうな』
その後、くぐもった声でボソッと言ってくれた言葉。忘れられない。
「よう。うち来いよ」
その晩、私の家を彼が訪ねてきた。幼稚園から一緒で、家も歩いて2、3分のところにある。
「どうしたの? いきなり」
「いや、なんとなく会いたくなったからだけど」
「待って、今準備するから。……お母さん! ちょっと外行ってくるね!」
台所にいる母に大声で言い、急いで支度をする。
「ごめん、お待たせ。行こっか」
「え、全然待ってないよ。早すぎない?」
「そう?」
無理やり彼の右手が入っているコートのポケットに自分の左手を突っ込んだ。
「おいおい。手、あったかいな」
「家でぬくぬくしていたんだもん。手、冷たいね」
「外で凍えてたんだよ。あっためて」
「いいよ。手、大きいね。ゴツゴツしてる」
ポケットの中で彼の手をぎゅっと握った。骨張った冷たい手に自分の体温が奪われていく。
「手、小さいな。子どもみたいだ」
「まだ子どもだもん。女子高校生だもん。青春してるよ」
「そうだな。俺も青春してる」
恋人繋ぎに握りなおされた。
何も言わずに隣をただ歩く。日が落ちる直前の独特の空気感に飲み込まれていた。
彼の家には本当にすぐに着いた。
「入んなよ」
「ありがとう、お邪魔しまーす。こっち来るの何気に久しぶりかも」
4LDKで私の家より広い。さっぱりした彼の部屋に案内される。
「母さん、あいつ呼んできたから」
「お邪魔します、おばさん」
「あら、久しぶりね。後でジュース持ってくね」
「ありがと」
「ありがとうございます」
家族仲がいいのも彼の良さだ。
「なあ、お前、明後日誕生日だろ?」
部屋に座ると彼がそう話しかけてきた。
「うん。よく覚えてたね」
「そりゃあ、…………彼女だし」
「自分で言っといて照れるな! こっちも恥ずかしくなる」
2人で顔を手で覆って悶えていると、ガチャリとドアが開いた。
「ジュース持ってきたよ。…………何やってるの」
おばさんに変な顔で見られた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「じゃあね、お二人さん。ほどほどにね」
「何をだよ」
「そりゃあ色々よ。付き合ってるんでしょう?」
彼とちらりと顔を見合わせた。おばさんに報告していたんだ。
「なんで知ってんの」
してなかったんだ。
「母親だもの。それに貴女なら尚更小さい頃から知ってるし」
「すげぇ。それだけでよく分かったな」
「そうよ。だからほどほどにしてね」
「だから何がだよ! 母さんはもう出てって。はい退場ー」
彼が無理やりおばさんを部屋から追い出した。
「ごめんな。うるさくて」
「そんなことないよ。おばさんのこと前から知ってるし、話してて楽しい人だよね」
「……ほどほどにしろって」
「……ほどほどだってね」
彼がゆっくり近づいてくる。目の前に顔がある。そっと唇が触れた。
臆病で私を大切にする彼らしいが、ほんの少し物足りない。
「…………」
無言で見つめ合う。再び唇が触れた。今度はさっきよりも長く。抱きすくめられてそのまま首に頭を埋められる。
「ごめん。感情が先走ってる」
「良いよ、君だから。もっとぎゅってしよ」
「ありがとう。ぎゅってする」
「うん」
下の階でおばさんが夜ご飯の支度をしている音がする。きっとすぐには来ない。
そんなことを考えていると、首筋にピリッとした痒みとも痛みともつかない感覚が走った。
「いて。何したの」
「別に。俺のっていう証……って言ってみたかった」
キスマークかよ。
「制服からでないところだよね?」
「うん。ここなら許してくれると思った」
「可愛いこと言ったら許す」
「何それ。……ごめんね。僕、許してほしいな」
至近距離で、上目遣いで見上げてくる彼。速攻で許した。
「許す」
「やった。ありがとう」
今日3度目のキスは互いの存在を確かめるかのように長く甘いものだった。
「ご飯食べてけばよかったのに」
暗い夜道で隣を歩く彼が言った。
「だって、悪いよ。それにお母さんが夜ご飯作ってくれてると思うし」
「むー、もっと一緒にいられたのに」
なんで今日はこんなに可愛いことを言ってくれるんだ? 学校では割と無口でたまに笑うと可愛いくらいなのに。
「じゃあまた明日誘ってよ」
「誘う」
「待ってるね」
秋と冬の混ざった穏やかな風が通り抜けた。