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すこし不思議な物語

あじさい

作者: 蓮見庸

 街路脇を埋めつくすように咲く青いあじさい。

「あじさいって土によって花の色が変わるのよね」

「そうらしいね」

「ここにあるあじさいも、違う場所に植え替えれば色が変わるのかしら」

「そんなことしなくても、ちょっと目をつぶってみて」

「こう?」

「うん。…もういいよ、目を開けて」

 目の前にある一本のあじさいだけが真っ赤に染まっていた。花から萼から葉や茎まですべて真っ赤に。

「え? どうやったの?」

「どうもしないよ。もとから赤いあじさいなんだから、赤くなるのは当然だろ?」

「でもさっきは青かったじゃない」

「あれは無理に青くさせられていたのさ」

「じゃあそれはどうやるの?」

「赤いあじさいを青いあじさいの中に植えて、青いって思い込ませればいいだけさ。そうすれば周りに合わせるように、だんだんと赤紫色になり、やがて青くなってもう戻らなくなる」

「そんなことあるの? 土が変わったからじゃないの?」

「さあ、どうだろうね」

「それっておかしくない? だったらこの赤いあじさいはどうやったの? 青くなったら戻らなくなるんでしょ? それに葉っぱや茎まで赤いだなんておかしい」

「白状すると、変えたのはあじさいじゃなく、きみのほうさ」

「わたしの?」

「そう」

「何を変えたっていうの?」

「考え方だよ」

「考え方?」

「思い込みと言ってもいいかな」

「でもそれだけで色が変わるなんておかしいわ」

「だけど実際そう見えてるだろ? 実のところぼくにはずっと青くしか見えていないんだ」

「さっきわたしに何をしたっていうの?」

「魔法をかけた」

「そんなメルヘンチックな話、あなたの口から出てくるなんて思わなかったわ」

「ぼくも今思いついたからね」

「ねえ、何をしたの?」

「実はね、この磁石で君の頭の周りの磁場の向きをちょっとだけ変えたんだ」

「わたしどこも壊れてないわよ」

「うん。君はさっき工場から出てきたばかりのように正常だよ。でもほら、今はあじさいの花はどう見えてる?」

「あ、赤紫色になってきた」

「ぼくらアンドロイドはその気になれば原子のつぶまで見分けられるくらい精密に造られてるから、赤いものが青く見えるなんてあり得ない。でも、そうやって“ほんとうのもの”しか見えなくなってしまったら、嘘や虚栄、欺瞞や猜疑心で塗り固められた人間の世界に混じってやっていくなんてとうていできない話だからね。だからわざと“ココロ”という名前のフィルターをかけて、“ほんとうのもの”が見えないようにしてるんだ。ぼくたちがものを考えるもととなっているココロとはそういうものさ。

 このフィルターは磁場の影響を受けやすいから、ちょっと…そう、魔法をかけたわけだ」

「じゃあさっきは“ほんとうのもの”が見えたのね」

「正確には、“ほんとうのもののようなもの”だけどね。どう見えるかは個体の性能によって変わってくるからね。人間だと性格とか言ったりするのかな」

「それにしても人間ってめんどくさいのね」

「ぼくたちにとっては、わざと欠陥を作ってるようなものだからね」

「でもわたしたちはそんな人間に造られたのよね」

「皮肉なもんだね」

「あんがいこの欠陥があるからなんとかうまくやっていけるのかもしれないわね」

「そんな効率の悪いこと、ぼくには理解できないな」

「あらそう? わたしは何となくわかるような気がするわ」

「人間の心がわかってきたっていうのかい?」

「そうじゃないけど、もう何百年も人間を見てきたから、何となくね。ほんとになんにも知らないのに、しあわせだって言う人間もたくさんいたわ」

 すっかり青くなったあじさいを見ながら言った。

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