第35話 微笑みと共に(★)
「あ……し……師匠おおぉぉぉぉ!!!!!」
魔王アスモディウスは残された魔力を振り絞り、全員を道連れにすべく渾身の連撃を放った。しかしカーリーも残された力を振り絞り、身を挺して皆を守ったのだ。
「バ……カな……余の、攻撃を……受け止める……など……」
アスモディウスも魔力は尽きた。
生命を維持するだけの体力も残されていない。
「小僧……共、これで勝った、と思うな……よ……殺……」
最期を悟ったアスモディウスの最後の言葉。
――他の魔王が、貴様等を絶望の淵に突き落としに来るであろう――
それは紡がれる事もなく、また彼等の耳に届く事はなかった。
そんな死に際を迎えた魔王を余所に、もうひとつの生命が最期を迎えていた。
魔王に全身滅多打ちにされた瀕死のカーリーだ。
すでに全身の骨が粉砕され、生きているのが不思議な状態。
「あぁ師匠……そんな……フォル!! 急いで治癒魔法を!!」
「カーリーさん! すぐ治します! 幸運の神名に於いて命ずる……傷つきし彼の者を光の導きによりその全てを癒し給え――『癒しの光』」
フォルテュナもすぐに駆け寄り、カーリーに手を翳し魔法を唱える。
癒しの光に包まれたカーリーの全身の怪我がみるみる塞がっていく。外傷だけでなく、骨や内臓も癒え、アスモディウスに殴られる前の状態に戻った。だが……
「え……なん、で……?」
「フォル? どうしたんだ?」
「身体は治癒できたのに、魂が乖離していくの……」
「魂が、乖離? どういう事だよ!!」
「私にもわからないわ!! どうして……どうして!!?」
フォルテュナは本当は理解していた。
肉体は元に戻った、でもその魂はすでに離れようとしている。
神であるフォルテュナにはそれが手に取るようにわかってしまった。
ただそれを……カーリーの死を認めたくなかった。
「ありがとう、フォル……もう、私は……満足……」
「師匠……師匠!! どうして俺を守ったんだっ!! 俺なんかを……」
「アシュラ……君だから、守りたかった……だから、今凄く幸せなんだ」
「俺が助けたかったのに、俺が守るべきだったのに……俺は、俺はあ!!」
カーリーを抱き抱えるアシュラの眼から、大粒の涙が溢れ出す。
その雫が、カーリーの頬に1粒、2粒と落ちていく。
カーリーはそんな彼の涙を拭きとるように、震える手で優しく頬を撫でる。
「泣くな……男は、女を引っ張らなきゃ……って、言ったろ」
「無理ですよ……そんなの無理ですよぉ……」
「……この甘えん坊が、仕方……ないなぁ」
彼の頬に触れるカーリーの手が、額へと位置を変える。
するとその手が淡く青白いく発光した。
「ぇ……これは……師匠……?」
「我が言霊に応えよ『心意の門』」
カーリーが何か魔法を行使した瞬間、額に当てていた手の青白い光がアシュラへと吸い込まれていく。
アシュラとカーリーは、そのまま意識を手放した。
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「……ここは、何処だ? 師匠……師匠!!?」
「私はここだよ、アシュラ」
全てが真っ白。他に例えようがない程に全てが白い空間。
地面もない、でも浮遊感もない空間。
そこにアシュラとカーリーの2人だけがいる。
「師匠……ここは?」
「ここは君の精神の中。クロも立ち入れない、君だけの精神世界」
「俺の精神の中……でも、どうやってこんな所に……」
「私の魂が、君の魂に直接干渉する事を可能にする魔法を行使した」
カーリーは簡単に言うが、精神干渉の魔法など簡単に出来る事ではない。
それこそ選ばれた者にのみ使える神の如き御業という代物だ。
「フォルテュナとククルには悪いけど……肉体を失う前に2人きりになりたかったんだ」
「今生の別れみたいな事……言わないでくださいよ……」
これからもフォルテュナ、ククル、ミテュラ、そしてカーリーと共に旅をしたいと考えていたのだ。それができなくなるなど、アシュラは微塵も考えたくなかった。
だがカーリーは彼の気持ちなどお構いなしだ。
そして自分の過去をつらつらと語り始めた。
「私はね、狼人族……人族ではなく獣人族なの……この大陸から遠く離れた獣人連合国家のひとつ、ブラフマ狼国領の国領主の家に生まれたの。小さい頃から兄弟と喧嘩ばかりしててね、よく両親や兄弟に怒られていたわ」
「師匠、何を……?」
「ある日……私は兄弟中で最も能力を有する者として、次期国領主を継承する事になったの。でもそれがキッカケで家族がバラバラになってね。元々国領主に興味が無かった私は、次期継承権を辞退し、家を飛び出したわ。その後傭兵として各地を転々として、紆余曲折の末にこの神教国に辿り着いた。ここの空気が気に入った私はそのまま冒険者としてこの国に居座り、実績を積んで、その実力が認められて今の騎士団に入団したのよ。そして今に至った……」
「師匠、だから一体何を……」
「ただの与太話よ。誰にも話した事ないんだから、光栄に思いなさい」
アシュラの不思議そうな顔を見て、カーリーはクスリと笑みを浮かべる。
「アシュラ、君に頼みがある」
「お願い、ですか?」
「いつかブラフマ狼人国領に行く事があったら、国領主……いや母に伝えて欲しいんだ。『不躾な娘でごめんなさい』ってね」
「それは……生きて一緒に行けばいいじゃないですか!」
「ごめん、それはもう無理なの」
「まだ諦めちゃ…………師匠?」
説得しようとした途端、カーリーの姿が薄くなっていく。
「残った魔力が終わりそうね……最後までありがとう」
アシュラは感謝を受け入れれば、彼女の魂は消えてしまうと思った。
だがいつまでも未練がましい姿を姿を見せるのも、彼女の思う所ではない……それでは彼女の想いを裏切る事になると感じた。
「何を言ってるんですか? 感謝するのは俺の方です」
「……アシュラ?」
「短い期間でしたけど、貴女の弟子になって本当に幸せでした」
認めたくない別れの挨拶。
苦渋の決断だが、彼女の弟子として、笑顔で送る事にしたのだ。
カーリーはその気持ちを直に感じ取り、優しく微笑み返す。
「私は君の師匠になれて、君の命を救えて……こうして最後を君と一緒に居られて、本当に幸せ。これ以上の幸せは今迄なかったわ」
「師匠……」
カーリーが消えそうな姿で、アシュラを包むように抱き締める。
彼女が背中に回した手から、温かいものが流れ込んでいく。
「これは……魔力? いや、違う何かが……」
「私からの餞別よ……私の力、君に託すわ」
「力……?」
「そう、私の力よ。君の信じる者の為に、正しく使いなさい」
そしてアシュラの耳元で、彼女は最後の願いを口にする。
「……名前。師匠じゃなくて、名前で呼んでくれない?」
アシュラは羞恥心を押し殺し、素直にそれを受け入れる。
彼女が求めていた『男らしさ』を、しっかり見せる為に。
「……カーリー……でいい?」
「んふふ……一度、好きな人に名前で呼ばれてみたかったんだ」
カーリーは彼の吐息を感じるほどの距離に顔を寄せた。
「君の匂いに包まれて、本当に幸せだ……」
「カーリー……」
「ずっと、君の事を見守ってるわ、精神の中でね」
「……あぁ」
「だから強く生きて。……アシュラ……」
「カーリー、君の分も、強く生きるよ……カーリー……」
カーリーはアシュラの頬にキスをして……粒子となって霧散していく。
満ち足りた、優しい微笑みと温かさを残して。
「「―――ありがとう―――」」
2人の言葉が重なり合ったと同時に、アシュラの意識は精神世界から現実へと引き戻されていった。
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アシュラが意識を取り戻す。
体勢は意識を失う前のまま、カーリーの肩を抱き起こした状態。
だが変わった部分があるとすれば、それはふたつ。
「カーリーさん!! カーリーさあぁぁん!!!」
「こんな……こんな事ってあんまりですぅ……」
ひとつは、何も知らない2人がカーリーにしがみついて泣いている事。
もうひとつは……彼女の心が、すでにここにいない事だった。
2020.3.22 改稿しましたm(__)m
内容的にはそのままに、アシュラとカーリーのやり取りに変化をつけました。
ある言葉を抜く事で、某フラグを立てないようにしました。
いつもお読みいただき本当にありがとうございますm(__)m




