第13話 神族の村~ミテュラ襲来(★)
2019.12.17 改稿完了しましたm(__)m
今話はいつもの三人称のままです。
サブタイトルと各会話の内容を変更・修正しました。
カーリー騎士団長の制止を振り切り、迷いの大森林へと飛び込んだミテュラは、神技のひとつ『万眼』によって得た情報を頼りに、のんびりと木々の隙間を走り抜けていた。
のんびりと言っても、動いている足が残像で複数に見える速度だから、決して一般的なのんびりとは意味が違う。
そんな彼女だったが、順調なのが逆にご不満のようだ。
「むうぅ~~ここって本当に迷いの森!? 凶悪な魔物とか楽しみにしてたのに全然いないじゃない! 誰よデマ流したヤツはぁ!!」
まるで駄々をこねる子供のように頬を膨らませながら、独り言ちた。
周囲から畏敬の念で『鬼神』と呼ばれるのも伊達ではない言動である。
余談ではあるが、神族の間で言われる『鬼神』と、この世界で言われる『鬼神』。同じ愛称でありながら、実はその関連性は全くない、ただの偶然であると付け加えておく。
「ま、とりあえず一番近かった団体さんの所に行ってみようかな」
*****
集団の反応した地帯に近づいたと判断したミテュラは一旦足を止め、再び『万眼』を発動させる。すると野営地で発動した時に比べて反応する人数は大幅に減っていたが、居場所に変わりはなかった。
「……あれ? 2人しか残ってないわね。もしかして天上界に戻っちゃったのかな? もう、貴重な情報源が減るなんて信じられない!」
『万眼』を解除し、気配を殺したミテュラは、歩いて反応した場所へと近づく。だが、彼女の視界にはそれらしき集落どころか、建物のひとつも見当たらない。
「これは結界張ってるわね。まさか誰も立ち入らない大森林に結界まで張るなんて、随分と臆病風に吹かれた神族がいたものね。ま、とりあえず壊しちゃおう」
ミテュラは何もない目の前の空間に、掌を添えるよな仕草をしたまま、ゆっくりと歩き出す。すると数歩歩いたところで、掌に見えない壁の感触を感じた。
すろと彼女は、開いた手を拳骨に変え、おもむろに殴りつけた。
「ふんっ!」
『パリーン!』と空間が甲高い音を立てた。結界が割られたのである。
「結界なんて楽勝楽勝~おぶふっ!?」
ミテュラはドヤ顔で歩を進めようとしたが、2つめの結界が顔を直撃した。
「多重結界? 乙女のご尊顔を何だと思ってるんだっ!『パリーン!』」
少しイラッとしたミテュラはさらに殴る。
ぶつかってこられた結界が不憫な気もするが。
「ふんっ!『パリーン!』」
「ふんっ!『パリーン!』」
「ふんっ!『パリーン!』」
「もうっ!『パリーン!』」
「一体っ!『パリーン!』」
「何枚っ!『パリーン!』」
「重ねっ!『パリーン!』」
「てんだっ!『パリーン!』
」
「バカちんがっ!『スカッ』あ、終わったわね♪」
多重結界を全て、文字通り拳で粉砕したミテュラは満足気だった。
同時に、隠蔽効果も消失した事によって、目の前に多くの家屋や田畑といった村の姿を現したのである。
「おぉ、なかなか生活感溢れてるわね。って感心してる場合じゃないか。残った神族さっさと見つけないと逃げられちゃうわ」
ミテュラはちょっとした観光気分を味わいながら、残った神族の気配のある方向へと歩いていった。
*****
さて。話は結界が破られるちょっと前に遡る。
「アーレス様、神族96名の天上界への帰還が完了いたしました」
「あぁ、ご苦労だったな」
村では、顕現していた100名のうち96人が天上界へと帰還を果たしていた。
残っているのは、この場にいるアーレスとイクト、村を出たフォルテュナとククル、そしてアシュラの5人だ。
「それにしても、アーレス様もお人が悪いです。自分だけ此処に残るなんて」
「俺はちゃんと言っただろう? 『皆を天上界に戻す』ってな。俺も一緒に戻るなどと言った覚えはない」
たとえ戦闘能力で『鬼神』に敵わないとしても、何もせず背を向けるのは『戦神』としても矜持に反する。そこに加え、フォルテュナとククルを回収するという仕事も増えたのだ。仲間を放り出しておいて、自分は還るなどという選択肢など持ち合わせていなかった。
「だが、アシュラは見つけても見捨てるつもりでいる」
「しかしそれではフォルテュナ様達が……創造神様の命にも反します」
「奴等の気持ちもわからない事もない。だがアシュラは覚醒しないままだ。詳しい事情も知らされていない。創造神様の許しもなく、天上界に連れていくわけにもいかないのだ。だから覚醒させる為の手段のひとつとして、母親と接触させるのが最適解だと判断した。ひとつだけ気になる事があるとすれば……」
「気になる事……とは?」
「創造神様はどうしてそこまでアシュラの覚醒に拘るのか……だがまぁこうなった以上は、覚醒の任務は放棄しても仕方ないだろう」
「アーレス様がそう判断されたのであれば、私はそれに従うまでです」
イクトは元々アーレスの側仕え。いわば執事や秘書的な役割も担っている。だから主の考えもそれなりに理解しているし、余計な詮索もしない。
そう、しないのだが……それとは別に気になった事をアーレスに問いかけた。
「あの、アーレス様。今更ではありますが、ひとつ聞いても宜しいでしょうか」
「あぁ、何だ?」
「アシュラ様の捜索の件なのですが」
「フォルテュナとククルの事か? それなら急いで探し出さないとな」
「いいえ、そうではなくてですね……私を向かわせれば早かったのでは……と」
「どういう意味だ?」
「私の得意分野は斥候です。気配探知すればアシュラ様も早く……」
アーレスの眼が泳ぎ、額から汗が滲んだ。
これ以上は語るまでもないだろう。
「うむ、うむうむ。わかっているさ。わかっているとも。その通りだ」
「これも全てはフォルテュナ様とククルの為に?」
「そ……そうだとも。これも2人の為にした事なのだ」
「さすがはアーレス様です」
微妙に噛み合わないが、主従とは案外そういうものである。
「ま、まぁそろそろ時間も厳しいだろう。2人を探しに行こう」
「承知いた……ア、アーレス様!!」
「どうした、急に慌てて…………まさか『鬼神』か?」
「はい! 突然、村の外に気配が!!」
「それは拙『パリーン!』……いな」
「逃げます『パリーン!』……か?」
「いや、ここで『パリーン!』迎え撃つとしよう」
多重結界が砕かれる音が10回。その音が止むと、鬼神の殺気が急接近してくる。
アーレスは気配察知の類には滅法疎い。殺気には反応するのに。不思議である。
「イクト、お前は下がってろ。最悪の事態になったら逃げるんだ」
「し、しかしそれではアーレス様が……」
「お前では到底敵わない。俺でも正直難しい。いざとなったらお前だけでも天上界に逃げろ。いいな?」
「……承知いたしました……」
*****
こうして『戦神』と『鬼神』が接触した。
「こんにちは。君がこの集落の長でいいのかしら?」
「……そうだが、一体ここに何の用だ?」
「つれないなぁ。あ、国都で会った神族君じゃない」
「……その節はどうも」
アーレスは鬼神に向き直り、僅かな震えを抑え込むように言葉を発した。
「我は『戦神』アーレス! 創造神様の勅命により、この地に顕現した上位神族である!」
「創造神様……ね。私はミテュラ。皆には『鬼神』って呼ばれてるわ」
アーレスの額から汗がポタポタと流れ落ちる。
一方、至って変わらぬ様子のミテュラだが、その眼は刃のように鋭くアーレスを突き刺していた。イクトは彼女の殺気に呑まれてしまい微動だに出来ずにいた。
「イクトから、ミテュラ殿が『忌み子捜索部隊』としてこちらまで足を運んでいると聞いている。だがお目当ての忌み子などここにはおらぬ。即刻立ち去って貰えぬだろうか」
「この世界の御伽噺に出てくる架空の人物なんかに用なんてないわよ。それくらいの事、私が知らないとでも思ってたのかしら?」
「ならば何故、人族の騎士団に所属している? 創造神様に追放された元神族とはいえ、人族風情に従うなど、何か裏があるとしか思えないのだが?」
「私は私の行動理念に従って動いてるだけの話よ。まぁ仮に裏があったとしても、シヴァの腰巾着風情に教える義理などないのだけれどね」
ミテュラは、この短時間でアーレスの特徴を見極めていた。
自分を上位神族と言い放ち、人族を見下す。
こういう輩はプライドが高く沸点が低いものなのである。
「腰巾着だと……!? 言わせておけば貴様……!」
「短気は損気だよ? ところで君達、『アシュラ』は元気かしら?」
「アシュラ? あぁそりゃ」
「!? アーレス様!!!」
アーレスは余計な事を口走ってしまった。
イクトが誤魔化そうとアーレスの言葉を遮ろうとするが、時すでに遅し。
ミテュラはさらに殺気を加圧し、圧倒的な威圧を以て2人を問い詰める。
「アシュラは何処にいるの?」
「お、俺は知らん……!」
「わ、私も……わかりかねます……」
アシュラは知ってても、居場所は知らない。そういう解釈をすれば、2人は確かに嘘は吐いていない。
だがミテュラにそんな屁理屈が通じるわけがなかった。
「……そう、わかったわ」
ヒントは見つかった。そんなニュアンスで彼女は踵を返す。
「だったら別の人に聞いてみる事にするわ」
「別の人? そんなヤツがどこに……っ!?」
「あら、随分と顔色悪いわね? 腰巾着君」
「さっきから腰巾着などと……! フォルテュナとククルに」
「フォルテュナとククル……2人組の事ね。ところで君さ、『戦神』返上して『馬鹿神』にして貰ったらどうかしら?」
「な…なんだと『ズドン!!』おげえええええぇぇぇぇ!!」
重くのしかかるような低音が、誰もいない村に響き渡った。
同時に、アーレスが腹部を抱え込みながら、胃酸を盛大に撒き散らして倒れた。
見ると、鎧に包まれていたはずのアーレスの腹部と背中には何も覆われていない。アーレス専用に造られたアダマンタイト製の超硬質の鎧は粉々に破壊されたのだ。
それはアーレスがミテュラに掴みかかろうとした瞬間の出来事。
ミテュラの拳が炸裂したのだ。しかも直接触れていない。拳圧だけで、アーレスの腹部を打ち抜いたのである。まさに鬼神のなせる技。
「ア……アーレス様っ!!」
何が起きたのか全く理解できず茫然としていたイクトが、我に戻ってアーレスの元に走り出したが、瞬く間にミテュラが2人の間に割り込んできた。
「ねぇ、イクト君」
「は……はい」
「この腰巾着が起きたら伝えて貰いたい事があるの」
「……何をお伝えすれば?」
「『平和ボケしてないで、神名を返上して世界を旅してみろ』ってね」
「……承知いたしました。必ずお伝えします」
「じゃ、よろしくね」
ミテュラは踵を返すと、まるで陽炎のようにゆらめいて、その姿を消した。
「能力制限が掛かってあの能力……鬼神なんてものじゃない……」
アーレスの介抱を忘れ、ミテュラの能力に心を奪われたイクトであった。
*****
村を出たミテュラは、次の目標に向けて歩みを進めていた。
「あんなのが戦神とか、天上界も腐ったものね」
彼女は天上界の腐敗を懸念しながら、『万眼』で最も近い2人の神族の位置を確認する。すると、近くで樹木が倒れる音が聞こえてきた。
さらに可愛い声も連呼している。
「ぬえーぃ! うにゃーっ! むひょーっ!」
「何あの素っ頓狂な声! 凄く癒されるんですけど!?」
気配を殺し、2人のいるすぐ傍の樹木の枝に飛び乗ったミテュラは、2人の会話に耳を傾けた。
「こんなに伐採で音響かせて大丈夫かしら? 『鬼神』が来てたら拙くない?」
「…………むほ!?」
(うんうん、私もそう思うわね。しかも凄く可愛いわね、この娘達)
「でもでも! アシュラさんが音に反応して接近してくれるかもですぅ!」
「それも一理あるわよ。だけどアシュラと鬼神と捜索部隊……全部手繰り寄せたら、正直私達だけではどうにもならないわよ?」
「……デスヨネー……なのですぅ」
(……今アシュラって言ったわよね。それじゃもうひとつの反応が……)
ミテュラの脳裏に、もうひとりの神族の反応が浮かび上がった。
(ビンゴね!! しかもこっちに来てるみたい……ちょっと様子見ね)
すでに2人の娘に向かってきているのは気配で察知できている。
3人が合流してから登場しても遅くはないと判断し、ティミスは待機した。
そのまま傍観を決め込むティミスだったのだが、2人の会話につい癖で横槍を入れてしまった。
「楽観的だけど、大丈夫じゃないかしら。私達の容姿は『片田舎の娘』。アーレスの『隠者』が発動したままだから、何とか誤魔化せるわよ」
「こんな大森林の奥で伐採する片田舎の娘っていますぅ?」
「……いないわね」
「私もそんなダイナミックな田舎娘がいるとは思えないわね」
(……あ、しまったぁぁ!!)
「「…………ん?」」
(こうなったら気さくに対応するのがベストね)
「あら、どうしたの?」
(さっきの馬鹿と違うみたいね……)
木の枝から降りたティミスは自然を装って2人に近づく。
そして笑顔を引きつらせながら振り向く2人の娘。
「あら、2人とも可愛いわ♪でもその表情はちょっと残念よ?」
「あの……えっと……」
「どちら様……ですぅ?」
(本当に癒されるわね、この2人、もしかしてアシュラの事を?)
さすが母の直感というべきであろう。
そうなればなおの事、彼女達に悪印象を与えてはいけないと思うミテュラ。
でも何か少しお茶目な自己紹介になったのは言うまでもないだろう。
「私が噂の『鬼神』さんです♪ よろしくね、可愛い女神ちゃん達♪」