第10話 動き出した鬼神(★)
2019.12.10
サブタイトルを変更し、会話部分をほんの少しだけ改稿。
それと鬼神の間延びした口調を普通に戻しました。
アシュラが姿を消した翌朝。
神族の村ではアーレスの号令の下、捜索組を除いた神族全員、会合に使った村民会館の大広間に召集されていた。
当然、転寝していたフォルテュナとククルも例外なく呼ばれている。
「どうしたのかしら……会合の翌日の朝から召集するなんて」
「国都に戻ったはずのイクトさんが直接いらしてたのですぅ。たぶん国都で何かあったのかもですぅ」
「もう……早くアシュラの捜索に向かいたいのに……」
「さっさと始めて欲しいのですぅ……あのヘタレ野郎が」
「あははは……っていうかククル、口調が……」
ククルがさらりと毒づいた。けっこう根に持つタイプのようだ。
フォルテュナは擁護して貰った手前、苦笑するに留めた。
「アシュラの捜索組以外、皆揃ってるな?」
「はっ」
突然アーレスはイクトに確認を取ると、その流れのまま皆に話を伝え始めた。
「皆、朝早くから申し訳無い。だが事は急を要する。あまり時間がないので黙って聞いてくれ。質問は後回しだ」
集まった神族達は、固唾を飲んでアーレスに視線を向けた。
「国都ウラノスガイアから、騎士団の編成小隊による『忌み子捜索部隊』が国内各地に散開した。そのうちの一部隊が、この大森林に向かっているそうだ。それだけなら何も心配はなかったのだが……その部隊に『鬼神』が所属している事が判明した」
「『鬼神』ってあの『鬼神』か!?」
「どうして人族の騎士団に!?」
「どうするんですか戦神様!」
「……アシュラさんのお母さんですぅ?」
一瞬にして、大広間にどよめきが起きた。中には驚きに我を失いアーレスに問い詰める者もいた。
若干1人、弛緩している感じがしなくもないが、気にしたら負けである。
アーレスは皆の動揺を抑えるべく、すぐさま窘めにかかった。
「質問は後回しと言ったはずだ! 最後まで話を聞け!」
アーレスが珍しく声を荒げた事で、場が一瞬にして静まりかえった。
「イクトが気配に気付けず接触された。神族である事も見破られた。敵対行動はなかったそうだが、相手は創造神様によって追放された、いわば魔神だ。多重結界で護られているこの村も見つけられてしまうだろう。もしそうなれば壊滅する可能性が高い」
相手は数多の猛者共を屠ったと言われる鬼神。
対して、こちらは100人近い神族。だがしかし、誰もが顕現による能力制限が掛けられている状態なのだ。その状態で、束になってかかったところで敵うわけがない。皆の絶望に満ちた表情を見て、意を決したようにアーレスは言葉を繋ぐ。
「国王の粛正も間近に迫り、アシュラの覚醒も出来ないのは心苦しいが……こんなところで皆の命を無駄に散らすわけにはいかない。だからよく聞いてくれ。『戦神』アーレスの名に於いて命ずる! この時を以て村を放棄し、顕現を解き天上界へと帰還する!」
アーレスの声が反響する。誰もが信じられないといった顔をしていたが、その殆どが『天上界に帰れる』という安堵を感じさせる顔だ。
しかし、そんな表情をしている者だけではない。当然反論する者もいる。
「ちょっと待って!! アシュラはどうするのよ!?」
「そうですぅ!! まだ見つかっていないんですよぅ!?」
フォルテュナとククルが必死の形相で食い下がった。
しかしアーレスの決意は固い。即座にそれに応える。
「先にも言ったはずだ。皆の命を無駄に散らすわけにはいかない」
「そんな事わかってるわ! でも『鬼神』は大森林に来てないんでしょ?」
「そうですよ! まだ捜索する時間はありますぅ!」
アーレスは溜息をつきながら2人を睨みつけた。
「『鬼神』が国都を出立した後、イクトは全力でここまで1日掛かった」
「『鬼神』は小隊で動いてるのよね? だったら馬に乗っても最低3日は」
「普通の世界人ならな。だが楽観的過ぎだ。もしも単独行動されれば、時間的猶予は皆無に等しい。危険予測は常に最悪の事態を想定せねばならない。それに……」
「……それに、何よ?」
「『鬼神』はアシュラの母親だ。それが事実なら、2人が遭遇したとしても『親子』として接する可能性が高い。実の息子を悪いようにはしないだろう」
「それこそ楽観的じゃない! 『鬼神』が息子だって気づかなければ、間違いなく捕縛されるわよ!!」
「……母親の直感で何とかなるだろ」
「それこそいい加減過ぎるわ!」
「ふん、何とでも言え」
最後の言い訳は苦しかったが、それでもアーレスも引かない。だがそれも当然であった。彼は顕現している神族全員の命を預かっているのだ。防ぎきれない脅威が迫ってると知って、迎撃する選択肢などありはしない。戦略的撤退もまた選択のひとつなのだ。
「俺は仲間の命を第一に考える。国王の粛正に時間をかけてきたのも、命を伴うリスクをなくす為だった。今回の事態も例外ではない。そもそも、仲間全員の命とアシュラ1人の命を比べるまでもないだろう」
「確かに皆の命も大切だけど、アシュラを見捨てるなんて……!」
アシュラ1人の為に犠牲を強いてはいけない。フォルテュナも理屈では理解している。
だが……彼を、好きな人を見捨る事などできるはずがない。
「……そこまで言うなら勝手にしろ。俺は宣告通り皆を天上界に戻す」
「えぇ、そうさせて貰うわ」
「フォ、フォルテュナ様! 私もご一緒しますぅ!」
フォルテュナが大広間を飛び出し、続いてククルが彼女を追いかけていった。
アーレスは2人を止める事はせず、黙って2人を見送った。
「……イクト、すぐに捜索組を呼び戻せ。全員揃い次第、天上界に帰還させる」
「アーレス様、フォルテュナ様とククルはよろしいので?」
「今は放っておけ。最後の最後に回収する」
こうしてアーレスは帰還準備に取り掛かった。
*****
アーレスと袂を分けたフォルテュナとククルは、野営道具と装備を整え、村の外へと飛び出していた。
「フォルテュナ様、一刻も早く探し出すのですぅ!」
「えぇ……それよりもククルは皆と天上界に戻らなくてよかったの?」
「『鬼神』や捜索隊と遭遇したらと思うと、正直怖いですぅ。でもそれ以上に、慕っている方を放っておくなんて出来ないのですぅ。私だってアシュラ様を想う気持ちは負けないのですぅ」
「言ってくれるわね。私だって同じよ。だったら……」
「「アシュラ(様)と一緒に帰りましょう(なのですぅ)!」」
もう後戻りはできない。
この先どうなるかなんて事も考えない。
ただアシュラと一緒に居たい。
そんな彼を想う気持ちこそが、乙女な女神達を突き動かすのだ。
「待っててアシュラ……私は貴方を絶対に見つけ出すわ!!」
*****
アシュラが村を飛び出してから2日後。
フォルテュナとククルが村を飛び出してから1日後となるこの日。
『迷いの大森林』手前の草原に、カーリー騎士団長率いる小隊が到着していた。
本来、騎馬や馬車による移動だが、カーリー騎士団長は鍛練に拘り、小隊丸ごと全力で疾走してきたのである。しかも昼夜問わず。
だがその結果、たった2日で到着してしまった。アーレスの予感は半ば的中したと言って過言ではなかった。
そうして大森林を目前に、彼等は倒れ込にながら心から思っていた。
(((捜索前に、化け物団長に殺される)))
それもそのはず。当の騎士団長様はというと……
「野営準備を私にやらせるとはいい度胸だな。お前らはいつからそんなに偉くなったんだ、あぁコラ? この任務が終わったら国都で地獄を見せてやるからな?」
「団長さん、私はちゃんとお手伝いしてるからね?」
野営準備しながら毒づくカーリー騎士団長。そして自らの無実を訴えながら手伝う『鬼神』がそこにいた。2人だけは飄々とした様子で野営の準備を進める。しかも汗ひとつ搔いていない。普通に異常である。
「貴様は剣技も体力もホント化け物だな。伊達に『鬼神』と呼ばれてないか」
「自分だってそうでしょ団長? それと『鬼神』ってそんな鬼じゃないから」
「認められた二つ名は誇っていいと思うが?」
「これでも『ミテュラ』って名前があるんだからね」
「ふん、呼びにくくて面倒くさい」
「面倒臭がるほど呼びにくないと思うんだけどなぁ」
旧友であるかのように会話する2人だが、別にそういう関係ではない。
カーリーはその実力を認めているからこそ、非礼を許している。
『鬼神』ことミテュラは、カーリーに限らず、誰にでもこの調子である。
やがて野営の準備が終わり、小隊兵達が蘇ったところで食事を済ませた。
「お前ら! 明朝、陽が昇りしだい捜索を始める! それまで鋭気を養え」
『了解~』
「いえすまーむ!」
*****
この夜、小隊兵達は各自割り振られたテントでいびきをかいている。
そんな中、ミテュラはひとり迷いの大森林に向いて佇んでいた。
(さてさて……少し調べてみようかな)
大森林に意識を向けた彼女の身体を、うっすらと銀色の靄が包み込む。
(――万眼、発動――)
ミテュラは固有能力の持つ技能を発動した。
万眼とは索敵能力のひとつで、術者の能力如何によって索敵条件を選べるという優れものである。今回ミテュラは『森林内に存在する神族』を対象にしている。
ミテュラの脳内に、大森林を上から見た風景が広がり、そこに白い光が淡い輝きを放つ。それが索敵対象である『神族』がいる位置のようだ。
(んふふ、やっぱりここがアタリだったわね。森林の中腹あたりに団体様が……多いなぁ。あとは少し離れて2人。さらに離れて1人……か。こんな遅くに何やってるのかな?)
さすがと言うべきか、多重結界によって隠蔽された村にいる神族をも察知する。
アーレス達ご一行、フォルテュナ・ククルの2人組、単独行動のアシュラの3か所を確認したミテュラは目を開き、『万眼』を解除した。
「ふぃ~~歳のせいかな、疲れるわ。さてと、団長達と一緒だとちょっと面倒なのよねぇ~~。私は別の用事もある事だしぃ、ここで別行動しちゃおっかなぁ~~」
「鬼神様よぅ、今何て言いやがった?」
「おやおや? これはこれはカーリー騎士団長様」
ミテュラの独り言に呼応するように、物影で彼女の様子を伺っていたカーリーが姿を現した。
厳密には、カーリーの存在には気づいていたミテュラが、意図して聞こえるように言い放ったに過ぎない。
「はっ、白々しいな。ところで貴様、別行動とか言ってなかったか?」
「うん、ちょっと大森林の中までお花でも摘みに行こうかなぁってね」
「ほぅ、それなら私も一緒に行こうじゃないか」
「いやいや、それはご勘弁を。まだ介護は必要ないですよ……と」
カラカラと冗談めいて笑うミテュラの顔めがけ、何かが闇夜の中から飛んできた。
「団長さん? 冗談にしてはちょっと面白くないよ?」
ミテュラの顔に飛んできたのはショートソード。
眉間に突き刺さるかと思われた瞬間、ミテュラは右手の指2本でそれを止めていた。
「……貴様、一体何が目的で騎士団に入団した?」
「残念だけど、今は教えられないね」
「教えられないか。有志を募って謀反でも起こすつもりか?」
「それも悪くない選択だけど、そういう事じゃないんだよね」
「教える気はないか。だったら力づくで吐かせてやろう」
「ごめんね団長。今はそれどころじゃないんだ」
ミテュラはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、地面を踏み抜いた。
そこに小さなクレーターを作り、ドンッという重たい音を残して、大森林へと飛びこんでいった。
「どうしても外せない用事があるから、先に行ってるよ! 私の事は放っておいていいから、そっちは捜索よろしくね!!」
「おぃ待て『鬼神』!! ……ったく、本当に何者なんだあいつは」
ミテュラを吸い込んだ暗がりの大森林は再び静粛に包まれた。
カーリーはぼやきながら、ミテュラが消えていった方向を睨み続けた。