第8話 混沌の部屋(★)
2019.12.8
フォルテュナとフォルト、アーレスとシェイクス。
どっちつかずになってしまったので、偽名から本名に統一しました。
あとキレたククルの口調を変更しました。
「アシュラ君! いたら返事してくれ!!」
「アシュラさぁーーーん! アーシューラーさぁーーん!!」
「アシュラちゃぁ~~ん! 返事しないと食べちゃうゾ~~!!」
村のあちこちでアシュラの名を叫ぶ声が木霊する。
ちょっと何言ってるのかわからないのも混ざっているが。
神々の会合は、結局不完全燃焼のまま終わった。
フォルテュナは、ささくれ立った心を一刻も早くアシュラに癒して貰いたい。その一心で帰宅したが……そこにアシュラの姿はなかった。すでに陽も暮れて、辺りは暗闇に覆われている。こんな時間まで鍛練しているとは考えられない。
嫌な予感に襲われた彼女は家を飛び出し、空き地や居住していた小屋など、村中を走り回って探したのだが、結局アシュラの姿を見つける事ができなかった。
事態を聞きつけたアーレスが自宅に戻ると、一旦帰宅したものの焦燥に駆られ再び外に飛び出そうとしているフォルテュナと、それを後ろから抑えつけるククルの姿があった。
「お願いだから離してククル! 私は森の中を探しに行きたいの!」
「待ってくださいフォルテュナ様! 今は闇雲に動かない方がいいですぅ!」
「そんな悠長な事どうして言えるの!? アシュラはきっと『ゴンッ』ぐぽっ!?」
「むひいぃ~~~!?」
明らかに取り乱すフォルテュナの頭上を、アーレスは思いっきり殴りつけた。
ククルは突然の出来事に驚き、素っ頓狂な声を出した。
「少しは落ち着け、フォルテュナ」
「いたた……いきなり何するのよ!」
「冷静とは程遠いお前の頭部を、思い切り殴った」
「殴る事ないでしょ! それに貴方は朝まで帰らないんじゃなかったの?」
「非常事態に酒呑んでられるか。 それに今は仲違いしている場合ではない」
「……そう、ね。ごめんなさい」
一発の拳骨でようやく冷静さを取り戻したフォルテュナ。
アーレスに怒りの矛先を向けるが、彼の冷静な態度に冷や水を浴びてしまう。
「俺はアシュラが行方不明としか聞いていない。他に情報はないのか?」
フォルテュナは悲痛な面持で首を横に振る。
その様子を見かねたククルが、代弁するように言葉を返し始めた。
「村内の至る所で捜索が続いてますけど、アシュラ様は見つかっていないのですぅ」
「皆で探しても見つからないか……能力を駆使しても駄目か?」
「はいなのです。村に『精霊』を司る神族がいれば足取りが掴めたのですぅ」
「仕方ないさ。ここに神族が全員揃ってるわけじゃないからな」
アーレスとククルが話してる間に、少し持ち直したフォルテュナが話に割って入る。
「やっぱり、村の外に出たのかなぁ……」
「断定はできませんが、私はそう思いますぅ」
「村を守る多重結界は、外から破れない絶対防壁だが、内側からは容易く出られる。アシュラも言いつけを守って、外周には近づかなかったからな……正直、油断していた」
村を守る多重結界は、外側からは絶対防御と隠蔽効果を発揮するが、内側からは何の効果もないという弱点があった。
「でもどうして森の外なんかに……」
「うっかり外に出たとは考えにくいな」
「もしかして、会合を覗き見されちゃってた……かな」
「正直、可能性は否定できないな」
「もしそうだとしたら……私、見られ…ちゃったのかなぁ」
俯くフォルテュナの眼から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「見られたとしたらお前だけじゃない、村人全員が見られた事になる。しかしあの大広間の外からの視線は感じなかった。となると壁越しに内容を聞かれた可能性だな。あの部屋には防音機能がないからな……」
「だったら……あの話、全部聞かれちゃった…ぐすっ…よね」
「おそらくな」
「きっと……偽名とかっ…ひぐっ…バレちゃったよね……うぅ」
「……おそらくな」
「アシュラ……きっと騙されてたって……思ったっ……よね」
「…………おそらくな」
「私……どうしよう…どうしたら……」
「お前の責任じゃない。ひとりで放置してしまった俺に責任がある」
「違うよ、全部私のせい……きっとそう」
「……アレだ、お前の『幸運』も形無しってやつだな、ははは」
返答に困り微妙にテンパったアーレスは、盛大に言葉をしくじった。
「……!! うぐっうわああぁぁ~ん……ひぐっうえぇぇ~~ん!」
必死に塞き止めていた感情が、土石流の如く溢れ出てしてしまった。もう嗚咽どころの話ではない。さらに違う意味で大爆発するククルが鬼の形相でアーレスにブチ切れた。
「言うに事欠いてそれはあんまりだろ!! フォルテュナ様がどんな気持ちでいると思ってるんだ!? 大切な人が突然いなくなっちゃったんだぞ!? それを何だその言い草は!? フォルテュナ様の能力に責任転嫁でもしたいのか!? いくら戦神でも私は絶対に許さない!!」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……ってお前その口調……?」
「そんなつもりだから出た言葉じゃないのか! 不快! 超・絶・不快だ!!」
アーレスを無視し、ククルは泣きじゃくるフォルテュナを抱きしめた。
「大丈夫ですよ、フォルテュナ様。アシュラ様は私達で見つけましょう!」
「ひぐっひぐっ……見つかっても私、合わせる顔がないよ……」
「私だってそうです! だから皆でちゃんと謝るのです! アシュラ様ならきっとわかってくれます!」
「そう、かな……?」
「そうです!! だから、今から探しに行くのです!!」
「え、今から? でも外はもう真っ暗よ? 皆にも迷惑掛けちゃう」
「大丈夫です! 『四元素』のククルにお任せください! 火の能力でちょちょいのちょいなのです!」
「……うん。ありがとう、ククル」
突然のククルの発案に驚くフォルテュナだが、目に見えてその眼に光が宿り始めた。
だが流石に看過できないとアーレスが反論する。
「ちょ、ちょっと待て! こんな夜遅くに森なんて許可できん!」
「あぁもう煩い! ヘタレはグータラ寝てやがれ!」
「へ、ヘタレ!?」
「さぁ行きましょう、フォルテュナ様」
ククルはアーレスを無視し、フォルテュナの身体を支えながら外へと出ていった。
彼はククルのキレっぷりに唖然としたまま、立ち尽くしていた。
その後、結局フォルテュナとククルの捜索も空振りに終わるものの、その間に2人で一体何を話したのか、フォルテュナの眼には力強さが戻り、ククルは何故か逞しくなっていたという。
*****
翌朝、アーレスは寝ずのまま朝陽を迎えていた。
(覚醒前なのにこうも見つからないとはな。これも日頃の鍛練の賜物か?)
アーレスは、フォルテュナとククルが深夜に帰宅・就寝したのを確認したのち、罪滅ぼしのように単身アシュラ捜索に出かけた。2人と同様、空振りに終わったのだが、ここまでして見つからないのは想定外だったようだ。
転寝するフォルテュナとククルを一瞥すると、そのまま家を後にする。
まずは住民全員を集め、能力に見合った編成を組織して捜索を始めようと考えていた。
考え事をしながら、村の中心部へと足を運んでいる最中、目の前に突然影が行く先を阻んだ。
「イクトの分身か? 確か国都に戻ったはずでは」
「はぁ、はぁ……アーレス様、わ、私は本体の方です。だ、大至急お伝えしたい事があり、戻った次第です」
「ちょっと待て、クズ国王の監視はどうした?」
「今はそれどころではないのです!」
イクトはよほど急いで来たのだろう。額どころか全身汗まみれなのだ。斥候役がここまでして戻る必要がある。それは余程の事態が起きたのだろうと、アーレスは予測した。
「国都で何があった?」
「忌み子捜索に騎士団が小隊を編成し、各地に散開しました。こちらの大森林にも小隊が向かっております」
「だろうな。だがその程度は想定の範囲内だ。いくら国都直属の騎士団が動き出したとはいえ、人間風情の小隊など焦る必要もあるまい?」
「そうなのですが……その小隊に問題があるのです!」
アーレスの脳内に疑問符が浮かぶ。それほどの輩が国都にいるとは思えないのだ。『人間風情』と侮っているところで、その心情が伺える。
「勿体ぶらずに早く言え。こっちもアシュラが姿をくらまして大騒ぎなのだ」
「アシュラ様が!? まさか大森林に入り込んだのですか!?」
「おそらくな。だから捜索の「『鬼神』が来ます」……今、何といった?」
イクトがアーレスの言葉を遮って『鬼神』と言った。アーレスは耳を疑った。
「小隊に『鬼神』がいたのです。隠密で行動していた私でさえ、神族である事を見破られました。敵対行動に出る事はありませんでしたが、『鬼神』は拙いです。急ぎ大森林から避難すべきと進言します」
「『鬼神』だと!? どういう事だ! 何故騎士団などに入っている!」
「わかりません。ですがアシュラ様と鉢合わせたらどうなるか予測できません。取り急ぎアシュラ様を捜索し村を放棄、大森林からの避難を」
「イクト、会合の広間に手の空いている神族達を集めろ! アシュラの捜索を継続してる者達は構わん、緊急会議を始める! 急げ!!」
「はっ!」
『鬼神』が来る。
天上界を追放された『元神族』であり、アシュラの『生みの母親』。今この2人が鉢合わせたらどうなるのか……アーレスには想像もつかない。
脅威が、国都から物凄い速度で迫っていた。