攻略
「ふん。行ったか」
フェリシアが広間から出て行ったのを見届けて、ようやくアーロンらは腰を下ろした。
「とにかく、これで問題は片付いた。やっとエマと婚約できるぞ」
「アーロン……」
人目も憚らず、抱き合う勇者見習いと聖女見習い。目論見どおり事が進み、もはや憂いはなく、晴れ晴れとした表情だった。
「殿下、おつかれさまです」
「姉上をようやく排除できましたね」
「殿下、エマ様、おめでとうございます」
取り巻きたちも口々にねぎらった。
「ああ、皆もよくやってくれた」
「みんな、ありがとう!」
彼らの脳内では、すでにハッピーエンドを迎えていた。王太子夫妻のお披露目のパレードで、王都の大通りを進む光景が目に浮かぶ。
そして、新たな国王の下、王国は末長く繁栄をしました、めでたし、めでたし。
~~Fin~~
能天気なものである。
自分たちがどういう立場に置かれていて、何の目的で迷宮に来たのか、そして今どういう状況なのか、彼らの頭の中からすっかり抜け落ちていた。そういう残念な性能だからこそ、ここに送られたとも言えるが。
(((((いやいやいやいや、無理だろそれはっ!!!)))))
無論、護衛たちは一斉に心の中でツッコミを入れていた。
遠征隊の目的である賢者の護符が得られなければミッション失敗なのだが、残っている者たちだけではそれは不可能である。
もしフェリシアが最下層を攻略できれば、護符は回収できるかもしれないが、あれだけフェリシアに喧嘩売ったのだ。護符を渡して王子の手柄とすることを良しとするだろうか。
それに、実質的に攻略したのはフェリシアだとなれば、周囲は王子の功績とは認めないだろう。少なくとも、第二王子派がそんな格好の攻撃材料を見過ごすはずがない。
さらには、政略結婚なのに勝手に婚約破棄などと言い出したことで、カーツウェル公爵家本体とも対立することになる。
王子は確実に詰んでる。
護衛たちにとっては幸いなことに、王子はまだそのことに気づいていない。もし現実に気づいてしまったら、どんな無茶を言い出すかわかったものではない。
このまま安全地帯に退避するまで、大人しくしていてほしい、と護衛たちは願わずにはいられなかった。
*
遭遇する魔物を倒し、あるいはスルーし、罠を回避しながら、フェリシアは順調に攻略を進めていた。
そして、最下層の一つ上の階で、一番の難関に差し掛かった。
フェリシアの前には、幅6m、長さ50mほどの直線通路が伸びていた。通路の先には円筒状の奇妙な像が置かれている。
この破壊不能な像が曲者だった。
「問題は、ここよね……」
この通路に足を踏み入れると、前方の像から弾幕のごとく大量の魔法弾を放ってくるのだ。弾幕地獄というやつである。
以前、フェリシアがこの迷宮に挑戦したときには越えられなかった場所だ。
二年ほど前、学院に入学してすぐの頃のこと。フェリシアは力試しに単独でこの試練の迷宮にやって来た。
しかし、ここでしくじってしまい、腕がちぎれかけた。どうにか命からがら逃げ延びられたが、攻略はそこで断念していた。
その後、なかなか再挑戦するタイミングがなかったのだが、今、ようやくリベンジする機会が巡ってきたことなる。
文献によれば、ここを通り抜けられれば、最下層はすぐだという。越えられた人間はいるのだ。不可能ではないはず。
「さて、どうしたものでしょうね……」
前回は直感と反射神経頼りで突入して、見事に失敗した。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
とりあえず、光魔法で分身を作り、反応を見てみることにした。
分身は実体を持たないのだが、像は反応した。おそらく闇属性で光学的に検出しているか、あるいは分身を形作っている魔力そのものを見てるかのどちらかだろう。
さらに、自分の目だけでは把握しきれないため、探査魔法を応用して俯瞰視点を作り出してみた。
俯瞰で見てみると、どのように魔力弾を撃ち出してくるのかよくわかる。花火大会さながらに、色とりどりの夥しい数の魔弾が乱れ飛んでいる。まるで、王都で流行ってる魔導式遊戯機の画面のようだ。余りの弾の多さに、乾いた笑いがこみ上げてくる。
分身を操りながら、攻略ルートを探っていく。
一発くらいなら辛うじて避けられない速度ではないが、なにせ数が多く、隙間が狭い。
そして、普通の盾はもちろん、対魔法障壁でも二発も当たれば壊れてしまう。次から次へと撃たれるので、障壁を張り直すタイミングも難しい。
よく観察していくと、弾にはいくつか種類があるようだ。
・正確に目標に向けて撃たれるもの
・目標の現在位置と移動速度、弾速から着弾地点を予測して撃つもの
・扇状に複数の弾を一度に撃ちだすもの
・射出方向を変えながらばら撒いてくるもの
・弧を描いて飛んでくるもの
それぞれ弾速や威力、発射間隔は異なっている。
一応、種類ごとに発射周期が決まっているようなので、そのパターンを見切って、全弾避けきらなければならない。
厄介なのは、こちらを狙ってくる弾を避けようとすると、その先には狙いを定めずに撃たれた弾が置かれていることだ。いやらしいことこの上ない。
「これは、慣性を打ち消さないと避けきれないわね……」
全速で駆けてるときに急停止したり、ジャンプ中に方向を変えたりしないと避けきれないようになっている。
そして、分身が残り15mほどまで接近したところで、
「うわぁ、ここでこう来るの!?」
極太の光線が発射されて、右から左へとなぎ払った。
以前はここまでは来れなかったので初めて見たが、知らなかったら絶対に食らっているところだ。
幸い、この光線は連射はできないようだ。また垂直方向には追従しないようなので、上か下かどちらかに避ければいい。
「これ、集団で来てたらどうにもならなかったわね」
少なくとも、未熟な者ばかりの遠征隊ではここより先へは進めなかっただろう。
こうして、何度も試行錯誤を繰り返して、フェリシアは攻略方法を練っていった。
*
護衛たちの願いはかなわなかった。
「よし、では出発するぞ」
「「「「はいぃ?」」」」
王子が急に出発を宣言したのだ。
「あの、殿下、今、なんと?」
「出発する、と言ったのだ。もう充分に休憩したであろう?」
「ど、どちらに、ですか?」
「決まっている。最下層に向かってだ。他にあるか」
この期に及んで、まだ攻略できるつもりでいるらしい。
「その、フェリシア様は二四時間待機して安全地帯へ行けと……」
「貴様! 俺よりもフェリシアの言うことを優先するつもりか!?」
「め、滅相もありません……」
いかに馬鹿で詰んでいても、一応は王族ではある。ここで逆らった場合、後でどうなるかはまったく読めなかった。
「フェリシアに先を越されるわけにはいかん。これは競争なのだ」
(((((フェリシア様に勝てるつもりなのか……)))))
無駄に高い自尊心と、自身の能力を客観的に判断できない無能さとがマッチして、途轍もなく阿呆なことを言い出していた。
「お待ちください! まだ動けない者が多数おります」
「動けない者など置いていけ」
「そ、そんな!?」
やはりこの男は配下の者の命などまるで考慮していないようだ。
それに、ただでさえ戦力が不足していたのに、これ以上人数を減らして何ができるというのか。
「現在の私たちの戦力ではこの先は無理です!」
「フェリシア様なしではこれ以上進めませんっ!」
「何を馬鹿なことを! フェリシアが抜けたくらいでなんだというのだっ!!」
護衛たちが口々に食い下がり、王子も次第にヒートアップしていった。
だが、ちょうどその時に、フェリシアが出て行った最下層方面に続く扉から、
『グゥオオオオオオオオォォォォ!』
迷宮の床を振動させるほどの大音声で魔物の咆哮が聞こえてきて、全員ビクっとして身を竦めた。
この扉の先にある通路に、何がしかの魔物がいるのだ。フェリシアが倒さずにスルーしたのか、あるいは脇道から迷い出てきたか定かではないが、間違いなく何かヤバそうなのがいる。
今のところ、この大広間に入ってくる様子はないが、絶対ということはない。
自然と、王子も護衛たちもヒソヒソと小声になった。
「……殿下、絶対に我々だけでは無理です」
「し、しかし、それでは……」
王子も怖気づいていたが、それでもなかなか引っ込みがつかなかった。
そこへ、聖女見習いがいつもの能天気な声で助け舟を出した。
「フェリシアさんが攻略できたら、護符を譲ってもらいましょう? フェリシアさんも遠征隊の一員なんですし、殿下がお願いすればきっと譲ってくれますよ」
(((((そんなわけあるかっ! あんたら、フェリシア様を追い出しただろっ!!)))))
「む……そうするか……」
(((((えーーー……まあ、それでコレが納得するんなら、いいか……)))))
護衛たちはそんなことありえんと思ったが、それで馬鹿王子が大人しくしていてくれるのならと、口には出さなかった。
とりあえず、当面の危機は回避できたようだ。後は、フェリシアが無事攻略できることを祈るばかりだった。攻略失敗したらどうなるか、など考えたくない。
その後、扉をそのままにしておくのも怖いので、念のため広間に残っている魔物の死骸を扉の前に積み上げて塞いだ。一同はそこでようやく一息ついた。
*
分身で練習した甲斐あって、フェリシアは無事に弾幕地獄を突破した。
ただ、最後の最後で、周囲の魔力をすべて消し去る魔道具を使ってしまった。ストックがないので惜しいが、背に腹は変えられなかった。
気を取り直し、フェリシアは先へと進んだ。
最下層への階段はすぐだった。
慎重に降りていくと、精緻なレリーフが施された巨大な両開きの扉に突き当たった。
そっと手を触れると、扉は自動的に開いていった。
中は真っ暗で何も見えない。
そうっと、フェリシアは中へ足を踏み入れた。
扉をくぐって数歩進んだところで、背後の扉が閉まった。
閉じ込められたとすると、これはもういよいよ最下層の番人の領域に入り込んでしまっている。もう少し中の様子を探ってからにしたかったが、迂闊すぎたようだ。
既に戦いは始まっており、覚悟を決めなければならない。
文献でもここの攻略方法などは伝わっていない。予備知識なしのぶっつけ本番である。
とりあえず、対魔法・対物理障壁をチェックし、思考速度を加速する。
真っ暗な空間で、不意に松明の明かりが灯った。
ここもやはり石造りの部屋で、学院の体育館よりも広そうだ。規則的に柱が並んでいて、松明は壁と柱にかけてある。まるで神殿のような荘厳さがあった。
部屋の奥には何か祭壇らしきものがあった。
そして、祭壇の手前には何者かが立っていた。
※メートル表記は異世界の単位系を日本語に翻訳したものとお考え下さい。
(英文のマイル表記が日本語訳でメートルに換算したようなものというか)