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離脱

(馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、ここまで馬鹿だったとはね……)


 王子たちは恋愛ごっこに酔いしれて、空気がまったく読めていない。彼らを守るために傷つき倒れ伏している護衛たちがどんな目で見ていると思っているのか。


 フェリシアとしては、ここが学院や宮廷であったら、彼らがどれだけ馬鹿をやろうと好きにさせておくつもりだった。それこそ、浮気しようが婚約破棄されようが、フェリシアの知ったことではなかった。こちらに損害が出たら、その分はきっちりと相応の報復をするけれど。

 だが、ここは迷宮内だ。ここはヤバい。油断すればあっという間に全滅しかねないのだ。決して、こんなお遊戯をしてていい場所ではなかった。

 殿下たちがどんな目に会おうとも身から出た錆だが、付いてきた者たちが浮かばれない。


「殿下、お戯れもほどほどにしていただきましょうか」


 時と場所を選べと。殺気と威圧をこめてフェリシアは言った。


「戯れとはなんだ! 貴様の聖女エマへのいじめは度を越している! 婚約者の地位が危なくなって、エマに嫉妬しているのだろう!? これ以上、貴様をこの遠征隊に置いてはおけぬ!」

「聖女、ではなく、聖女()()()ですわね」

「うるさい! いずれは聖女となるのだからそんなこと問題ではない!」

「聖女見習いとなってから二年半でしたか? 未だに見習いのままというのが信じがたいですわね。その間いったい何をしてらしたのかしら。

 それに、戦力になるわけでもなし、なんでこんな危ない場所にまで連れて来たのか、理解に苦しみます。迷宮をナメてませんか」

「ひっ、ひどい……」


 エマが目に涙を浮かべながら、王子にしがみついている。王子もそれに応えるようにエマを抱きしめた。

 まったくもって、ひどい茶番である。


 ついでに言えば、王子の冒険者としての区分(クラス)は勇者見習い、取り巻きの三馬鹿は騎士見習いが二人と魔術師見習いが一人。

 あの仲良し五人組は誰一人として見習いを脱していないのだ。成績でも仲良しなのである。

 すでに史上最年少で魔術師の上位区分である魔導師として認められたフェリシアとしては、彼ら全員怠慢だとしか言いようがない。


「殿下たちが見習いを脱していたら、そもそもこんな危険な場所にくる必要はなかったのですけどね。その辺の事情、ご理解されてるでしょうか?」

「貴様っ! 暴言を取り消せ!」

「事実を指摘したら暴言ですか?」

「このっ!」

「だいたい、いじめとか何ですの? まったく身に覚えがありませんわね」

「フェリシア様! あなたは探索の間もずっとエマ嬢に面と向かって悪口を言っていただろう!?」


 三馬鹿の一人、騎士団長の息子バート(騎士見習い)が口を挟んだが、


「エマ嬢はずっと殿下にアピールすることばかりに気をとられて注意力散漫でしたので、注意を促していただけですわ。ここがどういう場所なのかお忘れではないかしら?」


 一蹴された。

 続いて、


「姉上! あなたは昨日のキャンプ時にエマ嬢に水をぶっかけたでしょう!?」


 三馬鹿の一人、フェリシアの弟チャールズ(騎士見習い)が批難を始めたものの、


「交代で見張りをするというのに、順番になっても熟睡したまま起きなかったので、強制的に起こしました」

「彼女に見張りなんてさせられない! 僕が代わりに」

「見張りは全員で行う取り決めです。あなたが代わりになんてのは却下です。戦闘にはさして役に立たないのだから、見張りくらいやってもらわないと困ります」


 一蹴された。


「フェリシア様、あなたは先の戦闘中に倒れたエマ様に毒を飲ませようとしましたね?」


 三馬鹿の一人、宰相の息子デビッド(魔術師見習い)が参戦したものの、


「毒とは?」

「ひどい臭いのする丸薬を飲ませようとしたでしょう」

「エマ嬢が倒れたのは単なるMP切れで、丸薬はMP回復剤です。あれがひどい臭いと味なのは常識でしょう。そんなこともわからないから、あなたは未だに魔術師見習いのままなのではなくて?」

「うぐっ」


 一蹴されたうえにカウンターで一撃食らった。


「貴様、移動の最中にエマを突き飛ばしたであろう!?」


 王子も反撃を試みるも、


「突き飛ばした覚えはありません。全力で蹴り飛ばした覚えはありますが」

「なっ!?」

「彼女が(トラップ)を踏みそうになっていたので、罠が発動するのを阻止するために必要な措置を取りました。発動してたら、何人死んでたことか。蹴るときに身体強化を使わなかっただけ、感謝していただきたいですわ」

「口で言えば済むことだろう!?」

「言いましたわよ。彼女が聞いてなかっただけで。彼女は私のことをずっと無視していたでしょう? 殿下、知らなかったなどとは言わせませんわよ」


 やはり一蹴された。

 言いがかり、謂れのない断罪などというものは真正面から斬って捨てる。付け込まれるような隙は作らない。自身からは手を出したりはしないが、やられたら絶対にやり返して潰す。それがフェリシアの流儀(スタイル)である。

 もはや王子らには遠慮などしない。



 いくらか回復してきた護衛たちは、このやり取りを固唾を呑んで見守っていた。

 彼らはこの迷宮を攻略していく過程で、誰が最強戦力で、もっとも頼りになるのか身を以て知っていた。

 公爵令嬢の悪い噂はいろいろ耳に入ってはいて、先入観も多かった。しかし、伝聞とは異なる姿を目の当たりにしていた。

 ひょっとしたら、彼女単独で迷宮を踏破できるんじゃないかと思わせるほど、彼女は強かった。一流の魔導師として冒険者ギルドでも一目置かれているというのも、単なる噂ではないのだろう。もっとも、これだけ強いと、淑やかさが求められる貴族令嬢としては不利になることも多いのではないか、と変な心配をしてしまいそうになるが。

 それに加えて、彼女は護衛の者たちの被害を極力減らそうと尽力してくれていた。護衛を使い捨ての盾くらいにしか考えていない王子らとは雲泥の差である。


 この迷宮遠征はフェリシア抜きでは成り立たない。というより、生きて帰ることさえ難しいだろう。

 護衛や随行者たちの意見は一致していた。

 だというのに。

 この馬鹿王子たちはよりにもよって、言いがかりをつけてフェリシアを遠征隊から排除しようとしているのだ。

 護衛や随行員たちの間で、絶望と激怒が広まるのも無理はなかった。


(こんっ、のっ、馬鹿王子っ! いったい、何考えてやがる!?)

(こんなとこでフェリシア様に見捨てられたら、俺たちどうやったら生きて帰れるんだ!?)

(お前らだけで、この状況どうすんだよ! 死にたければ、テメエらだけで死ねやっ!)

(フェリシア様への暴言、決して忘れんぞ)

(この遠征隊が、馬鹿王子を俺たち諸共亡き者にするために仕組まれたって噂、やっぱり本当だったんだ……こんなのを国王にしたら、国がめちゃくちゃになるの間違いないし……)

(俺たちはこの馬鹿野郎のせいで、こんな迷宮の底で朽ち果てるんだ……)


 王子一派が何か言葉を発するたびに、護衛たちの怒りゲージが溜まっていく。立場と固定観念が邪魔をして口にこそ出せないものの、心中では罵詈雑言の嵐だった。

 こんな馬鹿―――心の中ではすでに王子という地位すら無視されていた―――に付き従っていたら、自分たちはどうなってしまうのか。

 仮に生き延びられたとしても、こんな馬鹿が王位を継いでしまったら国はどうなってしまうのか。中には、フェリシアこそが王位を簒奪すべきでは、などとかなり危険な思考に走る者さえいた。

 アーロン王子の人望など元々無いに等しかったが、今や完全に地に墜ちていたのであった。


 護衛の役割とは、身命を賭して対象を守ることだ。まして、今回は警護対象が(あんなのでも一応)王族である。

 実際、王子らの鎧が今も綺麗なままで、傷のひとつもなく返り血の汚れもないのは、フェリシアだけでなく彼ら護衛たちも拙いながらその役目を果たしていたからだ。


 しかし、役目だからと口では言えても、本当に死んでも守るとなると容易くできることではない。職務として専門の訓練を続けてきた者ならまだしも、彼らはまだ学生だ。護衛対象へのよほどの敬愛や信奉、忠心がなければ無理だろう。


 鈍感な馬鹿王子らはそのことにまるで気づいていなかったけれど。いや、気づけるほどの感性が毛ほどでもあったならば、そもそもこんな事態にはなっていなかったのだろう。なるべくしてなった、としか言いようがない。



 口論は続いていたが、とうとうフェリシアは投げた。


「まあ、もう結構です。あなた方の茶番に付き合わされるのもうんざりですし。

 私がここにいるのは王命によりますが、この場における最上級指揮官はそこの盆暗王子ですから、誠に勝手ながらそちらを優先させていただきます。

 婚約破棄でも追放でもなんでもどうぞご随意に。私は私で勝手にやります」


 国王から言質を取ってはあるが、それを言っても聞きはしないだろう。だから王子自身の発言に乗っかる形をとることにする。

 王子のことはもう完全に見限っているので、不敬も何も気にしなかった。どうせこの男には先がない。


「ま、待てフェリシア! 話はまだ」

「少々黙っていただきましょうか、殿()()

「ぐっ!? がっ、かはっ!?」


 王子が何か言い募ろうとしたが、邪魔くさいので膨大な魔力を放って威圧した。ついでに、王子に向けて伸ばした右手をくいっと捻り、同時に無属性(運動エネルギー)魔法で王子の喉下を圧迫した。効果はてき面で、呼吸困難に陥った王子は顔を真っ赤にしてもがいた。

 今では伝説となっている、かの悪名高き暗黒卿(ダークロード)を彷彿とさせるフェリシアの姿は、ある意味、盆暗王子によって割り振られた悪役令嬢という役柄に相応しいかもしない。

 王子の様子に、エマや取り巻きが慌てた。


「アーロン!? だいじょうぶっ!?」

「で、殿下!?」

「姉上! 殿下に何を!?」


 解放してやると、王子は盛大にむせ込んだ。恨みがましい視線を向けてくるが、それ以上は何も言ってこなかった。

 行動するなら、もっと早くにやるべきだったかもしれない。



 フェリシアは護衛らの方に向き直った。

 もう王子らがどうなろうと心底どうでもいいので、今考えなければならないのは付いてきた者たちのことだ。

 本来、彼らの生死に責任を持つべきは王子であり、フェリシアが考えるべきことではない。こうなることが予想できていただけに、余計に腹立たしい。

 しかしながら、直接彼らと顔を合わせ、短い期間ながらもここまで一緒に戦い、面倒をみてきたのだ。こんなところで死なれたらさすがに寝覚めが悪い。

 それに、いかに護衛とはいえ、あんなのを守って無駄に死ねとは言えない。


「ゴードンとヘンリー、アイザックの具合は?」


 先ほどの戦闘で重症を負った三人の容態を尋ねた。


「止血は済みましたが、三人ともまだ意識は戻りません」

「そう……。すぐに移動するのは無理ね……」


 フェリシアは思案する。

 ここに来るまでに倒した魔物(モンスター)や解除した(トラップ)は、時間がたつと復活するようになっている。早ければ二日、遅くても五日ほどで元通りになってしまう。この大広間も例外ではない。

 可能なら今すぐにでも撤退したいところだが、意識不明の三名以外にも骨折していたり、MPや体力が切れて動けない者が半数近くに上る。


 一日回復を待てば、動ける者も増えてくる。そこからとなると、この階層の安全地帯に引き返すのが限界か。フェリシア単独でならどうとでもできるが、ポーション類が心許ないので、他のメンバーにはその先の強行突破は厳しいだろう。

 万一に備えて地上では騎士団の一隊が待機しており、安全地帯からなら彼らに(電磁波)魔法による通信が届く。救助要請を出してから救援が到着するまで、恐らく四~五日というところか。水は魔法で出せるし、食料はまだ十分余裕がある。

 安全地帯に留まって救援を待つのが一番無難だろう。


 しかし、フェリシアにはもうひとつの案があった。

 攻略目標がこの試練の迷宮に決まった時から、可能性だけはずっと頭の片隅にあった。そして国王の言質もある。

 かつて挑戦したものの失敗し、達成できなかったこと。今なら実現できるかもしれない。


「私はこれから単独行動を取ります」

「そ、そんな!? フェリシア様!?」

「待ってください! フェリシア様に置いてかれたら、俺たちは……」


 真っ青になった護衛たちに、フェリシアはプランを説明した。


「落ち着きなさい。魔物や罠が復活するまで最短でも四八時間あります。この階層の安全地帯までなら退避するのに充分間に合うはずです。

 皆はとりあえず二四時間はここで待機して、回復に努めること。その間に私からの連絡がなかったら、待機後に全員で安全地帯へ移動しなさい。そこで救助を待つのです。

 地上では騎士団が待機しているので、連絡を入れれば彼らが救援に来てくれます」


 大雑把ではあるが方針が見えたことで、護衛たちの間で安堵が広がった。

 だが、一つ疑問が残ったままだ。


「その……フェリシア様はどうされるんですか?」


 その問いに、ニヤリ、とフェリシアは悪役令嬢の呼び名に相応しい不敵な笑みを浮かべ、


「私は、単独で最下層に行き、迷宮の管理者権限を取ってきます」


 そう答えた。

 迷宮の管理者権限。それは迷宮内のすべてを自在に制御する権能である。

 それがあれば、迷宮から魔物を退去させたり、罠を不活性化することも可能だ。遠征隊が無事に帰るうえで最強の手段と言える。


 取得するには、最下層にある迷宮の核に接触しなくてはならない。現在のところ、試練の迷宮には管理者権限を持つ者はいないので、行けば確実に得られるだろう。残り二階層を突破できるなら。


「む、無茶です!」

「お一人でなんて、そんなっ!?」

「お、俺も行きます! 囮でも肉壁でもなんでもやりますから!」


 心配する声が意外に多い。中には、撤退の道を示したのに、付いてこようという者までいる。

 フェリシアは日頃、冷淡とか怖いとか言われて遠巻きにされることが多いので、こうして慕われるのは素直にうれしい。

 一部、どこかの馬鹿が「勝手に攻略するなど許さん」などと喚いているが、そちらは当然無視だ。

 とはいえ、ここは一人で行かねばならない。


「あなた達では足手まといだわ。私一人のほうがずっと勝率が高い」


 傲然と、突き放すように言った。

 皆、それが事実なのは理解しているので、俯いてしまい反論の声は出ない。

 こういう時にもう少し穏当な言い方ができれば、悪評も減るのではないだろうか。だが、そういう風にはやれないのがフェリシアという人間だった。

 ある意味、彼女も残念系女子といえるかもしれない。


 いくつか予備のポーションを取り出して、護衛たちに渡した。


「必要なときは、躊躇せず使いなさい。それと、ここからは安全第一で、決して無茶はしないように」

「一番無茶をしようとしてる人が何をおっしゃいますか……」

「ふふ……それもそうね」


 フェリシアはかすかに微笑んだ。冷徹と言われる美少女の滅多に見られない微笑を目にして、護衛たちは息を呑んだ。


「では、私は行きます」

「「「「「御武運を!!!!」」」」」


 護衛たちに見送られて、フェリシアは大広間を後にした。

Aaron

Bart

Charles

David

Emma

Felicia

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