表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

迷宮遠征隊の経緯と現状

「フェリシア・フォン・カーツウェル! 聖女エマに対する貴様の非道な行い、もはや許せん! 俺は、貴様との婚約を破棄し、この遠征隊(パーティ)からの追放を命じる!」


 ハーバート王国第一王子アーロンの宣言が、冷たく暗い迷宮(ダンジョン)の広間に響き渡った。

 そして、王子が唐突に始めた()()を、糾弾された公爵令嬢フェリシアは冷ややかな目で見つめた。


 舞台に立つのは主演男優アーロンと、彼にぴったりと寄り添う主演女優(ヒロイン)エマ、その背後に付き従う脇役友人三名。

 そして、彼ら仲良し五人組と対峙しているのが助演(悪役)女優フェリシア。


 王子の意図する配役の構図だけを見れば、なるほど、これは王都の劇場で人気の演目に似通っているかもしれない。身分差を越えて愛し合う二人が、最大の障害である悪役令嬢の悪行を断罪し排除、最後に二人は結ばれて大団円、などという筋書き。

 先ほどの王子のセリフも、劇の終盤で似たようなのがある。恐らく次に続くセリフはヒロインとの婚約発表になるものとみられる。

 大方、盆暗王子が隠れてデートした時に観劇して、触発されでもしたのだろう。


 もっとも、似ているのはそのくらいで、実態としてはほぼ別物というくらいにかけ離れていた。


 一応、出演者たちはいずれも美男美女揃いで、顔だけは決して劇場の人気俳優らにも引けを取らないだろう。しかし、彼らの身を包む衣装は華美なスーツやドレスではなく、実用本位の甲冑やローブである。さすがに王族や高位貴族が着るものだけあって、それなりに装飾や仕立てが普通よりは上等ではあるが。


 舞台は絢爛豪華な宮廷を模したセットではなく、殺風景な石造りの広間である。照明といえるものは石壁に添えつけられた松明のみ。舞台装置はといえば、圧倒的質量ですべてをすり潰す吊り天井や、呑み込んだ者を串刺しにしようと待ち構えている落とし穴、犠牲者を肉片に変えるギロチンなどである。

 床のそこかしこに夥しい血や肉片が飛び散っていて、まだ死んでから間もない魔物たちの死骸が壁際に寄せられていた。

 寸劇に興じるにはいささか物騒な場所と言わざるを得ない。


 観客たる護衛、随行員たちは皆、先ほどの戦闘により満身創痍で、広間の床に座り込むか、ぐったりと横になっていた。茶番を鑑賞しようと、辛うじてこちらに顔を向ける気力が残っていたのはせいぜい四~五人というところか。


 なにより最大の違いは、ジャンルが当人(王子)らにとってはラブロマンスのつもりなのが、傍から見ればまったく笑えない超絶ブラックコメディというところだ。


 果たして、この馬鹿げた茶番に勤しむ馬鹿王子は、遠征隊が現在置かれている状況を理解できているのだろうか。フェリシアとしては呆れはてると同時に、政略のためとはいえこんなのと婚約させられていた我が身の立場を呪った。





 そもそも、この『迷宮遠征隊』は落ちこぼれ寸前の王子を救済するために組織されたものだった。


 アーロン王子は一七歳で、王立学院の三年生である。順調に行けば今年卒業となるはずだった。順調だったならば。

 しかし、王子の成績は極めて悪く、卒業すら危ぶまれるほどだった。最悪の場合、権力を行使して強引に卒業させることになるが、それをすれば王子としての権威はもはや回復不能なまでに地に落ちる。貴族から侮られれば、将来的には国政にも支障を来たすだろう。

 アーロン王子の王位継承順位は第一位となっているが、この国の成人年齢に達していながら未だに立太子の儀が行われていないのは、次期国王としての資質に疑問符がついているからだ。すでに廃嫡も視野に入ってきているという。

 王子に残された時間は多くない。


 起死回生の手段として、せめて学生のうちに何か大きな功績を立てさせようということになった。それをもって成績の悪さを補おうというのだ。

 もっとも、当人が一念発起したわけでもなく、これさえもが周囲の発案によるものというのがまたなんとも残念具合を引き立てているのだが。


 しかし、功績といっても彼に何ができるか。

 戦争で武功を上げるというのは昔からよくある手段だが、現在良好に保たれている周辺国との関係をそんなことのために壊してしまうのは割りに合わなさ過ぎる。もちろん、国内貴族に喧嘩を吹っかけるなんてのも論外だ。

 一方、戦争以外の、行政や商業方面などはどうかと言えば、そういうところで功績を残せるくらい優秀であれば、そもそも落ちこぼれていないのであった。


 そこで持ち上がったのが、迷宮攻略である。


 王都近郊に位置する『試練の迷宮』は、上層部こそ低難易度で駆け出しの冒険者に人気だが、下層部では凶悪な魔物が徘徊し、致死性罠が満載という超高難易度の迷宮となっている。

 この試練の迷宮を踏破し、最下層にあると言われる伝説の『賢者の護符』を持ち帰ること。

 この偉業を成し遂げられれば、一応は功績として認められる―――はず。たぶん。


 こうして、王子は迷宮に送り出されることとなった。

 さすがに王子一人では不可能だろうと、当初は近衛騎士団の精鋭を護衛につける方向で話が進んでいたのだが、ここで第二王子を推す一部貴族から横槍が入った。「それでは王子の功績ではなく、近衛騎士団の功績にしかならないだろう」と。


 議論が紛糾した結果、同行者は王子の学友たちに限る、ということになった。

 学院の教育課程には戦闘訓練や、冒険者としての訓練なども含まれているので、迷宮の深部探索もできるだろう。なんなら、同行することで学院の履修単位として認めてもいい。


 迷宮の難易度からすると、未熟な学生ばかりを送り込もうなど無茶振りもいいところなのだが、なぜかこの案が通ってしまった。一説には、「最悪、全滅しちゃっても、その時はその時。さっくり(第二王子)を立てよう」という思惑もあったとかなかったとか。

 こうして、王子と仲の良い聖女見習いや三馬鹿友人ズ、その他落ちこぼれ学生らが生贄、もとい、護衛として選ばれることとなった。


 公式な王子の婚約者となっているフェリシアはどうであったかというと。

 フェリシアとしては、こんな碌でもない遠征になど関わるつもりはなかった。むしろ、王子が失脚してくれれば、自然と婚約解消に向かってくれるかな~と内心期待していたくらいである。フェリシア個人は、王子との政略結婚にデメリットしか感じていない。もちろん恋愛感情などゼロである。最近では王子が聖女見習いに熱を上げているという情報もあるので、なおさらだ。

 それなのに、婚約者だからという名目で、国王から同行を命じられてしまった。実のところは、他の学生護衛たちが頼りなさ過ぎるので、もしものときの()()としてだ。


 とはいえ、国王に命じられたからといって、それを唯々諾々と飲みこまねばならないほど公爵家の力は弱くもない。

 迷宮探索は非常に大きな危険を伴う。フェリシアだけならともかく、王子や他のメンバーの安全もとなるとかなり厳しいものになる。

 たとえ王命ではあっても、そんな重たいものをそう簡単に安請け合いするわけにはいかなかった。


 最大のネックとなるのは、隊の中ではあの盆暗王子が最高位であり、隊長として指揮を取ることになっている点だ。あの無駄に自尊心(プライド)が高く虚栄心に満ちた王子は、フェリシアが危険回避のために何か進言しても決して聞き入れないだろう。それどころか下手をすると、自分から危機に突っ込んで行きかねない。


 アレをどうにかしないと、助かるものも助からないだろう。

 そして、王子はともかく、他の将来ある若者たちをこんなことで死なせてしまって良いのか、と。


 それで、「遠征隊が危険な状況にあると判断した場合、王子の指揮から外れ、独自の判断で行動してよい」という言質だけは取り付けた。

 元々が王としてではなく、一人の親としての思いから出た命令である。王としての立場を問われれば、否も応もなかった。





 こうして、王子以下総勢二六名の迷宮遠征隊が結成され、迷宮へ向けてひっそりと出発した。単一パーティとしては大人数だが、最下層攻略を目指すとなると、このくらいの人数は最小限ではある。


 試練の迷宮上層はさすがに初心者向けなので、盆暗王子が馬鹿をやった以外は、大して苦労することもなく進んだ。


 怪我人が出るようになったのは、中層に差し掛かったあたりからだ。魔物も強くなり、罠も本格的なのがちらほらと出てくる。これだけ人数がいると、フェリシアとて全員をカバーするのは難しい。そして盆暗王子が馬鹿をやって、足が止まる。


 探索が下層に入ると、怪我人が続出するようになった。階層内の小部屋で、通路で、至るところで魔物の群れと遭遇した。幸いなことにこれまでのところ死者は出ていないが、毎度怪我人が出て、応急処置や治療のために小休止となる。

 そしてやっぱり盆暗王子が馬鹿をやって、被害が拡大した。


 どうにか最下層まであと二階層というところまで来れたのだが、この大広間にて大量の魔物と遭遇。辛うじて魔物の殲滅には成功したものの、意識不明の重体三名、その他負傷者多数により休止中。ポーションも残り少ない。

 残り二階層の攻略はほぼ絶望的と言わざるを得ない―――


 これが遠征隊の現状なのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ