表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/108

第89話 果実と宿り木

「あっ!」

誰かが発した高い音程の声がした。

 

ソーンの眼前に屋台の棚から赤い果物が転げ落ちて道へと広がっていく。

 

大通りを勢いよく駆けていく騎馬が撥ねた石が、運悪く山積みにしていた商品を崩したようだ。

慌ててそれを拾おうと、店員の女の子が飛び出してくる。

 

思いのほか、道の中央付近まで転がった赤い果実を必死で拾おうと・・・

 

「危ないッ」これは自分の声だとハッキリ分かった。

 

 手を伸ばして、店員の小さな肩に触れる前に、少女はするりと屈んでしまった。かわされたと思ったところで、振り返ると、少女の小さな姿と、間近に迫る馬の姿、蹄鉄が鈍く光って新たな障害物を踏み抜こうとしていた。

 

「ヒメ!蜘蛛糸網スパイダーネットだっ!クーマは女の子を助けて!」

 

 ソーンはそう叫びながら、近々相談予定だった連携技のイメージを念話で送る、それに答えるように白大蜘蛛ユキヒメが呟いた。

 

『・・・んっ、そのイメージなら、これでいい?』


 あわせて、いつもはのんびりと宙に浮かんでいる毛玉クーマが珍しく素早い動きをみせてふさふさの尻尾を伸ばした。

 

 ヒメが射出した蜘蛛の糸で出来た網のようなものが道に広がって、果実をひとつ残らず拾い集めると、驚いた表情の少女が胴の辺りを尻尾でぐるぐる巻きにされて宙に浮いていた。

 

その一瞬後を、騎馬の集団が、何事もなかったかのように速度も落とさずに駆け抜けていった。

一連の出来事を見ていた、街の人々から拍手が沸き起こる。

 

ソーンの近くにいた、おじさんが背中を叩いて声をかけてきた。

 

「あんたの従魔かい?いい仕事するじゃないか」

 

 一瞬で、ちょっとした騒ぎの中心人物となってしまったソーンが何故かペコペコと頭を下げながら、今だ呆然とした表情で、宙に浮いた少女に駆け寄り、手を引いて地面へといざなう。

 

「ごめんね。急な対応で、えーと、ケガは無かったかな」

 

 心配そうに顔を覗き込むと、少女がやっと事態を理解したかのように目を見開いた後、順番に見渡しながら答えた。

 

「あっ、ありがとう。お兄さん。と子クマちゃんと、大グモさん?」

 

それを受けて、クーマが答える。

 

「子クマではなくて、クーマじゃよ、大事な果実を救ったのは白大蜘蛛ユキヒメじゃ。無事なら早速その赤い果実を、そこのソーンに売ってやってくれんかの、久々の新鮮な果実にもう待ちきれんぞ・・・」

 

 ふさふさの尻尾を左右に振りながらクーマがそう伝えると、緊張が解けたのか少女が可愛らしい笑顔を見せた。

 

 

___その後のやりとりで、すっかりと打ち解けた少女が山盛りの果実を手渡しながら色々と教えてくれた。

 

 少女は近くの宿の娘で、ハンナというらしい。

 宿の女将さんの手伝いで屋台で店番をしていたが、商品の赤い果実を助けてもらったお礼に安くすると伝えると、クーマの希望で落ちて転がった分も含めて全て買い占めになった。

 ハンナは商品も無くなって宿に帰るそうなので、ついでに宿まで道案内してもらうことにした。

 

 それと、突然のアクシデントで待たせることになってしまった事をファルとミーシアさんに申し訳なさそうにソーンが謝ると、用意をしてくれていたのかファルがすぐに返事と共に手紙をくれた。

  

「いやいや、ソーン君の活躍には感謝しかないな。街の一員として改めてお礼をいうよ。あの娘さんの宿に行くなら丁度いいし、落ち着いたら商会に顔をだしてもらえるかな、これは紹介状だ」

 

 

 

___大通りを少し進み脇へそれて、若木通りという看板がかかった道を進んでいく。

すると、通りに大きな木が見えてきて隣の建物には『果実と宿り木』と書かれた看板がかかっていた。

 

 目的の宿が近くなるとハンナが勢いよく駆けていき、扉を開けて宿に入っていく姿がみえる。するとすぐに宿の女将さんを連れて表にでてきた。

 

「話は娘から聞いたよ。ありがとうね。しかもクラール商会にご縁がある方ときたら大歓迎だよ」

 

そういって、早速、部屋の手配を進めてくれた。

 

 馬車は宿の正面向かいの広場に停めて、馬房は宿の隣にある大木を挟んだところにある建物でと案内してくれているところで、

 

 おもむろに木の上を指し示した白大蜘蛛ユキヒメは、もちろんそれでもいいよと女将の了解を得られたので、するすると木の上に上って行った。

 その姿を見ながら女将さんが、木に実っているのは売り物だからあんまり食べちゃだめだよと声をかけている。

 

「うちの食材はクラール商会から仕入れているからね、食事は期待してくれていいよ」

 

 なかなか手に入りにくい遠い国の香辛料から新鮮な地元食材まで、安くて良いものがそろうのがクラール商会のいいところらしい。

  

「それと、薬関係もね。でも最近は傭兵ギルドの奴らが優先命令とかで買い占めてて・・・困ったことだよ」

 

 

 部屋は2部屋借りることになったので、女将さんから部屋の場所を聞いて、鍵を受け取り前金を支払った。


その後、早速、荷物を運んで部屋の前まで来たところで、アルフが一石を投じた。

  

「じゃあ、ソーンはボクと一緒の部屋でと・・・んーと、あと一人は誰にする?」

 

それには、ソーンが、えっ?という顔をするが、すぐにアルフが続けた。

 

「2部屋だからネ、3人と2人で分かれるダロ。ソーンが1人で1部屋で、あとの4人が1部屋はないよネ」

 

 

納得したのかソーンが答えた。

「そ、そうだね。じゃあマイ先生一緒の部屋でもいいですか?」


 それには、馬車に酔ったのかちょっと元気の無かったミリアが突然目覚めたかのように声をあげる。

 「ちょ、ちょっと。ソーン。なんでマイさんなの?そこは百歩譲っても幼馴染の3人でって話じゃないのよ」

 

 それを受けて、不思議そうにソーンが答える。

 

「えーと、時間があるときにマイ先生から魔術講義の続きを受けたいからなんだけど、ミリアは3人一緒がいいの」

 

 

ソーンに詰め寄るミリアを横目に、指名のあったマイが微笑を浮かべながら答える。

「あらあら、まあ、ソーン君、直々にお呼びなら仕方ないわね。それと、ついでに・・・色々教えてあげないとね」

 

 そう言いながら、落ち着いた仕草でローブをはだけて、すみれ色の髪を少し整えた後、ソーンの手を取って部屋に向かおうとしたので、ミリアが慌てて間に割って入る。


「ま、まだ決まってないです。あと、2人と3人に分かれるなら。ソーンとあたしで2人部屋って案もあるんですから」

 

「ミリアずるいゾ、それならボクがソーンと2人になるゾ」

 

 

 そんな感じで、アルフとミリアとマイがお互いに牽制しているところで、少し離れて困ったように見ているソーンに、そっと近づいてきたアイリが小声で話しかける。

 

「ソーン君、こっちこっち。今のうちに2人で部屋に入っちゃおうか、どうせ話合いで決まらなそうだし」

 

「えーと、それでいいんですかね・・・」

 

「いいのいいの、困ったときは早いもの勝ちよ。旅で疲れてるし・・・じゃあそう言うことで」

 

 いまだ言い争いを続けている3人を置いて、さっと扉を開けたアイリが荷物を放り込みながら、困惑気味のソーンの手を引いて部屋へと入っていく。

 

それをふと目撃したミリアがひときわ大きい声をあげた。

「あぁー!何してるのアイリさん。抜け駆けはズルいんじゃない」

 

部屋の扉から半分顔をのぞかせてアイリが答える。

「ははっバレちゃった?ときには強引な手段も効果的よ。ミリアもまだまだ甘いわね」

 

 

___そんなこんなで、最終的には、ソーンが順番に部屋を変えるということで話が落ち着いた。今日の組み合わせはソーン、アイリ、マイの3人一部屋で、もう一部屋はアルフとミリアだ。

 

 ちなみに、途中でソーンが、やっぱりもう1部屋借りてこようかと話がでてきた際には、即座に全員からそれは無いって断られて、今の案に決定したのだった。


いつも読んでくださりありがとうございます。続きも読んでいただけると嬉しいです。


よろしければ、下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援をお願いします。

面白かったら☆5、つまらなかったら☆1つ、感じた通りに選んでもらえればと思います。


また、ブックマークもご登録頂けると更に嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ