第88話 印章
「それでは、昨夜と同じく先頭がこちらで、ソーンさん達はその後に続いてということで」
夜間の強行軍の後というのに、翌朝何事もなかったかのように出発の準備を済ませたファルが、
なんとか起きだして支度を済ませたソーン達を前に淡々と今日のスケジュールを説明している。
「よろしいでしょうか、お嬢様」
説明がひと段落したところで、赤いメッシュが入った黒髪をひるがえして振り返り主人の言葉を待つ。
「お嬢様ではなくて、ミーシアでって言ってるのに、そういうところがファルは頑固ね」
そう言いながらミーシアは、つと背伸びして何かを取ろうとしてるのか傍らの馬車の手すりに手をかけて、それでも届かなかったようで更に、車輪に足をかけようとしたところで、見かねたファルが止めながら答えた。
「そういうことは、私に命じていただければと・・・」
意図を察したファルがさっと馬車の車輪に足をかけて屋根付近に吊り下げていた旗を金具から取り外した。
「ありがとう、ファル。昨日眠りにつく際に、これをソーンさんにお渡ししようと思っていたのです」
そう言って目を細くして微笑んだミーシアがソーンに取り外した旗のようなものを手渡した。
「えーと、これは?紋章が刺繍されているようですが、大事なものではないですか?」
「そうですね。大事なものではあるけれど、うちの商会の印章が刺繍されているから、ソーンさんの従魔の方に身につけていただけると、これから行く街では何かと都合がいいと思います」
ミーシアがそう言った後、白大蜘蛛を見てお辞儀をする。
「あっ、なるほどです。ありがとうございます。じゃあ、ヒメどこに着けようか?腕のところでいい」
受け取った旗を、合わせながらヒメに尋ねると、すぐに返事が返ってきた。
『・・・ん。ソーンが着けたいとこでイイ』
試しに、腕にぐるりと巻き付けるようにして着けてみたが以外にすんなりと取り付けることができた。
「じゃあ、これで。街にいる間はこれを着けるようにしますね」
その後、スケジュールの段取りを相談していると、そういえばお互いの紹介がまだだったことを思い出して、慌ただしく名前等を簡単に紹介をしてからキャンプ地を出発した。
ちなみに、街につくまでの護衛の仕事もついでにどうかと、止めようとするソーンを押しのけてミリアが持ち掛けると、それはいい考えですねとミーシアとミリアの間で早速値段交渉が始まったので、勢いに押されたソーン達はそれを見守るばかりだった。
___中継キャンプ地を後にして、途中で食事の休憩をとった後は、ひたすらに街道を進む。
まだ日の高いうちに、目的地の街の姿が遠目にも見えてきた。
元は遺跡の周りに並んだ露店から始まったと伝えられるその街は、今では立派な城壁に囲まれた大規模な商業都市として栄えていた。
特徴的なのはやはり街の後方に見える領主の館と呼ばれる湖の中にある円形の塔だろうか、ルルキアの街の元となったと呼ばれるくらいに、よく似た建築様式の建物が並んでいるが、街の所々に不思議な文様がはいった柱のようなものが建っている。
遺跡の名残とのことだが、今となってはその遺跡の全貌を知る人も少なくなったので、観光で訪れた者たちが物珍しそうに見物するぐらいしか価値はないようだ。
商業都市に相応しくその街の入り口付近には、商人の隊商がずらりと並んで入場待ちをしている列がいくつもできていた。
その内の1つの列にソーン達も並んでいた。
「ルルキアも大きな街だと思ってたんだけど、このメルトアを見てしまうと今度からは感想が違ってきそうだね」
そう言って、ソーンはずらりと並んだ馬車の先にある巨大な門とそこから続く街並みに圧倒されていた。
「みんなここに並んでいるけど、あっちの城壁付近にある街の方からは中に入れないのかな」
指さした先には、露店のような店が所狭しと並んでそれなりの人だかりができているが、なんだか少し雰囲気が違うようにも見える。
それを横目でみたアルフがソーンに答える。
「あれは、露店街だナ、たしか安く買い物するにはいいらしいけど、街の管理をはずれている場所だから、街に滞在するなら一度は正面から街へ入る手続きしてからのほうがいいらしいゾ」
「そうなんだ、じゃあ後で、買い物にこないとね、ミリアも興味あるかな」
それにはアルフが念を押すように言った。
「ソーンとミリアはひとりで行っちゃダメだゾ、ボクが必ずついていくからネ」
そんなやりとりをしている間に、街の検問官が先にファル達の馬車の所にきて何か話こんでいる。じっとその様子をみていると、ほどなくしてこちらに検問官がやってきてこう告げた。
「あぁ、たしかにクラール商会らしいな。話はついているから先の馬車に続いて列から抜けていいぞ。ただし、許可は出したが街では大人しくしてもらえると助かるがね、この街に従魔馬車がくるのは何年振りか・・・」
遠目にファルがこちらを向いて手で合図をしているようなので、言われたように馬車で後をついていくことにした。
みると、大きな荷物をかかえている馬車以外は、指示を受けて続々と入口へと向かって進んでいるようだ。
御者台の後ろが開いて、昨晩はぐっすりと眠って上機嫌のアイリがソーンに話しかける。
「じゃあまずは、いつもの宿屋探しかな、美味しいご飯の店があるといいのだけれど、ミーシアさんにお勧めでも聞いてみる?」
その開いた隙間からするっと毛玉がくぐりぬけてソーンの首に尻尾を巻き付けて浮かびながらクーマが答えた。
「いあ、まずは、果物じゃな。もう在庫が無くなったので最優先じゃ」
もふもふの毛玉を両手で掴んで抱っこしながら笑顔でソーンが答えた。
「なんだか忙しくなりそうだね。でもそもそもの目的は他にあるからそれも忘れずにね。マイ先生とミリアは?」
それにはアイリが答える。
「ずっと馬車だから流石に慣れてないと堪えたんじゃないかな。早く宿屋で休ませた方がいいと思う」
心配そうに頷いた後、ソーンが答えた。
「よしっ、じゃあ決まりだ。街に入り次第、ファルさんに相談してみるよ」
先頭の馬車に続いてソーン達の馬車が門をくぐる。
流石に珍しいのか随分と人目を引いているようではあったが、流れがとまることもなくすんなりと街へと入ることができた。
門から続く大通りはそのまま広場へとつながっているのかどんどんと開けてくるようだ。
予定通り一旦、脇に馬車をとめて、ソーンは小走りにファルの元へと急いだ。
街の大通りを武装した騎馬の集団が声を荒げながら駆けていく。
どこからともなく街の住民の呟きが聞こえてきた。
「また傭兵か、何だってこんなに・・・」
その声もまた別の喧騒にかき消され、新たな馬車が次々と駆けていった。
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