第85話 馬車にて
真っ先に動いたのはアルフで、近くの盗賊が手にした斧ごと槍でひっかけて、横へと吹っ飛ばし、あおりを受けて姿勢を崩した獲物の首元へ回し蹴りを炸裂させる。
御者台の上では、ソーンが手を頭上に掲げて術を唱えた。
『火・声・矢』
次々に出現する複数の火の矢を、少し離れた場所にいた盗賊の一団に炸裂させ、避けきれなかった盗賊が炎に包まれて悲鳴をあげる。
アイリは盾と剣を巧みに使って御者台に近づこうとする者を、1人、2人と順番になぎ払っている。
マイとミリアは馬車の奥で様子を見ているが、時折マイは何やら魔術を上書きしているのか目の前で開いた両手の中に光模様が現れては消える。
『風・声・守・壁』
その効果なのか、さっきから弓矢で応戦しようとしている盗賊の矢が、
馬車の近くまでくると、突然向きを変えて、仲間に向かって飛んでいって同士討ちをしているようだ。
乱戦ではあったが、個々の立ち回りと勢いの差によってか、盗賊達は早々に逃げ腰になってきていた。しばらくして、女戦士が馬にのって逃げようとしていた最後の盗賊を切り捨てたところで、決着がついたようだ。
___静かになった馬車の周りでは、逃げ出した盗賊と争いに敗れた者たちの持ち物が散乱していた。
まだ使えそうな剣と斧をいくつか見繕いながら、拾った鉄の盾をアルフが白大蜘蛛に見せたりしている。
それと並行して、ソーン達とファルは協力して、動かなくなった者達を、一所に集めたところで、ファルは懐から取り出した小瓶から液体を振りかける。
清められたそれの効果で数日の間は獣達も寄ってこないだろう。
いつの間に戻ってきたのか、興奮したように戦いの状況を説明する外套を着た少年の近くに、盗賊達に混乱を生み出した元凶である、もふもふした毛皮の主がふよふよと宙に浮いている。
その様子を注意深く観察しながら、一通り馬車周辺の見回りを終えたファルが、馬車に近づき中へ向けてそっと呟いた。
「どうされます、ミーシア様。盗賊たちとは別のようですが、もしもの時は少々手ごわい相手と思われます」
それを受けて、馬車の中のミーシアと呼ばれた女性が答える。
「いえ、そこまで複雑な状況ではないでしょう、たまたまとはいえ共闘した結果について、お礼を申し上げるのは当然です」
そう告げると、ファルがすっと位置を変えて馬車の扉をゆっくりと開く。
すると中から、黒っぽい服にオレンジ色のガウンを羽織った、黒というよりは少しグレーに近い長い髪の女性が姿を現す。
「すみません、このような夜更けに大変な目に巻き込んでしまって、皆さんのご助力に感謝致します。
私はクラール商会のミーシア・クラールといいます。こちらで一緒に戦っておりました者はファルと申します。無事にこの戦いを終えられた、お礼をお伝えしたいので皆さんの代表の方とお話させていただけますか」
そう言うと、ミーシアはもともと細い目をすっと瞑るようにして、頭を下げた、その佇まいは年齢よりずっと聡明な雰囲気を纏っていた。
それを受けて、押し出されるようにして、灰色の外套の裾を直しながら一人の少年が歩み出てきた。
「えーと、こちらこそすいません。僕はソーンと言います。それでお礼というか…はじめは通り過ぎようかなって思ってて…なんだか申し訳なくて…」
その発言に反応して、隣の少女が、少年の腕を引いて軽く怒っているようだ。
「ちょっと、ソーン。もうちょっと上手く言えないの?それだとなんだかカッコ悪い感じじゃないの」
「えーっ、でもそんな感じだったし、僕もこういう時なんて言えばいいのか…」
その様子を見ていた、ミーシアが笑顔で答えた。
「ソーンさんは正直なのですね。いえ、このような時間ですしお互いに距離を置くというのは決して間違いではないですよ。こちらも急ぎでなければ、普段はこのような無茶はしないのですから」
そう言って、少し悲しそうに顔を伏せる。
それを聞いたソーンが周りのメンバーを見回してから、うなづいたような仕草をしたのちに答えた。
「それで、もし良ければミーシアさんの急ぎの理由も聞かせていただけませんか、なんだったらさっきみたいなケースに備えて護衛とかも出来ますよ」
その申し出について、たぶんもう大丈夫とは思いますがと答えたのちに、ミーシアが急いでいた理由を教えてくれた。
それには、ソーンの隣で話を静かに聞いていたミリアが声をあげる。
「弟さんが、急病?じゃあ、ここで話を続けてるのも良くないんじゃ…馬車に乗られてるんですか」
ミーシアが答える。
「そうですね。でも場所を移動してから、随分と落ち着いてきたんですよ。発作がでているときはもう…」
それにミリアが気になって尋ねる。
「場所を移動?もしかして魔素症ですか。それでしたら手持ちに薬があります、こう見えて薬師ですからね」
それを聞いた、ミーシアがはっと顔をあげて、ミリアの近くへ歩みよる。
「薬?ですか。たしかに魔素症の一種だと聞いておりますが…」
「じゃあ…これを飲ませてあげれば大分楽になると思いますよ」
そういって、ミリアが腰につけているポーチからカチャカチャと探って小さな小瓶を取り出した。
紫色をしたそれは、ちょっと初見では口にするのはどうかといった色をしているが
受け取った小瓶とミリアを交互にみた後、ミーシアが答える。
「これは疑っているのではなく、そのような薬があると聞いたことが無くて…
失礼を重ねるようで申し訳ないですが、弟に飲ませる前に調べさせていただいても良いでしょうか」
それには、ミリアはすぐに頷いた。
紫色の小瓶を馬車の御者台に置いて、ミーシアがそれに片手を重ねる。
目を瞑って、いや、もとから糸目なのでそう見えるのだが、一言呟いた。
『鑑定』
続けてミーシアが呟く。
「毒性は無し、効果は体力の回復、精神強化、材料は…鑑定不明…ぶどう味…」
その後、すっと小瓶を拾い上げてミーシアが答える。
「そうですね、問題は無いようです、しかしこれが魔素症に効果があるのか正直分からないところですが…」
あと、心の中でこう答える。
『…鑑定で材料が不明とでるとは…この少女のスキルが上ということか、それとも…』
問題が無いなら飲んでみてくださいとミリアが強くすすめるのもあってミーシアがミリアを伴って馬車へと入っていく、
一瞬、ファルが心配そうな表情をみせたが、それをミーシアが手を振ってなだめる。
___ほどなくして、2人が和らいだ表情で馬車からでてきた。
「ありがとうございます。まさか効果がある薬が存在するとは、魔素症を発症する者は珍しく、症状がある者は静養地へと移送するか、周囲から取り込む魔素量を消費できるように、成長して魔力をコントール出来るまで待つしかないと聞いておりましたのに、これは盗賊の件とあわせても是非お礼をさせてください」
ミーシアがはじめてあったときの悲壮感からはギャップを感じるくらいに嬉しそうに、そう告げる。
それにはミリアも役立ったことを誇らしげに答えた。
「そうなんですね、この薬は師匠の特製とは聞いてましたが…出来上がった薬に更に術をかけて…っと製法はちょっと秘密ですが、効果として体内の魔力を回復に使うところがあるのでそれが、魔素症に効くのだと聞いてます」
そのやり取りもあってか、大分打ち解けたような2人より、一旦場所を移動してから、今後の薬のことと、お礼について詳しい相談をすることになった。
「では、夜更けですし、今日はキャラバン用のキャンプ地がこの近くにありますので、そこまで移動しましょう」
ミーシアからの提案を受けて、夜の街道を2台の馬車が走りはじめた。
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