第84話 闇より来る
手綱を片手で握りしめながら、ファルは焦っていた。
慣れた様子で腰に下げていた剣を抜いた。
想定はしていたが、思っていた以上に数が多い。
少し速度をあげて振り切れないか試してみたが、
夜間ということもあり、馬もそんなには速度がだせなかった。
松明を片手に馬にのった盗賊共が先ほどから、
街道の隅へと誘導するように幅を寄せてくる。
火を嫌った馬が少しづつ道を逸れていく。
ファルは、手綱と逆の手にもった剣で、近づいてくる盗賊共を牽制するが届く範囲には、流石に近寄ってはこない。
ほどなくして、街道の石畳を乗り越えて馬車の車輪が道の脇を走る。
急に路面が悪くなり、岩をとらえて何度も馬車が大きく揺れる。
たまらず馬達が速度を落として、手綱をひいてルートを変えようとするも街道からはみ出た車輪が結構なサイズの岩にぶつかり停まってしまった。
「お嬢さんよ、もう諦めたらどうだい?多勢に無勢だろ」
そう言った後、ゲラゲラ下品な笑い声をあげて、盗賊の一人が馬ごしに松明を目の前にちらつかせてきた。
少しそれがかすったのか馬車を引いていた馬のうちの1頭が大きくいなないて暴れる。
それを強く手綱を引いてなだめながら女戦士が声を荒げて答える。
「クソッ、盗賊風情が、調子にのるなよ」
するとその状況を聞いていたのか、馬車の中から、心配そうな声がする。
「ファル、無理をしてはいけません。お金の要求であれば身代金なりを用意できると伝えてください」
それを目ざとく聞いていた盗賊の内の一人が答える。
「ご主人は話が分かるみたいだなぁ、さっさと降伏した方が、扱いが丁寧になるかもよ。お嬢さん方」
それがまた怒りを誘ったのか、ファルは黒に燃えるような赤いメッシュがはいった後ろで結わえれた長い髪を左右にふりながら叫ぶ。
「このような狼藉、私が指をくわえて見ていると思ってか、斬られたい奴からかかって来い!」
果敢にも御者台から飛び降りて、剣を構える女戦士を、盗賊たちが取り囲むように位置取っているところに、不思議な音が聞こえてきた。
___馬車に吊されたランタンと盗賊達がもつ松明の明かりで、より暗く黒く塗りつぶされた街道の奥の方から、音が聞こえる。
・・・チャッ・・・チャッ・・・
・・・チャカ・・・チャカ・・・
チャカチャカチャカと石畳に何か硬質なものを叩きつける音が響く
それが少しづつ街道を伝って近づいてくる。
闇の中を青く光る
丸いものがいくつか見えた。
何か巨大な
蠢くものが近づいてくる。
暗闇のベールを松明の明かりがうっすらと剥いでいく。
巨大な影が照らされて街道に大きくシルエットをみせた。
___巨大な蜘蛛が姿をあらわした。
「なっ、なんだコイツは!」
「ヒィッ!」
突然現れたその姿をみた盗賊達が慌てて道をあける。
驚いた馬から振り落とされる者もいたようだ。
それを歯牙にもかけず、大蜘蛛は進んでいく。
闇に慣れた目が、つづけて進む馬車を目撃した。
明かりもつけずに御者台に、誰かが乗っている。
暗くてよく見えないが、3人ほどがこちらをじっと見ているようだ。
そのまま、何事も無いかのように、大蜘蛛に引かれた馬車が通り過ぎようとしたところで、盗賊の内の一人が吠えた。
「まっ、待て、お前等!堂々と通り過ぎようとは、流石に横着が過ぎると思わないかァ」
そういって、一度は距離を取っていた盗賊達が立ち塞がるようにして、大蜘蛛と馬車の進路を妨害する。
それには、闇夜に滲むような灰色の外套を身に付けて、御者台の中央に座っていた少年が申し訳なさそうに答える。
「えーと、ここ通りたいんですが、やっぱり駄目ですか?」
すぐに怒鳴るようにして盗賊が答える。
「駄目に決まってるだろうが、まあ大人しくしてるなら、惨くない死に方ぐらいは提供してやれるぜ」
それを聞いて渋々、外套をはだけて顔をだした少年が松明に照らされた銀色の髪をかきあげながら答える。
「だってさ、じゃあもうどうするかは決まったよね」
すっと両脇の2人が立ち上がり、その内の1人が御者台から飛び降りながら叫んだ
「さあさあ、はじめようカ、ボクが近づいてきた奴は殲滅するゾ、ちょっとね、最近イライラしてて、手加減はできないからネ」
そう言って獣人特有の艶やかな髪が、いつになく毛を逆立てて、暗闇の中でも分かるくらいに荒ぶっている中、スッと荷台においていた槍を取り出した。
「こっちは、任せて、暴れちゃってね」
灰色の外套の少年の隣で剣を抜いて、盾を構えた女騎士がそう叫ぶと、盗賊達が吠えた。
「はっ、威勢がいいな、この数相手に、なんとかなると思ってるのか嬢ちゃんたちは」
たしかに、ざっと松明の明かりで見える範囲でも数十人くらいはいそうだ森の中にも伏兵がいると考えるとどちらが劣勢かはすぐに分かる。
それを察したのか、一斉に盗賊たちが襲いかかろうとしたところで、
・・・一瞬、
背筋をヒヤリとする風のようなものが吹き抜けた。
その不快感を感じて立ち止まった盗賊達に向けて、
今度は真っ暗な夜空から声がした。
「ほぅ、これはこれは、本当に懲りない奴らじゃのぅ」
夜空にふよふよと黒いシルエットが浮かんでいる、するりとのびた尻尾が2本左右に揺れていた。
その姿を、隙を突かれたためか、呆然とみていた盗賊たちが突然叫びだした。
「そっ、そいつは!路地裏の獣!何でこんなところに!」
「うっ・・・ゲェェェ」
「ヒィッ・・・近寄るな化け物!」
何人かの盗賊たちが地面に倒れ込んで、反吐を吐く者、腰が抜けたのか、目を見開いたまま口から泡を吹いている者もいる。
他にも少し離れた場所にいた者は、手にした武器を放りだして頭を押さえて転げるようにしてあらぬ方向へと駆けだしていく。
その光景をまるで幻でも見るかのように眺めていた残りの盗賊たちが叫んだ。
「なっ、何をしやがった」
「もしかして・・・噂の症状か、あの街の奴らの間で流行ってるとは聞いていたが・・・」
なんでも、それにかかると、毛皮がふさふさしたのを見ると、震えが止まらなくなるらしく何人も廃人になったと聞く。
その様子を、じっと夜空から見下ろしていた毛玉が、何か思いついたのか答えた。
「突然失礼じゃのぉ、どれ折角じゃから追いかけてやろう」
そういって、ふさふさした尻尾をゆらしながら毛玉が闇に消えていく。
遠くの方で、叫び声がかすかに聞こえては遠ざかっていく。
一気に半数が戦線を放棄して、呆気にとられている盗賊たちと同様に、
突然の出来事に流れを傍観していた女戦士が、ふと気を取り直して、無様な盗賊たちを嘲笑する様に叫んだ。
「ハハッ。どうした、余裕が無いように見えるが?さっさと降参するなら、手早く地獄へ送ってやらんでもないぞ」
声と同時に突きだした剣にランタンの光が反射する。
___それを合図に、頭に血がのぼった盗賊共が、馬車を守る女戦士と、ソーン達に襲いかかってきた。
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