第79話 残り火
___残り火が闇の中に、濃い人影をゆらゆらと映し出す。
その内の1組に動きがあったようだ。
何度か剣をあわせる内にアイリも攻めのパターンを変えていた。
フェイントはほとんどのってこないというか、反応が無い。
ひたすら相手は同じような攻撃を繰り出してくるだけと判断して、隙のある大振りの斬撃に自らの剣をのせて切っ先をそらしたところで懐に踏み込んだ。
「これでどう!・・・ッな?」
アイリの渾身の一撃は見事に全身鎧の頭部に直撃し、兜が宙に舞う。
しかし、そこにあるはずの頭は見えず、首なしの鎧姿のみ。
しかもその状態で何事も無かったかのように全身鎧は剣を振りかぶり、同じような斬撃を繰り出してくる。
驚きで乱れた姿勢と剣を戻すのが遅れたアイリに、うまくさばけなかった相手の剣が炸裂し、アイリのガントレットと胸当てに続けざまに金属音と衝撃をばらまく。
「・・・なるほど・・・厄介ね」
素早く距離をとりながら、アイリは横目で打ち込まれた所を確認するが、軽い傷が出来たぐらいで問題はなさそうだ。
相手もその隙に地面に転がった兜を拾って頭の部分にのせて戻した後、再び剣撃を繰り出してくる。
つづけて隣で戦闘中のアルフからも声があがる。
「こいつ中身が無いゾ、どうなってるんダ」
どうやったのか、アルフが全身鎧から引きちぎった左手の鎧部分の中を確認して不思議そうにしている。
その間もひるむことなく戦斧が振り回されており、今はなんなくかわしているがいつまでも続くとなると少し困ったことになりそうだ。
しかも引きはがした左手も動いてつかみかかろうとするので、アルフはあわてて地面に投げ捨てる。
その様子を馬車の側で見ていたマイが答えた。
「・・・たぶん魔法生物の一種ね。見たまんまで、動く鎧とかでいいんじゃないかしら」
ヒメに拘束されて地面でもがいている動く鎧に近づきながら続けてマイが答える。
「そうねッ・・・魔力で縛られたときとかで・・・それを打ち破る魔術を研究中だったからァ・・・丁度いいし試してみてイイかしら?」
何やら、言葉の節々に激しい感情を込めているようにも聞こえたが、きっと研究に深い思い入れがあるのだろうと判断したソーンはすぐにお願いしますと返事をかえす。
ただ、近くにいるヒメに影響はないか心配で確認すると、対象を定める魔術なので、問題無いわとのことなので、邪魔にならないようにマイの後ろに移動した、ミリアは馬車の側で様子をみている。
すみれ色の髪が夜風に吹かれ、螺旋の形をした髪飾りがそれにあわせて静かに揺れている。そっと髪飾りに触れた後、マイが声をあげた。
『光・歌・魔・滅・球』
するとマイが指し示した指先から光が現れ、次第に大きくなり、光球となったところで、すぅーっと動いて、地面でバタついている鎧の中に吸い込まれていく。
一瞬、光が見えなくなったと思ったところで、一息おいて今度は激しく
鎧の中で光が弾けた。
視界が白くなる中で___何か叫び声が聞こえた。
それにあわせてソーンが走り出し手を伸ばしてマイに、
何かが風を切る音、
最後は抱きつく形で一緒に地面に倒れ込み、同じく鈍く岩を引き裂くような激しい音が響いた。
___辺りを包んでいた光が消える
砂埃の中、マイが立っていた場所に、戦斧が地面に突き刺さっているのが確認できた。
「・・・えーと、急にすいません。大丈夫ですかマイ先生・・・」
地面に倒れたマイの腰のあたりにうつ伏せて乗っかっていたソーンがあわてて手をついて、上体をおこしながら訊ねる。
「・・・だ、大丈夫よ。むしろありがとうソーン君・・・危なかったわ」
倒れ込んだ拍子に頭を打った衝撃で少し状況を把握するのに時間がかかったが、地面に刺さっているものを見てマイが答えた。
青い顔をしてミリアが駆け寄ってきて、ソーンとマイの手をひいて立ちあがらせると。ソーンの顔を見てほっとしたのか目には涙が溜まっている。
「ちょ、ちょっと何してるの。もう、やっぱり・・・ソーンは前に出たら駄目だからね・・・」
すると、何か言おうとするソーンを振り切って、ミリアが別の方向に向かって叫ぶ。
「って、アルフ!何やってるの、しっかりしなさいよ。危ないじゃない!」
戦斧の相手と戦っている友人に容赦ない言葉を浴びせているのは、照れ隠しが混ざっているとしてもちょっと行き過ぎな気がすると、気の毒になるソーンだった。
当人のアルフは隙をつかれて戦斧を投げるシーンを間近で目撃したのもあってか、怒りが頂点に達したようで、動く鎧を地面に組み敷いて力の限り、殴り切り裂き手足のパーツを引きちぎって周りに投げ散らしている。
もう鎧を全身ばらばらにしないと止まりそうにない勢いだ。
「まあ、ちょっと危なかったけど、解呪は成功したようでよかったわ。こうなるとただの鉄の塊ね」
そんな最中であったが、マイの魔術は無事に成功したようで、白大蜘蛛の手元にある鎧はピクリとも動かなくなっている。
早速、ユキヒメは鎧を大顎でベキベキと鈍い音を鳴らしながら丸い塊へとかえ始めた。
「・・・えーと、ヒメは・・・いいかな。じゃあ、アイリさんを助けにいきましょう」
アルフはまだ怒りが収まらないのかビクビクと動く鎧をまだ分解し続けているので、剣を打ち合っているアイリのサポートに向かうことにした。
___夜の街道の中央にある岩山の上で、目を瞑り座っている人影があった。
その手に握りしめていた札のようなものが突然燃え上がり、よくみるとすぐ近くの岩の上にも、同じく焦げた後の燃えかすのようものが見える。
「クソっ!これもか、3体とも消滅しやがるとは、なんだってんだ。不良品でも掴まされた気分だな」
そう吐き捨てるように愚痴をとばして目を開けると、手元の燃えつきた札だったものを地面に叩きつける。
久々の獲物が想定通りに野営地へ馬車を停めたことに機嫌を良くして、あまり下調べせずに強引に動いたのがあきらかな原因だがやり場のない怒りを札にぶつける。
闇の中でも鋭い目つきの男が、腰に何本か吊してある短剣に手をやりながら、ぶつぶつと呟く。
「クソが、全然割に合わねぇ、これから荒稼ぎするところが護衛付きの馬車1台程度で、とんじまうとはな・・・手土産無しで合流する前に、メンドクセェが直接殺るか?」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、背後から声がした。
「ほう、何をヤルのかのぉ、えらい遠くから見ておる割に強気な発言じゃのぉ」
刹那のタイミングで短剣が声がした空間に向かって飛来する。
あわせて飛び退いたところで、再び背後から声がする。
「おぉ、怖い怖い、容赦無しじゃのぉ」
それを聞いて振り返りながら男が答える。
「・・・何だ!幻術か、姿を見せろ雑魚が」
声がするばかりで、こちらを警戒していると思った男が、手にした短剣をちらつかせながら続けて答える。
「俺は、今機嫌が悪い、邪魔しやがるとぶち殺すぞ」
すると、闇の奥からギャッギャッという鳴き声が聞こえる。
「怖いのぉ、幻術じゃと、なんも見えとらんのぉ、ほれ短剣は返してやろう」
突然、男の足下から短剣が飛び出してきたと思ったら、ぬるりと足に絡みつくように刃先が触れるかどうかの状態で腰のあたりまで持ち上がってきて空いていた鞘に収まる。
なされるがままに、その光景をみていた男がハッとしたように叫ぶ。
「っな、なんだこの黒いのは、どこから湧いてきやがった、離れろ気持ち悪いィ!」
短剣を運んできた黒いぬめりが、そのままズルズルと足に巻きつき肉を絞める。
咄嗟に手で掴んで引きはがそうとするが、表面のごわごわした毛で滑ってうまくつかめない。
もたついている内に、もう1本の黒い触手が足下から生えてきて、鎌首をもたげてこちらを見ている。
思わず逃げようとして空いた片足を踏み出すが、絡めとられている足を軸にもがくようにして地面に倒れこむ。
更にもう1本の黒い触手が暗く滲んでいる足下の陰からもぞもぞと生まれてきて、ゆらゆらと揺れている。
「何だ、何だ、コイツは、魔物か!クソッくたばれ化け物」
無茶苦茶に抜いた短剣を振り回して切りかかる。
それをゆらゆらと揺れながら、かいくぐった触手がキュッと動きをとめて、男を見つめる。
黒い毛に覆われた触手の先端がくぱぁと左右に開いて、中から紅い舌がちろちろと姿を現す。
足に絡みついた触手の先も同じように裂けて舌がちろちろと見える。
必死で後ずさる男の背中にもっさりとした感触が生まれる。
丁度、耳元で囁くように背後のものが呟く。
「久々でのぉ・・・とてもとてもお腹が空いておる時に、ご馳走を見つけた気分は、お主も良く知っておるじゃろう?」
それを聞いた男は奥歯をガチガチと鳴らしながら、振り返らずに本能のままに手にした短剣を背後のものに何度も何度も刺す。
その内に手に力が入らなくなって短剣を落としてしまったが、構わず血塗れになった手を叩きつける、自らの手の肉がさけても何度も何度も。
「ヒィ、ヒィぎぃー、化け物・・・た、助けェ・・・」
必死にうなり声をあげて手を打ちつける男の腰から下は、
いくつもの黒い触手に覆われていて、
ちうちうと、すすり上げるような音がしていた。
___夜の闇の中に、ギャッギャッという獣の鳴き声が、
静かな木々のざわめきに混じり合い遠くへ消えていく。
いつもは賑やかな夜の森も今日は、
哀れな訪問者と歓喜の宴に席をゆずり静かに時が過ぎていった。
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