第6話 ギルドにいこう
「そういえば、クーマ!忘れてたよ」
手元で、ぎゅっと抱きしめていた、もふもふしたものを布団から、勢いよく頭上へ掲げながら、ソーンは寝起き一番で声をあげた。
「ふぉ、なんじゃ、突然。いきなり空を飛ぶとさすがにびっくりじゃ」
赤い目をぱちぱちしながら、突然の朝に、しっぽをぶんぶんしているクーマだったが、ほどなくしてソーンの手を離れてふよふよと部屋の中をまだ寝ぼけているのか、ふらふらしながら浮いている。
さっそく、朝の支度をはじめたソーンに続いて、クーマも2階から下へと降りて行く。さっきの続きを早く聞きたそうに、ソーンの首にしっぽを巻き付けた。すると、樽からいつもの器ですくった水をこぼさないように運びながら、ソーンが続きを答えた。
「ギルドにね、調べにいくって話をね。すっかり忘れてたんだ」
『忘れてたんだ』ってところで、丁度、頭上にある棚からすっと、赤くて丸い果実を取り出した。それを目ざとく見つけたクーマは、背中からするすると離れて、尻尾で器用に赤い果実を受け取り、つづけて答えた。
「この、赤くて美味しいリンゴが何で入荷しないかじゃな」
そういうが早いか、そのまま、皮ごとシャクシャクと食べ始める。
「そうそう、その赤いリンゴがね。あれ?んー、まあいいか。港町からの街道がずっとあれから通行できないらしいし、原因はどうも、あの空間のひずみにあるんじゃないかって噂みたいだから、その辺りをギルドで聞いてみようと思うんだ」
話し終えると、尻尾が目の前に垂れてきて、おかわりという仕草をみせる。ふるふると首を横にふるソーンと、それをみてがっくりするクーマ。昨日から何度も繰り返されるシーンだ。
二人の気持ちが強く一致したところで、手早く朝食と残りの支度をすませて家を出発して、ギルドのある村の方へと向かった。
_____村の広場の西側には、見知らぬ人がよく集まっている、原因はギルドと旅の宿にある。村をでて遠い西部にある港町から東の城塞都市までは、大街道とよばれる石畳の道でつながっており、その途中ですこし北側の森への、脇道へそれたところがこの村だ。結構な距離がある旅路では、大きな商隊だとそのまま野宿したりもするが、大抵は、どこか途中の町や村で宿につく。
そんな旅人が真っ先に向かうのがこの村唯一の宿と隣にあるギルドだ。
正式には情報ギルドと呼ぶらしいこの場所は、メインの役割は、領主からの告知と近隣との連絡役ということらしい。魔法を使った伝達方法というもので、いつも少し遅れ気味だがギルドの建物の中にある告知版には色々な情報が浮かび上がっている。関係ない内容も多いのであまり皆見ていないが、旅の人は暇つぶしなのか熱心に見ていて、いつも村の人より先に気づくことが多いってギルドの人が言っていたのを聞いたことがある。
「ギルドの人って、告知版の内容を見なくてもいいのかな」
ふと素朴な疑問をその場でギルドの人に聞いたこともあったが、平和な村には無用なことだろうと諭されたこともあわせて思い出した。
今日はそうも言っておれずに、大事なこととして情報を聞きにきたソーンとクーマは、まずは人の多さに、驚いていた。
____ギルドの建物と宿のすぐ前の広場に、見慣れない馬車が止まっていた。
いつもよく見かけるのは、1頭の馬が幌をかぶせた荷を引いているが、目の前に止まっているのは、2頭の馬が引くような造りで、天蓋のある箱のような頑丈そうな車体をもっている。その車体にもところどころ彫刻の装飾が施されており、側面には、ソーンの記憶の中で何処かで見たような文様がある。
「馬車の横についてる文様。あれは、何だっけ?蟹のような貝のような、、、それにしても、馬がいっぱいいるよ」
特徴的な馬車に見とれていたが、その奥にもよく見かける荷馬車が2台と、近くの木につながれた馬が10頭以上はいるようだ。
その馬に水をあげたり、体を拭いたりしている世話係のほかにも、商人風の格好をしており何やら激しく指示をだしている者や、鎧を着込んだ騎士風の数人と冒険者なのか比較的軽装ではあるが、腰に剣や手斧のようなものを吊している、人相があまりよくない者達が立ち話をしている。
あまり関わりたくない雰囲気を感じたので、なるべく遠目になる形に、
ギルドがある建物に入るため、馬車の一群の前を横切ったところで、大きな叫び声を聞いた。
「----。な、なんだ、一体!」
急に一斉に馬達が興奮していななきだした。中には今にも走り出しそうなくらい前足を天にかがげているのもいる。あわてて世話係たちが、必死に馬をなだめている。
「どうした、落ち着け。なんだどうした」
その中で、勢いが止まらず、手綱を振り切って、走り出した馬がいた。
しかも何だか、こっちに向かってくる。
「わわわ、どうしようこっちにくるよ。クーマあぶない」
走ってくる馬をじーっとみたままのクーマを引き寄せて、どっちに避けたらいいか迷っていたソーンだったが、次の瞬間にいきなり強く手をひっぱられた。
「こっちだ少年。この木の陰にはいれ!」
軽く引かれるままに、片膝をつく形で木の陰におしこまれた、少しあとに、ソーンがいた場所を馬が駆け抜けていく。
「ふぅー、なんだろう、びっくりした。あぁ、ありがとうございます」
手をひいてくれた目の前の鎧をきた人の背中に向かって、まだ心が落ち着かず慌てながらであったが、頭を下げながら感謝を伝えた。ついでに、ぎゅっと力をいれつづけたせいで、胸元でぐったりしているクーマが視界にはいってあわてて手をゆるめながら顔をあげた。
すると、ソーンの感謝の言葉を聞いた鎧の人がくるりと振り返った。
____ふわっとゆるやかに、金色の長い髪がソーンの目の前を流れていく。
少し背の高い、よく手入れされた銀色の鎧は光を反射して、眩しくみえた、すっと差し伸べられた手がソーンの手をひいて、膝をついていたところを引き起こしてくれた。
「あぶないところだった。馬はその子グマに用があったのかい」
にっこりと微笑みながら、ソーンが立ち上がるのにあわせて、声をかけた。ソーンはそれをぼーっと見ながら、引かれるままに立ち上がる。
あまりに、ぼーっとし過ぎて、この後の思わず声にだしてしまったことにも気づいていない。
「とても、とても綺麗な金色の髪ですね、きらきらしてる」
それを聞いて、銀色の鎧の人が、びくっとよろめいて、今度はこちらが声をあげた。
「えっ、あぁ、私?えっ、はは、まだ落ち着いてないのかな、君、大丈夫?」
明らかに動揺した感じで、銀色の鎧の人がソーンの肩をもってかるく揺さぶっている。ソーンの頭がそれにつられてがくがくしている。
「あわわわ、大丈夫です。大丈夫ですからこれを止めてください」
ハッとした感じで、お互いに目をみあわせて、くっくっと笑う。
そのあと、ソーンは改めて、頭を下げてお礼をした。
「ありがとうございます。騎士のお姉さん。助かりました」
そう言われた銀色の鎧の女性は、少し照れたように顔を斜めに傾けながら
「無事でよかったわ。あと、まだ騎士じゃないんだ、騎士修行中、鎧が立派なのは父のお下がりなの」
「そうなんですね、失礼しました。でもさっきは本当に英雄か立派な騎士にみえました。あー、えーと。そうだ。ソーンっていいます。もしよろしかったらお姉さんのお名前を聞いてもいいですか」
あわてながらもソーンがさきほどと同じように、英雄のような騎士をみるかのように、目をきらきらしながら尋ねてきた。
やはり少し照れるようにして、首を横にふると、頭の後ろで束ねている長い金色の髪がふわっと目の前を流れる。
「英雄とか立派とかは言いすぎよ。アイリ。アイリ・フィースよ。あんまりぼーっとしてるとあぶないから馬に気をつけてね。ソーン君と子グマちゃん」
アイリからすっとのびてきた手が、ソーンの銀色の髪をぽんぽんとなでたあと、手をふりながら、ゆっくりと旅の宿へ向かって歩いていった。それを、ぼーっとみながらソーンがつぶやいた。
「騎士ってカッコいいね、クーマはどう思う」
すると、ソーンに抱き抱えられて、ずっと静かにしていたクーマがぼそっとつぶやいた。風も吹いてないのに、少しひんやりと寒気がした。
「まあ、まだまだじゃの。騎士見習いといったところか、それより、さっきの馬。あの馬どうしてくれよう」
「馬?馬はもういいや、また向かってきたら怖いから、早くギルドにいこう。建物の中なら安全かな」
じたばたとあばれるクーマを捕まえたまま、ソーンは、そそくさとギルドの建物にはいっていった。
いつも読んでくださってありがとうございます。続きもまたよんでくれると嬉しいです。
追記:誤字脱字を修正致しました。