第68話 地図の印
___あの人の後ろをついていく。
周りから生えた枝に気をつけながら、奥へと進む。
両脇から斜めに木が交差するように生えた場所で、影になっている部分を見つけたと思うと、そっと身を屈めた。
「・・・おいで、こういった場所に生えてるのが見えるかい?いくつかもらっていこう。・・・全部採らないのかって?森を独り占めするわけにはいかないだろう。ほら、ここに食べた後もあるけど、皆少しづつもらうようにしてるんだよ」
次はあっちへ行ってみようと歩きだした後を、追いかけてついていく。
うっそうと茂る木々の合間からところどころ光が射して、一瞬視界が白く染まる。
___太陽の日差しを受けて、白く輝く窓を閉める。
順番に2階の奥の部屋の窓から閉めながら、自室へ辿りついたときに、
ソーンは、ふと、机の上に無造作に広げられた地図が目にはいった。
そっと机に近づいて、地図を眺める。
するすると描かれた線をたどる。
家から森へとつづく道、その先の分岐路。
更に奥へと進むと、蝋で刻まれた印がいくつもある場所があった。
それに手で触れて、呟いた。
「これはミリアが描いたのかな。あっ、こっちにもある」
並んだ印が少し大きく刻まれた場所を見つけては、
その度に、これもかなと、うなずきながら優しく手でなぞる。
すると、階段からふよふよと浮かんであがってきた、ふさふさの尻尾が部屋で熱心に地図をみている少年の首に巻き付きながら尋ねた。
「何を遊んでいるんじゃ。戸締まりは済んだのか?アイリ達は先に行くそうじゃよ」
その言葉で、はっと気づいたような表情をみせたソーンは、頭の上にのった毛玉に答える。
「ありがとうクーマ。ちょっと色々思い出してたんだ」
そう言いながら地図を少し机の奥へ動かした後、部屋の窓を閉める。
その間、頭の上にのったクーマが何やら熱心に地図を見ているような気配を感じて尋ねた。
「どうしたのクーマ。そうそう、この印のあたりが野イチゴがとれる場所だよ」
再び机に駆け寄って地図の印のところを指さす。
それにあわせてクーマがふさふさの尻尾をついと降ろして、あることろを指した。
「ん?そこはこの家と池だよ。森をでて、その先に村があるはずなんだけど、この地図にはのってないんだ。・・・ってはやく支度しないと皆を待たせちゃう」
あわてて、机の側に置いていた荷物を担いで、階段へと駆けていく。
家をでる前に忘れずに灰色の外套を羽織って、扉を締めてから、先ほど地図でなぞった村へとつづく道を急いだ。
___村の大通りに面した、旅の宿の前に馬車が停まっている。
丈夫な幌のようなものが被せられた屋根が、積まれた荷物にあわせて凸凹している。その屋根からつづく梯子を降りながら、鎧を着込んだアイリが、何かを見つけたのか声をあげた。
「ソーン君も来たようね。そろそろ出発かな」
その声に反応して、馬車の扉が開いて、すみれ色の髪がちらりとみえた。
マイが顔を出しながら尋ねる。
「そういえば中に乗っててもいいの?村をでるまでは外で歩きましょうか?」
その質問を受けて、馬車の側に控えていた銀色の輝く身体をぐるりと回して、力強く腕を掲げて動く像が答えた。
「オ気遣イナク、乗ッテクダサイ、オ嬢サン達。ゴゴハコレクライ楽勝デ運ビマス」
そう言って、馬車へ乗るように案内してくれるゴゴに、なんだか少し照れながらアイリが馬車へと乗り込んでいく。
ほどなくして、たどり着いたソーンがゴゴに声をかける。
「皆さんお待たせしました。ゴゴさん今日はよろしくお願いします。・・・わぁ、こうしてみるとやっぱり凄く立派な馬車ですね。これは何で出来てるんだろう」
車体の金属のような壁の部分に触れながら、扉を開いたところ、中からアイリが手招きしている。
「ゴゴさんが、皆乗っていいって。ソーン君もおいでよ」
すると、旅の宿の隣の黒い建物から、白黒の尻尾を逆立てたアルフが飛び出しながら叫んでいる。
「もう、急いでるんだから。荷物になるからそんなに色々いらないゾ」
いつもの白い胴着に黒い皮のベストを着た友人が馬車に向かって走ってくるのを見かけたソーンが声をあげた。
「そうだ、僕は御者台に乗りますね。アルフはどうする?」
それを聞いた、アルフが即答する。
「もちろん、ボクもそこがいいゾ」
何だか名残惜しそうな顔をしているアイリの横を、するすると馬車の中をくぐりぬけて御者台に顔をだしたソーンと、外から勢いよく飛び乗ったアルフを確認して、ゴゴが本来であれば馬に引かせるところを掴むと前へと進み出した。
「わっ、凄い。ゴゴさん速いです」
思った以上にしっかりとした速度で進む馬車に驚いて声をかけるソーンに、ゴゴが答える。
「村ノ中デスカラマダ遅イホウデスヨ。乗リ心地ハドウデスカ?」
それにはソーンの横で上機嫌のアルフが答えた。
「とってもイイゾ。もっと揺れても構わないゾ」
そう言うとソーンの腕を捕まえてより一層ニコニコしているアルフにソーンが答えた。
「えっと、そんなに捕まえなくても大丈夫だよアルフ。この台もしっかりしてるし落ちたりしないと思うよ」
___そんな状態でしばらく進むと、村の出口付近に差し掛かったところで、こっちを見つけて大声をあげている赤毛の少女を発見した。
「ちょっ、ちょっとアルフ何してるの!ゴゴさん停めて停めて」
慌ただしくこちらに駆けてくる赤毛の少女が、御者台の横まできて声をあげる。
「ソーン、ちょっと手をかして」
意外にも身軽に、足を引っかけて身を乗り出して御者台に乗り込んできたミリアがそのままソーンの横に座る。
一応3人座れるくらいのスペースはあったみたいだ。
戸惑いながらもソーンが尋ねる。
「えーと、ミリアも御者台がいいの?」
ちらりとアルフをみると、何事も無かったかのように少し端に寄った後、ソーンの腕を捕まえ直している。
「も、もちろんそうよ。ここが一番見晴らしもいいでしょ」
そう答えて、勢いで御者台に乗り込んできたミリアだったが、ちょこんと座ったあとは、何だか大人しい。
「うーん、じゃあ乗れてるし、いいのかな。ゴゴさん出発できますか」
それを聞いて、片手で了解の合図をだしたゴゴが答えた。
「ソレデハ出発シマス。チョットコレカラハ揺レマスヨ」
すると、すっと馬車が先ほどよりかなり速くなった速度で動きだした。
「わっ、ちょっと。はっ、速いね。大丈夫ミリア?」
思いの外、揺れを感じて、心配そうにソーンが幼なじみをみると、
ソーンとの間に少しだけ隙間をおいて、じっと揺れに耐えている。
「おっ、イイゾ。ゴゴいい走りだゾ」
反対側に座っているアルフは上機嫌で、いつの間にか両手で御者台の手すりにつかまりつつゴゴに声援を送っている。
「じゃあ、街道にでるまで、こうしてようか。その方が揺れも少なくできそうだよ」
ソーンがミリアの腕をとって自分の腕と組んだ。その際に、ミリアが一瞬だけびくっとしたが、直ぐにソーンをみて答えた。
「ソーンがそうしたいなら、構わないけど。ちょっと慣れてないだけで、
・・・それまでだからね」
___そんな中、御者台の後ろの布越しに、漏れ聞こえるやりとりを、静かにじっと見つめる2人と1匹がいた。
とくに女騎士はもふもふの毛玉を抱え込むようにしていて、ときおり力がはいるのか、ぐぇって声がするので、クーマが逃れようとしているが決して離してくれないようだった。
マイは先日、出発前に聞いた作戦を思い返しながら、呟いた。
「・・・さて、そんなに巧くいくのかしらね・・・」
馬車は勢いよく街道へと向けて進んでいく。
少しの間、平和な時間と思いをのせて。
「ゴゴ!それがお前の全力か?もっとイケルだろ?」
調子にのって煽るアルフとそれをとめるソーンとミリアの叫び声が、のどかな街道に響いていた。
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