第61話 使い魔
___天井が見える。
涼やかな風と華やかな朱の花びらが舞う精密な文様が一様に施され、
壁にも同様な装飾が見える。
柔らかな寝具で包まれたベッドが部屋の中央に置かれている。
そのベッドに寄り添うように1人の女性が椅子に腰掛けている。
時折、心配そうにのぞき込む女性の顔が___扉が開く音で振り向いた。
部屋に入ってきた男の人が開口一番に言った。
「現出したか?これで5度目の発症だ、そろそろ期待しても構わんだろう」
すると、傍らの女性が、顔を伏せながら首を横に振る。
やはりという表情を見せたあと、男は近くにあった椅子を手元に引き寄せて、乱暴に腰を下ろして、呟いた。
「なんだというのだ、我が家系でそのような者は過去に皆無だ。しかも、私と君の子だ、皆の期待も大きいというのに・・・」
最後の方は落胆のせいか微かに聞こえるほどだったが、
それを聞いた女性が、再び首を横に振りながら答えた。
「・・・この子に全てを求めるのは酷です。才がないとしても、我が子としては何も変わらないはず。今は元気に育ってくれればと・・・」
それを聞いた男は、ばつが悪そうに、眉をひそめた後、勢いよく立ち上がった衝撃で椅子が倒れたが、気にすることなく、扉を乱暴に開いては足早に部屋を出ていった。
その衝撃のせいか、ベッドの上で静かに寝ていた子供が何度か咳をした。傍らの女性はそっと枕元にあった水差しを子供の口元にそえて、少量の水を与える。
それで落ち着いたのか、再び静かな寝息を立て始めた。
咳のせいか乱れた前髪を、伸ばした手で顔にかからないように、整える。その時、窓から差し込んできた光が、その手にあたって反射した。
青い輝きが壁に幻想的な文様を映す。
その女性の手の甲には、水滴のような艶のある青く輝く水晶がいくつも現出していた。
___真っ白い壁と淡く光る天井。
ぼやけて見える視界に、突然、茶色い影が覆った。
「ふむ、やっとお目覚めか。いい夢がみれたかの。まあ、現実は世知辛いがの」
その声で、ハッと気づいたように上体を起こそうとしたが、全身に紫色の光の蛇が絡みついているためか動かせない。
「・・・くっ、なんなの。魔術は失敗したのに」
いまだ事態が飲み込めないマイが苦しそうに呟く。
それには、いつもの茶色の毛玉に戻ったクーマが答える。
「それじゃが、使い魔の魔術は成功したみたいじゃぞ、お主を獲物として捕らえたようじゃ」
あわててマイが答える。
「どういうこと?・・・貴方!どこを見ているの?」
するとクーマが神妙な顔で答えた。
「ふむ。いや、どこがいいかと思っての、使い魔の印とやらはどんなものか楽しみじゃの」
そう言ったあと、ふよふよ浮かんでマイの前に尻尾を垂らした。
「目立つように額のあたりにしようか、それか首もとか、腕にしとくのは無難すぎるかのぉ」
次々とふさふさした尻尾で候補地を示しながら、呟く言葉に、マイが叫ぶ。
「何を言っているの!もしかして私を使い魔にするつもり・・・」
それにふさふさした尻尾を目の前で左右に振りながらクーマが答える。
「理解が早くて助かるのぉ、そうじゃ、安心して使い魔になるといい、こき使ってやろう」
それを聞いて、青ざめるような顔でマイが懇願する。
「ちょっと、何を言っているの!無理よ。・・・そんな・・・人を使い魔にするなんて、そんな悪魔のような・・・」
するとクーマが答える。
「ふむ、自業自得という言葉は知っておるか?まあ、そうじゃのぉ、使い魔の仕事じゃが、お主がそこに連れてきておる、ソーンに魔術を教えてやってくれんかのぉ。ソーンも興味があるみたいじゃし、お主が出来そうなのはそれぐらいじゃろ」
それにはマイが直ぐに答えた。
「嫌よ、何で私がそんなことを、それより使い魔になる前提で話してない?早くこの魔術を解きなさいよ。貴方なら出来るんでしょ」
目の前に浮かぶ毛玉を睨みながらマイがそう言った。
「ほう、何やら誤解しているようじゃが、頼んでいる訳では無いんじゃが。まあ先に使い魔にしてしまうか。それと印は目立つところに付けてやろう、そうして欲しいみたいじゃしのぉ」
あわてて、マイが答える。
「あっ、そうじゃないの、ごめんねクーマちゃん。いいわ、魔術の先生でも何でもしてあげるから。お願いだから使い魔にするのは許して」
その懇願を聞いて、茶色の毛玉の動きが止まった後、話だした。
「ふむ、もう魔術は発動しておるからどうしようも無いがの。大人しく、使い魔になるしかなかろう。それと、先ほどまでの羽とか尻尾を見たことは忘れるように、そのあたりよろしくの」
そう告げると、そろそろと尻尾を動かして使い魔の印を付ける場所を決める。
それをみたマイが激しく抗議の声をあげるが、その声を打ち消すようにいくつもの紫色の光が集中してその場所へ流れ込む。
抵抗するように全身を強ばらせていたがマイだが、きつく食いしばった口が開いたかと思うと、紫色に光る蛇が口元から姿を現し、直ぐにまた、喉の奥へと帰っていく。
間髪いれず、大きく目を見開き、どこかを見つめたまま、マイがふり絞るように声をあげた。
「・・・まって・・・私は・・・きっと・・・できるから・・・」
その直後、一度大きくビクッと身体を跳ねさせた後、そのままぐったりと動かなくなった。
___再び静かになった部屋に、ふよふよと浮かぶ毛玉、
周りを見渡して、独り言のように呟く。
「ふむ、一人で運ぶには、骨が折れるの。そろそろ呼んでくるか」
気を失ったまま眠る2人を残して、
すっと部屋をでていった。
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