第59話 水晶
空から零れ落ちる水流と
徐々に上昇、下降していく大小様々な浮き石に
囲まれるように、天空に浮かぶ
巨大な空中都市。
その魔力に満ちた空の庭園をみたものは、
偉大なる魔導国家の永遠の繁栄を信じて疑わないだろう。
『魔導国家クリスサラーム』にある、天空の楽園。
かの国では、魔法の研究が盛んであり、
住民も皆、子供の頃から魔法を学び、使役しているという。
また、天空の都市を支えるほどの魔力が集まっていることも影響してか、そこに住まうもの達には、魔力の集合体である、水晶を体に宿すものが多く、クリスサラームの偉大なる王として名高い、ルー・フィールド魔導王には全身に100を超える水晶が現出したと言い伝えられている。
そんな、大陸が誇る五大古都のひとつである、魔導国家においても、魔術研究に携わるものでしか知り得ない神秘である遺跡の機構が、今ひとつの解を告げようとしていた。
___天井からのびる棘の先から、最後の赤い光が点滅し、青い光へと変わった。いくつもの青い光に照らされて、透明な台座の銀色の髪の少年も空の色に染まったかのようだ。
「そう、これで。儀式は完了のはず・・・さあ、見せて。遺跡の力を」
目前の台の上で青く光る文様を、震える指先が、静かになぞると、すみれ色の髪を揺らしながら、マイが呟いた。
突如___空気を引き裂くような、つんざくような音が
空間を走り、耳を刺激する。
部屋の中央に、鎮座する透明な台座。
青く照らされた少年をのせたままの台座に、
1箇所、透明な中に黒い点が生まれる。
それがぐるぐると渦を巻くように次々に黒く、尾をひくようにうねる。
透明な台座の中を黒い濁流が生まれたかと思うと、瞬時に、びっしりと
黒で染まり、まるではじめからそうであったかのように真っ黒な台座が現れた。
___天井からのびる棘の先も、光を止めて。
静かになった部屋には、
黒の台座と、銀色の髪がかすかな呼吸にあわせて、小さく揺れる少年だけが変わらず横たわっていた。
「なっ、なに。・・・もしかして、これで・・・終わり?」
信じられないものでも見たかのように、
必死で目の前の台に浮かんだ、文様を何度も指でなぞる。
叩きつけるように指を、拳を、腕を、台にぶつける。
「なんで、そんな・・・白の遺跡がこんな結果しか生まないなんて」
絞り出すように声にしたあと、激しくせき込み、足下からくずれるようにして、床に座り込んだ。
じっと手をみつめたあと、ゆっくりとすみれ色の髪に手をのばし、かきむしる。ぐしゃぐしゃになった頭を垂れたまま、呟く。
「もう・・・無いのに、これがきっと私の最後の・・・」
声にならない声で呟き、呆然とした時間が過ぎようとしたとき。
マイの背後から、突然のんびりした声がした。
「なんじゃ、それで終わりか?・・・もういいかのぉ」
憔悴しきったマイからは想像できないほど、勢いよく床から飛び起きて、その声がする方へと向き答える。
「誰?いつの間に・・・貴方はそうね、クーマちゃんだっけ」
すばやく一瞥した後、ふよふよと浮かぶ、茶色の毛皮をもった姿をもう一度確認した後、訊ねた。
「ふむ、そうじゃな。さて、用事は済んだようじゃがお嬢さん、望む結果は得られたのかの?」
ふよふよと宙に浮かび、無邪気にふさふさの尻尾を左右に揺らしながら、茶色の毛玉が質問する。
「・・・そう、まあ・・・いいわ。残念ながら、ハズレだったみたい。此処からは何も得られなかったわ。でも、試してみたいことはまだあるの」
学者と名乗った時とは、うって変わった口元に笑みを浮かべながら、マイがクーマに続けて答える。
「貴方はなかなか優秀みたいね。私も前から、使い魔が欲しいと思っていたところなの、丁度いい魔術があるわ」
それを聞いて、クーマが答える。
「ほう、じゃが、ソーンにテイムされた身じゃし、それは無理じゃないかのぉ」
すかさずマイが答える。
「大丈夫、獣魔のテイムくらいなら上書きできるから、この魔術からは逃げられないの。安心して使い魔になってね。こき使ってあげるから」
すっと指をだして、茶色の毛皮をなぞるように指さしながら、腹のあたりから尻尾の付け根を指し示し答える。
「・・・どこがいい?使い魔の印をつけるの。目立つように、そのふさふさのお腹にしとく?尻尾も可愛いかな」
すると、クーマが答えた。
「ふむ、まあ好きにしてみたらよかろう、残念じゃのぉ」
それを聞いたマイが答える。
「あら、あきらめが早いのね。・・・じゃあ早速」
そう告げたあと、マイは少し後ろへ下がり、素早く魔術を唱える。
『異・歌・精神・従』
マイの伸ばした指先に、紫色の光が宿る、それは指に絡みつく蛇のようにも見えた。その光の蛇を指で上に持ち上げた後、素早く振り下ろした。
とたんに、マイの指先から光の蛇が放たれた。
ふよふよと無防備に空中へ浮かぶ、クーマに光の蛇が襲いかかる。
それを見て、マイが言い放つ。
「逃げもしないのね。まあ、無駄なことをしないのは偉いわ」
そう言った後、やっぱりお腹のあたりに印をつけようかしらと、光の蛇を纏った哀れな毛玉を眺めながら心の中で呟いた。
いつも読んでくださりありがとうございます。続きも読んで頂けると嬉しいです。




