第57話 祭壇
赤く染まった口蓋からの、引き裂くようなうめき声に呼応して、
哀れな獲物を追いつめた捕食者の興奮によるものか、
醜く黒い姿が一段と大きくなったように見える。
赤黒い口から覗く鋭い牙が、森の奥地に耳障りな音を響かせる。
背後にある、小さな白と黒の毛が混じった大事な者を必死で守ろうと、
覆いかぶさるように地面に手をついた赤い髪の少女と、
何も持たない両手を広げて立ちふさがった銀色の髪の少年に、
次の瞬間、黒い獣が襲いかかる。
赤い血が、悲痛な叫びが、地面にたたきつけられる。
___駄目ダ、駄目ダ、駄目ダ。
『ソーン、駄目ダ!逃げて、ソーン!』
必死で、声をだし、手を伸ばそうとするがまったく動かない。
全身の毛が逆立っているのか、手足がしびれ、
ドクドクとやたら大きな、血液が流れる音が体中に響く。
白と黒の毛に包まれた耳の奥の方に、微かに、声が聞こえた。
「・・・起きて、ねぇ、お願い、起きてアルフ。ソーン君が居ないの」
それを合図に、カッと目を開いて、傍らでのぞき込んでいたアイリに支えられながら上半身を起こす。
いつの間にか気を失っていたアルフは、あわてて辺りを見渡した。
暗い夜の中、赤いもやのように煙が漂っている。
口がカラカラに渇いていて、吸い込んだ煙に咽せて何度かせきこむ。
「なんダ、どうして今になって・・・そうだソーンは」
少し離れたソーンが座っていた場所には、灰色の外套だけが敷かれている。
「ソーンが居ない・・・アイリ、どうなってるんダ・・・クッ」
また煙を吸い込んだのか、ゲホゲホと何度もせき込む。
なにやらめまいがして、視界がふらつく。
すると、アイリが緑色の液体が入った瓶をアルフに差し出してきた。
「これを飲んで、ミリアが村をでるときに持たせてくれた薬よ」
___薬を飲んで、少しましになったのか落ち着いてきたアルフが、再びアイリに訊ねた。
「ソーンは、ソーンは何処ダ!・・・マイも無事なのカ?」
それに答えるように、アイリが目線をある方向に促した。
遺跡の中心の祭壇があった場所に。
巨大な穴があった。
正確には穴ではないが、螺旋状の階段が、ぐるぐると下へ下へと続いているようだ。
それをみたアルフが驚いて声をあげた。
「コレは?もしかして遺跡が起動したのカ?まさか、こんな場所で生きた遺跡があるなんて聞いたこともないゾ・・・」
つづけてアイリが答える。
「・・・クーマちゃんが言うには、あの穴の中からでてきた動く石像にソーン君とマイさんが連れていかれたって・・・」
それを聞いたアルフがアイリの手を掴んで答えた。
「追いかけるゾ、アイリ。・・・それでクーマは何処に?」
うなづいたアイリが答える。
「隠れてついていって。かなり奥の方の広場にいるって言ってる・・・あたしも倒れてて、気づいたらクーマちゃんの声が頭の中で呼んでて、ソーン君達は無事みたいだけど、どうなるか分からないって・・・」
「そうか、じゃあ急いで探しにいくゾ!
もう・・・ソーンは目を離すと直ぐに、連れ去られるナ」
そう言った後のアルフと目をあわせたアイリも思わず呟いた。
「そうね、早く囚われの姫様を助けに行きましょう。たまには騎士の役目も果たさないけないわね」
勢いよく立ち上がった2人は、かるくうなずいた後、新たにできた螺旋の階段へ向けて、無事を祈りながら走り出した。
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