第53話 客人
「ようこそ、我が館へ。再び会えたことを嬉しく思うよ、ソーン君」
会場に入るなり、早速の歓迎で、白い長袖の服に青いベスト、金色の髪がサラサラと光を反射して、館の主たる風格の少年が出迎えてくれた。
それを受けて、ぎこちなくお辞儀をした後、銀色の髪の少年が答える。
「お招きいただきありがとうございます。こういった場は、はじめてで、何か礼儀をはずれるところがありましたら・・・」
緊張しているのか、伏し目がちにそう伝えると、それを察した、ユシアが答えた。
「あぁ、ごめん、ごめん、癖でお堅い感じになっちゃった。この前は、ゆっくり話しもできなかったし、急に呼び出したみたいで、ごめんね、ソーン君」
急にくだけた感じになった館の主人に、ほっと息を吐いて、ソーンが答える。
「いえ、カインさんに助けていただいた件もあり、こちらは感謝しかありません。今日もこのような立派な食事会に呼んでいただいて、ユシアさんがこの館の主と知り驚いています」
それを聞いた、ユシアが笑顔で答えた。
「正確には館の主人代理だけどね。それで、運良く?うちのカインが役に立ったようで、良かった。まさかそんなに治安が悪いとは思わず、災難だったね。まあ、友人もお待ちかねのようだし、先に食事にしようか」
さきほどから話しには参加せずに料理予想に熱中しているアルフに目線を向けたあと、使用人に振り返り、食事を持ってくるように指示をだした。
すぐに数人の使用人があらわれて、ソーン達もテーブルへ案内された。 それからは、次々と運ばれてくる豪華な料理に、目を丸くするアルフとソーン、ずっと笑顔のアイリ。果物だけでいいと伝えたクーマには、目の前に山盛りのフルーツが並べられた。
そんなに気にしなくていいから、普段通りリラックスして食べてと、ユシアがソーン達に伝えたので、マナーを気にしていたソーン達もやっと落ち着いて食事がはじめられた。
一通り、料理も終わり、ソーンが今まで飲んだことのない清々しい香りがする果実の飲み物で喉を潤して、一息ついたところで、ユシアが話し出した。
「さて、食事も終わったところで、きっとソーン君は用事があったので、この食事会に参加してくれたと思うのだけれど、本題にはいろうかな」
それを聞いて、ソーンが話しだそうとすると、すっと手をあげて、ユシアが遮った。
「一応、部屋をね、奥へ移ろうか。ゆっくり話ができる部屋があるんだ」
そういって、ユシアが席を立ち歩きだした、すると使用人の1人が壁のタペストリーの近くにある紐をひくと、するすると絵が巻き上がり、隠れていた扉が現れた。
近くにいたカインが扉を開いて、ユシアがはいっていく。その後を案内されるままソーン達も続いていった、最後にカインが入って扉を閉める。
部屋の装飾は赤が多く使われているようで、床の絨毯も中央の黒檀のテーブルの周りにおかれたソファーも重厚な赤色で染められている。そのソファーの上に、どこかで見た覚えのある白いローブから白に桃色のメッシュがはいった長い髪が垂れている。
「ん、ユシア。何か用カ?」
傍らで眠っていた子羊も目を覚ましたようで、ニェーと一声鳴いた。
「ちょっとこの部屋を使うね、アドリー。今部屋にいるのは、私を含めてここ数日で街に来たメンバーだからとくに問題は無いだろう?」
そう言うと、ちらりとこっちをみたアドリーがうなずいたのを確認した後、ユシアが答えた。
「先ほどは失礼をした。さあ、ソファーに座って。見ての通り、人払いもしてあるから、自由に話しもらって大丈夫だ。あと、堅苦しい言葉とかは無しで、旅先で会った時みたいに気軽に話してくれると嬉しいな」
それを受けて、軽く会釈した後、各自ソファーに腰掛けたところで、再度、ソーンが話しはじめた。
「えーと、そう。まずはお礼を。カインさんその節は有り難うございました。僕とか連れ去られるところで、本当に助かりました」
すると、慌ててカインが答える。
「いあ、そんなに大したことをしてないですよ。ちょっとあの時は慌てていてあまり記憶が定かでは無いのですが、私が気づいて近づいた時には奴ら逃げた後でしたから」
それにあわせてユシアが答える。
「そう、めずらしいねカインが慌てるなんて、クーマさんもその相手は見てないのですか?カインと一緒に倒れていた方を運んだと聞きまして」
すっとユシアが目線を動かし、ソーンの頭の上にのって眠そうにしているクーマに訊ねる。視線を感じてかクーマがふさふさした尻尾をふりながら答えた。
「ふむ、暗かったんで、よく見えんかったわ、黒い装束の奴らじゃったように思うが、すぐに姿を隠してしまったからのぉ」
それにうなづいて、ユシアが答える。
「そうですか、カインから報告を聞いてすぐに、警戒網を敷いたので、それらしい人物はその後、目撃されては無いようですが、しばらくは警戒が必要ですね」
つづけてユシアがソーンに訊ねる。
「心当たりとかあるかな?ソーン君は、あんまり恨まれたりとか無さそうだけど、一応何かあったりするかな」
聞かれて必死で考えたがとくに思い当たる節もなくソーンが答える。
「その、襲ってきた人達は、だいたい分かるんですが、どうやら依頼されてのことらしく、その依頼がなぜだか分からないんです。田舎からきた冒険者を襲って何かいいことあったりするんでしょうか?」
それを聞いたユシアが少し考えた後、答える。
「なるほど、しかもソーン君を連れ去ろうとしたのか、アルフさんかアイリさんなら、想像もつくが依頼主が誰か知りたいところだね」
急に名前がでてきたので、食後にソファーで、くつろいでいたアルフが訊ねる。
「何だ、ボクとかアイリも狙われたりするのカ?」
すると、不思議そうな顔でユシアが答える。
「それはそうでしょう、可憐なお二人ですから真っ先に狙われると思いますよ」
それを聞いて、複雑な表情のアイリと、まんざらでもない顔のアルフが対照的だった。
つづけて、ソーンがその相手とはじめて遭遇した場所を説明し、昼間はうまく逃げることに成功したことと、再度、訪れたときに、手出ししないことを約束したはずなのにと説明した。
「そういえば、その相手から逃げるときに、街の地下にすごい広い場所を見つけました、金色に輝く糸が綺麗な場所なんですよ、ユシアさんご存じですか」
すると、急にユシアが真剣な眼差しで、ソーンの顔をみつめてきた。
「えーと、嘘じゃないですよ、階段を下りていくと、大理石が敷き詰められてて・・・」
そこまで話したところで、ユシアが立ち上がり、急に右手をあげて手招きしている。やれやれとソファーの上に寝転がっていたアドリーが声をあげた後、起きあがってこちらへやってくる。
「アァ、ちょっとみるゾ、んー何もないカナァ」
近くにきたアドリーがソーンの周りをぐるりと歩いたあと、突然、両脇に手をいれたかと思うと、軽々とソーンを持ち上げた。
「えっ、わわわっ、何でしょうか?」
背丈の小さいアドリーに軽く持ち上げられて、びっくりしたソーンが思わず声をだしたが、すぐに下ろされた後、アドリーもまたソファーへ帰っていった。
ふぅーと軽く息を吐いて、ユシアがソファーに腰を下ろし、話しだした。
「ソーン君は、本当面白いなぁ。街の地下の噂は、知っている。ただ、非常にデリケートな件なんで、信頼できる人以外には、とくにこの街では話しをしない方がいい案件だな」
「そうなんですね、たしかに、地下の広場で出会った女の人も、人がくるのは、珍しいと言ってました」
それを聞いて、少し固まったあとにユシアが苦笑いした。
「そうか。やっぱり面白いなソーン君は」
すると、思い出したように、ソーンが袋を取り出した。
「そうだ、ユシアさんにこれを返そうと思ってたんです」
そう言うと、袋から白金貨を取り出して、ユシアに差し出した。
「これ、ユシアさんですよね。勝手に袋にいれた奴です。こんな大金は貰えないですよ、カインさんに助けて貰った件もあるしなおさらです」
ゆるぎない決意を持った瞳をユシアへ向けるソーン。
じっと、その手をみたユシアが、ちらりとカインを見る。
カインが申し訳なさそうに目を伏せて頭を下げているのをみた後、ユシアが答えた。
「うーん。そうかな?別にいいと思うけど、冒険者なら何かと入り用でしょう、どうぞ、ソーン君」
そう言って、そっと手を押し返すユシアに、ソーンが語気を荒げて答える。
「えーと、駄目です。やっぱりどう考えても釣り合いがとれないです」
断固として受け取らない意志をみせるソーンに、しぶしぶ受け取ったユシアが、白金貨をアドリーへ向けて放り投げ、つづけて、なにやら両手でひっぱるような仕草をみせる。
それをみたアドリーが、飛んできた白金貨を口でキャッチし、そのまま口の中に含んだ。
「んんっ、コレでいいのカ、ユシア」
アドリーが口の中に手をいれた後、何かをひょいっとユシアへ投げた。
受け取ったものを、手早く服の裾で拭いたあと、ユシアがソーンの手をとって渡した。
「これって、もしかしなくても、半分にしたってことですよね」
呆れたように手に持って確認した後、ソーンは半分になった白金貨を目の前にかざす。
「そうそう、記念にね、半分は私が持っておくから、大事にしてね」
ニコニコと笑顔をみせるユシアに、仕方なく元のように袋に戻すソーンが、やっぱり強引だなぁと呟いたが、当の本人には聞こえなかったようだ。
ちょっと、割り込むようで申し訳ないのだけれどと、アイリが断ってから急に話しだした。
「そんで、当然のようにアドリー君、あたしの膝にのってるけど、どういうことかなぁ」
どうやら、ソファーへ帰っていった後に、アドリーはアイリの膝の上を選んだようだ。
「んんっ、どうしタ?お前、アドリーの事、嫌いカ?」
そういって、のけぞるようにしてアイリの顔をのぞき込む。
長くて白い髪がアイリの膝にかかり、赤い瞳がじっとみている。
「えっ!別に嫌いとかじゃないけど・・・何で・・・」
無邪気に聞いてくるアドリーに歯切れ悪く答えるアイリ。
「じゃあ、いいダロ。アドリーは、ココとっても心地イインダ。お前達の中で一番イイ」
そういって、アドリーはご機嫌で両足をぶんぶん振っている。
「そうなの?ふーん・・・」
複雑な表情でじっとアドリーをみているアイリと、それを聞いて、何故か少し対抗心を燃やしているアルフがいた。
「なんにせよ、君たちがこのまま街に長く滞在するのは危ないな。宿周辺はカインと数人の護衛をつけるから安心してほしいが。ずっとは無理なので。何か街での用事はあるのかな」
そうユシアが訊ねると、アルフが答えた。
「ソーンと街を観光する予定だったが難しいカナ・・・その後は、村に帰る予定ダ、ギルド長に書状を渡さないといけないからナ」
ユシアがうなずいたあと訊ねる。
「そうか、昼間であれば、街中の観光なら大丈夫だと思うよ。ちなみに帰るのは、どこの村になるのかな」
するとカインが棚にあった地図を素早くテーブルに広げた。
地図の上をアルフが指でなぞりながら、村の場所を指し示す。
「ここだゾ、地図の大体、このあたりダ」
じっと地図をみながらユシアがつづけて訊ねる。
「村の名前は?」
「名前は無いゾ、名も無き村、途中の村とか皆呼んでル」
アルフが答える。
「街道沿いの名も無き村か」
ユシアが呟いた。
「興味深いね。こちらの案件が片づいたら、一度その村へ行ってみたいな。その時は、歓迎してくれるかな」
そう言ってユシアがソーン達に笑顔で訊ねる。
「もちろんです、小さな街ですが、そのときを楽しみにしてます。それとご忠告の通りに、街を明日には離れるようにします。元々そんなに長く滞在する予定でもなかったので」
ソーンが丁寧なお辞儀をしながら答えた。
その後、少し雑談をした後、カインが部屋をでていったと思うと、いくつかの籠をもってきた、お土産にと好評だった料理と果物を詰めたそうだ。
断ろうとするソーンにこれを受けとってくれないと私が怒られるとカインが言うので、有り難く頂戴しますと伝えると、ユシアが良くやったとカインにサインを送っていた。
___館の入り口で、帰り際に頭を何度も下げて、ソーン達が遠く去っていく。その姿が見えなくなると、続けて、カインと数人の護衛が入り口に現れたので、よろしく頼むとユシアが伝えると、館から追いかけるように出発していった。
その後、再びアドリーのいる奥の部屋へ帰ってきたユシアがまだテーブルに置かれたままの地図を指で、そっとなぞりながら呟いた。
「名をつけない村か、本当に面白い・・・」
ソファーから降りた子羊が、とことこと歩いてユシアの側で鳴いた。
そっと屈んで、子羊を抱き上げたユシアが訊ねる。
「君はどう思う?」
すると子羊はいつものように鳴き声をあげた。
「ニェェー、ニェェー」
それを聞いたユシアが金色の髪を指先でくるくると巻きながら、ゆっくりと微笑んだ。
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