第42話 街の宿にて
ルルキアの街は、ここ最近更なるにぎわいを見せていた。街へとつながる大街道の一つは封鎖されていたが、商業の盛んな街では別ルートでまかなっているのか、支障がないように見えた。それどころか、急に発生した魔物に対処するために、各地から冒険者が仕事を求めて集まってきたのか、武装した者達がせわしなく通りを駆けていく。
そんな荒くれ者たちが、まず訪れる場所は街のど真ん中にある、立派な石造りの建物。広い石の階段を数段のぼると、開かれた巨大な門がいくつかあり、ひっきりなしに、人が出入りしている。
故郷の村の真っ黒な建物との違いに、圧倒されたように、ソーンは情報ギルドの前で、門を遠目に見上げていた。
ギルド員特権で、手短にすませてくると、アルフがソーン達を建物の前で待っててと、階段を勢いよくかけ上がっていってから、本当にすぐに、戻ってきたアルフを見つけて、ソーンは大きく手を振った。
艶のいい黒い髪をなびかせて、跳ねるように階段を駆け下りてくるアルフがソーンの前で、立ち止まって、白と黒のふさふさの尻尾を左右にふりながら状況を説明した。
「ふふーん、どう?早かっただろう。ギルドの受付で事情を説明したら、珍しい事例だから確認に時間がほしいんだって、しばらくしてからまた来てってことだから、この隙に宿を探そうか」
____情報ギルドをでて、大通りを東に進むと、沢山の店が並んでいる商店街にさしかかった。いわゆる武具を売っている店や、もちろん宿などもあるが、アルフがお勧めの店は、少し進んだ先にあるようだ。
この街に詳しいアルフ曰く、街の城壁がつづいている場所は、地価が高いところになるので、値段が割り増しになるから、城壁の外の店が狙い目だそうで、今回の宿も丁度、城壁の東の最後の門をくぐって外に出て、すぐのところにあるそうだ。
ただ注意しないといけないのは、街の中心部から離れるにつれて治安が悪くなるそうで、とくに東の端は用が無ければ近寄らない方がいいって、昔一緒に来たときにギルド長が教えてくれたそうだ。
そんな説明をしながら歩いているうちに、城壁の終わりがきたようで、大通りを横断するように造られた石の門をくぐると、目的の宿が見えてきた。
思ったよりも大きな木造の建物は入り口のところに、宿特有の巨大な看板で、
「銀の剣亭」と店名が掲げられている。
____ソーンは後悔していた、やっぱり、もう少し宿を探すべきだったのじゃないかと。それか、すぐに部屋をでるべきだったのではと。
それは少し前に戻るが、銀の剣亭の賑やかな店内を通り抜けて、受付にいくと、愛想のいい声がかかってきた。
「食事かい?それとも宿がいり用で?」
そんなに年が変わらないくらいの、質素だが清潔そうなエプロンを身に着けた少女から元気よく訊ねられて、少し驚いた様子で宿ですと答えるソーンに、少し申し訳なさそうに答えが返ってきた。
「このところ混んでて大部屋しかないけど、3人まとめてでいいかい?」
すると、隣にいたアルフがすかさず大丈夫と即答した。
えっ?と思い、ソーンがアイリを見ると、いくらになるのと値段を聞いて、ついでに身体も拭きたいからお湯を貸してと伝えている。つづけて振り返ったアイリが答えた。
「とりあえず5日間分先払いだって、ソーン君まとめて払える?」
あわてて懐からずっしりとした袋を取り出して、しばっていた紐をほどいたところで中をみたソーンの動きが止まった。
それをみたアイリが不思議そうに訊ねた。
「どうしたの、そんなに高い値段じゃないけど・・・」
その台詞で、ソーンが、はっと気を取り直したように、慎重に袋からいくつか銀色の硬貨をとりだして受付に渡して、すぐに袋の紐をしばった。
「毎度あり、部屋はあちらです、ゆっくりとくつろいでくださいね。当店自慢の食事は、そこに見えるフロアで注文とれるので、あわせてご贔屓に。あと、こちらがお湯と手ぬぐいです。使い終わったら受付に返却くださると助かります」
慣れた様子の案内を受けた後、ソーン達は部屋へと移動した。
部屋にはいると、質素ながらも綺麗に整理された室内には、ベッドがそれぞれ四隅に配置され、中央に丸いテーブルと椅子が並べられていた。
すると荷物を適当に床におろして、アイリがおもむろに鎧をはずしだした。
「ふーっ、やっと一息つけそうね。先に湯を借りていい」
そう言うと、同じく、革製の黒のベストをはずして、白の胴着も脱ごうとしたアルフが答える。
「いいよ、ボクがその次ね、あっソーンは最後でよかった?」
突然、何事もないかのように、装備を脱いで、手ぬぐいで肌をふきはじめる、友人達にあわてて壁の方を向いた、ソーンが答える。
「えーっと、僕、部屋でたほうがよかったんじゃ、この大部屋仕切とか無いし、その、いろいろと問題が・・・」
すると、すーっとソーンの後ろに近寄ってくる気配がした後、アルフがひょいっとソーンが背負っていた荷物をとって、近くに降ろしだした。
「んー、どしたのソーン?部屋が狭かった?ボクはとくに問題ないけど」
すると、アイリが身体を拭きおわったのか、アルフに声をかける。
淡々と時間が過ぎていき、壁の方を向いたままのソーンに、アルフとアイリが手ぬぐいをもって近づいて無理矢理、上着を脱がして、背中を拭いたところで、観念したようにソーンが話だした。
「えーっと、部屋の件はもういいです・・・それで、ちょっと、これをみてくれますか」
懐から先ほど受付で料金を払っていたときに出した、ずっしりとした袋をとりだして、丸いテーブルにおいた。
しばってあった紐をはずして中身を皆が見えるように袋を開く。
なんだろうとアイリ達がのぞき込むと、見慣れた茶色と銀色の硬貨に混じって、やたらと白く光る大きな丸いものがあることに気がついた。
「んー、何これ?ピカピカ光ってるけど。えっ、もしかして白金貨?」
あわてたように、アイリがそれを袋の中から拾い上げてテーブルに置いて、皆の意見を待つ。
白金貨であれば、大型の馬車を新品で買ってもお釣りがでるくらいのちょっと普段は目にすることのないお金だ。
「ソーン君のへそくりってわけでもないのよね」
首を横にふるソーン、アルフも珍しそうにそれをみている。
「なんで、こんな高価なものが・・・もしかして」
ソーンとアイリが目をあわせてうなづいた。アルフは持ち上げて匂いを嗅いでいる。ソーンが思ったことを口にした。
「ユシアさんだと思う、あの時、袋に。間違ったのか意図的になのか分からないけど、紛れ込むとしたらそれしかないかなって、でもこれだと、あきらかに貰い過ぎだから返さないと・・・」
すると、窓のところで、ノックする音が聞こえた。
ハッとして、テーブルの上からすばやく袋に硬貨をいれて、振り向くと、
ふよふよと空中に浮かぶ、もふもふした茶色い毛皮が目に入った。
それをみて安心したソーンが、窓に近寄って開くと、ふよふよとクーマがはいってきた。
「うむ、くれたんじゃから、貰っとけばいいじゃろ」
何事もなかったかのように話題にはいってくるクーマに、
あれっと思いながらもソーンが首を横に振る。
「でも、これはちょっと・・・たしかユシアさんの話だと、後でこの街にくるっていってたから、探して返すのはどうかな」
それを聞いて、アイリが頷いた。
「まあ、あの子達目立つから、街にいたらすぐに分かりそうね」
ちょっとだけ、するどい目をしたアルフがつづけて答える。
「むむ、ユシアはよく分からないけど、一緒にいたアドリーには会いたくないぞ、ボクはあいつあんまり好きじゃない・・・」
すっと動いてソーンの後ろに回ったアルフが背中側からソーンの首に手をまわして抱きついてきた。それに気づいたソーンが手をのばしてアルフの頭を撫でた。この優しい友人は、どうやらソーンを心配してくれているらしい。
____この街での目的がひとつ増えたことを認識した後、それぞれの予定を相談した結果。
アルフは情報ギルドに再度訪問、アイリは武具のお店にいくのとあわせて、ソーンと同じくユシアがこの街に来ているか探すことにした。クーマはとくに用が無いのでソーンについていくそうだ。
再度出かける支度をして部屋からでるときに、そのうちのんびりと観光できるかなぁと、ちょっと不安になってきたソーンだった。
それでも、両手にかかえたもふもふの毛皮をなでているうちに、ふと思い出したように、美味しそうなお土産は見つけたら忘れる前に買おうと強い意志で決心するのだった。
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