第1話 邂逅
その日は、朝からにぎやかだった。
昨日の晩に準備していた、残りもののパンとそれにはさんだ赤い果実とシャキシャキとした歯ごたえのある緑のものが今日の朝ご飯だ。
さっと、テーブルにのったそれをつかんで口に運びながら、のそのそと着替える。といっても、外に出かける用の少しくすんだ灰色の外套を羽織るぐらいで終わる作業だったが。
今日は日課の森で採集の日だ、いつもの場所へ行っていつものように、採取して帰ってくる平和な一日のはじまりだと思っていた。
町外れの自宅から、にぎやかな声が聞こえる村へと続く道とは逆に、ちらほらと背丈をこえる木々がみえる森へと向かっていく。
自宅の裏のちょっとした大きさの池を大きく迂回して踏み固めた道が森へと分け入っていく。
慣れた様子で灰色の外套を枝にひっかけることもなく、するすると奥へと進んでいく、すると丁度、両脇から斜めに木が交差するように生えた場所の日陰になった部分を見つけて、すっと立ち止まり、身を屈めた。
「うん、予想通りに無事に生えてるね。ちょっとだけいただきます」
そっと見つめる先には、赤くちょこんとした三角の小さな傘が並んでいるようなキノコがあった。灰色の外套の裾から手をいれて腰につるしていた箱をとりだし、目の前のキノコを形がくずれないように、いくつかとって、箱の蓋を開けるとひんやりとした冷気がもれてきたが気にしていない様子で、手早く箱の中にいれて、中身がくずれないように気をつけながらしっかりと蓋をした。
そのまま、立ち上がろうとすると、目の前の草の合間に赤いものが見えたので、少し緑の葉っぱをかき分けてみた。
「野イチゴだ、こんなところに生えてたんだ、これもちょっといただきますね」
同じように、いくつか赤い実をとって箱におさめたところで、今度は他にみつかるものもなく立ち上がった。
「あっちの奥もみてみようかな。そろそろ生えてる頃だと思うし」
自分の記憶を確認するように呟きながら、少し森の奥に視線をやりながら、歩きはじめた。
「たしかこのあたりの、ぐねっとなった木をよけて奥にいったところだったような・・・・」
ぐねっとなった木をよけて1歩踏み出したところで、突然、視界が、ぐにゃっとなった。
一瞬、目の前が白く光ったような感覚をうけて、ふらふらしながら、前に進むと、、、、強い風がさっと流れて、顔が隠れるくらい灰色の外套を軽くもちあげて、ふうわりとおりていった。
___はじめてみる景色だった。
白い砂がさらさらと目の前を流れていく、白い、まっしろな砂が辺り一面を覆っている、その先には青い空がずっと遠くにみえている。
白いうねるような大地、白以外なにもないかのような地平がみえる。
「あれっ!おかしいな、ここは?森は?倒木があるところに行きたかったのに、どうして・・・」
今立っている、白い砂の上から振り返ると、2、3歩後ろに緑が見える。森だと思ったが少しおかしい。斜めにズレている、生えている木がちょうど斜めに線がはいっているかのように、そこからズレて見えるのだ。
なんだろうと思って、なんとなく再度、白い砂の大地を振り返ると、今度は違って見えた。白い塔。視界にはいりきらないくらい空にそびえた、白い塔が白い砂の大地に建っていた。
「えっ!なに?どうなってるの?塔ってさっきあったかな?」
突然のことに、記憶が曖昧になっているのか、ちょっとふらふらするのが原因なのか、それでも、そのとき白い塔に進んで歩いていったのは、何でだったのか、ただ、とても綺麗な塔にみとれていただけでは無かったと思う。
白い塔は、白い石で出来た塔だった、表面はとても滑らかで、光をきらきらと反射していた、入り口と思われる扉をみつけたが、これも白い大きな石を削ってつくったような重厚な扉で、ぴったりとしまっており、おしても引いてもびくともしなかった。
「開かないのかな、閉まっているのかな、あれは?」
開かない扉を諦めつつ、壁沿いにぐるっと歩いてまわっていると、白い壁が、そこだけ黒くズレているところを見つけた。ぴったりとした白い石が規則正しく並ぶ壁に、黒く斜めに裂け目があり、身をかがめればくぐれそうだ。
とくに何か目的があったわけでもなく、深い興味があるわけでもなく、ただ入れそうと思ったときには、黒い裂け目をくぐっていた。そのときは何も怯えることなく、後悔することもなく。何かに期待することもなく。
「こんにちは。通りますね」
いつものように、森の中を木々の間をぬけるときと同じように、思わず声をかけていたが、返事がかえってくるとは思っても見なかった。
「ほう、新しい冒険者か・・・」
白い塔の中には明かりがなく、慣れない目には暗闇しかみえなかった。
その暗闇の中から、声がかえってきた。
黒い景色の中に黒いふよふよと蠢くようなゆらぐ姿が微かに感じとれる、
まだ慣れない目にはみえないが、確かに何かがいるような黒い空間に向けて、あまり深く考えることもなく声をかえした。
「冒険者?ではないと思います。そこの森を抜けてきました。扉は閉まってたんですが、
壁に隙間があったので、くぐってきちゃいました。入っちゃいけなかったですか?ごめんなさい」
暗くてまだよく見えないが、それらしい方向に向かって答えながら、もしかして、勝手にはいったら迷惑だったかなと申し訳なくなってきて思わず謝ってしまった。
すると、黒いふよふよとしたものが蠢きながら、くくっと身をふるわせたように感じた。まだ暗くてよくみえないが、こっちを見ているようだ。
「ほうほう、謝っておる、侵入者が謝っておる。侵入者では無いのか、
迷子か?迷子、ここに迷子がはいってくるとは。ほうほう」
黒い影が、再び、くくっと身をふるわせたように感じた。
「えっと、迷子ですか、そういえば、そうなのかも・・・あっわわっ」
ちょっと考えながら前に進んだせいか、足下にあるものに気づかず、豪快に転んでしまった。
「ん、何んじゃ。もしかして見えとらんのか。ここにはいって来ておいて 見る手段もなく?ほうほう、んっ」
転んだあとに申し訳なさそうに立ち上がっていたところ、
黒い影が、じっとこっちを見つめるような視線を感じていると、急に辺りが揺らめくオレンジ色になった。両側の壁のあたりにある石づくりの台座に火が灯ったようだ。
突然の明かりに、目をぱちぱちさせながら、慣らしていくにつれて、塔の中がみえてきた。
足下には、銀色の鎖で編んだような鎧が転がっていた。その横には、黒光りするような重そうな長剣が抜き身で無造作に転がっている。これに手をついたりしたら怪我するところだ。
そのままぐるりと視線をまわしてみると、壁にそっていくつかの鎧が転がっているのが確認できた、すぐ側に立派な剣とか両刃の斧のようなものも落ちている。どれも重そうだ。なんとなく見渡していくと、はっと気づいて目の前に視線を戻した。部屋を明るくしてくれた黒い影がやっと見えることを思い出した。
「明かりをつけてくれてありがとうございます。えーと、あなたはここの主ですか、急にはいってきてしまって、あらためてごめんなさいです」
ふかぶかと頭を下げながら、そっと部屋の主を仰ぎ見た。
部屋の中ほど、上の階へとつづく螺旋の白い石造りの階段の前に、ふよふよと黒いものが浮かんでいた。
頭の部分には、先がとんがって途中からくにっとおれたような黒い皮製の幅広の帽子がのかっていたが、そこから下は茶色いふさふさした毛皮につつまれていた、その顔のあたりには、くりくりとした赤い目がこっちを興味深そうにみている。
ちょこんとした黒い鼻とその下にある赤い部分がちろちろとみえるのは口と舌だろうか、手と思われる部分もふさふさした毛皮だが、少し短めの毛に覆われたような指もみえる。それと特徴的なのは、ぶらんと垂れ下がって左右にふりふりしている黒と茶色の縞もようのしっぽ。なんというか、帽子を被った赤い目をしたクマの子供が一番しっくりくる見た目かなと思った。
「急にはいってくるのは、構わんよ、大体の訪問者はいつも突然じゃ、
扉が閉まったまま入ってきた者は、はじめてじゃがな」
ふよふよと浮かぶクマの子が、そう答えたあとに、すっと目を細めながらこう質問してきた。先ほどから気のせいか少し寒気がする。
「それで、何を求めておる?貴重な宝物か?強大な武具か?名声か?
そろそろ答えて先に進めようではないか」
チリチリと首の後ろが痛む、なんだか喉も乾いてきたようだ、少し視界が揺らいでいるのか、ふらふらとするが、なんとか声をだすことができた。
「えっ、何も、何も求めていないよ、さっき見つけて、ここに」
何もしていないのに、動くのが難しくなってきた、声がかすれて、答えるのがやっとだ、手も震えて、意識がとても暗い、目の前が暗く遠くなってきた。クマの子はこっちをじっと赤い目でみている。あと、少しぐらいなら声にできそうだ。
「勝手にはいってきて、本当にごめんなさい。何もいらないよ。
でも、なんだかとても急に意識が、、、やっぱり1つお願いが・・・」
クマの子の赤い目だけがみえる。霞む意識の中、声にならない口の形だけが動いた。クマの子がこちらに動いてくる。これ以上はもう意識が続かなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけると嬉しいです。
追記:誤字脱字修正しました。