第13話 村のはずれにて(その夜)
___その道は村から少し離れていて、奥には、小さな池と、その脇に建つ今はソーンが住んでいる古い家へと続いていた。
アイリが、はじめてソーンの家を訪れるために通ったその道を、あたりが暗くなり月明かりも無いような真夜中に、ひっそりと歩む者達がいた。
皮をなめした鎧に、皮のブーツ、装備は軽装で、腰に吊した剣もあまり大きくなく、小回りが利きそうなものだ。そんな格好の者たち3名ほどが、とくに話をするでもなく、足早に道を進んでいく。
ふと、立ち止まり、遠目に見える、家を確認する。もちろん真夜中のために明かりも消えている。この時間だと、ソーン達は昼間の疲れからもぐっすりと寝ているところだ。
軽くうなづいて、3人がそれぞれ分かれて移動しようとした時に、突然声をかけられた。
「ほう、昼間途中で見ないと思ったら、こんなところで何をしておる」
声が聞こえた瞬間に、1人がすでに短剣を抜き身で、声の元に向けて放ったが、それはあえなく空を切った。
「怖いのぉ、容赦無しじゃ、冒険者とは、いつも突然じゃ」
ギャッギャッと、暗い鳴き声をあげながら、暗闇の中を声が移動する。
3人の冒険者と呼ばれたもの達は、それぞれ距離を取りながら、その場から離れようとしたが、それでも、視界の中にソーンの家を捉えているのを感じて、暗闇の声が続けてたずねた。
「ほうほう、村のはずれで、夜になっても中にも入らんと何をしとるかと思ったら、こっちの依頼が本命か、冒険者というより、暗殺者かのぉ」
ふたたび短剣が声の主へ向けて飛んでくるがこれも空を切った。
それも予定通りと言った、面もちで3人は別々の方向に移動を開始したが、ほどなくして驚愕したように立ち止まる。内1人は思いがけず、何かにぶつかったようで、肩のあたりをおさえてうずくまった。声を出さないところは流石といったところだ。
「ほう、逃げよった。略奪者が逃げよるぞ、他人の命は容易く奪いにくる割に、自分らはすぐに逃げよるわ」
さらに、短剣が投げられたがこれも空を切る。そこではじめて3人の内の1人が声をだした。
「これは、幻術か何かか、見えない壁があるというのもおかしい。同士討ちか何かを狙っての仕掛けがあるぞ、注意しろ」
声に反応して、何か仕掛けてこないか、周りを見ながらの発言だったが、期待したような反応がなく、困惑しているところで、3人共に急に寒気がしてきた。
「幻術とな、ほうほう、見えない、知らない、分からないことは、自分で誤魔化してしまおうとな。必死の答えか、誘い出したつもりか知らんが、ほれ、ここにおるぞ」
肩をおさえていた、1人の背後に急に現れた黒い影に、全員の意識が集中し、今度は、一瞬の風切り音だけして、黒い針のようなものが影を突き抜けて、近くの木に刺さる。
それは黒くうねうねと動くびっしりと生えた毛に覆われた、悪意の固まり、地面から生えたそれは、針でつらぬかれてもとくに痛む様子もなく、蠢いている。振り返りその黒い尻尾を避けようとしたその先にも、地面から生えた尻尾が待ちかまえていた。グズリと首筋に尻尾の毛をかき分けるように生えた口がかぶりつく。ちうちうと何かが吸われるような音がする。とたんに、噛まれた1人が口の端から泡をふきながら、うめき声をあげて、のたうち回る。
「なんじゃ、毒をその針で刺してくれたから、それを返してやっただけじゃろ、ついでに喰ろうてみたが、やはり不味いの」
ギャッギャッとまた暗い鳴き声をあげる。
それを見た、もう1人がたまらず駆け出すが、すぐに見えない壁にあたり、激しく打ちつけた頭部を抱えて悶絶する。
「ほう、知らんのか?こういった時は、逃げたりできんのじゃぞ。そもそも、どうして逃げられると思うのか」
最後の1人は、腰の剣を抜いて、じりじりと距離をとるように移動する、声は尻尾の先のあたりから生えた口からしているが、複数地面から生えているため、どこから攻めたらいいか考えているようだ。
すっと、片方の手を後ろに回したと思ったところで、振り向きざまに、背後にいつのまにか生えていた黒い尻尾に切りつけた。と同時に、ゆらゆらと蠢いていた他の尻尾にも黒い針が突き抜けた。
そのまま距離を取るように、後ろへ数歩下がったところで、トンと何かに当たった。
ふさふさとした毛皮が頬にあたる。首筋にチロチロと生温かい濡れたものがあたる。何もないと認識していた移動先に、待ってましたとばかりに。ザシュっと首筋にくらいついた毛皮の固まりを払いのけようと手をかけようとした瞬間に、ちうちうと吸われる。
「ひっ、ひぁぁ、や、やめて」
___瞬間に生まれる虚無感、何かを突然失った感覚。
その、恐怖を一瞬にして感じとって、歴戦の暗殺者が悲鳴をあげた。手はぶるぶるとふるえ、足が真っ直ぐにたてない。
首筋には、何か毛皮のものが喰らいついたままだ。
さらに、ちうちうと吸われる。
さらに、さらに、ちうちうと吸われる。
「あぁ、あぁ、あ、あああ、たすけて、たすけ、、、」
ぐったりとを倒れ込んだ後も、まだ、ちうちうと吸いつづけた。
「ふむ、なるほど、なるほど、悪いことを考えるの」
その黒い影は、何かを吸い尽くしたのか顔をあげ、ふさふさした毛皮をゆらしながら、ぶつぶつとつぶやいたあと、もう1人。頭を抱えて倒れたふりをしたものの方へと向きをかえた。「ヒッっ」と声をあげて逃げだそうとしたところに、地面から生えた尻尾が絡みつき倒れ込む。
久しぶりの本来の食事にとても我慢もできそうにないようで、地面からとびだした尻尾と、あわせて、むしゃぶりつきながら、ギャッギャッと暗い鳴き声をあげて、楽しみにしていた夜のディナーに歓喜がとまらなかった。
夜はまだまだ長い、ゆっくりと良い夢が見られるものと、対象的に、夜の闇に引き込まれて、ひっそりと命を燃やし尽くしていくものもあるが、どちらも微睡みの中に意識を失っていくところまでは同じものだ。ただ、明日が迎えれるかどうかの大きな違いがあったがそれは仕方ないことだろう。
___その月のない日は、またあの暗い鳴き声が村でも遠くに聞こえたと、証言するものがいた、夜中に目が覚めて、用を足しにいった帰りだったから、とても怖くて、布団に潜り込んだら聞こえなくなったようだ。しばらく布団を頭からかぶって寝る癖がついたことだけがこの夜の被害者になったのなら良かっただろうか。
いつも読んでいただきありがとうございます。続きもまたよんでいただけると嬉しいです。




