第12話 村のはずれにて
「起きて、起きてください」
心地よい夢を見ていた。白いお布団の中で、朝を迎えて、
両親が起こしにくる。今日はお父さんかな。
すっと目を開けると、見知った顔がそこにあった。
「アイリさん、大丈夫ですか」
心配そうにのぞき込むのは、銀色の髪が、煤でだいぶ黒く汚れているが、今日何度も出会ったソーン君だ。その背中の向こうには、もふもふの毛皮をしたクーマもふよふよと浮かんでいる。
「これを飲んでください。友達が作ってくれた薬です」
背中にしっかりと手をまわして必死で倒れないように支えているソーンの姿をみて、ほっと安心した のか、渡されて飲んだ薬の効果か、少し体温があがっているのを感じた。
「あぁ、ありがとう、もう大丈夫だよ。ソーン君」
そういいながら上体を起こす、なぜか身体中にあった傷は大方治っていた、ただ、首筋のあたりは赤く腫れていて、動くとズキズキする。
そのまま勢いで立ち上がろうとして、ふらついてまた、ソーンに体をあずける形になった。それを必死で支えるソーンをみて、思わず、微笑んだ。
「今日は、ソーン君には助けてもらってばかりだ、騎士失格だな」
「そんな、そんなことないですよ、今は、ちょっと毒が抜けきってないから、ふらふらするだけですよ、アイリさんは立派な騎士です」
そう言いながら、体勢を立て直して、ふうと一息ついて、こっちですと案内をはじめるソーンのあとに、クーマがついてきて言った。
「そうじゃ、主は、寛容なのじゃよ、まずは家に着いて来いということじゃ、ギブアンドテイクはそれからじゃ」
「なに言ってるのクーマ?家に解毒の薬がいくつかあるので、まずは、家まで来てくれますか、クーマが一緒に肩をかしてくれたらいいのに、重いとかいって途中で、ほっぽりだすからややこしくなるんだよ」
ふんふんと恐縮しながら聞いていたアイリだが、クーマの態度になにやら悪意を感じて、じと目でみつめると。するすると先にとんでいってしまった。
そうは言いながらも、かなり離れたところまで、出かけていたはずが、村の近くまで運んでくれていたのか、ふらふらとしながらも、ソーンの肩を借りて歩くうちに、目的の家までなんとか暗くなる前にたどりついた。
家の扉を大きくあけて、ソーンはアイリを招きいれる。とりあえず、はいってすぐのテーブルの横の長椅子にアイリに座ってもらって、奥の部屋からあれでもないこれでもないと、薬瓶を探る。ちょっと不思議な色をした液体がはいった瓶を持ち出してテーブルに並べた。
「この緑っぽいのと、青っぽいのを一緒に飲むと良いはずです、ちょっと苦いですが、我慢して飲んでみてください」
そう、ソーンが言い残すと、階段を上って2階にあがっていって、奥の方の部屋でがちゃがちゃ音をたてている。
「これを飲むのか、んー、ちょっと勇気がいるな」
恩人の善意を無視はできずに、両方の瓶をあけて、さっと喉に流し込む。たしかに、少し苦い味がしたが、痛みのことを考えると、ぜんぜん我慢できる範疇だ。
すると、さきほどまでズキズキしていた首筋のところが、熱と痛みが少しひいたような気がして、手でなでてみたが痛みは感じない。
「凄い薬だな、これも友達が作ったのかい?いつかお礼をしないとな」
2階から降りてきた、ソーンに良い薬だとアイリが伝えると、まるで自分のことのように照れた顔でソーンが答えた。
「ですよね。凄いんです、友達はまだ見習いなんですが、とっても腕が良いんです。今度紹介します」
2階にあがって2つ目の部屋を自由に使ってくださいと、アイリに伝えて、他にも準備することがあるので、階段を1人でのぼれるかたずねてくるソーンに、薬のおかげでなんとかなりそうだと答えた。
ゆっくりと階段をあがっていくアイリを心配そうにみながらも、完全に暗くなる前に終わらせたい仕事をはじめるソーンだった。
数日前に、ちょうど掃除したので、中は大丈夫として、外の釜の調子が気になっていた。家の裏手に回って、壁際にある、釜の横の小窓をのぞく、黒い液体はちょうどいいくらいの量がはいっていた。
その横にある手押しポンプの取っ手を何度か押すと、勢いよく流れてくるものがある、釜の上にある樽のようなものの中に、じゃばじゃばと水がたまっていくのが音から推測できた。
「よし、大丈夫そうだ、あとは、火をつけてと」
釜の横の小窓を開けて、懐からだした火打ち石を何度か打ちつけて、火をつける。ボッという音と共に、黒い液体に火がついてメラメラと表面が燃えている。
だいぶ、暗くなったが、これなら準備はOKそうだ。
「ふむ、なんじゃこれは」
さっきからの行動を興味深そうに見ていた、クーマがはなしかけてきた。
「これはね、とってもいいものだよ、後で見せてあげる。準備が大体できたから、一旦家にはいるね」
家にはいると、ソーンはいつも使っていない、1階の隣の部屋に入っっていって、何かを回すような音がすると、水が流れだすような音がしだした。
「そうだ、あれを入れておかないと、意味がないね」
急いで部屋からでたソーンは、またもや戸棚を探索しだして、乾燥した黄色い色をしたものをいくつか運んでかえってきた。それにあわせて部屋に入ろうとしたクーマだったが、まだだよと、追い出されてしまった。
「なんじゃ一体、もったいつけるのぉ」
ぶつぶつといいながらも、健気に扉の前で待つ、クーマを、ほどなくして扉からでてきたソーンが呼んだ。
「準備できたよ、これが溜まるのを待ってたんだ」
クーマが部屋にはいると、爽やかな香りと、柔らかい白い湯気が、ただよう空間になっていた。前室は棚に籠がいくつかあって、その奥に、ランタンに照らされて、ゆらゆらと揺らぐ空間がある。壁と床は木の板を張り付けたような作りで、その床の中央には、木で囲うようにつくられた箱のようなものがあって、大きくゆったりとそこに存在している。中には湯気がたっぷりと立つほど、お湯がはいっている。湯面には、黄色の乾燥したようなものが浮かんでおり、そこからも良い香りがしているようだ。
湯面の少し上ぐらいに、ちょろちょろとお湯が流れているところがあり、そこからお湯を足していたようだが、今はあまり勢いはないみたいだ。
「どう?お風呂って言うんだよこの辺りだと、結構珍しいんだよこれ」
珍しく自慢げに、紹介するソーンに、不思議そうな顔で答えるクーマ。
「ほう、これはどう使うんじゃ?いい香りはしておるが」
「それはね、でも、先にアイリさんに使ってもらうんだ、香草もいれたし、解毒の効果もあるからね」
そう言うと、名残惜しそうにしている、クーマを引っ張って、部屋の外にでると、さっそく2階のアイリの部屋の前に来た。
扉を数回ノックすると、どうぞ入ってと声がした。
部屋にはいると、ソーンがあわてて片づけたので、あまり物がない部屋になってしまっていたが、外した鎧や、剣を並べて置ける大きなテーブルはあったので、丁度良かった。
アイリは、銀色の鎧は全て外して、その下に着込んでいた皮の鎧下をこれから脱ごうかというところだった。いつもはあげてまとめて結んでいる髪もおろして、少しくつろいだ雰囲気のアイリに、銀の鎧姿しかみていなかったソーンは、なんだか見慣れなくて落ち着かない感じで、声をかけた。
「えーと、お風呂の準備ができたので、呼びにきました、着替えとかは大丈夫ですか?」
ふんふんと聞いていたが、予想していなかった言葉を聞いて、驚きを隠せないアイリだった。
「お風呂?お風呂があるの?ソーン君の家って、凄いね。着替えはなんとかクーマちゃんが拾ってきてくれた荷物にはいってるのがあったから大丈夫よ」
自慢の風呂を、はやくも誉めてくれて少し嬉しそうに答えるソーンだった。
「そうなんです、ちょっと事情があって、お風呂がついてるんです。解毒効果もある香草をいれてるので、体にもいいので是非、湯船にも浸かってください、でも慣れないと湯あたりするかもなんで気をつけて下さい」
そう言うと、ぺこりと頭を下げて、階段下りて右手の部屋がお風呂ですと伝えると、ソーンは、さっと部屋をでていった。
「ありがとう、ってもう行っちゃったの?忙しいのかな、なんだか色々してもらって申し訳ないかな」
そうは言いながらも、お風呂があると聞いて、疲れた体ではあったが、もう少し頑張ろうと言い聞かせて、鎧下を脱いだ。
「ふぅ、これも少し小さくなったかな、訓練生のときのままだしね。鎧は父さんのお下がりで、大きいから大丈夫なんだけど、今日もあれだけ激しい戦いだったけどなんとかなったのは、鎧のおかげかな」
それか、あの青い炎の効果によるものか、鎧を外すと、首からかかっていたネックレスをみつけて思い出した。
ほどなくして、残りの片づけを簡単に済ませて、階下に降りていった。
ちょうど、ソーンが夕食の準備をはじめるところで、アイリが声をかけると、わわわっと、顔を赤らめて、お風呂はあっちですと教えてくれた。
「意外と、人見知りなのかな、今更ながら?おかしいね」
言われた部屋にはいると、たしかにお風呂だ、前室も温かい湯気が充満していて、棚の籠にもってきた着替えをいれる。といっても、あまり代わり映えしない、前あわせの黒いレザーベストみたいな訓練服だが、同じく、下も短めの黒のレザースカートを脱いでいく。首からかけたネックレスをはずそうとしたが、何故か手が思う通りに動いてくれない。
手はかけれるのだが、首からはずすという動作ができない。何か制限されているようだ。仕方がないので、そのままつけて浴槽にはいることにした。
「なんだろう、これってやっぱり契約の証?もしかして呪われてるとかだったら怖いなぁ、詳しくクーマちゃんに聞いとかないとだね」
浴槽からお湯をすくって体にかける、お湯からとてもいい香りがして、気持ちが安らぐ、少ししびれるような感覚があった指先にもじんわりと効いているような気がするのは、言っていた薬効の成分だろうか。
汚れを洗い流して、清めたあと、湯船に浸かる。思ったよりお湯がこぼれてしまったのがもったいなかったが、まあそれは仕方ないと思って、今はこれを楽しもう。
「わぁ、いつぶりだろう、気持ちいいなぁ、なんかぷかぷか浮かぶみたい、爽やかないい香りもする」
実際に、ぷかぷかと浮いているのだが、久々の湯船に、このところ色々あったことが思い出されて、思わず、涙もでてきた。
「もう、いいのかな、、、しばらくはソーン君を守っていたいな」
湯気がふんわりと満たされた空間で、少しの間、ぼんやりとそんなことを考えたあと、顔をばしゃばしゃと洗ってから風呂を後にした。
風呂からでて、ソーン君に、良いお風呂ありがとう、次あいたよと伝えにいくと、またもや、顔を赤らめながら、了解ですといって走っていった。流石にアイリも気づいて、自分の格好を見つめ直す。
「んー、そんなにラフな格好でもないと思うんだけどな」
一応、すこしはだけてしまっていた胸元の裾を直してみた。
「まあ、そのうち慣れるでしょ、あっ、美味しそうなご飯だ」
ちらりと、並んだ夕食をみて楽しみにしながら、一旦、2階の部屋へとあがっていった、できれば今日中に鎧の汚れなどは落としておきたい。
走っていきながら、ソーンは思った。
「アイリさんって、すごい大きい人だったんですね、あれが大人なんだ、鎧着てたから分からなかったです」
ドキドキがとまらなかったけども、お風呂にはいったら、落ち着くかなと、楽しみにしているクーマを連れて来てみた。
「えーと、まずは体の汚れを流すんですよ、そうそうお湯をかぶってね。あれっ、帽子は脱がないといけないですよ」
そう言うと、ソーンは、入ってきた、クーマの帽子をすっとはずした、
なかなか自然な動きだったのと、湯船に興味津々で油断したクーマは、するっと帽子を脱がされてしまった。
「ふぉ、なんじゃ急に、帽子はいかんのか?」
クーマの帽子をとると、毛皮の中に小さな角が生えているのが見えた。
「クーマって角生えてるの?」
それを聞いた、クーマは口のところに指を当てて、シーって動きをした。
「おっと、それは秘密の角じゃ、2人だけの秘密じゃよ」
クーマがそう言うので、あわてて、帽子の代わりになりそうな、ものを探して、とりあえず、もってきていた体を拭く予定の布を折って頭にのせておいた。
「ふむ、さて、体も洗ったらこれに入ったらいいんじゃな」
「そうそう、ゆっくり入って、慣れたら肩まで浸かると気持ちいいよ」
じわじわと、湯の中に、ふわふわの毛皮が浸かっていく。
しっとりと濡れた毛皮が湯船にじわーとひろがっていくが、本人はあまり気にしてない風に、ほぅとひと声ついた。
「ほぅ、これは、なんとも、良い、良いな風呂」
同じく、湯船に浸かった、ソーンも肩まで浸かりながら、息を吐く。
「でしょ、疲れたときは、最高だよ、もっと凄いのもあるらしいよ」
「ほぅ、もっと凄いとは、これよりもか」
「そうそう、以前に、村長さんに聞いたんだけど、これの数十倍広くて、もっとゆっくりとできて、お湯もとくべつな効果のある、温泉ってところがあるらしいよ。すっごい、良いんだって」
「ほう、それは、気になるな、是非はいりたいものじゃ」
「だよね、でもちょっと遠い所らしいから、機会があれば行ってみたいなぁ」と、軽い気持ちのソーンだったが、行くのは必ずじゃとクーマはかなり乗り気だった。
大分、長い間入っていたためか、ちょっとふらふらになりながら、上がってきたソーンと、クーマだったが、夕食を楽しみにテーブルについていた、アイリを見つけて、急いで準備した。
少し遅めの夕食になったが、今日は大変だったねと、色々と話したいこともあったが、詳しくは明日にして早く寝ようかということになった。それというのも、ソーンがあんまりアイリの方をみられないのか、顔をあわせてくれないので、中々話しづらいところがあったからだ。
そんなソーンをアイリはいたずら心がとまらずに、こっちをみてお話しようと話しかけるが、頑なにソーンが下を向いて、こっちを見てくれない。理由をたずねると、
「えーと、アイリさんは想像以上に大人の人でした」
としか言わないので、流石のアイリもこれ以上、恩人を困らせてもなんなので、今日はあきらめて明日にすることにした。
寝具の準備ができてなかったので、とりあえず毛布だけでもと、予備の毛布をアイリに渡して、おやすみなさいと伝えたソーンは、自分の部屋に戻って、いつものようにクーマを抱っこして眠りについた。
今日は本当に疲れたので、とてもよく眠れそうな気がした。そして、なんとか無事に帰ってこれて良かったと、うんうん、とうなづいているうちに眠りについていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。続きもまた読んでいただけると嬉しいです。
追記:誤字脱字を修正致しました。