第10話 ベールの奥
「くっ、流石に数が多すぎるか、、、」
谷の中程には、まるで蓋をするかのように、ところどころ鉄の鎧のようなものを含んだ瓦礫を編み込んでつくられた、白と黒の斑模様が見える壁が出来ていた。
馬車でここを抜けるために、爆薬を使うということで、距離をおいてアイリが見守っていたところ。
爆発と共に、轟音と激しい振動が起こる。すると壁はうまく吹き飛ばせたが、同時に新たな障害が発生した。白いベールの原因。蜘蛛の大群が押し寄せてきたのだ。
馬車と同行者達は、爆発と共に一斉に駆け出した、予定通りという動きに、違和感を感じたアイリだったが、丁度頃合いだとも思った。
一心不乱に手を動かす。一太刀ごとに、迫り来る黒い蜘蛛を切り裂く。
手にへばりついた、どろりとした液体に意識をまわす暇もなく。
ひたすらに切り裂く。確かな手応え、間髪入れずに次の獲物を探す。
素早く手首を切り返し、再び切り裂く。
左右から、背後から、次々と数が増える。馬車が遠くを走る音が聞こえる、どうやら、あちらはうまくここを抜けたようだ。
周りには、自分以外には、次々と押し寄せる黒い蜘蛛達しかいない。
不意に、肩に重さを感じた、上から垂れ下がるベールをつたって、飛びかかってきたのを見逃した。バランスを崩し、左手にもった松明がこぼれ落ちる。それを見た、黒いもの達が、一斉に襲いかかってきた、足下に絡みつくように、手足にぶら下がるように、腰に、背中に食らいつく。
右手の剣で払いのけるように切りつけるが、焼け石に水か、次々と黒い影に覆われつつある。
背中から回り込んだ奴が首筋で、ガチガチと牙を鳴らすような音をだした。まとわりつかれた剣では間に合わないと、手をはなし、首元の奴を払いのけようとするがうまくいかない。
その瞬間、グズリという音がするかのように、首に痛みが走る。同時に目の前の景色が傾きだし、片膝をつく。
「くっ、これは、毒か、、、」
全身にまとわりついた、蜘蛛どもは、ガチガチと牙を鳴らしながら、至る所に噛みついてくるが、手で顔を覆った銀の鎧に阻まれて、首筋以外は、ギリギリと不快な金属音をたてるだけだ。
かなりの数が集まってきたのか、アイリは上体を起こすこともできずに、地面に押し倒され、黒い蜘蛛による蹂躙がつづく。かばいきれない、首元を、数度噛まれた、赤黒く腫れて、毒が回る。
「痛い、やめ、目が、、、」
目に見える景色が白くぼんやりとかすんできた、すぐそばにいる蜘蛛どものガチガチという音が遠くに聞こえてくる。
アイリの首元からは、いくつもの血のすじが滴り、首から肩を鎧の中を伝っていく。その不快感をぬぐうように。
顔のあたりにへばりついた蜘蛛を払いのけ、手探りで、そばに落ちている剣を右手で拾う、そのまま剣を振るって数匹ほど切り飛ばす。
それが最後の足掻きだった。
わっと、黒い固まりが目の前に押し寄せると共に、アイリの姿は黒く塗りつぶされた。
絶望的な押し寄せるかのような蜘蛛の大群に。
________パチパチという炎がはぜる音がした、何かが焼けたときの焦げた臭いと、悲痛な叫びと怒号が混じったような声。鈍器で殴りつけた時のような鈍い振動が伝わる。黒い小山を必死で崩しながら、叫んだ。
「アイリさん、アイリさん、返事をして、これっ、この蜘蛛が、どいて、どいてろ!」
ソーンが両手にいくつも持った松明を黒い小山に打ちつける、下に向けられてパチパチと燃え盛る松明の炎が持つ手をじりじりと焼くが、構わず振り回す。たまらず黒い蜘蛛達が四散して、あたりにちらばった松明を遠巻きに円を描くかのように生け垣をつくるように集まっているが、近くには寄ってこない。新たな獲物の様子を見ているようだ。
ぶんぶんと松明を振り回し、黒いものをはじきとばした後には、銀色の鎧がぐったりと地面に倒れこんでいるのを見つけた。
松明を脇において、駆け寄るも、アイリは、ぐったりと倒れたままだ。
「アイリさん、無事ですか、ねえ、返事をしてください」
ボロボロと涙を流しながら、煤で真っ黒になった手で倒れたアイリの上体を起こそうとするが、鎧が重くてうまくいかない。
アイリの顔をのぞき込んだソーンの頬から伝った涙がぽろぽろと、アイリのそっと閉じられた瞼に降った。
すると、すっと銀色の鎧に包まれた手が持ち上がり、同じくソーンの銀色の髪の頭をぽんっと軽くなでた。
「、、、やあ、ソーン君に、また会えるとは、思ってなかったよ」
少し、せきこみながらも、アイリが、小さくつぶやくように答えた。
なんとか、ソーンに支えられながら上体を起こしたアイリの手をとって、立ち上がるときに、ふとアイリが思い出したように、
「ふふっ、まるで今度はソーン君が騎士のようだ」
ふらふらと立ち上がり、ソーンを見つめながらアイリが微笑する。
「えっ、そんな騎士とか、あっ、ふらふらじゃないですか、僕につかまってください」
いつもの仕返しをされたような気分で少しばつが悪いソーンだったが、アイリが冗談を言えるくらいに意識はしっかりしていることで安心した。
「こっちに、谷の壁のほうが、まだ燃えてて、あまり蜘蛛もいないんです」
アイリの意識がしっかりとしてきたのか、なんとか立ち上がっているところで、ソーンは素早く身を屈めて、側に置いた松明をひろいあげ脱出の経路を伝える。それを聞いてアイリがたずねてきた。
「そうか、なるほどわかったわ。それと、ソーン君、すまないが、ここらに私の剣が落ちていないかな」
やはりまだ意識がしっかりしないのか、足下に転がっている剣に気づかないアイリに、ソーンが急いで拾って手渡すと感謝の言葉が返ってきた。
「ありがとう、騎士さま」
いや、意識はしっかりしているらしい。
両手にもった松明で牽制しながら、ソーンとアイリは谷の壁沿いを目指す、火のついたベールがまだ燃えているためか、こちらにはあまり蜘蛛がいない。それでも遠巻きに蜘蛛がついてきているのが分かるのは、ガチガチと牙を鳴らす音が離れず、ずっと続いているからだ。
「このあたりはすこし、白いベールが無くて開けてますね、火もあまりないから、危ないかな。アイリさん走ったりできますか?」
アイリは無言でうなずくが、ソーンがさっきから見ているとつまづきそうになったりと、あまり大丈夫そうではない。どうしようかなと思っていたところ。急に事態が動いた。
ふと、行き先を見上げたソーンが、谷の壁にとてつもなく大きな黒いものがへばりついているのに気づいた。それが今にもこちらに飛びかかってくるかのように構えた。アイリはまだ気づいていないのか、あわてる様子もない。とっさに叫びながらソーンがアイリに駆け寄る。
「逃げて、逃げてください、アイリさん!」
ソーンの手がアイリに触れて、少しだけ動かしたところで、ソーンの体に巨大な黒いものが激突した。その衝撃で、数メートル吹っ飛んで、半分燃えて炭になりかかっている木にぶつかりそのまま動かない。
それを見てか、ソーンを吹き飛ばした黒い小山ほどもある巨大な蜘蛛がガチガチと牙を鳴らして、さきほどの襲撃を免れ、敵に気づいたアイリの前に迫ってきた。
「ソーン君、なんて無茶を、、、しかし、これは」
ここまでくるまでに、倒した蜘蛛など子蜘蛛と呼ぶべきであろう、その巨大な姿から、これが、あの子蜘蛛達の親にあたる個体であろうことはすぐに推測できた。とっさきに右手で剣を構えて、左手に松明を振って、あたりを牽制するアイリを少しだけ警戒しているのか巨大蜘蛛の動きが止まっている。すると、上のほうから、聞いたことがある声がした。
「ふむ、ここまでじゃな、ソーンは連れて帰るぞ」
ふよふよと、浮かびながら燃え尽きた木の上空からクーマがソーンの側に降りてきた。それを聞いたアイリがたずねる。
「子ぐまちゃん、今までどこに?それより、ソーンを連れて逃げれるの?」
「子ぐまではなく、クーマじゃ。空から見ておったが、そうじゃの、そのでかいのの相手をしてくれれば、ソーンくらいなら空に運んで逃げれそうじゃの」
尻尾で巨大蜘蛛を指しながら、ソーンを背中ごしに持ち上げる。
「むう、そこそこ重いのぉ」
それでも、ふよふよと浮き上がることはできたので、なんとか運べそうだ。それを聞いて、アイリが答えた。
「それは助かるわ、クーマちゃん、ソーンをお願いね、こっちはなんとからするから、、、、」
そう言い放つと同時に、剣の柄で、銀の鎧を打ちつける。
キーン、キーンとよく響く音が聞こえる。
「ほら、こっちよ、バケモノ。貴方、鉄とか堅そうなものを集めてるんでしょ」
ソーンが倒れているところから離れるように、アイリが移動する。
爆破した壁を思い出しながら、うまくのってくるかの賭だったが、興味があるのか、アイリにあわせて大蜘蛛も向きを変えた。
その隙に、するすると上空へクーマとソーンが上がっていく。
うまくいったと思った矢先に、大蜘蛛がアイリに襲いかかった。
松明を投げつけるが、火があまり気にならないのか、そのままの勢いで突撃してくる、空いた手をそえて、両手で正眼に剣を構えて腰にためる。
そのまま貫いてと思った瞬間に、大蜘蛛の牙が剣を挟み込んで地面に向けた、両手を剣にとられる形で前傾に体勢をくずしたところで、大蜘蛛の突撃が直撃した。とっさに剣を離したが。巨体の衝撃が全身を駆ける。
鎧ごと吹っ飛び、ごろごろと数回地面を回転して、仰向けになって止まった。かすれてほとんど見えない目に、白いベールの合間の空からの光が少し眩しい。口の中は赤い液体でいっぱいだ、鉄の苦いような味がする。
遠くなる意識の中、アイリは心の中で最後に呟いた。
『こんな私でも、最後は、騎士になれたかな、、、父さん』
近づいてくる大蜘蛛の気配を感じながら、アイリはそっと目を閉じた。
いつも読んでくださりありがとうございます。ちょっと投稿の間があいてしまってすいません。。つづきもまた読んでいただけると嬉しいです。