第102話 屋上にて
___腕を抱きかかえるようにしてムニャムニャと眠るアルフが、時折寝ぼけてソーンの頬を小さな舌でなでると、目を瞑ったままのソーンが夢の中で何かに反応しているのか、んんっと小さな声をあげる。
その度に目を覚ましたミリアが目をこすりながら、アルフの両手をソーンから剥ぎ取って胸の前でクロスさせて向こうへと押しやる。
ついでに、ソーンの左腕にそっと額をつけてぼそぼそと何やら呟いたあとミリアも深い眠りへと落ちていく。
そんな攻防を何度か繰り返している内に夜が更けてきて、静まり返った部屋の中で、そっと上半身を起こした。暗がりの中で、窓から差し込む月明かりに赤い髪が揺れている。
ふるふると震えるように手を伸ばして、
襟の部分の布をずらすと、無防備に眠る銀色の髪の少年の首筋が淡く照らされて、やけに白く浮かび上がる。
その白い肌に吸い寄せられるように、細い指先が触れると、
少しビクッと少年が身体を揺らしたが、再びスヤスヤと寝息を立てている。
その間に一度動きを止めていた赤毛の少女が再び動きだして、そっと手で触れた少年の首筋へと顔を寄せていく。
すぅーっと口を開けて、息を吸い込み、口を閉じて息を逃がす、再び口を大きく開けたところで・・・
突然顔を反らしてベッドから転げるように降りた。
飛びつくように壁にかけていたローブをひったくって棚の上に置いていた鞄を右手に掴んで、倒れ込むようにして扉にすがりつき外へとでる。
そのまま廊下を奥へと進んで、昼間のうちに確認しておいた屋上への階段へと駆けあがる。
___ふらふらと屋上へ姿を現した赤毛の少女が、持ってきた鞄の中に手をつっこんでカチャカチャと目的の物を探る。
慌てて取り出した瓶の蓋をもどかしそうに歯で挟んで外して、そのまま中身を喉に流し込む、
つづけて数本の瓶の中身を空にした後、屋上の床に転がった。
両手を顔に当ててしばらく大きく息をしていると落ち着いたのか、
そのままの姿で横たわっていると、月明かりに影が差した。
「ふむ、そろそろじゃろうと思うておったわ」
夜の闇の中に、黒い毛玉がゆらゆらと浮かんでいる。
そこからするりと伸びた3本の黒い毛に覆われた尻尾が、横たわる赤毛の少女の目の前でクネクネと蠢いている。
それを無造作に手を伸ばして掴んだ赤毛の少女が、急に気が付いたように慌てて声をあげた。
「何を、何を言っているのクーマ」
黒い尻尾を強く掴んだ手が少し震えている。
「まあ、そう緊張せんでもよい、過剰に溜め込んでしまったものは抑えられるもんでもなかろう。ついでに昨日の作業で少し失敗したのか溢れ気味じゃしな」
黙ったままのミリアが、宙に浮かぶ毛玉を驚いたように凝視している。
「それで、いつもはどうしておったんじゃ・・・いや、分かりやすく聞こうかの、お主の師匠はどうしておったんじゃ」
すると赤毛の少女の腕に黒い尻尾がスルスルと巻きついてくるが、それを引き剥がそうともせずに・・・
しばらくした後にミリアが呟くように答えた。
「・・・そっ・・・ソーン達には黙っていてくれる?」
「ふむ、秘密を望むと・・・そうじゃのぉ。お互いこの後のことは秘密にする契約ということで、それでお主の助けになれると思うぞ」
それを聞いて少しの間、黙り込んでいたミリアが答えた。
「そ、そうね、秘密にしてくれるなら・・・分かったわ、クーマが師匠と同じようできるのかは分からないけど・・・」
すると、ミリアの腕に巻き付いていた黒い尻尾がぞわぞわと蠢き肩口のあたりの先がぐぐっと持ち上がった。
黒い毛に覆われた尻尾の先端にすぅーっと線がはいったかと思うと、そこが、くぱぁっと開いて、小さくて鋭い牙がびっしりと並んだ赤い口内からちろちろと細長い舌をみせる。
それを見たミリアが思わず、ひゃっと声をあげる。
「ふむ、吸い出すのは得意なんじゃよ、今回は特別に何処からがいいか、選ばせてやろう」
そう言うと、残りの尻尾もグネグネと蠢きながら口を開けた。
すると、ぽそぽそと小声でミリアが何かを告げると、それを受けて黒い蛇がざわざわと腕に巻き付き首筋からするりと潜り込んでいく。
___月が雲に隠れて夜がより一層黒く塗りつぶされていく、
その夜のベールに隠れるように、
深まっていく闇の中を、黒い毛皮を纏った蛇が貪るように蠢いていた。
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