最果ての塔にて
どうかよろしくお願い致します。
白い砂が風にのって舞い上がる。見渡す限り白い砂の大地。
どこまでもつづくと思われた白い地平に、終わりが見えた。
細長くつづく鳥のくちばしのようにせりだした岸壁のさきに
その塔は、ぽつりと白く建っていた。
「・・・なにが激レアだ!」
激しい痙攣が止まらない右手があった部分を、
焦点の定まらない目の震える視界の端で一瞥したあとに、
左手で腰に吊していたポーチから震えながらもなんとか赤く鈍い光を放つ小瓶を取り出す。
柱の陰に背中をはりつけ、すがりつくような姿勢で隠れながらの作業のためか、取り出した小瓶の蓋が片手ではなかなか開けられなかった。
「くっ、開けよ。開け・・・ぐっ、あぁぁ」
徐々に感覚が戻ってきたのか、しびれるような、じわじわと、
ありえないくらいの圧迫感が右肩に溢れてくると、それを受けて思わず声にならない叫びをあげる。
「あっ、がぁぁぁ・・・開いた・・・はぁぁ」
蓋が開いた勢いで少し中身がこぼれたが、構わず口元へ小瓶をよせると一気に喉元へと中の液体を流し込む。
「・・・ふぅ・・・はっ、はっ、はぁ、危ない」
急激にあつくなった右肩から先がシュウシュウと音を立てて、赤みを帯びた湯気につつまれている。その中に右手の少しつるような感覚はあるが確かに右手が存在することを確認し、少し意識がはっきりしてくる。
「何本目だ、少なくとも10本はもってきた秘薬が尽きるとは
何だ、あれは、無理だ、無茶だ、罠か、くそったれがッ!」
やり場のない怒りを吐きちらしながら、足下に転がった黒い刀身が背丈ほどはある抜き身の剣の柄を握りしめる。
あきらめなのかそれとも薬の効果か、ふと、自らの状況をかえりみる時間ができた。
激しい戦闘の末に崖からくずれ落ちた際にも表面に擦り傷がつく程度の損傷ですんでいた銀製の鎖帷子も、刻まれた効果を発揮し淡い光につつまれているにも関わらず右肩から左脇にかけてまるで紙を引き裂いてそのまま破りとったかのように半分以上が消失し、下に着込んでいた厚手の皮のベストもまだらに赤く染まってところどころ赤黒い穴ようなものが見えていた。
ズキズキと全身から響く鈍痛と、気を抜くともっていかれそうになる不安定な意識の中でも、怒りが憤りが最後に一太刀だけでもと、手元の刀身を振りかぶる気力をつくりだしてくれていた。
___首筋にちくりとした痛みがはしる。
___あぁ、吸われている、すわれている。
___何度目だ、残り何度だ。
「ひっ、や、やめ、ててぇ」
重くて持ち上がらない銀製の鎖帷子はまるで蜘蛛の巣のように、
今や金属の塊になった黒い刀身の柄に挟まれた手は地面にはりつき、その間も、ちうちうと吸いあげられる。
首筋から肩の上にのったそれは、何度も何度も吸いあげる、とどまることなくつづくその行為は、地面にはりついた侵入者のすがるような慈悲など、歯牙にもかけずひたすらつづいた。
___生気吸収・・・軽度のものは体温を奪い、手足の自由を奪うこともあるというが、極まったその技は、どこまでも奪いつくす悪夢のような効果をもたらす、生命力吸収、精気霧散、膂力奪取、経験値消失。
その悪魔の所行に直撃した被験者は何年もかけて磨きあげた技を、知力を、積み上げた経験を一瞬にして奪われる。つぎつぎと失う恐怖に喪失感に、無力からの無力、さらに限りなく0に近づく現実に、確実に精神は崩壊する・・・
「たすけ、や、いあぁぁ、ひぃぃィィイ」
「あっ、あはははははあああははぁぁあ、あァア」
高レベルの者ほど壊れる。意識などすぐに崩壊する、積み上げたレベルの分だけその激しい喪失感に、心が焼ききれる。
吸いきった、搾り取った。何もないはじめの状態までに吸いきったところで、ぞぶりと首をかき切り、侵入者が途中から何度も何度も切望していた解放を与えるが、すでに崩壊した精神の前には何の反応もなかった、そのままこときれる命の灯火とともに、肉体の姿も薄れていく・・・
「ズンッ!」
という音とともに、突然、周りの壁に斜めの亀裂がはいる。
みると壁がズルリと斜めにずれたようだ。
それをじっと見つめるのは先ほどから、あわれな侵入者の命を吸い続けていた、この白い塔の主。
起き上がり壁際へと近寄ると、
さきの侵入者の最後と同様に、徐々に肉体の姿が薄れていくが、
それもあまり気にならないのか、不思議な壁の亀裂をずっと眺めつづけていた。
読んでいただきありがとうございます。続きもまた読んでいただけると嬉しいです。