夢を追いかける令嬢の友人も王道を行く④
クーザはちくしょう、と何度目かわからない悪態をついた。これ以上悩まされるのが嫌だったからビルガを遠ざけたのに、以前にも増してクーザの心は綺麗な赤色が占拠している。こうなっては否が応でも認めざるを得なかった。
(…俺はビルガが好きなのか)
いったいいつから、こんな感情を抱くようになっていたのだろうか。
初めてまともに名前を呼んだ時か。それとも彼女の揺らがぬ決意を目にした時か。
(なんにせよ最悪だな…)
初対面から散々意地の悪いことを言い続けてきたのだ。ビルガにも非はあったとは言え、今更好きだなんて、とてもじゃないが伝えられない。こんなことならレギオン達みたいに、アイネアが許しているからそれでいいと、割り切れば良かったのかもしれない。
でもクーザは、たとえ時を戻せたとしても、同じ態度を取っていたに違いないと思った。誰を好きになろうと、アイネアが大事な恩人であるという事実が変わる訳ではない。その人を貶めたと聞けば、クーザは何度だって怒っただろう。
(……レギオンのとこにでも行くか)
今の状態では良い絵など、まるで描ける気がしない。友人をおちょくって気を紛らわせようと、クーザはおなじみの第二厨房へと足を運んだ。
「…………なんの騒ぎだ?」
「あら、クーザ。良いところに来たわね」
「失敗作処理班の第三隊員!待ってたっす!」
「…………よし。帰るか」
「そう言わずに!な?」
縋り付くレギオンを雑にあしらったクーザは、テーブルに山積みされた丸いパンを見下ろした。香りは普通だが、どうやら問題は別にあるらしい。
「小麦粉の代わりに、お米の粉を使ってパンを焼いてもらったのよ。もちもちの食感になるかと思って…」
「でも分量を誤ってこの通りカチカチになったっす…」
クーザが指で突いてみると、なるほどカチカチだった。無心で食べているパルメナの顔も、よく見ると苦しそうだ。 ちなみにネーヴェルは、パンの破片で喉を痛めるといけないので不参加である。
「てめぇ、自分が不器用だってこと忘れてんじゃねぇ!作るにしても量を考えろよ!」
「仰る通りっす!最近、成功が続いていたんで調子に乗りましたっ」
「大丈夫よ。レギオンの作ったもので、お腹を壊したことは一度も無いわ!」
「何が大丈夫かわかんねぇけど、腹壊す前に歯が壊れそうだぜ」
なんだかんだ文句を言いつつも、クーザは席椅子に座って、カチカチの米粉パンを食べ始める。
「スープに浸しても手強いわね…」
【黒焦げでない分まだ食べられますが…】
「顎が痛え…」
「うぅ…申し訳ないっす…」
臨時隊員のパルメナを加えた四人でどうにか平らげ、くたびれた顎をさすった。
「口直しに何か作るっすよ」
「苺大福が食べたいわ!」
アイネアが即答する。今はあの、瑞々しくて柔らかな舌触りがひどく恋しかった。
「わかりました。すぐ持ってきます」
【では私はお茶の準備をしますね】
レギオンとパルメナが出て行った後、第二厨房はアイネアとクーザの二人きりになる。水で喉を潤していたら、不意にクーザは名前を呼ばれた。
「どうした?お嬢」
「わかっていると思うけれど、わたしの親友をあんまり哀しませるようなら、黙っていないわよ」
蒼海の瞳を一直線に向けながら、アイネアはそう宣言した。その顔にいつもの笑みは無い。クーザは目を見張ってから、ばつが悪そうに視線を逸らす。
「……お嬢は知ってたのか」
「いいえ?二人でランチをしただけよ。ビルガは何も言わなかったわ」
俯いてしまったクーザを見て、アイネアは幾分か声を和らげた。
「一つだけいいかしら。クーザ、大切な言葉はね、伝えるのを遅らせてはだめよ」
「お嬢……」
「伝える気恥ずかしさより、伝えられなかった後悔の方が、ずっと痛みとして残るから」
アイネアは伝えられなかった。アンドリューに何も…
いくら悔やんでも、もう父に言葉を伝えることは叶わない。そんな心痛を、大事なひと達に味わってほしくなかった。
アイネアの言いたい事はクーザにも痛いほど理解できた。アンドリューの死を知ったアイネアがどれほど絶望していたか、この目で見ていたからだ。クーザはぐっと拳を握りしめる。
「…あのさ」
「早めの休憩をとりたいなら、別に構わないわよ?クーザの分の苺大福も、わたしがちゃんと食べておくから心配しないでちょうだい」
「ああ…!恩に着るぜ!」
クーザはコップに残っていた水を一気に飲み干すと、風のような速さで消えていったのだった。
こうやって小道を全速力で走っていると、ビルガを見送った夜のことが思い出される。考えてみれば、すでにあの時点で彼女に惹かれ始めていたのかもしれない。一度決めたことに対して、脇目も振らずに突き進む姿は、アイネアと似通ったものがある。強気なところもあるが、アイネアのような優しさも見せる気高い女性に、いつしかクーザは恋に落ちていた。出会いが出会いだっただけに、その気持ちに素直になれなかった。
(お嬢には一生頭が上がらねぇや)
ビルガを哀しませるなと言いながら、クーザも傷付かないよう、静かに諭してくれたのだ。その気遣いを無駄にはしまい。
ビルガが暮らす借家の戸を叩いたが返事は無い。今は留守にしているらしい。クーザは再び走り出し、彼女がいつも生徒達を教えている広場に急いだ。しかしここにもビルガはいなかった。
普段、室内で作業をしているクーザは、あまり体力がある方ではない。あちこちを駆けずり回っていれば、すぐに息が上がってしまう。それでも足は止めない。
(あいつも向こうで…こんな気持ちだったのかな…)
見知った顔のいない遠い地で、ユニアスを捜し続けた過酷さは、こんなものではなかっただろう。彼女が示した強靭な勇気に、改めて感服させられる。
「………見つけた…っ!」
運河に架けられた橋の上に、ビルガはいた。クーザの姿を目に留めると、一瞬驚いたものの、すぐに顔を強張らせた。
「……顔を見たくないのでは?」
彼女の表情と同様に、その声色も硬い。伏せた目が少しだけ潤んでいるのを、クーザは見逃さなかった。
「…今は、つっただろ」
「…そんなの、虫が良すぎます」
「だからっ……ああっ、くそ!こんな事を言いに来たんじゃねぇ」
伝えなくてはいけない。『大切な言葉』を。
そのためにここまで来たのだ。クーザは疲労で笑う膝に力を入れて踏ん張る。そしてビルガの瞳をしっかり見つめてから告げた。
「好きだ」
「……………ぇ…?」
「俺はお前のことが好きだ。だから、お前に好きな奴がいるって聞いて嫉妬した。ひどいこと言ってごめん」
ビルガは無言だった。代わりに、見開かれた目から涙が溢れる。
「な、泣くことねぇだろっ。いくら俺が嫌いだからって」
嫌いだからではない。これは嬉しくて、あまりにも幸せすぎて出てきた涙だ。だってまさか、好きだなんて言ってもらえると思わなかった。そんな高望みをしたって叶いっこないと思っていたのだ。
そう説明したくても、感極まって言葉が出てこないビルガは必死で首を横に振った。
「…落ち着いたらでいいからよ。返事を聞かせてくれ」
今はそっとしておこうと気遣ったクーザだったが、来た道を引き返そうとした矢先、服の裾を掴まれて制止させられる。振り向けば、ビルガがキッと睨んでいた。
「…泣いてる女性を放ったらかして、どこかへ行くなんてっ、最低ですわよ!」
「なんだよ、元気じゃねぇか」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしたビルガが放ったのはそんな台詞だった。頰も耳も自分の髪色に染めながら、ビルガは怒ったような声を上げる。無論、怒ってなどいない。ひたすら嬉し恥ずかしいだけだ。
「勝手に勘違いしないでください!私の好きな方は、クーザさんなんですからっ!!」
今度はクーザが返す言葉を失くす番だった。
「貴方には好かれていないと思っていたから……歓喜のあまり、泣いてしまっただけです」
ビルガの色が映り込んだかのように、クーザの顔も赤くなる。
「……お前、けっこう泣き虫だよな」
「言うに事欠いてそれですか!?」
「悪かったな!俺はユニアス様みたいに紳士的じゃねぇんだよ!」
「私だってアイネアのような可愛げはありませんわよ!でも私はっ、クーザさんがいいんです!!」
「俺もそうだよ!!」
お互いに、ビルガなど走ってもいないのに、ぜえぜえと呼吸を乱していた。束の間、耳に聴こえてくる音は、各々の荒い息遣いだけとなる。
「………」
「………」
「……帰ろうぜ」
「……そうですわね」
「…家までおくる」
「…ありがとうございます」
ん、と差し出されたクーザの手。素っ気なさすぎるわ、ビルガから目を背けているわ、エスコートとしては不合格である。でもビルガは、自分と同じペンだこがある、絵の具の匂いが染み付いたこの手が、心から愛おしいと思えた。無骨な彼の手にそうっと触れる。するとすぐに、ちょっと痛いくらいの力で握られるが、その痛みでさえもビルガは嬉しかった。
「…あ、あのっ…一応確認しますけど、私達…両想いということで間違いありませんよね?」
「ああ」
「今日からはこっこい、恋人同士…ということですわよねっ?」
「ああ…ってお前、どんだけ奥手なんだよ。婚約者がいたんじゃねぇのか」
「いたから何だといいますの?結婚前だというのに、腕を組む以上の破廉恥な行為は致しませんでしたわ」
「破廉恥て…」
これはアイネアとはまた別の手強さがあるぞと、クーザは苦笑した。
その後も取り留めのないことを言い合いながら、二人はいつもよりゆったりした歩調で、小道を進んで行くのであった。
───そして後日。
改めてビルガはクーザのためにサンドイッチを作ってきた。
「…美味しくなくても、文句は言わないでくださいね」
「俺は失敗作処理班の第三隊員だぜ?鍛え方が違うっつーの」
「まあ!失礼ではなくて?そこまで不味くはないはずですっ」
「違うわ馬鹿。たとえ黒焦げの炭でも食うって事だ。ビルガが作ったもんならな」
「…っ、恋人…ならそれくらい当たり前、ですわ…」
「あ?聞こえねぇな」
「もうっ!黙って食べてくださいませ!!」
赤い薔薇のような恋人が作ってくれたサンドイッチが、今まで食べたどんなものよりも美味しかったのは言うまでもない。
バカップル二組目、爆誕です。
後日談としてもう一話、激甘な話が続きます。




