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 レギオンをお抱え料理人にしたいという希望は、拍子抜けするほどあっさり通った。クーザの一件もあり、アンドリューは娘の突飛な行動を長い目で見る事にしたのだ。そのお抱え料理人というのが、解雇寸前の見習いだとバートから聞かされた時は、はやくも決断が揺らぎそうになったのは内緒である。


「我が娘ながら全く思考が読めないな」

「今回ばかりは大怪我の予感しかしません。何せ料理長お墨付きの不器用らしいですからね」


 そんな会話が書斎でなされているとは知らないアイネアは、少し改装した第二厨房をレギオンに貸与していた。


「バートに確認したけれど、ここは催しものがある時しか使わないらしいの。その時以外はあなたの厨房として好きなように使っていいって言われたわ」

「ま…マジで…?」


 まさか厨房を丸々ひとつ与えられるなんて、予想もしなかったレギオンは口の端を引攣らせる。思わず敬語が外れてしまったのには目を瞑ってもらいたい。


「…お嬢様は、何をするつもりなんすか?」


 お抱え料理人に、専用の厨房。アイネアの真意がさっぱりわからないレギオンは恐る恐る尋ねた。にこっと微笑んだアイネアは元気に宣言する。


「いままでだれも食べたことのない品を作るのよ!」

「それってつまり…新しい料理を開発するって事っすか!?」

「すんなりできるとは思っていないわ。レギオンにもたくさん苦労をかけるでしょう。それでも手伝ってもらいたいの」


 今までにない新たな品を作り出すなんて、試行錯誤の大仕事だ。けれども、それを聞いたレギオンの瞳は爛々と輝き出す。


「苦労なんてとんでもない!オレ、創作料理ってやつ超やりたかったんすよ!めちゃくちゃ燃えてきました!」

「まあ!それはすごく心強いわ!」

「へへっ!オレぶきっちょだけど、じーちゃんの飯食って育ったんで、いっちょまえに舌と鼻は肥えてますよ!お嬢様!絶対に美味いもん作りましょう!」

「もちろんよ!」


 二人はガシッと固い握手を交わした。

 お嬢様と料理人より、同志という言葉がしっくりくる光景である。


「じゃあ、何から取りかかりますか?」

「そうね…」


 お菓子のイメージ像は沢山思い浮かぶが、とりあえず目指すお菓子を一つに絞った方がいいとアイネアは思案を巡らした。闇雲に作るより明確な目標を持った方が、今後の指針を決めやすいはずだ。となれば、夢の中で最も心を惹かれ、食べたいと願ってやまないお菓子の再現を第一目標に据えよう。


「決まったわ!めざせ『苺大福』よ!!」

「イチゴダイフク…?なんすかそれ?」


 意味不明な単語を聞いたレギオンは、頭の上に疑問符を浮かべた。アイネアは苺大福の見た目や食感などの特徴がどうにか伝わるよう、懸命に説明したがなかなか上手くいかない。こういう事態は予期していたが、やはり前途多難である。それでもアイネアはめげないし、レギオンも諦めない。


「お嬢様、そのダイフク?ってやつ、くわしく教えてほしいっす」

「もちもちとした白い皮で、甘いおマメを包んだものよ」

「もちもちの皮…甘いマメ…?」

「ええ。チーズみたいにのびるのだけど、皮自体に味や匂いはなくて……うぅん、なんて言ったらいいのかしら」


 強く興味をそそられたお菓子だからか、珍しいことに割と細部まで覚えているのだが、いかんせん現実世界と合致する名称の食材に結び付かない。白玉粉、もち粉、片栗粉、上新粉…等々名前は知っていても原料が判明しないものが多かったりと、アイネアの知識不足も進展を阻む要因となっていた。彼女に言わせれば「ぜんぶ白い粉なのになにがちがうのかしら?」である。


「…いいわ。ひとつずついきましょう。まずは『餡子』ね」

「マメが材料って言ってましたね」

「ええ。お砂糖といっしょに煮て、ペースト状にしたものよ」


 幸いな事に南の王国では、豆類の栽培が盛んに行われている。黒餡・白餡・うぐいす餡の原料となる、小豆・白インゲン・アオエンドウは名前は違えどそっくりなものがバラダン領にもある。ただし、餡子が豆と砂糖で作られている事は覚えているが、砂糖が何グラムでどれだけの時間煮るのか、そこまで詳しいレシピまではアイネアも知らない。


「マメと砂糖を混ぜるなんて、とんでもない発想っすね」


 用途がサラダやスープに入れるだけに限られ、甘く煮るという概念は無いため、レギオンが尻込みするのも当然である。しかし、何事もやってみることから始まる。今は手当たり次第に試作を重ねていくしか方法が無いのだ。


「レギオン、まずは赤マメ(=小豆)でためしてみてくださる?」

「わかりました!」

「ありがとう。食材を買うお金だけれど、これでたりるかしら?」


 アイネアが取り出した革袋には、使いやすいようにと銀貨と銅貨に替えたお金が入っていた。目測でもそれなりの重量がある。


「あ、あの…このお金って旦那様の…?」

「いいえ。これはわたしの所持金よ」


 アンドリューのお金はつまるところ、領民が納めた税金だ。そのような大切な資金を、自分の道楽に使うアイネアではない。例え良しと言われても絶対に手を付けない心積もりでいた。

 だがしかしお金は必要だ。そこでアイネアは白黒ゲームを売って儲けた私費をレギオンに渡したのだ。白黒ゲームはアイネアの予想を上回る売り上げを出している。当初は得たお金をすべてアンドリューに譲渡するつもりでいたのだが、その父からこれを機に金銭管理を学べと、子供には過ぎた額のお金を貰っていた。クーザが使う画材の代金を支払っても、依然としてアイネアの懐は潤っている。


「限りはあるけれど、足りなくなったら遠慮しないで申し出てね」

「ありがとうございます!でもこれだけあれば、しばらくは大丈夫っすよ。食材の中でもマメは安価ですし。今日はもう遅いんで、明日の朝一番に市場に行ってくるっす」

「わかったわ。試作品ができたらおしえてちょうだいね?」

「もちろんです!失敗するかもしれないっすけど…」


 むしろ失敗する自信しかないレギオンは、きまりが悪そうに頰を掻いた。何しろ解雇されかける程に不器用なのだ。煮るだけでも何をやらかすか自分でもわからない。無論、やると決めたからには投げ出すつもりは無いが、多大な迷惑をかけるのではと不安に駆られる。


「失敗することは成功につながる鍵だって、お父さまがおっしゃっていたわ。わたしたちは新しいことをしようとしているのだもの、失敗なんてあたりまえよ!失敗は友だと思って、恐れずに挑戦すればいいのよ!」


 わたしのマナーのレッスンは全部失敗から始まったわ!と、どこか得意げに語るアイネア。そんなお嬢様を見ていると、レギオンは肩の力が抜けていくのを感じた。


「…そうっすね!気にすべきは食材をいかに無駄にしないかですよね!」

「その通りよ!お腹をこわさなければ、このさい味は気にしないわ!」

「だからそこは気にするところですってば!」


 料理よりも先に、ツッコミのレベルが上がりそうなレギオンであった。




 レギオンが餡子作りに奮闘している間、アイネアは新たな製品を再現することに決めた。それはずばり、カードゲームのUNOだ。

 オセロに続き、こちらもルールが非常にシンプルで、一番早く手札が無くなった者が勝ち、というものである。四色に色分けされたカードは、数字と単純な記号のみの無駄が無いデザインで、起き抜けの頭でも覚えていられた程だ。

 今回は白黒ゲームと違い、資金集めの目的がはっきりとある。これから先、クーザとレギオンには様々な依頼を任せることになる。その時に発生する制作費や報酬を、アイネアの手持ちの中でやりくりしたいと思ったのだ。二人が存分に力を発揮できる環境を提供するのが、雇い主であるアイネアの務めだ。助力してくれた者達に応える事、アイネアが胸に刻んだ決意を忘れた日は無い。夢の世界をお金儲けに利用するのは、正直なところ抵抗を感じる。しかしアイネア自身の夢を叶えるためにも、資金の調達は必須事項であるのもまた事実。


(せめて、できるだけ安く手に入るように工夫しましょう。お金をかせぐのも大事かもしれないけれど、一番の目的はみんなに楽しんでもらうことだもの)


 アイネアは再びクーザを頼り、カードの原案を作成してもらった。簡単な意匠のおかげで、クーザもさほど苦労せず、デザイン画を仕上げることができた。唯一の変更点は手札が残り一枚の時に宣言する「ウノ」という言葉を、南の王国の言語に変えたことだ。

 一度経験をしているからか、完成までにかかった期間は、白黒ゲームの半分といったところだった。『四色カード』と名付けられたそれは、トランプよりも枚数が多いにもかかわらず、低コストで作られていた。複雑な模様が無く、色彩も原色を使うだけで済むので、作製に高度な技術が要らないのだ。


(問題はここからね)


 そう、この国においてトランプは賭け事に使われており、いわゆる大人の遊びというやつだった。子供達が集まってワイワイ楽しく遊ぶ、なんて光景は見られない。あくまでもトランプは、煌びやかなカジノ場でお金を動かす手段でしかない。故に現存するトランプゲームもポーカーとバカラだけなのだ。貴族はそうでもないが、庶民からは敬遠されがちな現状で、新しいカードゲームを登場させても、反応は芳しくないだろう。と、助言してくれたのはアンドリューだ。


(トランプって、いろんな遊びができたはずだわ)


 トランプは夢の中でも登場した。多様なゲームで遊んでいる光景を何度も見ている。複数人で集まった時の盛り上げ役として、トランプは常套手段だった。そんな風に現実世界でも、トランプが身近な遊びになれば四色カードも受け入れやすくなるかもしれない。

 アイネアは机に向かい、ふわふわした記憶を手繰り寄せながら、数あるトランプゲームを書き連ねていった。七並べ、ババ抜き、スピード、大富豪、神経衰弱…


(まだまだあったような気もするけれど…)


 残念ながら思い出せたのはここまでで、その後はいくら頭を捻っても出てこなかった。それでも、ポーカーくらいしかやる事のない現状からすれば充分な成果だろう。あとは実践あるのみだ。


「エルザ、いま少しいいかしら?」

「はい。何でしょう?」

「わたしとエルザのほかにあと二人、どなたか呼んでほしいの」

「わかりました。少々お待ちください」


 数分後、エルザは自分の後輩と家令のバートを連れて戻って来た。アイネアは三人に思い付いたトランプゲームの説明をし、ついでに四色カードの試遊も行いたい事を伝えた。

 やる事はカードゲームだが、これも仕事の一環だ。これらのゲームが他の人達にも面白いと感じてもらえなければ意味が無い。

 まず第一歩としてトランプに親しみを持ってもらい、最終的には新たな製品である四色カードを浸透させやすくする、という狙いがあるのだから。


「ちょっと!ここ止めているのバートさんでしょ!?」

「名指しなんて酷いですねぇ、エルザさん」

「あら?ごめんなさい。わたしだわ」

「お嬢様っ、それ言っちゃだめなやつです!」


「わたしの引いたジョーカーが、ずっと手札からいなくなってくれないわ。ふしぎね」

「(それはお嬢様がわかりやすすぎるからですよ)」

「(バートさんに筒抜けですもんね)」

「(お嬢様と順番を変わって差し上げた方がいいんでしょうか…)」


「はい、革命です」

「まあ!バートのおかげで手札がみちがえるように強くなったわ!」

「ああー!?なんてことを!」

「…どんまいです、先輩」


 あくまでもこれは歴とした仕事であり、決してただはしゃいでいるだけではない…はずだ。

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