ロミジュリ イン 二子玉川
突然だけどアタシはジュリエットだ。
そうあのジュリエットだ。世界一有名なあのジュリエット。
二子玉川のジュリエットだとかいう、『浪速のゴジラ』や『上州のイチロー』のような二つ名的なモノでもない。
本名ジュリエット=キャピュレットの、あのジュリエット本人だ。
断じて頭がおかしいとかではない。
確かに、自分の正体が物語の登場人物だと知ったときは乾いた笑いが出てきた。
なんだそれ?
冗談だろ?
そんな言葉が頭を埋め尽くした。
それでもアタシはジュリエットだった。
アタシがジュリエットだと自覚したのは小学六年生の劇の発表会のときだ。
ウチのクラスは女子たちの強すぎる希望が通り、ロミオとジュリエットをすることに。
そしてアタシは満場一致で木の役に決定した。
そこで目覚めたのだ。
――木の役の奥深さに!
……ウソ違う、違うから。
ジュリエット、ちゃんとジュリエットだから!
ちなみにアタシはあれから劇をすると決まるたびに木の役に立候補した。
競争相手が出てくると、自分がどれだけ木になりきれるのかを、どれだけ立派な木を演じられるのかをクラスメイト全員に訴えた。
かくしてアタシは中学三年間もずっと木の役を守り抜き、全校生徒から「キングオブ木の役」と呼ばれた。
――そこはクイーンだろ、というツッコミを入れたが、それだけは聞き入れてもらえなかった。
で、話はジュリエットに戻る。
日本の小林家に転生して早十五年。
アタシはすっかり日本での生活を満喫していた。
色々とそれなりに素敵な出会いがあり、心を動かされる人にも巡り逢えた。
それでもアタシはジュリエットだ。
アタシにはロミオという運命の相手がいる。
アタシがこのセカイに生まれ変わったのならば、きっとロミオだって。
やっぱりロミオと一緒になりたい。
今度こそ二人で幸せな生活を送りたい。
――ここ日本で。
そんなアタシはこの春立派な女子高生になった。
クラスで席が前後になった坂井さんという友達も出来た。
「知ってるよ! 有名だもんね、○○中学校のキングでしょ?」
……何かイロイロと違う。
どんな伝わり方をしたらそうなる?
まぁ、それならば話は早い。
これで高校の文化祭でも充実した演劇ライフを送ることが出来るはず。
そんなこんなでアタシたちは順調に仲を深めて、今日彼女の家にお呼ばれされた訳だ。
そこでアタシはついに運命の再会したのだ。
ずっとずっと探し求めていた、こちらのセカイに転生した、恋焦がれていたアタシのロミオに!
彼は坂井さんに寄り添い尻尾を振っていた。
……うん。
……要するにそういうコトだ。
彼は犬に転生していた。
二駅違いの坂井家の飼い犬として。
犬の十五歳といえばもう老犬だ。
彼は家にやってきたアタシをちらりと一瞥するも、再び坂井さんの足に顔をこすりつける。
……コイツ、もしかしてアタシがジュリエットってことにすら気づけていないのだろうか?
それは疑いではなくほぼ確信だった。
思えばコイツはいつもいつもそうだった。
いきなり目の前に現れて愛を語る。
勝手にアタシを連れ出して愛を語る。
庭先に不法侵入して愛を語る。
カッとなって従兄を殺した挙句、ヴェローナを追放される。
策を弄して死んだふりのできる薬を使用し、無事に周りを騙し通せたと思いきや、まさかコイツまでもが騙されて、勝手に毒を呷って死ぬ始末。
せめて生まれ変わって一緒になろうと彼の短剣で後を追ったら、……コレだ。
――あぁロミオ! あなたはどうしてロミオなの! ……こんちくしょう!
アタシは坂井さんの足元で丸まりこちらに背中を向け、一心不乱に自分のお尻のにおいを嗅いでいるロミオを冷めた目で眺めていた。
その後アタシは近所の幼馴染のおにいさん(二歳年上の高校三年生)と付き合うことにした。
あちらの両親は当然アタシのことをよく知ってくれている。
なんせ家族ぐるみの仲だ。
アタシたちは何の妨害もなくむしろ互いの両親に後押しされながら思う存分愛をはぐくみ、彼の大学卒業を機に婚約した。
ロミオのことは……もう、知らない。
知りたくもない。
アタシの人生に関わってこなければそれでいい。
深夜のノリで一気に書き上げたモノです。
出来上がった瞬間、即座にお蔵入りリストに入れましたが。
ただこれがきっかけで新作『わんだふる・わーるど(仮)』が思い浮かびましたので、それだけで価値があったのだと満足していました。
ですが、拙作で展開していた番外編作品の最終稿を上げた解放感から「ついでだから、この作品も投稿してしまえ!」という心境になり、こうなってしまった次第です。
一笑していただければ。