創作落語「恋の音」
新年明けましておめでとうございます。
(=゜ω゜)ノ
えー……皆様、新年明けましておめでとうございます。
いやまあ、既に新年明けてから結構な日にちも経ちまして、1月も終わろうとしてますが…。
本年も師匠共々一門を御贔屓頂けますように宜しくお願い致します。
さて、皆様は『恋』をしたことはありますでしょうか?
創作において恋に落ちる音というのは作者によって十人十色のようで、人によっては『バキューン!』と銃で撃ち抜かれたような音を想像する方や『キュン!』といった可愛らしい音を思い浮かべる方もいるかもしれません。
もしかしたら『我にとって恋に音など不要!』という硬派な御方もいるかも知れませんし、『ガシャン!』とガラスの割れる様な音が恋に落ちた音だと考えている方もいるかも知れませんね。
そういえば、本日の寄席に来て下さったお客様は老若男女様々な方がいるようですね。
例えば、私の目の前にいるお客様はダンディーな御召し物に渋いお髭が素敵な方ですし、隣には綺麗なお姉さんもおりますね。
えっ、何ですかお姉さん?『口がお上手ね!私はもう70過ぎよ』ですって?
そりゃあ私は、師匠から口が酸っぱくなる程『女性に失礼な態度をとっちゃあいけねえぞ』と言われているもので。
それに他にも本日は素敵なお客様がいるようですね。
私の右手の方から順に、幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生位の似た顔の方たちがおりますが、本日は御兄弟で寄席に来てくれたんで?
へえ…ほう……ふむ………成程! どうやら5人共、赤の他人だそうです。
係員さん、近くに保護者の方がいないかちょっと探してきてー!
ええ……まあ、ちょっと迷子がありましたが、寄席を続けましょうかね…。
どうやら今日は、常連さん以外にも沢山の新規の方が私の寄席に来てくれた様ですね。
特にさっきから、私に熱い視線をぶつけてくる方もいるそうですね。
綺麗な着物を身に着けたお姉さん、さっきから私に手を振ってくれてありがとうございます!
そして、その隣で私を恨めしそうに睨む着物のお兄さんは、彼女の恋人さんですかね?
2人共、赤とグレーのお似合いの着物を身に着けていますが、着物がこんなにも似合うカップルも珍しいものですね。
その隣には、いつも私の寄席を見に来てくれている常連のお婆ちゃんもおりますね。
耳が遠くて私の噺がいつも聞こえない様ですが、今日はいつもより声を出して元気にやらなければなりませんね。
それと…その隣にいる方は、これまた新規のお客様ですね。
室内なのに黒のロングコートに黒のスーツ、黒のサングラスと火の点いてない葉巻ですか…。
係員さん、至急警備員さんの増員をお願いしますね!!
そう言えば話が変わりますが、先日うちの師匠が恋をしたってんで、私の稽古場に押しかけて来たんですよ。
どうやら、師匠が腰痛の治療のために通っている整体に入った新人の女性に惚れたそうです。
師匠ったらそれはもうその娘にベタ惚れらしくてですね。
彼女にあった瞬間、全身に電気が流れたようだったと言ってましてね……まあ、師匠がその時ちょうど整体で電気を流していたので、間違いではないんですがね…。
特別、物や金銭を貢いでいるわけではないんですが、それ以降、師匠はその娘のいるお店に頻繁に行くようになったそうです。
私も師匠に連れられて行ったのですが、整体師の方々の腕は確かな様で最近悩み始めていた首の凝りも綺麗さっぱり無くなって良かったですよ。
まあ、師匠がご執心の新人さんも師匠のアプローチには困っていた様で、そろそろ私が師匠を止めなければならないと思っていたんですが、ある日パタリと突然師匠がそのお店に行かなくなったんですよ。
何で急に整体に行かなくなったのか気になったんで、師匠に直接尋ねてみたんですがね。
師匠ったら両手を挙げてこう言ったんですよ……『あの娘には会いたいが、俺は無一文になっちまった』と。
これぞまさに"円"の切れ目と申しましょうか、うちの師匠はどうやらコイではなくオケラになってしまったようです……。
**********
さて! 時は現代、とある繁華街の一角。
1人の男が人を待っておりました。
男の名前は悪太郎というちゃちなチンピラでして、今日はとある取引のために繁華街に足を運んだそうです。
えっ、何ですか?
えっと……さっきの怖そうなお兄さん。
今、噺が始まったばかりなので、進行を止められるのはちょっと……。
何々……『ウチの舎弟と同じ名前だから名前を変えろ』ですって…?
いやいや、そんなこと言われましてもこれはあくまでフィクションですので『実在の人物や団体などとは関係ありません』と言うこと何ですが…。
それに、そうコロコロと登場人物の名前が変わると……はい、分かりました! 名前を変えるので、その黒光りする小型の武器の様なものは直に下ろしてください!
いやぁ…嫌ですね、警備員さん早く来てくれないですかね…。
では、チンピラの名前は『犬次郎』ということで…って何ですか?
何々『犬次郎は俺の親父の名前だ』ですって?
どんな偶然ですかそれは!?
では『兎三郎』なら大丈夫でしょう?
えっ!?『それは弟の名前だ』ですって? どれだけ思い切った名前を子供に付けたんですか!?
じゃあ『ゑ士郎』なら流石にいないはずで……『祖父の名前』ですか、そうですか……。
ならば、私も絶対に人様には付けないだろう秘蔵の名前を出すときが来たようですね!
流石に『押忍卍太郎』なんて名前を付ける子供に付ける人は………ああ、そうですか『愛しいペットのポメラニアン様』に付けた名前でしたか、それは失礼しました。
センスの良い素敵な名前ですね!
だから、その物騒な物を引き続き私に向けない様にお願いしますよ!
いやぁ…寿命が縮まるかと思いましたよ。
まさか、高座で命の危機に陥る何て経験をしたのは、私くらいなものなんじゃないでしょうかね。
まあ、ついさっき警備員の人が来てくれまして、怖いお兄さんが持っていた拳銃の様なものは玩具だったから良かったですし、怖そうなお兄さんも厳重注意を受けただけで噺を無事に再開出来そうで何よりです。
さて、噺は戻りましてこの悪太郎と言う男。
普段は怖い先輩の使いっパシリとして走り回っている高校生でして、今日はどうやらその怖い先輩に頼まれて誰かを待っている様でした。
「全く、アニキも人使いが荒いぜ! どうして俺がアニキの代わりに街中で荷物の受け取りをしなきゃいけないんだよ! ……おっと、こんな人の多い場所じゃ誰が聞いているか分からねえから気を付けないといけねえや…」
どうやらこの悪太郎という男、年上の怖い先輩に命令まれて荷物の受け取りの待ち合わせをしているようです。
今時、直接会っての荷物の受け渡し何てないでしょうが、そこはフィクションということでご容赦下さいませ。
えっ? 『お前の技量じゃあそんな凝った噺何てそもそも出来ないだろう』ですって?
余計なお世話ですよ! 私の技量でも聞きに来てくれているお客さんに失礼でしょうに。
何々『安心しろ、私もその客の一人だ』ですって?
嬉しいんだか、悲しいんだか分からなくなりますね…。
ともあれ、悪太郎はもうまもなく約束の時間になろうとしているのに一向に姿を見せない取引相手に対して苛立ちを覚えておりました。
「たくっ…そもそも取引相手の名前も顔も知らないのにどうやって見分けえばいいんだって話だ! アニキは『俺より年上で』『右胸に花を付けていて』『必ず向こうから話してくるから合言葉だけを言えばいい』ってだけで、あとはこの箱を渡せば良いとしか言わなかったしな…」
そう言って悪太郎は自分の手元にある小さな箱に目を向けました。
その箱は片手に収まる程の大きさの青く小ささ箱で、綺麗な装飾が施されており、見るからに普通の箱ではありませんでした。
「『箱は絶対に開けるな!』って言ってましたし、一体何が入っているのだか…。 気になって仕方ないや…。 それにしても、いつになったら約束の相手は来るんだよ…」
本当ならば箱の中身を確かめたい悪太郎でしたら、もしも開けたことがバレたら怖い先輩に何を言われるか分からないと思い開けることが出来ないでおりました。
「仕方ないから今の内に合言葉の復習をしておくか…」
そう言って悪太郎はアニキから渡された合言葉の書かれた紙に目を向けました。
「何々……俺が『待たせたか?』と言うと相手が『今来たところです』と返してくるのか…。 でもそれだけだと、間違いがあったら困るから俺が『いつものアレか?』と聞くと相手が『どうして分かった』と返してくると……はー、アニキも取引相手も用心深いもんだな…」
そう言って悪太郎はそのまま紙を読み進めて行きました。
「それで俺が『好きなのは?』と聞くと、相手が『胸』と答える。 しかも、その先もまだまだ合言葉を使って会話をするんですかい……はぁ、何でアニキはこんな面倒臭いことをするんだか俺には分からねえな…」
面倒な合言葉を考えたアニキに対して愚痴を呟きながらも、悪太郎は溜息を吐きながらも渋々と紙をポケットへと仕舞うのでした。
そして、そんな悪太郎の前に1人の女性がやってきたのでした。
その女性の名前は恋音と言いまして、容姿は誰もが振り向く位の美人で非常に整っているのですが、昔から非常に惚れっぽい性格をしており、20を過ぎても道行く男性に声を掛けられただけで相手にときめいてしまう様な困った女性でありました。
それこそ、知らない男性にプレゼントでも貰おうものならば、求婚されていると勘違いするような残念な女性でして、街中で男性からポケットティッシュを貰っただけでも恋に落ちてしまう程でした。
そんな彼女の本日の服装は絹とレースをふんだんにあしらった長袖の衣装とそれに合わせた丈の長いスカートを身に纏い、右胸の辺りには衣装の華やかさに負けないような綺麗な赤い花が添えられておりました。
そんな彼女がたまたま街中を歩いていると、柄の悪そうな男性が誰かを探している様な素振りをしておりましたので、彼女は自分が何か力になれることはないだろうかと思い、親切心から声を掛けようとするのでした。
「あの、どうかしましたか…?」
そんな気持ちで声を掛けた恋音でしたが、ここで不幸な行き違いが起きてしまいました。
これまで約束相手が来ないまま散々待たされていた悪太郎は、突然自分に声を掛けてきた年上と思しき女性が右胸の辺りに赤い花を付けていたのを見て、この女性が取引相手だと勘違いしてしまうのでした。
そのため、悪太郎は取引相手かどうか確かめる『合言葉』をそのまま使ってしまうのでした。
「えっと…『待たせたか?』」
「えっ!?」
そんな言葉を悪太郎が恋音に向けて言うと、恋音は驚きました。
当然でしょうね。
見ず知らずの男からいきなり『待たせたか?』何て言われるなんて、相手がストーカーか不審者位なものでしょうから。
しかし、彼女は何故かこう考えました。 『もしかして、自分のことが好きで今まで待っていたのではないか!?』と。
えっ? 『そんな恋愛脳の女が現実にいる訳ないだろう!』ですって?
もしかしたら、そうかも知れないですね。 では、発言した方は絶対にいないという証明をお願いしますね。
ともあれ、案の定惚れっぽい彼女は自分に気があるのではないのかと勘違いしてしまった次第でございます。
そして、悪太郎の言葉に対して彼女はこう答えました。
「いいえ、今来たところです!」
皆さんはお気付きかと思いますが、彼女は悪太郎の待っていた取引相手ではありません。
彼女は自分が悪太郎に告白をされたのだと勘違いしたまま、会話を続けていくのでした。
「それじゃあ『いつものアレか?』」
悪太郎はなおも勘違いしたまま、合言葉を恋音に話しました。
これに驚いた恋音は『何でこの人は私が惚れっぽい性格だって分かったんだろう? もしかして、この人私のことが好きなのかしら?』と心の中で思いました。
そして、そんな勘違いをした恋音は悪太郎に『どうして分かったの?』と尋ねるのでした。
恋音からの素直な疑問の言葉を合言葉への返答だと勘違いした悪太郎は、そのまま合言葉を続けて言いました。
「それで『好きなのは?』」
悪太郎が言った言葉を自分への返答だと勘違いした恋音はさらにこの言葉を聞き間違えました。『それは(君のことが)好きだから?』と。
「胸がドキドキしてる…」
目の前のチンピラが自分へ好意を抱いていると勘違いした恋音は自分の心情を目の前にチンピラに対して呟くのでした。
ここでさらに不幸な勘違いが起きてしましました。
この悪太郎と言う男、色恋沙汰に疎く、それに加えて普段からそそっかしい所があり、聞き間違いをすることも多くありました。
そのため今の恋音の言葉の後半を聞き間違えておりました。
『(この女、胸に鈍器を仕込んでいるだって!? もしかして、取引相手がヤベエ奴だからアニキは俺に取引を任せたんじゃないか!?)』
お互いが内心で勘違いしている状況で普通ならば成立しないような会話が成立しているので、表面上はどちらも違和感を感じていない状況になっております。
そんなこんなで、このまま2人の噛み合わない会話が続くのでありました。
おや? さっきの怖そうなお兄さんどうかしましたか?
何々……『いつまでこんなつまらない話を続けるんだ』ですって?
そりゃあ、私もたまにつまらないと言われることはありますが、噺をしないと飯を食べることも出来ないものでして……。
えっ?『さっさと最後まで話せ』ですって?
いやいや、怖そうなお兄さんの頼みでもそりゃあ引き受けられませんよ。
私の様な噺家にだってプライドがありますし、そもそも噺の途中にオチへと持っていく伏線がありまして、このまま省いて話したらオチの無い噺になってしまいますよ。
それに私は割と頑固な人間でして、人様に言われてホイホイと噺を捻じ曲げる訳には…………ええ、分かりました! 直ぐに締めの部分まで持っていくのでその拳銃の様なものを仕舞ってくれませんかね!? 私の豆腐の様な繊細な心には、鉛のような銃弾は深く突き刺さるので!!
常連のお婆ちゃんも怖そうなお兄さんに『今日もいい天気ですね』と話し掛けないで下さいな!?
私なんて室内にいるのに、雨に濡れたかの様にびしょ濡れなんですよ…って、わーー!?
今、怖いお兄さんが持ったものから『パーン!』って火花が出て、私の脇を何か通り過ぎて行きましたよ!?
警備員さーん!?警備員さーん!?
早く来て下さい……って、さらに2発も高座に向けて撃たないで下さいよ!?
何かに当たったどうするんですかい!? ここは花火会場ではないんですよ!?
さっきの銃声で前の方のお客さんは逃げ出しちゃってますよ!
お婆ちゃんは怖そうなお兄さんに『良く出来た玩具ですね』と話し掛けないで早く逃げて下さいな!?
えっ!?『これ以上話が長くなったら本当に当てるぞ』ですって?
ここで噺を短くするとオチが付かない噺になっちゃうんですよ!?
はぁ、何で今日に限ってこんな過激な人が来ちゃったんでしょうね………って、分かりましたから『30,29,28…』と不吉なカウントダウンは止めて下さいよ!?
えー……思わぬ勘違いを続けたまま2人はその後も会話を続けて行きまして、最終的に悪太郎は恋音を取引相手と勘違いしたままアニキから渡された品物を渡してしまうのでした。
そして、恋音は悪太郎に後日また会おうと言って品物を持ったまま立ち去り、その直後に本当の取引相手が悪太郎の下に来るのですが、肝心の品物は恋音に渡してしまったので、取引相手は怒って帰ってしまうのでした。
その事実を知ったアニキは悪太郎を呼び出し、悪太郎をどやしつけるのでした。
「おい、悪太郎!! テメェ、どういうつもりだ!?」
「ひぃ、アニキ!? これには深い深~い訳がありまして!!あっしを見て恋に落ちたと言う女性が……」
「ああ、訳だぁ~!?悪太郎、そもそも落ち着いている場合じゃないだろうが!? テメェ…この出来事にどう落とし前をつける気だぁ!?」
「オチですかい? オチならさっき、そこのお客さんが撃ち落として行きました…」
今回の話のオチ
悪太郎「そういえば、アニキは何を手に入れようとしたんですか?」
アニキ「藪から棒に何だ?それは勿論、限定のフィギュ……骨董品の人形だ!」
悪太郎「アニキ?"人魚"なんて本当にいる訳無いでしょう、取引相手に騙されたんじゃないですかい? 」
アニキ「ああっ!?人魚だぁ!?馬鹿野郎、オマエのせいで全て水の泡だ……」