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「お前ら、だからそんなにがっついてはいけない、かゆは熱い! ほらこぼした、これからはこれ位だったら毎日食べさせてもらえると思うから」
チィはそう言いながら、一番小さいメルと、ふらふらとして危なっかしいスザクの口に、自分が冷ましたかゆを運んで食べさせてやっていた。
ほかの子供たちは、オードリーが面倒を見ているか、自力で食べようと必死である。
大鍋を取り囲んだ子供たちの面倒を見ている二人は、自分が食べるのは二の次の状態だ。
それも仕方のない事である。子供たちは食器をまともに取り扱えないのだ。
磁器を壊す事に、早々に感づいたチィとオードリーが同時に
「木の皿と匙!」
とオーガストに申し出たのは正しかった。それ位、子供たちは食器を落しかねないのだ。
元々、地下水路で冷めきった物しか食べていない、そんな環境の子供たちは熱い物に慣れていない。
そのため、食べ方が非常に危なっかしいのだ。
物の冷まし方すら知らない、と言ってもいいのではないだろうか。
最初は、木の皿に入れられたパンがゆすら、熱くて持てなかったのだ。
特に小さいメルやマリなど、じわりと涙を浮かべて、あつい、と舌足らずな声で泣きそうになったほどだ。
食べ物があるのに、熱すぎて食べられないなど、子供たちには全体未聞の出来事だった。
チィはその場で、食べ方の指導を始めるしかなかった。もともとする予定だった事が前倒しになっただけで、彼女はちっとも嫌な顔にはならなかったわけだが。
「ほら、もう熱くない、指ちょっとつけてみな、指で熱くないものは、口の中でも熱くないんだぞ。あーん」
「あー」
「ボス、あー」
「俺もあー」
「たのむオードリー、周りに混じって口開けるな……」
「悪い、なんかすごいうらやましくなった」
子供たちはそれでも、チィが息をかけて冷ましたものを食べたがる。特に小さい子供たちはなおの事で、結局チィが五人の子供に食事を与え、食べ方を教え、口の周りだのを拭いてやり、オードリーが残りの二人にそれを行った。
「今日は食べさせてやったけど、毎度はやらないからな! あたしが食べられない」
最後にチィが断言すると、見知らない環境で不安が募っていたらしい子供たちが、こくこくと頷いた。
そして。
「お前ら、まだ寝るな、うん、知ってる、食べた後に皆で寝るのは知ってる、でもここはあたしらのねぐらじゃないんだ、頼む、寝てくれるな。……ごめん、急いでその辺の空いている部屋に、毛布三枚くらい入れておいてほしい」
お腹がいっぱいになるほどたらふく食べられたからか、子供たちはこくりこくりと船をこぎだした。
すでにオードリーが背中に一人、腕に一人持っている状態である。
「ボス、そろそろバルもディンも寝入る」
「皆寝るのかよ! お前らがんばれ、あと少しだけ! あんた、本当に急いでくれ、あたしとオードリーは一度に三人も四人も持てない!」
すでにメルと、一つ年上のルルを抱え、背中にスザクを背負うチィが喚くと、色々と呆気にとられていたオーガストが慌てて頷いた。
「隣が空いているだろう。寝具を持ってきてくれ、早急に」
オーガストが使用人に命じると、彼等はすぐに大量の布団を持ってきた。
「どうも」
チィは言葉少なに礼を言い、子供の一人を引っ張り上げた。マリである。
「手伝おうか」
子供を何人も腕に乗せている、そして背中にも乗せている状態の二人を見やり、彼女の夫になる男は問いかけた。
「……じゃあ、絶対にあたしの手の届くところから離れるなよ」
チィは淡々とした調子で言った。オーガストはやはり、チィがどう頑張ってもまだまだ心を許さない事を知ってしまった。
しかし彼女の警戒心はもっともな物だという、理解もあったのだ。
警戒心は多いに越した事が無い、そんな世界で長い事生き抜いてきたのだろうから。
「ああ、誓う」
言った彼は、マリをうけとり、チィの腰にしがみついて船をこいでいた、ロットを抱えた。
隣の部屋には布団がいくつも広がり、チィはそこに子供たちをおろしていく。
オードリーもそれに続き、彼自身は無言で扉の脇に座り込む。
子供たちに布団をかけてやり、頭を撫でたチィもそれに続く。
「何を? 布団で眠らないのか」
「俺たちは見張り番だ」
オードリーが瞳を持ち上げて答えた。
「見張りなどいらないだろう、ここには強盗もこないが」
「内側の悪意ってやつがあるかもしれないだろう」
「オードリー。……疑り深くて悪いとは、多少は思うんだけれども、まだまだ慣れていないし、ここの使用人たちの性格ややり方も知らないんだ。しばらく、ここの住人に受け入れられるまでは自分たちで自分の身を守りたい」
チィは苦笑いで言う。
しかしオーガストは疑問に思ったようだ。
「それならば二人はいつ、休む? 今日を見る限り、休む時間が取れるとは」
「明け方に一時間でもねむれりゃ大丈夫だろ、ずっとそうしてきた」
チィの言葉に首肯するオードリー。
「君たちはまるで軍属の、それもとても過酷な任務に就いている人間のような事をいうのだな」
「貧困のさらに底ってのは、そんなもんなんだよ。信用したら裏切られるんだ。……あんたが裏切る、とは言いたくないけれども」
「……では、私もここで番をしていよう。オードリーと言ったか、君は休んでほしい」
「ボスに何もしないか? こいつらにも。あんたの誇る何かしら、あんたが失ってはいけな物とかに、誓えるか? 誓いは言葉にしかならないから、破るのだって簡単な物だけれどな」
オードリーが脅す調子で口にする言葉に、重々しく心の底からの言葉で、オーガストは答えた。
「誓おう。何もしない。……いいや、君たちを守る事はさせてほしいが」
「……もしやぶったら、誰かがお前の股間の大事な物をそぎ落とすからな」
「恐ろしい言葉だな、下手に喉を切り裂かれるよりも不名誉だ」
オードリーの言葉に一瞬笑い、彼はまたそれを了承した。