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破棄聖鎧使いと音調使い  作者: 家具付
スリの少女と副団長
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9

護衛はいらない。チィはオーガストの与える物を拒み、まだ怪我の後遺症でふらふらとしている体の、背筋を伸ばした。

立っていられないわけにはいかない。

あの子たちに、ようやく毎日、食べ物と勉学を与えられるのだから。

善は急げとよく言ったもので、チィはなんだかんだ言いつつ、オーガストが自分を追いかけている事実に気付いていた。

お優しい男だ。

こんな得体のしれない娘を、見ていられないからと、たったそれだけで妻にするのだから。

しかし、そのお綺麗なお優しさという物を、チィは存分に利用させてもらう。

そんな自分は、純白の花嫁衣装など決して似合わない。

せいぜい溝色の、薄汚れた、安物の娼婦の着るような衣装がお似合いだ。

そんな物すら手に入れられない、環境で生きてきたわけだが。

チィは人どおりに交じって、緑の花弁の門の近くまで着いた。

彼女はあたりを見回して、見ている人間がいない事を確認し、ひらりと足に力を込めて、ひょうと軽々飛び上がった。

その身のこなしがあるから、チィという少女が、スリを生業とする子供たちのボスになれたわけだったが。

そして飛び上がった場面を、誰にも見られることなく着地。

周りを見回してから、チィは人知れない排水のための穴のふたを開け、中に滑り込んだ。

中は真っ暗だ。当然だ。下水の穴に明り取りの何かは必要ない。

しかしチィは、いいや、チィたちは、この下水管の、張り巡らされたような迷路のごとき配線を、しっかりと覚えていた。

チィたちの敵が現れた時に、暗がりから一撃を見舞うために。

もっともそれを行っていたのは、一番年長の自分以外いないが。

チィは壁の一部を探り、その一部に刻んである図形をなぞった。

そしてここが、自分たちの縄張りのどこかを、頭の中で確認する。

それからそっと歩き出すが、その物音は、反響しやすい地下水道の中でも、全くなかった。

これはチィを含めた子供たちが、皆覚える足の運びだ。

気付かれないように、気配を殺して進む方法を覚えれば、スリも盗みもかっぱらいも、非常にやりやすいのだ。

気付かれないという事を覚えるためには、この地下水道はうってつけだったと言えよう。

そんな中を、自分の頭の中の地図を頼りに進んでいったチィは、壁に耳を押し当てた。

そこから、子供たちとチィのねぐらとの距離を測る。

あとちょっとだ。

待っていろ、お前たち。

あたしが、お前たちをちゃんと食わせてやるから、な。

チィは、オーガストの前では浮かべた事のない、慈母の表情を顔いっぱいに浮かべ、また先を進んでいった。

そして進んでいけば、さすがに生活のための音が、かすかに聞こえてくる。

チィは暗闇の中になれた瞳で、かすかな灯りを見つけ出す。

そして、地下水道のなかに、隠れるように存在している、人が一人登れる程度の梯子に飛びつき、ぐいぐいと上がった。

上がってから彼女は、頭上にある丸い扉をひねり、かぱりと持ち上げた。

開けた途端に、貴重な灯りがチィの視界に飛び込み、その空間が自分のねぐらだと知らせてきた。



「ボス……?」

問いかけてきたのは、留守役の一人だった。

「よう、あたしだよ、って、本物かどうかもわからないってのが普通だけど」

「ボスだよ」

留守役の一人が、チィを見て涙を浮かべた。

「ボス! 生きていてくれた! 皆に知らせなくちゃ!」

「大丈夫、皆が戻るまでここにいるから」

「お金を取りにいかないの?」

「それよりも大事な話があってここに来たんだ」

「うん」

「それよりも、また誰か死んだのか」

「……まだ死んでない。稼ぎに行ってるけど、スザクが体を壊してる」

「ああわかった」

チィはそう言うと、自分たちのねぐらを見回した。

そこはおそらく、地下水道の備品などをため込んでおくための、空間だったのだろう。

しかしそこをチィたちは、ねぐらとして利用していた。

ずっと敷かれている薄い麻布と藁に、煮炊きもできない環境から、買い求めるしかない食料を入れておくための箱。

そんな物しかないねぐらだった。

だがそこは、チィが十年近く生きてきた場所である。

チィが留守役と待っていれば、その日の金を稼いできた子供たちが、続々と帰ってくる。

全員が、チィを見て、幽霊でも出たように絶句した後に、泣きながら喜んでくれた。

子供たちがそろったので、チィは真面目な声と調子で、提案があると持ち掛けた。



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